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イベント/コラボ 2008/04/15

巨匠・東山魁夷の描くイメージに思いをはせる

ロフトワークでは、2008年3月28日(金)に開催された「生誕100年 東山魁夷展」のクリエイタープレビューイベント参加者を募集しました。
今回、プレビューに参加してくださったライターの二階堂 尚さんより、味わい深いコラムが届きました!
すでに観に行った方も、まだ行っていない方も、巨匠のイマジネーションのが描く世界に思いをはせてみませんか?

また、今回は記事の最後にプレビューに参加してくださったクリエイターのみなさんのブログへのリンクを掲載しておりますので、こちらも是非ご覧下さい!

記憶の中の風景のコラージュ

展覧会の入り口の様子。東山魁夷氏の初期の作品が並ぶ。
展覧会の入り口の様子。東山魁夷氏の初期の作品が並ぶ。

展覧会場に入って左へと進むとすぐに二つの大きな絵が目に入ります。それぞれ「残照」「郷愁」と題された絵です。

「残照」は、プロの画家としての東山魁夷の処女作と言うべき作品で、1947年の第三回日展で特選に選ばれ、政府買い上げとなったものです。この画家の最も知られた作品のひとつで、今回の展覧会の図録表紙にも採用されています。

薄暮の淡い光を受け、ゆるやかなグラデーションをなして重なる峰々。手前の峰は暗く、中央の峰はやや明るく、最も遠くの山々はこの時間特有の薄桃色の光で照らされています。
おそらくこの数分後には、すべての山が闇に包まれていくのでしょう。それまでのほんのつかの間の風景を切り取った美しい絵です。

 額の傍らには「千葉県君津市、鹿野山」と書かれています。すでに30代の後半となっていた東山魁夷は、母と弟を相次いでなくしたのち、深い失意とともに鹿野山を訪れたのでした。
しかし、完成した絵は、実は彼の記憶の中の風景のコラージュであることが知られています。旅を愛した東山は、その土地土地で目に焼きつけた印象を集め、鹿野山の風景と合わせてこの絵を作り上げたのです。

しかし、記憶のコラージュであるはずのこの絵は、なぜこれほどに完結しているのでしょうか。峰のうねりや重なり、光と陰、空の白さ──そのすべては自然で必然的です。記憶の断片をたぐり寄せて再構成しようとすれば不可避的に生じるはずの作為が、ここからは一切感じられません。
すべての要素は、画家がこの絵を描く前からそこに存在し、現在もなお確かに存在し続けていると思わせられます。その必然性の故なのでしょう。この絵は観るものに「この風景にはどこかで出会った」という感覚を与えずにはおかないのです。

画家の心の中だけにある場所

 一方、同じ時期に描かれた「郷愁」は、「残照」ほど有名ではありません。季節は五月か六月でしょうか。奥から手前に向かって川が流れ、堤防にはかすかな人跡が見られます。この土地に住む人が稀に歩くだけなのでしょう。
青々と茂った草の間から地面はうっすらと顔をのぞかせるばかりです。遠くにかかる木橋と、その背景をなす山々。そのすべてが、ほぼ緑とそのバリエーションのみによって彩色されています。

この絵の成り立ちも、おそらく事情は「残照」と同じだったのではないでしょうか。写生地は長野県茅野市とされていますが、現実のこの場所に実は山も木橋もなかったとしても、少しも不思議ではありません。仮に、絵の背景をなす峰の連なりや、その手前にまばらに生える針葉樹が現実にはまったく実在しなかったとしても、この画家の内観においてそれは確かにそこにあるものだったのです。

彼は一度見た風景を、自分の内的な世界の中にいま一度生き生きと再現し、その内的な風景の前にふたたび自分を立たせて絵筆を取っています。
このような方法で描かれた絵をリアリズムと呼ぶのかどうかはわかりません。しかし、そうして描かれた絵は、それを観るものにとってはまぎれもなく「リアル」です。それは「どこかで見た」風景であり、「いつか訪れたことのある」場所と感じられます。
私たちが観ている画布の上のほかに、その風景はどこにも存在しないにもかかわらず。

