EVENT Report

渡邊恵太さんに学ぶUXのためのインタラクション・デザイン手法

『融けるデザイン』の著者、渡邊恵太さんをゲストに招きUXデザインと、それに役立つインタラクション・デザインの考えを学びました。

モノからコトへ──企業が取り組むデザインの領域は、プロダクトやサービスの開発設計から、それを使うことで得られる人々の「体験」にまで広がっています。しかし、「体験」のデザインと言われても領域が広く漠然とした難しさを感じるはず。よい体験を考え、それを作り出すために大切なのは、いかに日常の中に隠れた小さな機微を捉えられるかにかかっています。

そこで今回は、その足がかりを得るべく、明治大学准教授の渡邊恵太さんを招いて『新規事業にスタートを切る「小さな視点」の見つけ方』と題したイベントを開催。

イノベーションや新規事業創出をミッションに担うビジネスパーソンが、大きな”コト”をデザインする前に身につけたい、日常に隠れた小さな課題に気づくための大切な視点。渡邊恵太さんが研究する「インタラクション・デザイン」の考え方をヒントに学びました。

文・長谷川賢人 / 奥岡権人

モノと人の関係を捉えるインタラクション・デザイン

明治大学 / シードルインタラクションデザイン株式会社 渡邊 恵太氏

渡邊さんは『融けるデザイン ハードxソフトxネットの時代の新たな設計論』の著者で、インターフェース・デザイン、インタラクション・デザインの領域で研究を重ねています。渡邊さんはまず「ユーザーの体験をより良いものにするためには、ユーザーと製品のタッチポイントをよく捉える必要がある」と語ります。

さらに、インタラクション・デザインを「製品・サービスと人のインタラクション(関係性)を捉え、テクノロジーを使ってUXを最大化させること」と定義。現象・文化・社会の3つのレイヤーでUXを捉えていると解説し、ミクロとマクロの両視点からUXを説明します。

ユーザーインターフェースデザインの領域で一般的にUXとは、「製品やサービスにユーザーが触れたときに「体感」できるものをデザインする」ことを指すことが多く、いわゆる「iPhoneの操作感は気持ちいい」という感情もUIデザインの領域に含まれ、これはミクロな視点でのUXだと言います。

一方で、ブランドデザインなどより上位レイヤーにおいてUXとは、「嬉しさ」や「悲しさ」など「製品を通じて人々にどういった価値をもたらすか」を指すことが多いそう。言い換えると「顧客価値」を含めたマクロな視点での体験設計をUXと呼ぶことが多いのです。

「人は消極的である」からはじまるデザイン

UXという言葉が私たちを取り巻くビジネスシーンでも聞かれるようになったのは、おそらくここ10年ほどといえるでしょう。その間に、ミクロな「画面上でのインターフェイスデザイン」と、マクロな「ユーザーの総合的な顧客体験」の定義が混ざって、「UX」と呼ばれているのが現状だと渡邊さんは言います。

つまり、あなたがUXを考える場合、ミクロ・マクロ両方の観点から見つめてみる必要があります

ユーザーインターフェースデザインの基本的な考え方として、ユーザーが道具や機械を使えなかった(=体験が損なわれている)場合、それはユーザーの責任ではなく設計者の責任と考えます。同様に、ユーザーが道具や機械を使うモチベーションについても「人間は常に積極的ではなく、どちらかといえば消極的である」と考えるべきだと渡邊さんは紹介します。

ユーザーは「できる」からといって「やる」わけではない

製品設計をする上で大切なのが、ユーザーは「できる」からといって「する」わけではないということ。作る側は「ユーザーへ”できる”ことを提供したら、当然それを”する”だろう」と考えてしまいがちです。インタクション・デザインを含めた設計では、「できる」という機能を付けることから、ユーザーが「する」というアクションへ、いかにつなげていくかを考えます。

渡邊さんは10年ほど前に買った、一台のデジタルカメラのエピソードを引き合いに出します。それは「パノラマ撮影ができる」という機能をもっていて、興味を持ち購入したそうです。

しかし実際は、「カメラで簡単にパノラマ撮影ができる」のではなく、「撮ったものをPCに取り込み、ソフト上で合成してパノラマ写真をつくる」という機能でした。たしかに出来上がるのはパノラマ写真に変わりはありませんが、結局は一度もその機能を使わなかったそう。

「ここでは、『できる』の主語が何かを考えていただきたいのですが、多くの製品やサービスは主語が製品であって、人になっていないんです。カメラはパノラマ撮影ができるが、私はそれを使わなかった。こんなふうに製品設計者は『製品にはできるけれど、人にはできない』を設計してしまいがちです」。

「できる」の主語をユーザーにすることが大切

パノラマ撮影といえば、iPhoneを思い浮かべる人も多いかもしれません。渡邊さんは10年前のそのカメラとiPhoneを比べ、iPhoneは「本体を横に動かすだけ」でパノラマの撮影ができる、つまりは「できる」の主語が限りなくユーザーに近いから、それが機能として成り立ち使われると指摘。

