
もうタイトルと関係ない画像についてはどうでもいいってことにします(笑)。
ということで、良い子のみんなも気にしないようにっ!☆
はい、今日はこんなお話です。
とはいえ環境問題とかで、勢いこのところ「我々」だの「日本人」だの「人類」だの、やたらデカイことばっか書いてしまった気がするので、反省してもう少し身近なレベルでお話できたらいいなぁとか思う次第。
「文化=最強」
これ、もう御存知の方はイッパイいらっしゃるでしょうが。
そうなんですよ。
文化とは、最強の存在なんですよ☆
え?そもそも文化って何?どこらへんを具体的に指すの?といぶかしがる方には、そうですねぇ~大体、今ざっと思い浮かんだもので結構だと思いますよ(無責任!爆)
例えば、文化財とかいう時に浮かぶのは「絵画」とか「音楽」、「詩歌」「書」「彫刻」「建築」…最近はここに「デザイン」も入れてもらえるようになったらしいですね。。
「映画」とか「演劇」、「小説」なんかも昔はたんなる低俗な娯楽という位置づけだったようですが、今や立派な文化活動ですし。そのうち「マンガ」も入れてもらえるのかな?(え?もう入ってるの?!汗)
さらにここに、私は「広告」「放送」「出版」「評論」「報道」なども当然入ってしかるべきだと考えます。といっても「ネット広告」なんかはさすがにまだ歴史が無さ過ぎて、かつレベル的にも(…)な感じではあるでしょうが。。
いやでも、この調子で業界の広告原資の総量が順調に伸びてゆけば、遠からずテレビ広告を追い抜くのは確実だそうですので、そうなると第一級のクリエイターたちがネット広告の分野を主な活躍の場にする時代も来て、レベルもどんどん上がって行くのではないかと…。※お仕事の競争率もね(汗)
このように、それまでの世の中に存在しなかった新しいもの、新しい思想を、個人(または賛同する複数)の独創性に基づいて創り出す行為、そのための努力とか表現の活動そのものを、大きく「文化」と呼んでいいのではないかと。
さらに言えば、そのものが生み出されることによって世界に何がしかのインパクト(=影響)をもたらす行動、であるだろうと。
例えば、アメリカと言う国を語る時に外せないものといえば。
ハリウッド映画
がありますね。
私個人はあまり詳しくないので語りづらいですが。20世紀にヒットした音楽もアメリカ産のものが結構あるような。。(何だそのたよりない言い方。笑)
※詳しい方もしいらっしゃったら自ブログで御高説じゃんじゃん展開して下さい♪←これぞネットの集合知!(うまく逃げた。。爆)
さらにこの他に
マクドナルド・チェーン
コカ・コーラ(ペプシも?)
ケンタッキー
なども、アメリカとほぼイコール(=)で結ばれる関係にあるようです。
個々の商品自体が、というよりも、その企業の宣伝戦略、店舗展開、さらに言うと、その商品を食べる(飲む)という行為自体をひとつのファッションとして消費することが、ある種の”文化”と言えるのです。
※正月のおせちとか、土用の丑の日にうなぎを食うことなんかも立派な文化ですよ~
あと商品イメージということで言えば、マルボロのたばこなんかもそうですかね。
喫煙者でないので味とかは?なのですが、たしかに、あの男のニオイがぷんぷんしてきそうな宣伝は、カッコよかったです。。吸いもしないのに、男性のイラストとかでくわえタバコって絵になるんですよね…でも実は指とかよくわからないが(汗)
色んな新興国とかの大都会が、軒並み「アメリカチック」で「どっか似ている」、ように感じられるのは、どうしてでしょうね?
