東京急行電鉄株式会社 PROJECT

渋谷の“都市づくり” Shibuya Hack Projectの現場から

現在進行形で行われている渋谷の“都市づくり”Shibuya Hack Projectの現場についてプロジェクトメンバーへインタビュー

はじめまして、藤末萌です。私は普段、建築分野のPRやイベントマネジメントをメインにお仕事をしています。フリーランスとしてさまざまな団体のお手伝いに出かけているのですが、PARADISE AIR(*1)の運営や旧関東財務局横浜財務事務所活用事業(*2)の立ち上げに関わる中で、「タクティカル・アーバニズム」という言葉に出会いました。

公共空間で小さく一時的なアクションを起こし続ける事で、自分たちの望むまちを作っていく。タクティカル・アーバニズム(戦術的都市計画)は市民の小さなアイディアの積み重ねでまちの全貌までも描き換えていこう、というこれまでの行政主導・トップダウン型の都市計画とは全く逆のアプローチをもった取り組みです。実はいま、渋谷でもそんな活動が始まっていること、ご存知でしたか?

今回、ロフトワークの石川由佳子さん、岩沢エリさんに現在進行形で行われている渋谷の“都市づくり”SHIBUYA HACK PROJECTと12月2日開催のトークイベント「都市に新しい選択肢をつくる ─ HACK OUR CITY」のお話を伺いました。

*1 PARADISE AIR:松戸駅前にある元ホテルの建物を活用したアーティスト・イン・レジデンス 
*2 旧ZAIM:スポーツ×クリエイティブをテーマにした新しい横浜の創造拠点、2017年全貌公開

渋谷のまちをハックする!? ─ SHIBUYA HACK PROJECT

ロフトワーク 石川由佳子(左)と岩沢エリ(右)

─ 「都市に新しい選択肢をつくる」ってとてもいい言葉ですね。そもそも、岩沢さん、石川さんが手がけるSHIBUYA HACK PROJECTはどんなプロジェクトなんですか?

岩沢(ロフトワーク):1年ほど前からはじまったんですが、実は当初は具体的なプロジェクトではなかったんです。ハード面での開発事業では手の届かなかったような、まちの人の視点やクリエイターの発想を取り込んだソフト面への取り組みを始めたい、けれどノウハウがない、どうやって進めよう?という状況から、東急電鉄の渋谷まちづくり担当のみなさんとスタートしました。

プロジェクトメンバーで対話を重ねていくうちに分かったのが、渋谷のまちはハード面での開発はとても得意で、ソフト面でもテナントを集めたり大規模なイベントなどアクティビティを作り出す企画力も持っている。ただ文化を一緒につくっていくときには、従来のやり方とは違うアプローチも必要だということでした。

石川(ロフトワーク):渋谷のもつ課題を読み解くにあたって「ボトムアップ」「個人の力をいかに引き出すか」「まちに選択肢を作っていく」の3つが大きなテーマになりました。渋谷を素材に表現活動をすることが新しい文化を作っていくのでは、という発想からありそうで無かった小さなアイディアをまちに出してみたり、現場に入り込んで実験を繰り返してみる事をはじめました。この活動をわたしたちは「ハック」と呼んでいます。

表現素材としてのまち、渋谷

SHIBUYA HACK PROJECTの実践はすでに始まっています。渋谷音楽祭2016にあわせて開催された「Street Furniture」では6人のクリエイターが参加し、歩行者天国になった道玄坂に新しい家具の提案を行ないました。

「まちの視点を獲得する」をテーマにスリッパとスケッチブックを持ち、まちの状況に身を置くフィールドワークをおこなった1日目。人の行動やまちの観察をしてイメージを膨らませ、プロトタイピングを進めた2日目。1週間のブラッシュアップ期間を経て、最終日には実際に作ったストリートファニチャを道路に置いたり、すでに道路にあるものをアレンジしてストリートファニチャに見立ててみることで、音楽祭の来場者の反応を直に探る実験となりました。

石川:「市民からはじまる、渋谷らしい新しい都市づくりプログラム」として地元商店街のみなさん、クリエイターの方々、学校、行政を巻き込んで、ロフトワークと東急電鉄のみなさんで運営をしました。

