ロフトワーク

海か、山か、芸術か? ケンポクのススメ(その二)

img_3598ザドック・ベン=デイヴィッド《ブラックフィールド》

茨城という地が紡ぐ奇妙な物語

 茨城は、奇妙な場所だ。「茨城といえばこれ」という有名なものがあるわけではなく、(それゆえか)人気ランキングではいつも最下位を争っている。では、本当に面白いところがないのかと問われれば、答えは、ノー。知れば知るほど、興味深い事実が出てきて、見たことのない景色に引き込まれていくことになる。
 
最初に強烈に惹きつけられたのは、日鉱記念館だ。日立駅から車で約20分離れた日立鉱山の跡地に建てられたこの記念館では、明治以降の日鉱グループ(現、JXグループ)の軌跡が展示されている。びっくりするのは、たった一つの銅山から、日産自動車、日立製作所、JXグループという、現在の日本を代表する3つの企業が生まれていることだ。
 
採掘した銅を坑道内で運ぶための技術が、自動車をつくる技術の基礎となり、日産自動車へと繋がる。採掘された鉱物を地下深くから引き上げ、平地まで移動させるための動力や滑車の技術が、日立製作所を生む。そして生まれたエネルギーの販売は、時代に応じて形を変えながら、現在もJXグループの主力事業として続いている。 
 
また、記念館の展示を眺めると、興味深い事実が色々と見つかる。例えば、「一山一家(いちざんいっか)」というコンセプト。勃興するこの地域に多くの人が集まったため、日立鉱山の創業者は売店や病院、学校、娯楽施設などを完備して、1万人以上の従業員が一つの大きな家族のように安心して暮らせる環境を整備しようとした。壮大な経営ヴィジョンなのである。
 
また「山中友子(さんちゅうともこ)」という互助制度も存在していたらしい。鉱夫たちの互助制度だったようだが、写真に写っている男たちの様子が妙に仰々しく、何やら謎めいている。展示パネルにはさらっと「挨拶をして一度仲間になれば、金の工面もするつながり」と説明してあったが、一体どんな「挨拶」だったのだろう。(ちなみにこの展示にインスピレーションを得て生まれた作品が《A Wonder Lasts but Nine Days ー友子の噂ー》である)。
 
いずれにせよ、この鉱山が日本の近代化を支えていたという揺るぎない事実が記念館には詰まっていた。それが一層、現在の静けさを際立たせる。あらゆることは、夏の夜の夢の如し。
 
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チームラボ《小さき無限に咲く花の、かそけき今を思うなりけり》
 
また、東京藝術大学の創設者である岡倉天心が、東京から移り住み日本美術の礎を築いたのも、県北エリアである。ここで横山大観、下村観山、菱田春草らと、日本の伝統絵画と西洋画を融合させた、新しい日本画の創造を目指した。茨城県北芸術祭では、その系譜に敬意を払い、「天心記念五浦美術館」をメイン会場の一つに選び、チームラボによる個展《チームラボ 小さき無限に咲く花の、かそけき今を思うなりけり》を開催している。日本美術の再解釈に挑戦したのである。
 
他にも、国内有数のパワースポット「御岩神社」があったり、日本三大名瀑の一つ「袋田の滝」あったり、日本最古の宇宙船の記録「うつろ舟」の漂着地だったり、強烈な物語が次々と出てくる。日本の高度成長を支えた近代鉱工業の勃興と衰退。変わらずにそこに佇む自然。未来を考え、つくる人たちにこそ、ここに足を運び、感じてもらいたいと思った。
 
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干渉する浮遊体(ハッカソン)《干渉する浮遊体》

ハッカソンからアートは生まれるのか? 

この芸術祭は、規模だけでなく参加アーティストの多様性も群を抜いている。世界的に活躍しているダニエル・ビュレンザドック・ベンが参加しているかと思えば、森山茜落合陽一など、芸術祭参加は初めての新鮮なアーティストもいる。北澤潤力石咲のように地元での対話に重きを置くコミュニティ型のアートもあり、AKI INOMATAラファエル・ローゼンダール岩崎秀雄+metaPhorestのようなテクノロジーを駆使するバイオアートやメディアアートもあり。
 
今回、面白い挑戦をさせてもらったのは、芸術祭に初めてハッカソンを導入したことだ。ビジネスの世界では、常識にとらわれず新しい価値を見つけるための手法として、ハッカソンは日常的に取り入れられている。これがアート作品の制作においても有効なのではないかと考えたのだ。テクノロジーは飛躍的に進化している。うまく連携させれば、アーティストの想像力はグッと高まるし、表現の幅も広がるはず。アートにおけるオープンイノベーションの試みだ。
 
今回は、100人を巻き込んで『KENPOKU Art Hack Day』を開催した。アワード形式で、キュレーターには審査員を務めてもらい、優秀チームを公式アーティストとして迎える仕組みだ。参加の応募は全員、公募で集めることにした。「やってみたい」という情熱が大切だから。その上で、参加してもらう人を丁寧に選んだ。科学者、アーティスト、デザイナー。地元、東京、それ以外。男、女。学生、会社員、フリー。多様なバックグラウンドがないと、新結合は生まれない。
 
土地への理解を深めるプロセスも織り込んだ。1泊2日の現地訪問ツアーを行って、茨城の歴史、景色、風、行き交う人の存在や声に耳を傾けてもらう機会を作った。それ以外は、参加者主体で進行。何をテーマにするか、誰とチームを作るか。徹夜の議論が互いの理解を深め、ユニークでセンスの光る作品が生まれた。どれもハッカソンという手法を用いなければ生まれることのなかった作品ばかりだ。
 

KENPOKU Art Hack Day (Long ver.) from loftwork on Vimeo.

例えばグランプリに選ばれた《干渉する浮遊体》。これはシャボン玉の研究者と、地元のガラス作家、音や映像のエンジニアらのチームから生まれた作品だ。一瞬で消えるはずのシャボン玉が、透明なガラスの器の中で、ゆらゆらと幻想的に漂う。現在、大子町の麗潤館で展示されているが、見た人からいつもため息が溢れる人気作品になっている。
 
それ以外にも納豆菌から構造物をつくる《ヴァイド・インフラ》3331α Art Hack Dayから生まれた《Sound of TapBoard》《CALAR.ink》、21世紀美術館バイオハッカソンと連携したBCLや、WIRED Cretive Hack Awardでも圧倒的な才能を見せた落合陽一など、アートの新しい表現が存分に取り込まれているのも、茨城県北芸術祭の面白いところだと思っている。
 
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落合陽一《コロイド・ディスプレイ》


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