それはズバリ、「みんながアメリカに憧れたから」に他なりません。
映画とか音楽とかテレビドラマとか、「アメリカという文化」がカッコよかったから、大人から子供までみんながそれに影響されまくったということです。
憧れの対象としてのアメリカのイメージ。
それはマンハッタンの天を衝く摩天楼群であり、そこを闊歩するバリッとしたスーツ姿のオフィスワーカーたちであり。
また、さんさんと日光が降り注ぐカリフォルニアの、ヤシの木かなんか生えている歩道を談笑しながら散歩するいかにもリッチそうな男女のペアの姿であり。
当然のように広い芝生の庭と自家用プールつきの一軒家と、そこに優雅に暮らすホームドラマのような家族の姿であり。
燃費とかまるで無視したバカでっかい車と、それを豪快に乗り回す男たちであり。
ハリウッド女優に代表される”人造的な”ダイナマイトボディの美女たちであり。
とはいえ、いま騒がれているサブプライムローン問題なんかでも見てとれるように、そういうイメージのかなりの部分は”虚飾”、つまり、ほんとに単なるイメージ(実体の無いものとしての)であったということも、最近ではすっかりバレてきてしまっているのですが。(…いかにも”アメリカ的”なピンク色とかの豪邸に「売り出し中」の札がかかって鎖が張られてる光景はほんと象徴的ですよね。。そういえば先日のNHK「マネーの暴走が止まらない」という番組は衝撃的、かつ秀逸でした!感)
現実には、「アメリカ人」の大半は金持ちでもなければオシャレでもない。
ヒスパニック系の移民とかは、日に何ドルという生活レベルで暮らしているし。
アメリカの学生も「彼女が出来ない」事にキレて(?)乱射事件を起こしたりする。
ウォール街を肩で風切って歩くディーラー達だって実はリストラに怯えている。
「アメリカンドリーム」の国にだって、今はもう希望なんかそうそう転がってない。
でも、そういう現実のことと離れて、イメージというものは相変わらずあるのです。
アメリカ=強い国、豊かな国、チャンスに溢れた国…という。
そのイメージが、いまだに世界中の新興都市に「アメリカ的な」都市の姿を量産し続けている。
(ヨーロッパの大都市があまりアメリカ的でないのは、それよりずっと歴史が古かったというのもありますが、自分達にとっては”後輩”のアメリカの真似なんか絶対にしたくなかったという頑なな本音も案外あるのではないか?とか。。笑)
しかし、もうお気づきのように、アメリカの文化が最強だったのは、アメリカという国そのものが「世界の最強国」だった間、です。
もうそろそろ、それは終わろうとしている、と言えるかもしれない。
ハリウッド映画も、アメリカ社会の自己批判的な側面を持った作品なんかが増えてきて昔ほど純粋に楽しめなくなってきましたしね~。
…実はこれを一番強く感じたのは、ついこの間メチャなつかしく再放送していた「インディ・ジョーンズ」シリーズを見た時だったのですが…(あの話、原作的には「イギリス系の」考古学者という設定の主人公なんですが、でもお話の中ではどこまでもハリウッドの、「アメリカ的な」いいキャラとして描かれてますよね。。多分、あの親子関係とかの描き方はあんまイギリス的じゃないと思いますよ?って日本人が言うのもヘンですが。。爆)まぁわき道だから別にいいや☆
でも、これは別にアメリカに限ったことじゃない。
その前(つまりアメリカが最強国である以前)は、世界で最も多くの支配地域を持っているいわば最強国は、大英帝国(現在の正式名称は「グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国」…つまりイギリスのこと)でした。
インドとかスリランカで美味しい紅茶を作るのも、世界中の男性があの形のスーツを着てるのも(ちなみに日本でスーツのことを”背広”と呼んだのも)、イギリスの文化的な影響です。※服飾に関してはヨーロッパではおおむね共通してたようですが
その前は…これはどこって言えばいいんだ?オランダ?(でも最強じゃないよなぁ)
その前は、スペインとかが最強でした。
さらにさらにずーっと遡っていった先に、かの有名なローマ帝国があります。