普段は通り過ぎてしまう道路にストリートファニチャを置くことで、まったく違う活動の意味を持たせたり、まちの資産としての道路=公共空間を可視化することを目的にしていました。私たちからはSHIBUYA HACK PROJECTのスタンスをざっくり説明して、「この場所にこういう意味を作っていきたい」「こんなイメージをまちに投入してみたい」と投げかけました。すると6人6様に咀嚼して、アイディアが生まれてきたんです。

岩沢:今回は道玄坂にエリアが限定されていたことや渋谷音楽祭という状況があったので、来場者に対して今までになかった体験や新しい気付きを生むには?という方向性がありました。あるクリエイターは「渋谷の視点を変えたい」というところから始まって、鏡で渋谷の空を写し込むようなベンチを作ってみたり、また別の人は道路にあるカラーコーンや標識にひとが寄りかかって佇む様子を発見して、そのアフォーダンスを活かした「何がどうなれば椅子になるのか?」という実験をしてみたり。ゴールイメージを絞らない実証実験としてみたことで、全員がまったく違う発想で取り組んでいました。

─ 渋谷っていつでも人が溢れていて経済活動も日本で五指に入る様な街ですよね。横浜在住の私からすると、まちづくり的に解決しなければいけない喫緊の問題ってなんだろう、と疑問に思う部分がありました。課題解決ではなく表現素材としてまちを捉える、というのは納得です。

石川:SHIBUYA HACK PROJECTのポリシーはそうですね。渋谷のまち自体が表現の対象で、課題解決ではないクリエイティブな欲望をベースにとらえています。一方で見えにくい課題としては、渋谷周辺の開発が進んできた中で、ここ10年の社会の変化に従来のやり方では対応できなくなってきている、という思いがあります。ひとが集まる場所があれば自然と活動が生まれ、文化が生まれる時代が終わりつつあるという感覚があり、事業者として能動的にそれらの活動を生み出していく方法を探っています。

渋谷道玄坂をハックした「Street Furniture」

渋谷のストリートに突如出現した家具!? Street Furniture@渋谷音楽祭2016 〜「シブヤのまちづくり」を自分事として楽しむ方法

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文化は自然発生するものではなくなった

岩沢:渋谷は空室率は低くても文化という側面では弱い部分があったり、若者がいないエリアがポッカリとあったり、まだ数字には出してないけれど肌感覚で実感できることがあると思います。文化は自然発生するものではなくて育むもの。そこを始点にすると、新しいビルを建てることだけが最良の方法とは限らない、という課題意識をプロジェクトの中で共有してきました。

─ 意識して使い分けていると思うんですが、「都市」づくりという言葉に魅力を感じています。普通こういった話になると、「まちづくり」という言葉が使われますよね。

石川:「まちづくり」に紐付いている地方のイメージや過疎化といったイメージから少し距離を取って、新しい文化が生まれにくくなっている都市の課題にフォーカスしたいと思っています。人の熱量や情報が集積してカオスな感じは渋谷ならではの魅力。都市的な寛容さや課題解決型ではない「ハック」な取り組みやを表現するために「都市づくり」と呼んでいます。

─ 渋谷にいる人達って地縁を感じないというか。どこそこに住んでいる誰其さん、よりも何々をしている/で働いている誰々さん、という感じで、人がアクティビティに紐付いている印象があります。「都市」の方がしっくり来るのはそういう理由もありそうですよね。

岩沢:渋谷って舞台性の高い街だな、といつも思っていて。新しい表現にアンテナを張っている人達がいて、自分が作ったものを見せることができる、影響を与え合うことができる場所だと感じています。人に対して投げかけるような表現活動は、舞台性があるところでないと成り立たないなと思います。

石川:渋谷という都市から文化を取り去ったら、とっても平凡な街になっちゃうんじゃないかなと。創発的に生まれる表現や文化を都市の価値として重ねていくことができたらと思っています。

岩沢:SHIBUYA HACK PROJECTを始めて、まちの人達と関わる機会がすごく増えました。あるひとつの事柄だけにフォーカスするのではなくて、関わる人の生活や仕事にまで視野を広げて、なんならまちに出て一緒に体感してみる方が未来へ価値あることは何だろう、を深く考えられるし推進力を獲得できる気がしています。まだまだ仮説状態なのですが、SHIBUYA HACK PROJECTのような参加型の団体だからこそ、フラットな関係でまちで実験してみる事ができています。

日本の中で上手くいったまち、というよりも世界の中で「渋谷は超クリエイティブな都市」という認識になるといいですね。世界中から表現したい人、挑戦したい人が集まってくるような場所にしたい!SHIBUYA HACK PROJECTの大きな目標です。