風景に秘められた共感と同情

 存在しない風景への郷愁。見たことのない景色への郷愁。訪れたことのない場所への郷愁──それは今回の展覧会で観ることのできる作品の多くから感じられます。画家の全作品を貫くテーマが郷愁であったとしたら、このそれほど有名ではない「郷愁」という絵を「残照」に並ぶ画家の代表作と考えても少しもおかしくはないでしょう。

「郷愁」という題名の下には「Nostalgia」と記されています。映画監督のタルコフスキーに『ノスタルジア』という作品がありました。タルコフスキーは生前、このタイトルには「懐かしさ」という意味以上に、「共感」や「同情」といった感覚が込められていると語っていました。ロシア語の「ノスタルジア」とは、実は英語で言う「コンパッション」なのだと。

コンパッション、すなわち他人に対する共感や深い思いやりがノスタルジアという言葉の底にある感覚だとすれば、東山魁夷が描いた「郷愁」の底には、あるいはこの展覧会で観ることのできるすべての作品の底には、ノスタルジアの感覚が伏流しているように思います。

画家は、すべての風景、すべての光陰、すべての空気を一度は「自分のもの」とし、それを画布の上に再現しました。そこに共感や同情が生まれるのは、「自分のもの」となったその風景や空気を他人と分かち合いたい、他人とともに慈しみたいという情熱があるからであり、それを実現しようとする努力や工夫があるからにほかなりません。その情熱や努力や工夫のことを、私たちは「表現」と呼んでいます。

生命を排除し、生命を表現する

「坂道の家」ではありませんが、こちらも家の様子を切り取った作品。不思議と、生活の息遣いが聞こえてきそう。
「坂道の家」ではありませんが、こちらも家の様子を切り取った作品。不思議と、生活の息遣いが聞こえてきそう。

存在しない風景、ということについてもうひとつだけ例を挙げます。
今回の展示では第五章となる「町・建物」というコーナーに「坂道の家」という絵があります。オーストリアのクレームスという土地に取材した絵で、「残照」や「郷愁」から20年以上を経て描かれた作品です。

「坂道の家」は、石で建設されたヨーロッパの町並みの一角を切り取っただけの写生画です。この絵の中には人間も動物も登場しません。命あるものといえば、片隅の家の二階の窓枠に申しわけ程度に生える数輪の花のみです。

このような風景を「写生」することは、不可能ではないとしても極めて難しいはずです。現実のこの街角では、子供たちが路地裏を駆け回り、母親たちが洗濯物を干し、自転車の荷台にフルーツをいっぱいに載せた青年がペダルを漕ぎ、日だまりで猫が毛繕いをしていたでしょう。

しかし、東山魁夷は、そこに満ち溢れていたはずの生命のほぼすべてを排除し、ただ石畳と建物と光と陰のみでこの絵を構成しました。そこにあった風景を一度自分の中にとりこみ、絵の中に人間を存在させないという方針(今回の展示会で人間が登場する作品は、わずかに初期の習作二点のみです)に従い、「どこにもない風景」を再現したのです。

しかし、この小さな花のほかは一切の生命をはぎ取った風景が、なぜこれほどに穏やかで、なぜこれほどに人間的なぬくもりに満ちているのでしょうか。こういう風景は確かに世界のどこかにあり、そこには今も人の営みが溢れている。そう確かに思わせる何かが、この絵にはあるのです。まさしく郷愁が、共感や同情が底流しているのです。

心を通じて心に至る

今回の展覧会で観られる作品は100数点。スケッチも50数点に及びます。その多くが、実在しない、画家の心のみに映じた風景であるとすれば、その作品を見て歩くという行為は、画家の心の中を歩くに等しいでしょう。

