誰のための、どこに向かう変化なのか
「働き方の改革」という言葉は、どこか収まりが悪い。その理由の一つは、改革で成し遂げたいイメージが明確ではないからだ。残業を減らそう、なのか。自由な働き方を推進しよう、なのか。前提を確認しないと、議論さえ始められない。
さらに不幸なことに、この二つの主張は、一見、相反するように聞こえる。残業を減らす改革は、一時的にせよ、管理の強化を意味する。一方、自由な働き方を推進する動きは、一律的な管理やルールからの解放を志向する。彼らは(スタートアップやクリエイターを想像すると理解しやすいかもしれない)、自分の働き方は自分で決められるからほっといてくれ。勤怠管理の強化なんて、全く前時代的だ、ということになる。この議論のすれ違いが、「改革」という意志とは裏腹に、方向性の定まらない凧のように、心許ない状況を生み出している。
しかし、ここにハンナ・アレントのまなざしを加えると、不思議なことに二つの主張は同一線上に並び、一つの向かうべき方向を指し示す。ドイツ出身の哲学者、ハンナ・アレントは著書『人間の条件』の中で、人間の活動を「Labor(労働)」「Work(仕事)」「Action(活動)」の3つに分解している。彼女の言葉を借りれば、現代の私たちの「働く」ことは、「労働」から「仕事」、そして「活動」へと変わりつつある。「活動」は、強制されたり、有用性のためだけに行動するのではなく、一人一人が唯一の存在として動くことであり、周りを巻き込んで生み出す行為を指す。勤務時間の短縮で労働を改善する試みも、個の能力を生かし多様な仕事のあり方を模索する動きも、誰一人として同一ではない「わたし」を尊重する取り組みであり、「働くこと」は人間の存在意義そのものである、という思想の元では同じ未来を志向している。
テクノロジーが多様な働き方を加速させる
今回、「働き方の改革」という視点で事例を見ると、改めて「働き方=生き方」の時代が到来していると感じる。同時にその働き方が一層、多様になっている。この多様な働き方を支えるのが、テクノロジーではないだろうか。テクノロジーは人間の職を奪うように思われがちだが、実は、人間が苦手なこと、やりたくないことをやってくれるのが本領である。それによって人間はより一層、自分の興味のあることや、喜びを感じることに時間を使うことができる。
そんな期待を抱かせてくれた事例が、産地と消費地をつなぐ新しい食料物流プラットフォーム「SEND(センド)」である。生産者と消費者の間にあった流通の非効率などの壁を超え、膨大なデータ分析によって双方の「おいしく新鮮な野菜を届けたい・食べたい」という思いを実現するというもの。農畜産品が消費されるエリア、時間、属性等を把握している先端の物流システムは、今まで流通させることができなかった個性的で多品種の野菜と使い手のマッチングを実現する。このことが、こだわりを持った生産者の多様な生き方も加速させることにつながっているのだ。
大企業においても、社員は同じ場所で、同じ時間に、規定された業務をするという均質な働き方が問い直されている。三井不動産の「ワークスタイリングプロジェクト」では、日本全国にシェアオフィスを開設し、情報漏洩リスクや勤怠管理の煩雑さをテクノロジーで解決することで、大企業の社員にも働く場所や働くスタイルの選択肢を提供している。
またソフトバンクの「ショートタイムワーク制度」も、障害を持つ人など雇用の枠組みに収まりづらい人たちの社会包摂を高める重要な取り組みである。人間工学に基づいて業務を分析し、細かく分解することで、切り出しやすい作業を特定し、身体やメンタルの不調などにより短時間しか働けない社員にアサインする仕組みだ。仕事の単位を見直すことで、企業としての経済性を維持したまま、従来、就職が難しかった人たちに活躍の機会を創出している。
自由人、一人ひとりが英雄である
とはいえ、社会全体で見れば働き方の改革はまだまだ過渡期である。アレントによると、「ヒーロー(英雄)」という言葉の起源は、もともとトロイ戦争に参加した自由人一人ひとりに与えられた名称で、現在のように、一部の特別な人間といった意味合いはなかったという。ヒーローとは本来、自ら進んで活動し、発言し、自分の物語を始めるという自発性を指す。そうであるなら、これから求められるのは、一人ひとり異なる人間の自発性を引き出し、十全に活かすことのできる社会のデザインではないだろうか。
テクノロジーで代替できない人間の価値は、「新たに始めること」である。絶え間ない創始(イニシアティブ)の営みが、かつては想像すらされなかった不可能な事柄を成し遂げ、現在を形成している。これから生まれる新しい働き方の一つ一つが、英雄の物語なのだ。
(2017年グッドデザイン賞 フォーカスイシュー「働き方改革」への寄稿より)