Experience Design 2015 SPRING
タッチポイントや顧客ニーズが多様化している昨今、商品やサービスそのものの価値だけでは差別化が難しくなり、「体験をどうデザインするか?」に注目が集まっています。ロフトワークは2015年3月13日、体験の価値について考えるシリーズイベント「XPD 2015 Spring」を開催。過去のイベント同様、今回も幅広いジャンルから個性的なスピーカーが顔を揃え、さまざまな切り口から体験のあり方に迫りました。
体験は人の思考や可能性を大きく変えてしまうほどパワフル
オープニングスピーチに登場した林千晶は、この一年で一番強烈だったというミャンマーでの体験を紹介。林が訪れたのは首都ヤンゴンではなく、陸路を5時間かけて車で走り、舟でしか入ることのできないデルタエリアから水路を渡って1時間半の農家。目的は、経済状態のリサーチでした。
取材を終えたところで、「今一番何が欲しい?」と尋ねたところ、返ってきたのは「スマ−トフォン」という答え。その理由は、「一毛作を二毛作にするために、どうやって水田の水はけをよくするか、二毛作にはどんな作物がふさわしいかといった情報を取得できたら、もっとお金が入るようになるから」。
この体験を通じて感じたことを振り返り、「成熟したケータイ市場に今さらイノベーションなんて起こせないと考えていたが、自分が物事をいかに小さい目で見ていたかにハッとした。モバイル端末が世界に果たす役割にはものすごく大きなチャンスがあるし、ATMも銀行もないミャンマーで、モバイル端末のプリペイドカードを使った送金システムが生まれているように、もっとも早く立ち上がる公共インフラになっていくのだと思う。そこには、いろんな可能性がある」と林。
だからこそ、「左脳だけで考えてビジネスをデザインするのではなく、現地に足を運び、先入観なく体験し、そこの中で何ができるかを考えるのが、今私たちに求められていること」だとして、体験の価値を強調。また、こうしたモノを作る側の体験の重要性の一方で、体験を通じてしかモノの価値が伝わらなくなっている現状もあります。
林は、「体験がいかにパワフルで、人の思考や可能性を大きく変えてしまうのか。本日は多彩なスピーカーを通じて、さまざまな角度から“体験のデザイン”についてお話ししていきたい」と語り、続くセッションへとバトンを渡しました。
心を動かす体験は、お客様のニーズにストレートに応えることから
建築家のMs. Astrid Klein(以下、アストリッド氏)が大事にしてきたもの、それは「体験」です。「体験とは、心を動かすこと。小さな空間では守られていると感じたり、大きな空間では自分がちっぽけな存在に感じたり。みんながどうやって床、壁、天井を体験しているのかを考える」と言うアストリッド氏は、自らが手がけたプロジェクトの一部を紹介していきました。
- リーフチャペル(小淵沢)
花嫁のベールをイメージした開閉式の屋根を持つガーデンチャペル。機能的でありつつ、想い出に残る体験を提供している。 - かんばんビル
有栖川公園の向かいにあるアクセサリーショップ「acrylic」に、竹林をイメージしたファサードを設計。交差点にグリーンを増やし、そこを通る人にグリーンの優しさを感じてもらうのが狙い。 - 代官山T-SITE
「内装やコンテンツやサービスも含めて建物全体をパッケージにしてほしい」(カルチュア・コンビニエンス・クラブの増田社長)というリクエストを受け、建物にサイネージするのではなく建物自体をサイネージにしようとひらめき、TSUTAYAのTの字を外壁に敷き詰めた。また、「みんな人間観察が好きだから、人がいるほど集まってくる。人が一番のサイン」と語るアストリッド氏は、ゆったりと居心地のよい“おうち感”を追求すると同時に、窓際で楽しんでいる人が見えるように設計。 - 相馬 こどものみんなの家(福島県相馬市)
震災後、放射能汚染の不安から遊び場を失った子どもたちのために、公園内に「みんなの遊び場」となるインドアパークを建設。麦わら帽子をイメージした構造で、建物を支える柱は、小鳥やリスなどのモチーフをあしらった木の形をしている。外壁には紅白色を使い、みんなが「あそこに行きたい!」と思うようなハッピーなイメージを演出。 - PechaKucha Night
20秒×20枚のスライドを使って、誰もが自由なテーマでプレゼンを行えるイベント。2003年からスタートし、今は世界中で開催されている。同じ考えを持つ人と出会い、つながり、そこからコラボレーションやプロジェクトが生まれている。
「大事なのは、お客様は何がほしいのか?を考え、それにストレートに応えること。大半の事業者はお客様目線ではなく、自分の都合から見ている。だから、美しくて品質も高い素敵な建物はいっぱいあっても、体験レベルで見ると何か足りないなぁと思うものが多い。これは今後の大きな課題になってくる。オンラインでなんでも買える時代だからこそ、建物やお店に足を運んでもらうために、居心地のよさとか、お客様の欲していることをもっと大事にしないといけない。」(アストリッド氏)
予算がないなら、クリエイティブに努力するしかない
続いて、ロフトワークの林千晶とアストリッド氏によるパネルディスカッションが行われました。その一部をご紹介します。
林:予算が決まっている中で、どうしたら代官山T-SITEのような素敵な建物が作れるのか?
