筑波大学 PROJECT

「情報発信とは研究者の生き方である」
研究者のためのターゲティング・ストラテジー: イベントレポート

研究者のための研究戦略立案・資金獲得などをサポートする筑波大学URA研究戦略推進室(URA: University Research Administrator)。2019年3月26日、3カ月にわたり研究者の情報発信を考えるためのワークグループを行なってきたロフトワークとの共催で「研究者のためのターゲティング・ストラテジー:4人の専門家と『価値』を伝える情報発信を考える」と題したイベントが開催されました。

現在、研究者はグローバルな競争に晒されつつあります。世界のフィールドで頭角を現わすためには、研究内容の本質的価値はもちろん、戦略的な情報発信を検討する必要があります。

今回のイベントでは、そのための方法論を共有することを目指し、論文誌エディター、異分野融合請負人、投資家、研究者として活躍する4名を招き、お話を伺いました。同じ分野の研究者、そして企業や社会に向けて研究者は何を伝えるべきなのか。来場した研究者もふくめ、様々な意見が交わされました。

取材・執筆:矢代 真也

発表1:加藤英之さん(筑波大学) テーマは「届かない研究成果」に価値はないのか?

加藤 英之|筑波大学, URA研究戦略推進室 チーフリサーチアドミニストレーター
筑波大学URA研究戦略推進室 チーフリサーチアドミニストレーター。1992年、素粒子論の研究で理学博士を取得(首都大学東京)、特別研究員PD(東京大学)。1994年より理化学研究所にて脳の情報処理の研究を始める。玉川大学での研究プロジェクト研究員を経て2002年よりニューヨーク大学 脳神経センターで電気生理学者の下で数理的研究を行う。2005年に帰国し理化学研究所BSI 副研究室長を経て、2007年にBSI­トヨタ連携センターで研究室を立ち上げ、脳の情報処理機構の精密計測に基づく脳型情報処理手法(AI)の開発を行う。2012年より現職。

──まず、筑波大学URA研究戦略推進室の加藤英之さんから、研究者の支援を担うURAとはどのような存在なのか、また支援者として現在感じている課題の共有がありました。

加藤 URAは研究者の研究力向上に寄与する専門職です。研究費獲得支援の側面がよく強調されますが、資金獲得に限らず研究時間増大、共同研究機会増大など、研究者が最高の研究パフォーマンスを出せるよう多角的なサポートをする職だと私は考えています。研究費は研究の手段であり、目的ではないのですが、手段と目的を取り違えがちになることには注意が必要だと思います。

研究はその成果(論文で発表)が世界の他の研究者に知的影響を与えることで意義を発揮しますが、欧米著者の論文の方がよりよく読まれる傾向は残念ながらまだあります。自分の研究成果を、世界により広く、より効果的に伝えるスキルを研究者が身に着けるためのサポートもURAとして重要な仕事だと思います。

日本の大学に所属していても、そのような情報ハンディキャップを乗り越えることは可能だと思います。そのための研究発信戦略を本学研究者とじっくり検討して来ました。本日のイベントはその集大成です。

情報発信ハンディキャップを無くすためにできることはたくさんあります。国際会議で可能な限り査読者・引用者の候補全員に会い、自分の研究成果を聞かせる事。また、ライバルの独り舞台にさせないための努力もできます。諸般の事情でインパクトファクターの高い雑誌に掲載できなくても、読むべき人の目に留まるようにして、引用数を稼ぐ手はいくらでもあります。

──戦略的に情報発信と向き合うためには、まずキーとなる人に対し発信し、コミュニケーションをとることが重要と語る、加藤さん。URAの取り組みは、研究者に今後どんな影響を与えるのでしょう。