現在のヨーロッパの国の全ての文化の源流には、イタリア半島に起こった一つの国家の持っていた文化の影響が”何らかの形で”ある、といっても過言ではない。
(ああ、それと忘れちゃいけない「キリスト教」ですね。。)
アジアではほんとに長らく、規模の差はあれ中国の歴代王朝が最強の存在で、すべての周辺国は中国に憧れ、文化的にはその真似から始まり、後にそれぞれの国の風土にあった形にして吸収・継承していました。
日本は途中でちょこちょこ鎖国とかしてましたからその文化的影響が限定的だったりする時代もありましたが、やはり大元のところでは影響は否定できません。
そもそも考えごとする時の「文字」自体がアチラから入って来たものですゆえ。。
わかりやすいのでローマ帝国のほうで話します。
ローマというのは、あの昔(紀元前100年~紀元後370年くらいかな?)でいうと正に「世界のほとんど全てを征服した」と言えるくらいの大帝国を築いた超国家です。
あの頃、というのは地中海周辺と、せいぜい今のフランス、イギリスの下の方、くらいまでが「世界」(わかる範囲の)と言われてましたから。※アジアのほうはあまり知られてなかった。でも中国とは貿易の痕跡もある~
ローマのやり方が上手かったのは、全てを「力」で屈服させたわけではない所です。
有名な円形闘技場がありますが、あれはあの時代の一大娯楽施設です。
あすこでは連日、剣闘士によるスリリングな決闘や、猛獣ショー、スタジアムに水を張って船で海戦(!)の再現ショーなんかまでやっていたそうです。
またほとんどの都市には「大浴場」があり、「劇場」があり、「図書館」があった。
ローマ市民となったものは、これらの公共施設を無料で好きなだけ使うことが出来たそうです。この時代、労働は全て奴隷がすることになっていたので、暇を持て余した市民がよからぬことを企んだりすることがないよう、国家の政策として皇帝自らが主催するかたちで娯楽を提供していたのですね。
そして、この「栄誉あるローマ市民」には、後からなることも出来たのです。
広大な帝国領の中には
・自由な市民が暮らす直轄地
・属州と呼ばれる直轄地に準じた都市
・植民市(文字通りの植民地)
の分類があり、ランクに応じてその扱いには明確な差別が設けられていた。
でも、この属州とかからは「ローマ市民」に格上げが可能だったらしい。
市民になれれば一切の労働が免除され、奴隷たちにかしづかれながら、毎日たらふくうまいもの食って、飽きたら娯楽を鑑賞して…という「文化的な」リッチな生活を享受することが出来たのです。
だから、属州の人々は頑張ってローマに尽くして、労働力や兵隊を供出したりして格上げしてもらおうとした。ローマ的である、と認めてもらうために、どんなに気候が違う土地でもあのずるずるした「トーガ」を着て、ローマの言葉を話した。どんな辺鄙な都市にも立派なローマ建築の遺跡が残っているのは恐らくそのせいでしょうか。
少なくとも、ローマが世界の最強国であった時代は、そうでした。
そうやって、みんなで「憧れのローマ人」になろうとしたのです。
…ああ、これって、現代の「アメリカ人」になりたいと思った人々の心理と同じか。
なんてことを、書きながら今更のように思い出しました。。
かつてアメリカに戦争でボロ負けをした日本人の心象そのものではないか、と…。
間違いなく、日本人は「アメリカ人」になりたいと思ったのですよ。あの時。
(実際に「英語公用語」論なんてのまで歴史的事実としてありましたからね~)
これ思い出してちょっぴり寂しい感じ、がするのは私だけ、ですかね…?
文化が最強である、その最も根源的な理由は。
それが「人間の精神にダイレクトに働きかけ得る唯一の装置」であるからです。
「憧れ」というのは実に恐ろしく強い力を持っている。
豊かさへの憧れ。
美しさへの憧れ。
異性にモテることさえも、憧れとして個人の行動を支配し、喚起する。
日本の古いことわざに「牛を水場に引っ張っていくことは出来ても、水を飲ますことは出来ない」というのがありますが、「力」ではなかなかなし得ないこれを「憧れ」はいとも簡単に可能にするのです。
「水を飲む」という行為=カッコイイ
という明快な図式さえ用意して、それを浸透しさえすれば良いのです。
そんなバカな~…☆とお思いですか?