アストリッド:「予算がない」は簡単な言い訳。ここを目指したいけど予算がないと言ったら、そこで終わり。それではつまらないし、いつまでも進歩しない。我々はクリエイターだから、クリエイティブに努力するしかない。
林:当社が空間設計を手がけた施設でも同じような会話があった。最上階のテラスに、天気のいい日に仕事をしたくなるような空間を作りたかったが、出てきたのは市役所前の広場のような植栽計画。木が枯れると落ち葉が落ちるし、土が流れるから管理費がかかる、予算がないから高い木はダメ。パブリックスペースの植物が全部同じに見える理由がここにある。
アストリッド:自分たちの都合で見てしまうと、そういうことになる。みんな自然が好きでしょ?だったら落ち葉は拾えばいい。いいものを手にするためには努力が必要。掃除が大変だからガラスじゃなくて全面壁のほうがいい?違うでしょう。新しいことをやるには乗り越えないといけないハードルがいっぱいある。でも、楽しいと思う気持ちにシンプルに応えていくことが大事。
林:セッションの中でプロトタイプという言葉が出ていたが、建築はプロトタイプしづらいものでは?
アストリッド:建築はプロトタイプで終わってしまうもの。たとえば、代官山T-SITEは一個しかない。前例がないし、次に作るものも同じではない。常にプロトタイプ。もちろん、作ったら終わりではなく、改善点を次のプロジェクトに活かすことはできるが、ニーズも変わるし、時代も変わっていく。それに合わせていくことが重要。ただ、最初に品質を大事にして作ると、そこに愛着が生まれ、多少不便なところがあっても愛着で乗り越えられる部分がある。安っぽいものが継続的に愛されることはない。新しいものが出来たら、どうせ安かったから捨ててしまえ!となる。
林:時代を越えて愛されるためには?
アストリッド:万人をハッピーにすることは難しいので、ターゲットは絞ったほうがいい。大勢をターゲットにしてしまうと、上と下を削って妥協することになる。フラットラインはどちらの心も動かさない。多目的ホールって一番殺風景でしょう?もっと毎日ワクワクできることを大事すべき。そして、お客様のインサイトを導き出すには、自分だったらどうしたい?どこにいたい?何を食べたい?を考えること。自分でこれがベストだ!と100%信じることができれば、お客様にも必ず伝わるはず。
無知を知り、ターゲットユーザーと同じ思考プロセスになる
VAIO株式会社の伊藤好文氏は、2月16日に発表された新生VAIO「VAIO Z Canvas」の商品開発プロセスにフォーカス。クリエイターを重要なターゲットに据えるVAIO Z Canvasは、パフォーマンスを理由にデスクに縛られているクリエイターを解放し、いつでもどこでもプロレベルの創作を可能にすることを目指した商品です。その実現に向けて、同社は商品化プロセスを変えることに挑戦したのです。
従来の開発プロセスとの大きな違いは、試作を公開してチューニングするプロセスを入れたこと。クリエイターと一緒に仕様を詰めていくと同時に、長期モニタリングも実施しました。「一回のヒアリングでは本当のニーズはつかめない。その人のワークフローや価値観、ライフスタイルも含めて認識することが大事」と伊藤氏。
さらに、「作る人と使う人の対話は大事だが、それ以上に大事なのは、ターゲットユーザーと同じ方向を向けるようになること、もしくは同じ思考プロセスになること」だと強調。VAIO Z Canvasの開発においては、ターゲットユーザーと同じ思考プロセスになることで、 ユーザーの潜在ニーズにまで応えていくことができる。 ただ聞いたものを反映するのはなく、それを超えた提案ができます。
例)
- フォトグラファー視点での体験価値
Adobe Creative Cloudが快適に動き、美しいだけでなく正確な色のディスプレイを装備し、打ち合わせの場で修正ができる。 - イラストレーター視点での体験価値
視差および質圧感知により、まるで紙に描くかのように新しい創作表現が可能になる。 - 漫画家視点での体験価値
デジタル機器を外に持ち出して構想を練り、ラフから色入れまでが軽快に行える。
「プロトタイプを公開することによって、我々自身が見つけられなかったチャンスが発見できる」と語る伊藤氏は、最後に、共創のプロセスに必要なことを次の3点にまとめました。
共創のプロセスに必要なこと
- 無知を知る。
