お芝居でしかない状況はつまらない
不思議な縁で『ハッピアワー』の映画監督・濱口竜介さんと話をする機会をもらった。5時間17分という異例の長編映画。
「大切にしたのは?」と聞いたところ、「嫌じゃない、という感覚です」と答えた。
嫌だなと思う場面は、よくあるそうだ。多くは、目の前で繰り広げられている景色が、単なる「お芝居」でしかない状況。もちろん映画なので、事前にシナリオがあり、それを役者に演じてもらう必要がある。それでも、ただ演技されているだけではダメだという。
カメラが捉えている場面の中で、化学反応が起こる。何かの関係性が変わる瞬間がある。その時に初めて、見ている人にカメラに映っていない時間を想像させる強度が生まれる。
そんな場面を捉えたくて、ワークショップで集めた演劇未経験者に配役し、8か月間、毎週末カメラを回したという。そして「嫌じゃない」と思える場面をつないでいったら、あの長さになったという。
「お芝居でしかない状況は嫌だ」という言葉が響いた。自分も似ているから。カンファレンスで司会をするとき、新サービスのアイディア出しをするとき、いかに予定調和を壊して、その場でしか生み出せない化学反応を起こすかに勝負をかける。
「予定調和」とは、つまり、今までに見たことがある何かの再演なのだ。過去に見たものや感じたものが、私たちの判断と想像の礎になっている。だから予定通りに進めると、見通しが立つし、不安は少ない。でも、それは「お芝居」みたいなもの。
一方、「予定不調和」の世界は、アドリブの世界である。想定したものが容易にひっくり返る。意見が衝突して、自分の価値観が揺さぶられることもある。気を抜けない。まとまらない可能性も高い。
それでも、予定不調和のプロセスからしか、新しい化学反応は生まれないと感じている。他人の感覚と自分の感覚が、奇跡的に触れ合う瞬間がある。「強度」が高まる瞬間。そんな場面に出会いたくて、予定不調和を生み出すことに夢中になっているのかもしれない。
△委員会ではあえて長谷川愛さんのアート作品『(Im)possible Baby』を紹介
審議会で予定不調和を生む
今週、バイオ小委員会という審議会で発表する機会があった。国の委員会には、予定通り物事を進めるための様々な工夫がインストールされている。2週間前の事前打ち合わせ、1週間前の資料提出、他委員への事前送付や説明など。事前提出した資料には、「文化庁ではなく経産省なので、できるだけ市場や産業創造の視点でお願いします」というフィードバックもあった。
でも私は、本能的にそれに抗った。事前提出した資料には、当日まで手を加えた。図らずも、プレゼンはトップバッター。席に座ったまま話すのが通例だけれど、私は立ち上がり、スクリーンの前に歩いていった。聞いてくれる人の顔を見ながら、自然に出てくる言葉を伝えようと思った。
8分間の小さな挑戦。でもどこか、空気が変わった感覚があった。
実際、その日の議論は、今までになく積極的に意見が交わされた。異なる視点からの発言や、共感、疑問のコメントがどんどん出てきた。淡々と議事を進めることが役割とされている議長まで、「議長の立場ですけど一言、言わせてください」と、ご自身の経験に基づいた率直な意見を発言した。
勢いづいた会話では、審議会の形式にもコメントがおよび、旧態依然とした委員会フォーマットに疑問が呈された。
「本音が出るのは、飲んでいるとき。だったら、この委員会だって飲み会形式で実施したっていいんですよ」という意見が飛び出した。私も便乗して「大賛成です。飲み会もいいですけど、合宿形式もいいと思います」と持論を展開。1日、朝から晩まで一緒に過ごすだけで、半年かけて定例会議をするよりも濃くて有意義な提言が生まれるはずだ。委員会終了後も、多くの委員がその場に残り、伝えきれなかった意見を交わしていた。
濱口監督風に言うなら、今回みたいな委員会は「イヤじゃない」。
追記:今回、委員会で発表させてもらった「グローバルな異分野融合による新たなバイオ産業創出の可能性」についての発表資料をアップしました。興味がある人は見てみてください。