性の課題解決から生まれた、新市場と社会的ムーブメント
「フェムテック」に今こそ注目するべき理由
「フェムテック」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。生理やセックス、妊娠や更年期など、女性特有のココロやカラダの悩みをテクノロジーで解決するサービスを指す言葉として、2012年ころから使われるようになりました。
身体の変化を記録するためのアプリや下着、痛みを軽減するデバイスなど、さまざまな製品やサービスが生まれ、世界中の投資家や企業から注目が集まりつつあるフェムテック。海外では欧米を中心に、その市場が急速に拡大しています。
ここ日本でも、さまざまな技術・ノウハウを持つ企業がフェムテックに参入し、性にまつわる課題の解決を目指すサービスやプロダクトが社会実装される流れが生まれて欲しい。そんな思いから、ロフトワークでは「広がるフェムテック市場。女性のココロとカラダの悩みを解決するサービスをデザインしよう。」と題したイベントを開催しました。
ゲストにお招きしたのはフェムテック市場における日本のパイオニアのひとりであるfermata 株式会社のCCO中村寛子さん。そして、女性起業家や女性主体の事業を創出し続けてきた株式会社uni’que CEOの若宮和男さんです。
ロフトワークの岩沢エリがモデレーターとなり、フェムテックについて学ぶインプットトーク、登壇者によるクロストークを行った様子を、前編・後編にわたって紹介します。
執筆:中嶋 希実
写真:ただ(ゆかい)
編集:岩崎 諒子(loftwork.com編集部)
開拓が始まったばかりのフェムテック市場
fermataは「あなたのタブーがワクワクに変わる日まで」を合言葉に、女性のウェルネスに関連する事業を展開しています。ヘルスリテラシーを向上するイベントの開催やフェムテック商品を扱う店舗の運営、コンサルティング、フェムテック企業向けの薬事や輸入業務を担い、フェムテック市場を開拓し続けてきました。
フェムテックとは「Female(女性)」と「Technology(テクノロジー)」をかけ合わせた造語で、一般的には生理、妊娠、更年期など女性特有の健康課題を解決するために開発された、テクノロジーを用いたプロダクトを指します。さらに、中村さんは「フェムテックという言葉には生物学的女性の心身にまつわるタブーを変容するムーブメントという意味も込められている」と考えているそうです。
フェムテック事業を行う企業に対する投資は、2012年に約60億円だったものが、2020年には1300億円に。その市場規模は、2025年までに北米で5兆円、日本では1.4兆円にまで成長すると予想されており、現在注目を浴びる産業のひとつです。
「フェムテック市場が急激に伸びている背景には、女性の社会進出が進み、働き方や生き方が多様になったことがある」という中村さん。生活が多様化するなかでも、生理や妊娠といった、女性の身体の「生理機能」はそう簡単に変わりません。「社会の変化に対して、身体機能がついていかないことで、悩みながら生きる女性が増加している」と考えています。
例えば月経痛やPMSにより、生活や仕事に対して、思ったように取り組むことができないことも女性特有の悩みのひとつです。それらの症状によるQOL(Quality Of Life)の低下は、安定した労働を妨げ、年間4,911億円もの労働損失を生み出していると言われています。
「自分の身体を知るきっかけづくりのツールとして使われることが多いので、フェムテックという新しい選択肢を取り入れる人が増えることで、企業や社会への影響も大きく出てくる」と、中村さん。
社会的な背景も相まって、2012年以降投資額が増えるとともに、フェムテック市場に参入する企業も増加、世界では40億円以上の資金調達をする会社が増えています。
フェムテックが扱う領域は、妊娠や産後ケア、更年期のケア、月経、不妊や妊よう性、女性の健康、セクシャルウェルネス、メンタルヘルスなど。その製品・サービスは、月経管理アプリや、吸水ショーツ、陣痛をモニタリングできるデバイスなど多岐に渡っており、さまざまなアプローチから、女性の生活を快適にするための製品開発が行われています。
フェムテックが扱う領域は、妊娠や産後ケア、更年期のケア、月経、不妊や妊よう性、女性の健康、セクシャルウェルネス、メンタルヘルスなど。その製品・サービスは、月経管理アプリや、吸水ショーツ、陣痛をモニタリングできるデバイスなど多岐に渡っており、さまざまなアプローチから、女性の生活を快適にするための製品開発が行われています。
見えている課題は、氷山の一角でしかない
中村さんからフェムテックに関する基本的な知識や考え方を伺った後は、女性によるスタートアップを応援してきた若宮さん、ロフトワークの岩沢が加わり、フェムテック市場を取り巻く環境について考えるクロストークを行いました。
岩沢:これだけ急激に増えているフェムテックに関する製品やサービスは、どのような経緯で生まれることが多いんでしょうか。
中村さん(以下、敬称略):フェムテックは最新技術を使っていると思われることが多いんですが、既存の技術と女性の課題を掛け合わせたものがほとんどです。視点を変えて掛け算することで、さまざまな商品が生まれています。