続いて発表を行なったのは、発光物質に関する研究を行ないながらも、レーザー材料への展開など、ビジネス面での展開にも取り組む山本洋平さん(筑波大学)。

発表2:山本洋平さん(筑波大学) 人を「巻き込む」ための情報発信

山本 洋平|筑波大学, 数理物質系教授、株式会社プリウェイズ代表取締役
筑波大学数理物質系教授、株式会社プリウェイズ代表取締役。1998年大阪大学理学部化学科卒業、2000年に大阪大学大学院理学研究科化学専攻博士前期課程修了、2003年に同博士後期課程修了。2002年から2005年まで日本学術振興会特別研究員、2005年から2010年まで科学技術振興機構研究員。2010年から筑波大学数理物質系准教授を務めたのち、2018年より現職。現在、有機分子や高分子の自己組織化と発光材料、レーザー材料への展開に関する研究を進行している。同研究に加え、国際連携や国際交流にも力を入れている。2018年4月、プリンタブル電子回路技術などを手がける株式会社プリウェイズを創業。

山本 研究情報を発信するメリットは、研究業界向け、一般向け、学内向けと、ターゲットによって、3つに分かれると思います。業界に向けたものは、世界へのアピールや研究費獲得、論文査読に繋がりますし、一般向けですと大学の研究への理解、研究への興味促進が得られることになります。学内向けでも、研究室での学生の獲得や、アクティビティーの認知、さらには昇進に繋がることもあります。こうしてみるとデメリットよりも、遥かにメリットが多いのは間違いないといえます。

私が実施している発信について列挙すると、次のようになります。

①研究成果のビデオジャーナルへの掲載
②大学HPへの掲載・プレスリリース(年1-2回)
③Facebook(SNS)への配信、研究室HPへの掲載
④教員・学生の海外派遣(海外の研究者との共同研究強化、成果発表、コネクション作り)
⑤展示会への出店・参加(Nanotech2019総合展、ギフ トショーなど)
⑥ベンチャー起業

自分がやってきた情報発信をふりかえると、人を巻き込むことのメリットが何であるかがわかります。研究を評価するのは他人であり、いかに複数のチャネルを持ち自分でアピールするか、そういう活動をしていなければ選ばれないのです。

重要なのは、研究を自己満足で終わらせないことだと思います。自分の研究がどの程度人に影響を与えているか考えていけば、自身の研究が及ぼす影響範囲は自分自身の周辺のみから広がり、研究業界に伝わっていく。そして、一般の人々へ届くようになると思います。行き詰まった時、困った時に相談にのってもらえたりもしますしね。

──ターゲットを明確にして発信することの意義について語ってくれた山本さん。「メリットしかない」という言葉に、勇気づけられた研究者も多かったことでしょう。

続いての発表は論文を学術誌に掲載するエディターの立場から。そもそも多くの研究者が掲載を目指している、専門誌では何が起きているのでしょう。

発表3:横山チャールズさん(東京大学/元『Neuron』エディター) 数多の論文のなかで勝ち抜くために

横山 チャールズ
理学士(生化学)をミシガン州立大学、理学修士(生物学)をマサチューセッツ工科大学、理学博士(神経生物学)をワシントン大学シアトル校で取得。シナプス前神経終末における電位依存性イオンチャネルおよびその関連タンパク質の機能および調節について研究を行う。その後、第二のキャリアとして国際誌『Neuron』のシニア科学エディターに転身し原著論文や総説の査読管理に従事。現在はリサーチアドミニストレーターとして、経営管理や科学コミュニケーションの支援指導、さらには学際的共同研究を進めるためのチームサイエンスを促す研究エコシステムの創成に力を注いでいる。

横山 基本的に研究者の活動はとてもシンプルです。「プロジェクトを計画→データ収集→論文を書く→論文を出版する→新たなプロジェクトを計画」という研究サイクルになっています。こうした活動にはファンディングエージェンシー、研究機関、論文誌出版社といった様々なステークホルダーが関わっています。