だったらアナタは多分、とても大事なことを忘れているのだと思いますよ。。
ほんの数十年前まで、我々のこの国にも
「(大きな目的の為に)死ぬことはカッコイイことだ」
という共通認識が、国民全体に極めて広範に共有されていた、という事実を。
だって、そうでなくてどうして、普通だったら痛いことはおろか、死ぬことだって嫌に決まっているのに、若者が自ら志願して「戦争」に身を投じようとしますか?
敵の航空機や艦船に自ら体当たりして死のうなどと、勝手に思いつくでしょうか?
それが「正義」であり、「国を守る」という「大義」に叶う事であり、死後に報われるはずの「善」であり、武士の伝統を有する国に生まれた「男の本分」であり…。
ようするに「カッコイイこと」だったのですよ。
そして、そこに至らしめたのは確かに「文化」の力だった、ということも忘れずに付け加えなくてはなりません。
日本には日本の側の、敵対陣営であったアメリカではアメリカの側の、「国策宣伝部隊」があって、そこが情報を統制し、時にはイメージを捏造して、自らの「正義の戦争」を喧伝していった。
あの頃のアメリカの「軍隊に入ろうぜ!」的な募集ポスターとか面白いですよ。何か戦争なのに「コカ・コーラ的さわやかさ」みたいな(笑)。
海軍のセーラー着た可愛いお姉ちゃんがうふっ♪とか言ってたりして。。
…まぁどんだけこの手のポスターが効果あったかは正直、微妙ですが。。。。
そんなイメージ広告より、はるかに効果あったろうと思うのは
「悪の枢軸vs正義の連合国」
という単純明快な勧善懲悪的図式、だったはずですけどね~。
※あ、これも今のイラクとかで最初のほうわりと使ってたな~…(落)
進んで悪の側になりたいというマニアックな人は少数派でしょうから。もちろん、そうやって「悪」と名指しされた側の内部では全く逆のことを言いまくってたのはもはや言うまでもありません。(例:鬼畜米英。。)
しかし、こういう短期的なことではないのでしょうね。本当のところは。
その国に生まれて、物心ついた時からシャワーのように浴びせられてきた色んな価値観や、目にしてきた風景や、読んだ少年少女雑誌、教科書、学校の先生の表情に至るまで…そういうありとあらゆるものが、個人をある行動に向かわせる「文化」だと言えなくもない。映画やラジオだけとは限りません。(今だったらテレビです)
それは、ある意味では誰一人として完全に制御することの出来ない「生き物」で。
得体の知れない色んなものがくっついて、一つの体を持った「キメラ的」な。
その生き物と、我々とは永久に離れられない運命にあるところの…。
と、最後まで文化の恐ろしげな話で終わっちゃうのはあんまりだ(?笑)と思うのであと少しだけ付け加えてみます。(みんなガンバレ!爆)
いま、世界で「日本」がひそかなブームらしいですね?
昨日もテレビでは噂の黒人演歌歌手さん(超・日本語うまいよね。汗)が見事な演歌をヒップホップな格好で熱唱されてましたし。
あとアキバに代表される日本のオタク文化に傾倒するヨーロッパとかの若者のこともニュースで紹介していたり。(中野でなるとのコスチューム買ってたな~☆)
どうしてこういうことになってるか、たぶん一番よくわかってないのは、日本人自身じゃないかと思います。
「なんか知らないけど売れてるらしい!」という(笑)。
でもこれは、わりと簡単な構図で理解出来ると思います。
ようするに彼ら(欧米先進国の若者たち)にとって、自国の文化や、自分たちが属するアメリカ式の文化に誇りや魅力をイマイチ感じられなくなっているのだろうと。
イラクやアフガンで泥沼にはまっていることとか。
サブプラ問題で景気が不安定化していることも。
ファーストフードばっか食ってるからやたら肥満が多いことも。
若者が最も多く目にするテレビやマンガのキャラクターがあんま「可愛くない」し、「カッコよくない」とかも。
そして、彼らにとっては「カワイイ」「カッコイイ」という新鮮さや驚きを与えてくれるものが、日本から来たものに多かったということなのでしょう。
だから今はそっちを選んでいる。
多分、自分が育った文化にたいする「カウンター」的な意味合いなのだろうと。
このあいだ面白ニュース系のサイトなんですけど、興味深い記事を見かけました。
なんと、「あと100年でキリスト教が消える」と思ってる人が多いらしい!?
