産労総合研究所が出版している
「人事実務」という業界誌に
「私に影響を与えた上司」というテーマで
エッセイを寄稿しました。
いろんな人に教えられてきましたが、
その中でも特に印象に残っている
伊藤さんとの出会いを書いてみました。
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私に影響を与えた上司 林千晶
その人は、ラウンドテーブル越しに私の目の前に座っていました。伊藤穣一 — 日本のインターネット黎明期から数々のIT系企業の創設に関わってきたベンチャーキャピタリストです。私は、ジョーイ(それが彼の愛称です)に出資をお願いするために、仲間と一緒にその席に座っていました。その頃私たちは、ベンチャー企業を立ち上げたばかりだったのです。
私は、用意してきた何十ページもの事業計画書を彼に見せました。計画書はある程度形になっていたと思います。市場性は高いし、3年以内に黒字化できる美しい損益プランも盛り込まれていました。数字の根拠は、実はほかの多くの事業計画書と同じで、エクセルに数字を入力して成長率1.5をかけただけ。でも、見通しが右肩上がりでないと投資を引き出すことはできないし、何より、投資家はそういうポジティブなビジョンが好きだということを、私はそれまでの経験で知っていたのです。
ジョーイは、その事業計画書をパラパラとめくって、すぐにテーブルの上に置きました。そして、少年のように澄んだ瞳で私をじっと見て、こう言いました。
「何がやりたいの?」
私はどきっとしました。その瞳は、「僕が知りたいのは、事業計画よりも、君という人間なんだよ」と語っていました。私は、自分の嘘や驕りを見抜かれた気がしたのです。本当にやりたいことが何かをまじめに考えずに、きれいな数字を並べれば、自分のことが相手に伝わると考えていたことに、私は気づきました。「この人に嘘はつけない」と思いました。何か言おうとしたけれど、何も言えませんでした。これまで見たことがないくらいにうろたえている私を見て、同席していた仲間が慌てて助け船を出してくれました。その後のことは、よく憶えていません。でも、ミーティングの終わりに、ジョーイは、「投資したいと思う」と言ってくれたのです。
それから8年。私たちが立ち上げたベンチャー企業「ロフトワーク」は、現在社員35名、毎年160パーセント以上の成長を続ける会社にまで育ちました。ようやく「期待できるベンチャー企業」と言ってもらえる会社になったのかなと思っています。ジョーイに出資をお願いに行ったあの8年前のことを今あらためて振り返ってみると、あの時点で私たちに1000万円ものお金を出すことは、やはり普通ではなかったと思います。当時、ジョーイは30代半ば。お金の使い道に困ったお爺さんでもないですし、彼自身、自分のお金を使ってやりたいことがたくさんあったはずです。
8年が経って、私も30代半ばになりました。私は今、「何ができるの?」ではなく、「何がやりたいの?」と社員に問いかけるようにしています。あの時、ジョーイが私にそう問いかけてくれたように。今何ができるかとか、何ができないかとか、そんなことはこれからの可能性に比べれば、とてもちっぽけなこと。可能性が無限に広がっていて、何かをやりたいと強く思い続けることこそが、一番素敵なことなのだから。
ジョーイ — 伊藤穣一さんは、今もロフトワークの株主であり、今も私の偉大な「上司」です。
Comments 6
こちらでは初めましてでしょうか?イラストレーターの本橋です。
ときどき読ませて頂いていますが、今回の話には何というか感銘を受けました。
たぶん、ジョーイさんは思わずとまどってしまった林さんにある種の誠実さを見たのではないでしょうか。
その時は、着飾った数百の言葉よりもそのとまどいの方が、彼の誠実な問いに答える側の誠実さ、だったのだと。部外者には推測でしかないですが…。
ほんとにいい話ですね。。
私にも影響を受けた素晴らしい上司や先輩がいます。
いつかあの人たちのようになりたいと思います。
伊藤穣一さん・・・今つながった。
1月にマカオであったうちの会社のアジアパシフィック全体会議に、パネルディスカッションのパネルとしていらっしゃってました。
うちみたいに、図体だけ大きい会社でも、最近はいろんな形でベンチャー企業とパートナーシップを組むことを(やっと!)真剣に考え始めたみたいで、第一人者の伊藤さんに語ってもらう企画だったよ。
ロフトワークの、千晶ちゃんの、そんなに大切な人だなんて、知ってればお話できたのにぃ!
ぜんぜん違う場面で出会うと、なかなかつながらないものね!
私も尊敬するボスいます。もう辞めてしまったけど。意識的にも無意識でも、問題に直面すると、「彼女ならどうしただろう?」って考えます。そうすると、なんとなく道が見えてくるから不思議。
大切にしたいですね。
本橋さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
「とまどってしまった林さんにある種の誠実さを見たのではないでしょうか」
そうかー、そういう考え方もあるんですね。そうだとうれしいな。8年前のことなのに新しい見方があって面白いです!
みっちぃ、伊藤さんに会ったんだね。話したらよかったのに。素敵な人だよ。私は大好きです。
でも皆さん、尊敬する上司がやっぱりいるんですね。それはいいことだなぁ。そして私たちが果たさなくてはいけない役割は、お世話になった上司に恩返しするのではなく、彼らから教わったことを下のことたちに教えることだと思うのです。つまり、私たちが「尊敬する上司」にならないとね。
一緒にみんなで頑張りましょう!
I’m a university student in Korea. I’ve recently attended “2008 CC Korea Conference” where you’ve made a presentation and I felt very impressive about your company’s policy using CCL. I’m interested in CCL for the best answer to share the contents productively in Internet world. I’m planning to go to Japan to research the use of CCL in Japan through the international interchange program supported by Korean government and I’d like to visit your company. I plan to take part in iSummit ’08 Sapporo, and I’d like to meet Chiaki Hayashi(Loftwork) and seek your advice of the use of CCL as the way of the spread of the sound sharing culture.
Sorry. My E-Mail adress is “nemogamja@naver.com”.
Hi JUNG YUNG JOON,
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See you in Sapporo!