もしその150余点の中に自分の心が激しく反応する絵がひとつでもあったとしたら、画家の心と通じ合い、「存在しない風景」を画家とともに見たことになります。
それはすなわち、自分の心を通じてこの一流の芸術家の心に至ったということであり、自分の心という捉えがたいものに形と色を与えられたということではないでしょうか。
美術館で絵を観るという単純な行為が、心を通じて心に至るという希有な体験をもたらす──なんと贅沢で、なんとスリリングな体験でしょう。(二階堂 尚)

プレビュー参加クリエイターのみなさんからの声 

他にも、プレビューに参加してくださったクリエイターのみなさんから続々ブログにコメントが寄せられています!
感動の声もあれば、ちょっと辛口の批評もあり・・・。これから展覧会ご覧になる方は、ブログで予習をしてみてはいかがでしょうか?


(順不同)
●おちけん さんのブログ— 「雪、降る」
東山魁夷展、に行ってきました。なんか明日から開催らしいんですけど、「loftwork.comがプレビュー展にご招待」企画で。すごいの!普通に行くと2,000円以上する...

●キバサトコ さんのブログ— 東山魁夷展
東山魁夷展のプレビューに当選したので行ってきました!(一度長文を書き込んだら、エラーが出てしまい少々落ち込み気味ですが、頑張ってもう一度書きます…)実は今まで画集などでしか拝見した事が無く、初めて...

●雲井智子 さんのブログ— 「生誕100年 東山魁夷展」
会期:2008年3月29日~5月18日会場:東京国立近代美術館公式ホームページ:「生誕100年 東山魁夷展」ダイナミックな山々とヨーロッパのスケッチ画に迎えられ進...

●小島健一さんのブログ— 生誕100年 東山魁夷展 内覧会に行ってきました。
先日3月28日に「生誕100年 東山魁夷展」の内覧会にご招待していただいたので東京国立近代美術館へ行ってきました。
僕自身はこれまで東山魁夷の作品に触れた事がなく、... 

●境貴雄さんのブログ— 自然×東山魁夷×会田誠×野田凪
 3月28日、東京国立近代美術館で開催される「生誕100年 東山魁夷展」のプレビューイベントに行って参りました。私のお目当ての作品は、...

●美鈴 秋 さんのブログ— 東山魁夷展/プレビューイベント!
28日は二つの展覧会に行きました。一つはターシャ・テューダー展(下の日記をご参照下さい)、そしてもう一つが東山魁夷展。実は東山魁夷展の方は、プレビューイベントがあると知り、応募させて頂いたところ当選しまし...

●nago さんのブログ— 東山魁夷デトックス
最近スーパー銭湯などに行くと自分ルールで、熱いお風呂やサウナなどで身体に熱気を溜めてMAXになったところで水風呂に入るとゆう猪木スタイルを実践しております。(猪木は昔、真冬に水風呂に入って血糖値を下げる...

●PeN さんのブログ— 「生誕100年 東山魁夷展」レビュー
こんにちは。今回は、ロストワークのプレビューイベントが当選したので、そのブログを書きます。書くのが条件なので。。。(笑)「生誕100年 東山魁夷展」会場:東京国立近代美術館期間:2008/3/29...

●rinc さんのブログ— 生誕100周年 東山魁夷展 @東京国立近代美術館
東山魁夷展のプレビューイベント、行ってきました。行く前の週あたりに、NHKで東山魁夷の特集やってて、彼の人生とかについて一通り知ることができていたのでかねてから結構楽しみにしていました。...

●shion さんのブログ— 東山魁夷展
先週『生誕100年 東山魁夷展』に行ってきました。直に見るのは初めてでした。日本画家という認識しかなかったのでヨーロッパなどの海外の風景なども描かれているとは驚きました。でも、不思議なことにヨーロッパの...

●ロフトワークスタッフブログ— 岩絵の具のマチエールに感激! 『生誕100年東山魁夷展』
戦後の近代日本画界を代表する作家 東山魁夷。死後、10年以上経っても尚、多くの日本人から絶大な支持を受けている、同氏の回顧展が史上最大規模で開催されています。今回は、『生誕100年 東山魁夷展』公開前のプレ...