作り手はクリエイターのことを知らないし、使い手はPCがどうあるべきかなど考えていない。お互いをよく知らないということを認識した上で、プロフェッショナルとしてできること考えていく。意図しない要求が出てきても、まず自分が無知であることを自覚した上で、そこを追求していくことが重要。 - 量だけではダメ。深さが必要。
最初のフィードバックと、2ヵ月後のフィードバックでは異なってくる。使っていくことによって、より深いところにあるニーズを拾い上げることが可能になる。 - 向き合う→同じ方向を向く。
同じ方向を向き、同じ思考プロセスになる。そのためにも、1)と2)が重要になってくる。
わからないことをわかるようにしよう
新しい体験を生み出すためには何が必要なのでしょうか。ロフトワークの棚橋弘季は、「最初はわからなくて当然。“わからないこと”にいかに向き合えるかが重要」として、「デザイン思考やサービスデザインといったツールはうまく使えば役に立つが、わからない状態で使うとツールに振り回されてしまう。どんなチャレンジをすべきかを明確にした上でツールに頼ること」と指摘。
そこでまずは、どういう体験を作っていくのかを探る作業が必要になります。たとえばフィールドワークなら、実際に現地に足を運び、顧客の行動を観察し、顧客の気持ちに共感できる状態を作ることになります。ただ、現場に行けば謎が解けるかと言えば、そうではありません。集めてきた情報を分類したり整理したりしながら意味づけしていくプロセス、すなわち、文脈をひもといていく作業が重要になります。
「集めて、並べて、ストーリーを組み立てていく編集作業のようなことを通じて、自分もわかるし、相手にも伝えられるようになる。カスタマージャーニーマップもそう。顧客の行動の流れを視覚的に配置することで物語を作っている。一方で、ワークショップのようなイベントで、まさに体験を通じて伝えていく、わかってもらうことも必要になってきている」と棚橋。
また、体験をデザインしていく上では、さまざまな商品やサービスの効果的な組み合わせ“間のデザイン”を考えるのもポイントです。とはいえ、そこでも“わからないこと”の繰り返し。“わからないこと”のマネジメントが今の課題だと指摘する棚橋は、「業務ならPDCA、プロジェクトならPMBOKなどがあるが、イノベーションの場合は不明瞭な部分が多いため、リーンスタートアップなどの手法が出てきている。他の人が“わかる”状態を作るために、こうしたことを実践していく必要がある」と説明しました。
ワークショップで実践!体験をデザインしてみる
セッションパートが終了したところで、ライブパーソンジャパン株式会社の花田敦志氏、株式会社インテージの三浦ふみ氏、株式会社岡村製作所の遅野井宏氏の3名より、このあとに予定しているワークショップの内容が紹介されました。
Workshop1:リアルとデジタルのエクスペリエンス(ライブパーソンジャパン株式会社)
自分自身がお客様として体験したことで、嬉しかったこと、嫌だったことをその理由と共に提示し、その体験を自社のサービスとして改善するためには何をしたらよいか、チームでアイデアを出し合う。「本日は営業要素を極力排除して、リアルとデジタルのエクスペリエンスについて考えていく。自分のお客様と同じ方向を向く体験をしていただけると思う。」(花田氏)
Workshop2:リサーチ活用による顧客体験の創出(株式会社インテージ)
何千何万というデータをすぐに取得できる世の中になり、得られたデータから、どうインサイトを読み取るかが重要になってきている。そこで、よりよい顧客体験を創出するためのリサーチについて一緒に考える。「お客様が何を考えているのか、顧客体験をよりよいものにしていくためには、どこに課題があり、改善の余地があるのか。リサーチを活用して御社の顧客体験をひもとく方法を見つけていきたい。」(三浦氏)
Workshop3:ゆるやかなつながりから生まれるイノベーション(株式会社岡村製作所)
3人1組のチームで、自社にとって当たり前でも他社にとってはスゴイことを洗い出してもらい、それらを組み合わせることで提供できる新しい体験を考える。「自社と他社をゆるやかに接続し、中の情報を適度にオープンにしながら新しいイノベーションを起こしていくようなワークショップにしたい。」(遅野井氏)
各社のライトニングトークをうけて、参加者は各ワークショップルームに移動し、それぞれのテーマで、体験のデザインに取り組みました。
オープンに向き合うと、次の新しい体験が見えてくる