ここからはロフトワークの棚橋弘季さん、渡部晋也さんにも参加いただき、ものづくりと都市づくりの交点について紐解いていきます。

ものづくりの主体が企業主体からユーザー主体へ変わってきている、というロフトワークチームの実感がおおきな原動力になっているこのプロジェクト。小さなアクションの積み重ねが新しい文化をつくり、これからの渋谷の輪郭を描いていく、という青写真にはそのアクションを下支えする土壌が不可欠です。

まちに漏れ出す未来の価値観

─ ものづくりの視点から都市を考えてみる、というのはとても魅力的ですが、大きなスケールの変化があるとも感じます。その隔たりを横断するような気付きがあったのでしょうか?

岩沢:今はまちに漏れ出している情報が多すぎて、例えば109全フロアを見てもトレンドが読めなくなっているんですよね。で、まちで何が起きているかというと、中心から少し外れたエリアににエッヂの効いた集客力をもった路面店ができていたりする。この状況って、人々の価値観や求めているものの変化の予兆のように感じるんですよね。

石川:SHIBUYA HACK PROJECTでは、すでに渋谷で活動しているハックの仕掛人にインタビューをする360°ラヂオというプロジェクトもおこなっています。以前取材した小さなコーヒーショップABOUT LIFE COFFEE BREWERSでは、世界中のコーヒーコミュニティにつながっている一方で、角地のほぼ外のような環境のお店なので近所のタバコ屋のおばあちゃんともとても仲良かったりするんですよ。

渋谷の”余白”を埋める仕掛け人たちとの対話をラヂオ形式で配信

だから近所の状況をよく知っていて、もしコラボレーションして今の渋谷に必要なサービスを考えてみたら、新しい視点が生まれるかも、とか、アンケート等ではない人や活動に紐付いた新しいマーケティングの手法にもなるかもしれないな、とか。めちゃくちゃニッチなニーズをつかめるかもしれないし、容易に日本という枠を飛び越えて行けるかもしれないですよね。

─ 面白いですね、ぜんぜん万遍なくない。いびつだけど、すごい鉱脈が見つかりそうな気がしてきました!

岩沢:マーケティングの視点を持ってまちを歩くとそんな風に見えてくる、じゃあ、SHIBUYA HACK PROJECTで仕掛ける側の人達と一緒にフィールドワークをしたらきっともっと見えてくることがありそう。そう思って、Street Furniture(前編参照)のフィールドワークでは東急の方、クリエイター、商店会の方たちと一緒にまちを歩いてみたんです。別の視点をもった人と一緒に歩いてみると、それぞれに「そんな所を面白がるの?!」という発見がありました。

視点が多様であればあるほど面白い、というのはものづくりも一緒で、仮説を立ててアイディアを形にして価値観を実験してみたいとき、仮説の時点で沢山の視点が必要になってきます。事業として取り入れられそうな事を見つけていくという点でも、できるだけ早く沢山の試作をつくって反応を見てみる事が必要です。

石川:ものを早く作る手段はたくさんあるし、誰でもできるようになってきてますよね。開発に何年もかけたものを展示場に置いて反応を見るのではなく、まちをフィールドに試作品をどんどん投入していくような状況にしたいですよね。

岩沢:都市計画的な姿勢だと何十年とかかってしまう所を、短期で実験しながらすすめていくタクティカル・アーバニズムの考え方の中にも、ものづくりの場「まちの研究所」を持つことは大事なんじゃないかなと思っています。

沢山の当事者を巻き込んで多様な視点を得ていくことは、ものづくり・都市づくりに両方に通じる重要なプロセス。個人がアイディアをすばやくカタチにできるようになったものづくりの現状と小さなトライアルを重ねながら進めていく都市づくりには親和性の高さが伺えます。 一方、マスタープラン主導の都市計画とは全く逆のアプローチをとるSHIBUYA HACK PROJECTでは、大きなビジョンを描きにくい、というボトムアップ型ゆえのジレンマも。

まちの自由度を設計する、という新しい計画のかたち

渡部:クライアントワークでは通常、マイルストーンや細かい事業計画が求められがちだと思います。SHIBUYA HACK PROJECTのようにボトムアップで実験を重ねていくプロジェクトって、なかなか細かい事業計画を立てづらいと思うんだけど、そのジレンマってあった?