若宮さん(以下、敬称略):僕は「Your」というインキュベーション事業に取り組むなかで、女性がさまざまなサービスを立ち上げ、起業していくフェーズに立ち会ってきました。その一つに、更年期の辛さをコミュニケーションで解消しようと取り組む「よりそる」というサービスがあります。
岩沢:どのようなサービスなんでしょうか。
若宮:事業を立ち上げた高本玲代さんは、数年前、原因不明の体調不良に襲われたのですが、自分自身もそれが更年期による症状と気づかず、パートナーからは怠けていると勘違いされてしまったり、つらい思いをひとりで抱えたご自身の原体験がありました。そこから、気軽に使えるLINEを活用し毎日の心と身体の変化を手軽に記録していくことで、自分の体調の変化に気づいたり、不調をパートナーにさりげなく伝え、カウンセラーがサポートに入ることができるサービスを開発しました。
岩沢:課題に対して既にある技術を応用することで、全く新しいものが生まれているんですね。開拓が始まったばかりのフェムテック市場では、新しいアイデアを生み出すハードルがそれほど高くないと捉えることもできそうです。
若宮:日本では、理系に進む女性の比率がOECD(経済協力開発機構)のなかで最も低いんです。フェムテックの当事者として課題を見つけやすい女性とテクノロジーの距離が遠いんですね。一方で、日本はヘルスリテラシーが低いので、男性が女性のことを理解できていない。これまでは主に男性がテクノロジーを扱い、また新規事業を始めることが多かったので、ある意味「片目をつぶって事業を生み出してきた」と言えるのかもしれませんね。
中村:企業と商品開発やコンサルティングの話をするときに、「セックス」「ジェンダー」「セクシャリティ」という言葉の違いを明確にするところから始めることもあります。同じ社内のメンバーでも、3つの言葉の定義や理解がバラバラであることが多いんです。
岩沢:定義を確認するところから始めないといけないほど、一般的なリテラシーが低い分野なんですね。
中村:人権問題や環境課題は長年議論されてきた背景があるので、今は社会の中で「課題解決をしていこう」という機運が高まりつつあります。一方、女性の健康問題は長らくタブー視されてきたこともあり、課題として話題にされるようになってからまだ長い年数が経っていません。それに女性に限らず、男性の心身についての課題、ジェンダーマイノリティの話もあるはず。今見えている課題は、氷山の一角でしかないと考えています。
文化を革新することで、広がる土壌をつくる
岩沢:フェムテックの製品にはどのようなものがあるのか、具体的に教えてください。
中村:例えばこれは、Kegg(ケグ)という商品で、サンフランシスコのクリスティーナという女性が開発したものです。
中村:彼女は妊活のため病院に行き、お医者さんに排卵日の確認方法を尋ねたところ、「自分で膣に手を入れて、おりものの粘り気で判断してください」と言われたそうです。女性の健康課題に対して、テクノロジーがまったく進んでいないことを目の当たりにしたんです。
岩沢:自分自身に原体験があったんですね。
中村:彼女はそこから、おりものの質から排卵日だけでなく、妊娠の可能性を自宅で測定できるKeggを開発しました。おかしいとモヤモヤすることに対して、ソリューションをつくっていいんだと提示した、良い事例だと思います。
岩沢:今後フェムテックに関する製品やサービスが生まれるスピードを加速するために、どのようなアプローチが考えられるのでしょうか。
若宮:ひとつには、文化をアップデートしていくことだと思います。僕らの世代は、小学5年生のときに女子だけが体育館に行って生理のことを教えられ、男子は放置されてましたよね。ちょっとませている男子が「今女子が何の話してるか知ってるか?」みたいにふざけたりして。
岩沢:確かに、そうでした。
若宮:フェムテックに感銘を受けるのは、中村さんのおっしゃるようにそれが市場やプロダクトのカテゴリーにとどまるものではなく、人々の価値観、カルチャーを変えていくことができる「ムーブメント」である点なんです。日本で「イノベーション」というと、「技術革新」と解釈されることが多いんですが、僕はこの言葉はむしろ「文化革新」と訳すべきと思っています。2020年はリモートワークに関するイノベーションが起きたと言われているけれど、技術はこれまでもあったわけですよね。使わざるを得ない状況で文化が革新されたからこそ、あたり前になったんですよ。
中村:私たちは「フェムテック」という言葉だけを流行らせたいわけではないけれど、昨年からスポットが当たってきた実感があります。近い将来、フェムテックという言葉がなくなり、個人個人が自分たちの身体について理解することが当たり前の世界になったらいいなと思っているんです。どんどん仲間が増えて、業界全体で協力し合えるようになるといいですね。
さまざまな視点でフェムテックを取り巻く状況について言葉を交わした前編。続く後編ではフェムテックをさらに広げていく可能性を探るため、女性が活躍できるビジネス文化や組織構造をどう醸成していくかについて考えていきます。