ワークショップ終了後、花田氏、三浦氏、遅野井氏が、各会場の様子と成果を報告。「面白い意見や斬新なアイデアが出て、気づきにあふれていた」(花田氏)、「エクスペリエンスにリサーチが貢献できると確信した」(三浦氏)、「最初のワークから熱くなった。これを機に、自社や自組織に対するエンゲージメントが深まったと思う」(遅野井氏)など、いずれも実り多きワークショップだったようです。
すべてのプログラムを終え、クロージングスピーチに立ったロフトワークの代表取締役社長の諏訪光洋は、「販売促進のためのマーケティング以上に、体験ときちんと向き合うのは大変。対話を重ねたり、現地に足を運んだりなど、時間もかかるし、フィードバックを受けて、否定をダイレクトに受けることも大事になる」と説明。その上で、「体験と向き合う方法はいろいろあるし、一つの会社、一つの部署だけでやる必要はない。顧客と一緒に作っていくこともある」として、今日の場がその一つであることを強調。ここでのゆるやかなつながりから、次の新しい体験が生まれる日がくるかもしれません。
イベント概要
商品やサービスそのものの価値を高めるだけでなく、その商品やサービスを使うユーザの体験に主眼を置いた ユーザ・エクスペリエンス(UX)やユーザの体験と企業全体のビジネス成果に主眼を置いたカスタマー・ エクスペリエンス(CX)のデザインに注目が集まっています。
この両者に共通する「体験をどうデザインするか?」を幅広いジャンルのスピーカーを招き、先端事例を交え考えていきます。
開催概要
イベントタイトル | Experience Design 2015 SPRING |
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開催日時 | 2015年3月13日(金)10:00-17:45(9:30受付開始) |
場所 | 六本木アカデミーヒルズ Academyhills http://www.academyhills.com/aboutus/access/ 〒106-0032 東京都港区 六本木6−10−1 森タワー 49F |
対象 | ・よりよい体験を消費者に提供したい方 ・企業で顧客体験向上のミッションをお持ちの方 ・事業責任者、マーケティング、デザイナー、CX・UX担当者 |
参加費 | 5,000円 一般チケット 3/4(水)〜3/13(金) *Peatix事前決済 |
定員 | 150名 |
主催 | 株式会社ロフトワーク |
協賛 | ライブパーソンジャパン株式会社, 株式会社インテージ,株式会社岡村製作所 |
ご注意 |
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プログラム
9:30-10:00 受付開始
10:00-10:10 Opening Speech (株式会社ロフトワーク 代表取締役 林千晶)
10:10-10:50 Keynote Speech
「Experience Design」(Klein Dytham architecture Ms. Astrid Klein)
10:50-11:30 Panel Discussion (Ms.Astrid Klein × モデレーター:林千晶)
11:30-12:45 Lunch
12:45-13:15 「新生VAIO、クリエイターと共に創る商品開発への挑戦」(VAIO株式会社 商品プロデューサー商品企画担当ダイレクター 伊藤好文氏)
13:15-13:45 「Experience Designの実践」(株式会社ロフトワーク イノベーションメーカー 棚橋弘季)
13:45-14:00 Break
14:00-14:10 Introduction for Lightning speakers
14:10-14:25 Lightning talk 1 ライブパーソンジャパン
14:25-14:40 Lightning talk 2 インテージ
14:40-14:55 Lightning talk 3 岡村製作所
14:55-15:10 Break
15:10-17:00 Workshop *3room
17:00-17:15 Break
17:15-17:30 Workshop Summary
17:30-17:45 Closing Speech(株式会社ロフトワーク 代表取締役社長 諏訪光洋)
UXとCXについて考えるカンファレンス&ワークショップ「XPD」