インパクトの大きい論文と通常の論文の違いは、前者が科学の従来路線から逸脱した発展の起点となり、概念的刷新をもたらすことです。

しかしながらハイインパクトジャーナルに論文をのせることが強調されすぎていることも問題ではあります。質の高いサイエンスを生み出し続ける仕組みを維持するために考えるべきファクターは多様です。

そもそも良い論文のためのコンセプトとは何でしょうか。コンセプトとは知識や意味の認知的ユニットです。言語学的に不明なものは減らしどういうデータを使い、どのように書くかが重要になってきます。究極的には何を書いているか、一般的な言葉でわかるようにしなくてはならないのです。

──誰でもわかる言葉で書くことで、科学のコミュニティが育まれる…。チャールズさんの発表からは、学問の役割への問いかけが含まれていました。情報発信について考えるとき、われわれは「そもそも学問とは何を目指すものなのか」について考えなければいけないのかもしれません。続いて京都大学の宮野さんから、よりラディカルな問いかけが発せられました。

発表4:宮野公樹さん(京都大学) 情報発信・異分野融合・学問

宮野 公樹|京都大学, 学際融合教育研究推進センター准教授
京都大学学際融合教育研究推進センター准教授。1996年立命館大学理工学部機械工学科卒業後、2001年同大学大学院博士後期課程を修了。2010年から京都大学産官学連携本部特定研究員、2011年より現職。思索と実践の自由な場を大学内で創出することで、分野を越えた横のつながりを生み出す試みを行っている。主な著書に『研究を深める5つの問い』〈講談社〉、『異分野融合、実践と思想のあいだ。』〈ユニオン・エー社〉がある。最新刊は『学問からの手紙 時代に流されない思考』〈小学館〉。

宮野 これまでのプレゼンテーションでは、研究者のトレーニングがしたいという発表がありましたが、私はそもそも、研究者の研鑽の場が大学であると考えています。私がやっているのは、研究者間のコミュニケーション促進やコーディネーションと言われたりしますが、全くそういうつもりではない。

毎月開催の異分野交流会も、学際研究着想コンテストも、当然全分野対象に実施しています。大事なのはそこで己の研究観をさらけ出すようなヒリヒリした学問の対話がなされることと、それが継続すること。そうすると他の研究者と磨きあいたい研究者が集まるようになります。

僕は「研究」と「学問」を明確に区別していて、情報発信といったことは、研究においては必要かも知れませんが、学問にとってはどうでもいいことです。つまり、結果としての情報伝達というか、まず発信すべき内容をよくしようとしないとダメだよね、と言いたいのです。

だからこそ、研究者自身が、自分は何のために研究をするのか、何をしようとしていて、それが何をしていることになっているのか。そういう内省と対話をすることが大事だと考えるわけです。

──普遍的に何をすべきか考える必要があるとの問題提起を受けて、会場からも様々な学問観が提示されました。変わっていく学問の中で、何を考えるべきか、その課題の重要性は、研究者のなかで共有されつつあるようです。

次のプレゼンはテクノロジー投資のエコシステムについて。アカデミアとは異なった視点からの研究者の情報発信や企業とのコラボレーションの可能性についてお話がありました。

発表5:中島徹(Mistletoe, Inc. CIO) あなたの研究が世界を変えるために

中島 徹|Mistletoe, Inc. チーフ・インベストメント・オフィサー
東芝に入社後、研究開発センターにて無線通信の研究・無線LANの国際規格の標準化・半導体チップ開発業務に従事し、数十件の特許を取得。2009年から産業革新機構に参画し、ベンチャーキャピタリストとして、WHILLやイノフィス等、日本と米国シリコンバレーでロボティクス、IT、ソフトウエア系の出資を手掛ける。エンジニア経験を生かして投資先の業績改善にハンズオンでコミットし、中村超硬の上場や複数のスタートアップの売却などを実現。2016年にMistletoeに参画、2017年11月よりChief Investment Officerとして14カ国での投資活動の全般を統括。