↓
http://labaq.com/archives/51045491.html
キリスト教といえば、ヨーロッパ・アメリカ社会と切っても切れない深すぎる関係にあるものですよ。それがこんな認識をされているとは??
そして、同じ記事の中で「仏教に関心がある」と言ってる層の存在も。
こういうことも含めて、「カウンター=対抗勢力」として日本、仏教、さらにはアジア的なるものが捉えられてるのではないかと思うのです。
でも、これってある意味、すごいチャンスではないでしょうか??
日本の外に「日本的なもの」に憧れてる多くの人々がいる。
その良さを、かなり深くはっきりと認めてくれている。
現状、日本は「世界の最強国」などでは全く無いにもかかわらず!
(そりゃ、一時期ジャパンアズナンバーワンなんて吹いてましたが今は昔。。)
ローマに憧れた多くの人々が各地にローマ風の遺跡を残したように。
アメリカに憧れた多くの国がアメリカそっくりな街並みや文化を受け入れたように。
日本に憧れてくれる人々が、「日本のような」何か豊かなものを、価値として全世界に広めてくれる可能性もあるのですよ!
そのキーワードこそ、いま流行の「カッコよさ」や「カワイさ」であるだろうと。
デザインとか、グラフィック的な意味であるかも知れない。
単純に人間の容姿、のことを指しているかも知れない。
あるいは生活様式だったり(町屋とか狭小住宅はやってるよね)、小説やドラマ作りを通してかも知れない。
さらに環境問題で日本の高度な省エネ技術とかが求められているのかも知れないし。
「小さいもの」を愛でる、というありかたも日本的な精神ですよね。
「足るを知る」とかも、もとは禅の思想から来ているし。
多様な価値観を受け入れる柔軟さとか、あいさつとか、謙譲の美徳とか、まぁ考えると色々あります。
そういうの、もっともっと遠慮しないで発信していけばいいんだと思うのですよ。
「世界のみんなが地味で、優しくて、エコで、仲良しになれればいいのにー」とかそういうメッセージ。。日本人がいうなら、ある意味で説得力あります。(笑)
じゃ具体的にどうこうっていうのは、これはもっと簡単なことで。
我々はモノ作りなので、要するに
「自分が良い(=カッコイイ)と思ったものをひたすら作る」
ってことでしょう。それが世界中に売れていくことを夢想しつつ…(笑)
難しく言えば
「自分の創作上の信念を貫けばよい」
ってことですか。
…簡単に言い過ぎてありがたみが若干薄れました(爆)。
でも、基本はそういうことだと思います。
「表現」が持つ本当の力を知る、そして、それを正当に信じる。
その先に自分が思い描く「素敵な世界」があることを、信じて、一歩ずつ前に進む。
もちろん危険な「妄信」に陥ってはいけないわけですが。
そういう自らの緊張感も含めて、ですね。
では、みなさん。
今日も頑張って、己ひとりの「信じる道」を進みましょう。。
ペンで、筆で、マウス&ペンタブレットで、キーボードで。
この手で、いっしょに世界の未来を切り開きましょう♪
我々もまた、「文化」という”最強のフィールド”で戦う「勇気ある戦士」なのですから。。
…あ~、またなんか結局ハナシが大きくなって終わっちゃったよ(苦笑)
※記事を表示できなかった間に見つけたニュース記事で、これもある意味「文化の暴力的なまでの力」を示す側面だなぁ…というようなのがあったので、参考までに追記してみます。ほんと短い記事ですが、考えさせられてしまいます。。
そんな~あの可愛い「にも」が…(汗)
↓
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080627-00000023-jij-int