石川:それ、今まさに悩んでいるところ!けれど、ビジョンやコンセプトを作ることはとても重要だと思っているので、今期はひとまずやってみる、というフェーズです。その結果を以ってこの先の目標を立てていこうと思っています。

渡部:ボトムアップのプロジェクトだからこそあるジレンマについて、棚橋さんはどう考えてますか?

棚橋:計画の仕方が変化してきている、というのは感じるね。僕は仕事で空間づくりのお手伝いしているんだけれど、オフィスとしても使えて、たまにイベントスペースにできて、料理もできる部屋、みたいな自由度を求められることが多くて。単一機能ではなくユーザーがある程度手を入れてカスタマイズできるような計画が増えてきています。まだまだ小さな市場だけれど、一商品一機能で生じてしまうスキマ空間を埋めていくようなあり方。それを「ハック」と呼んでいるのでは?

これまでは完成形を完璧に計画して提案することが求められていた、けれど、このSHIBUYA HACK PROJECTでは完成形をイメージせずにこんな部品、こんな要素があればまちが変わっていく!という仕組みを計画していると思います。共有すべき「ビジョン」という言葉の定義もいわゆる完成図ではなくて、色んなことが出来るまちのイメージ、自由度の高い設計図というほうがしっくりくる。

─ これまでのロフトワークのお仕事での実感なんですね。

棚橋:例えばこのカメラ(OLYMPUS AIR)だと、ほとんどレンズしか無いような作りなんだけどスマートフォンと連動することでカメラの機能をハックしている。アプリやアクセサリーでカスタマイズすることでカメラの自由度が格段に上がっていて、何と何をどう繋ぐか?つまり、どんな入り口を開けばユーザーが自分仕様に使うことが出来るか?というところを主に設計しています。

SHIBUYA HACK PROJECTも同じように、今あるスキマをどんな風に開放してルール作りをするか、という所がポイントになってくるんじゃないかな。

OLYMPUS AIR

─ ユーザーに対する信頼をすごく感じます。能動的な、「どうやったらもっと面白く使えだろう?」というユーザーの気持ちがないと使いこなせないですよね。

棚橋:そうそう。なのでこれを作るときには商品単体ではなく、一般の人がいきなり手にして困ってしまう前のワンクッションとして、このカメラを面白く使ってくれるコミュニティを巻き込んで、アプリ開発やアクセサリー開発も一緒に進めていました。

石川:ロフトワークの空間づくりでも、使い方が明白で機能的な場所を作るというより、なるべく余白の多い状態で手渡して、そこを上手く使っていける人を一緒に育てていくやり方が多いですね。ユーザーコミュニティを育てて空間の機能を上書きしていくような。

岩沢:今期のSHIBUYA HACK PROJECTで私達がまずやってみる、近しい人達から巻き込んでいく、というのはすごく重要なことだったと思います。まちの余白に見えているものは本当に余白なのか、何が描けるのか、トライアルを通じて深く考えてみる事ができたし、そこにある自由度の大きさを手探りながらも測ってみることができました。

─ 今回のイベントではきっとSHIBUYA HACK PROJECTの入り口が広がって、この活動にタッチできる人や協働したいという人も増えるでしょうね。

藤末 萌

Author藤末 萌(ライター・PR・プロジェクトマネージャー)

横浜国立大学大学院Y-GSA卒業後、DESIGNTIDE TOKYO 2012事務局アシスタントを経て飯田善彦建築工房に入社。設計スタッフとして活動しながら、併設されている建築系ブックカフェ「Archiship Library&Café」の店長として企画・運営を担当、「設計事務所をまちにひらく」活動を行なってきました。様々なイベントのコーディネートや書籍の出版業務を通じて建築とそのまわりをつなぐ楽しさに目覚め、退社後の2016年よりフリーランスとして建築系のイベントやプロジェクトのPR・マネジメントを行なっています。

現在は千葉県松戸駅前にある元ホテルを活用したアーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」の広報・運営や、2017年春横浜にオープンした“次の”スポーツ産業の共創を目指すクリエイティブスペース「THE BAYS / CREATIVE SPORTS LAB」の運営事務局、30年後の都市と建築のためのプラットフォーム「パラレル・プロジェクションズ」の事務局等、建築・都市を主軸としたさまざまな出来事の現場に飛び込んでは建築系PRのあり方を探っているところです。

プロジェクトの詳細

東京急行電鉄株式会社 デベロッパーと挑戦した新しいまちづくり

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