中島 私は現在、ベンチャーキャピタリストとしての投資活動と並行して、スタートアップのエコシステムを発展させるために、様々な活動をしています。たとえば、フランス発のHello TomorrowというNPO法人の日本法人を立ち上げました。これは、革新的な技術の社会実装のため、ディープテックに取り組む研究者、起業家、投資家を結ぶコミュニティです。ディープテックは破壊的イノベーションを起こすための取り組みですが、それを日本に導入するためにイベントなどを実施し、少しでも先端テクノロジーを扱うスタートアップを盛り上げたいと考えています。

そもそも、ディープテックとは科学研究がベースとなり、時間やお金がかかるものですが、大きなインパクトを生みます。日本のベンチャーや大学発のプロジェクトには、投資を得て世の中を大きく変えてほしい。日本もかつてはウォークマンやVHSなど、成功例がありました。しかも、かつてはスタートアップではなく企業の中からこうした事例はうまれていました。振り返ると、企業内「エンジェル投資家」がいたこと、次に、「プラットフォーム(規格)の主導権を握ったこと」、さらに「提案型エンジニアがいたこと」が要因だったと考えられます。

私は、今は日本にはスタートアップ・スタジオのような仕組みが必要だと考えています。ディープテックと大学と大企業をつなげ、そのままでは世の中に出しづらい研究を、大企業の研究者と一緒に世に出しやすい形にしていく。それをスタートアップに対して行い、海外の投資家とつなぐ。英語でのプレゼンやピッチをし、海外からお金を得て、グローバルに活躍する仕組みにしていくのといいでしょう。

──研究が世界を変えるためには、その知識が羽ばたくためのエコシステムが必要になるのです。そこには、企業や投資家といったアカデミア外の人々との関わりが不可欠になってきます。続いてのこれまでの登壇者を迎えたディスカッションでも、研究につきものの資金源についての議論が交わされました。一部の発言をお届けします。

──まず、横山さんは企業からの資金と、公金のバランスが重要だと指摘しました。

横山 私の分野では企業から投資を得ず、90%以上公金で研究しています。もちろん、企業からのファンディングが増えたほうがいいのですが、倫理的ガイドラインが必要です。そうして投資も分散しないといけない。また同じ研究への予算措置の重複を避け、知識の広がりのための仕組みに変えるべきです。

──次に中島さんは、今後コラボレーションすべきスタートアップと研究者、その違いについて説明してくれました。

中島 研究者の思いと起業家の思い、両者は近いですが、違います。起業家の考える「世界を変える」は、活動を世に出していくのが第一優先です。ところが、研究者は純粋な好奇心から面白いと考えて研究しますが、必ずしも社会に伝わってほしいと思ってはいないかもしれない。

──次第に話題はより大きなテーマへ。フロアの来場者からは、発信以外にも研究者には責任があるという指摘もありました。

来場者:研究者の情報発信が重要で、なぜ必要かを深く考えるべきと提案いただきました。一方で決定的なことが起きる研究は、場合によってはブレーキをかけることも必要です。そのため、研究に関しては、発信力より受信力が重要で、研究成果をどう受け止めるか、その責任感、倫理観も問う必要があるのではないでしょうか。

──そもそも、研究を伝えることの意義はなんなのでしょうか。宮野さんはそこに、研究者の「生き方」すらも関わってくると語ります。

宮野:自分がなぜ研究を面白がっているか。そこに至るまでの自分の生き方を考え、常に問いをメタ化しながら、外部の人たちと対話してほしい。

──ディスカッションでは、研究と資金の話から始まり、研究者の生きる姿勢にまで話題は広がりました。誰に何を伝えていくのか、それは研究者の在り方そのものの問いと同義なのです。そこに至るまでの思考を、どう支援すべきか? そんな大きな問いこそが、URAが取り組むべき課題なのかもしれません。

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