先述の「主語」の観点から見ると、消費者は主語が「自分」だと思えるため、開発者が指示しなくともユーザーが機能を使えているのです。渡邊さんは「Appleがうまいのは、できるの主語がユーザーになる状態まで設計できていないと、できるとは言わないことだ」と賞賛します。

さらに、渡邊さんは「できる」の認識がズレやすいことを挙げ、「ここがおそらく会社内でも問題になりやすい。あなたが『できます』と言っても、お客さんが満足しないのは、『できる』の主語が違うことが原因になっているから」と話します。

機能はユーザーが「使う」ことで初めて価値になります。そして、インターフェースは「する」という行為だけでなく、付随する「体験」までも設計されなくてはならないのです。

「使いやすい」よりも「使おうとしやすい」で考える

インターフェースデザインのターゲットは、ユーザーが製品やサービスを「使っている最中のデザイン」に焦点を当てていることが多いと渡邊さんは言います。しかし、現実でユーザーは、「ひとつの行動」に対して「ひとつのものだけを使っている時間」は極めて少ないということがポイントです。

たとえば、仕事をしているとき。あなたのまわりには、デスク、ボールペン、時計、PC、スマートフォンなどがあり、同時多発的にものを使用しています。製品それぞれで見ると、そのものを「使っている時間」よりも、「使い始めるまでの時間」や「使い終わった後の時間」のほうが、生活の割合では多くを占めているともいえます。

つまり、「製品を使っていない時間」を考慮するならば、「製品がどこに・どのように置かれるか」も大事なデザインの要素になります。

製品とユーザーの関係を見直すと新しい価値に気づく

渡邊さんは、掃除機を例に挙げます。掃除機のデザインはこれまで、大きく、重く、取っ手がついて持ち運べるものが多かった。そのため、使うたびに押入れから出してくることが多く、吸引力がたとえ素晴らしかったとしても、ユーザーは「出してくる」ことに負担に感じるようになります。強いて言うならば「使おうとしづらい」掃除機といえます。

一方で、2015年度のグッドデザイン賞を受賞した三菱電機の「iNSTICK(インスティック)」を例に挙げます。「いつでも使える気軽さ」をデザインに取り入れ、リビングに置いておける「見た目のよさ」にも気が払われています。身近に置いてあっても苦ではなく、なおかつ使う頻度も高くなるので、部屋がきれいになる。このような製品の「使おうとしやすさ」を、渡邊さんは「アプローチャビリティ(使おうとしやすさ)」と呼んでいます。


ルンバの本質的な価値はなにか?に気付ける視点

アプローチャビリティの例として、アイロボットによる掃除機ロボット「ルンバ」も例に挙がりました。ルンバは吸引力こそ手動で使う掃除機に及ばないことがあるものの、運転スケジュール機能もあり、毎日自ら掃除をしてくれます。ユーザーが「掃除しなければ……」と負担を感じることなく稼働します。

従来の家電の考え方ならば「掃除機の吸引力が強ければユーザーに使われる」と誤解しがちですが、ルンバの本質的な価値は「放っておいても勝手に掃除してくれる」ことであり、そこで生み出されるユーザーの自由な時間です。また「いつでも使える」ことが大事である一例といえるでしょう。

これらの「実際には使われていないが置いてある時間」「ユーザーが関わる実時間以上のメリット」といったことは、サービス開発でも見落とされがちだと渡邊さんは言います。また、AIやロボットは繰り返しの処理や定期的な動作を行うのに適しているので、まさにアプローチャビリティを考えるうえではもってこいの技術でもあります。それらを複合的に見つめ、製品やサービスの「本質」を捉え、新しい価値の発見をしていくことが大切なのです。

消極性デザイン宣言 ―消極的な人よ、声を上げよ。……いや、上げなくてよい。(BNN新社)
融けるデザイン ―ハード×ソフト×ネット時代の新たな設計論 (BNN新社)

日常の小さな「気づき」をユーザーのタッチポイントに

製品そのものが少ない時代では、その製品を使っている時間だけの体験をいかに高めるかが大事でした。しかし、全てのモノがインターネットでつながり身の回りに溢れるようになると、ユーザーは1つの製品やサービスに時間を拘束されることを嫌がるようになってきました。

従来のUXデザインが、単一のモノやシステムとの関係性(シングル・インタラクション)をベースにしていたとすれば、今後は複数のモノやシステムとの同時多発的な関係性(パラレル・インタラクション)を作り合うことを考えるフェーズに移ったと、渡邊さんは解説します。

やめやすさのデザイン

そこで必要になるキーワードは「いかに止めやすいか」

渡邊さんはスマートフォンアプリを例に出します。多くの企業は「スマートフォンのなかでの時間の奪い合い」をしているものの、すでにアクセスしやすいスマートフォンのホーム画面の1ページ目、言うならば「スマホの“一等地”」は他のアプリで埋まっている状況です。そのため、“一等地”で目に留まることを狙うよりも、生活のなかで使ってもらえるようなUXの設計を意識しなければならないといいます。

その代表例には、Amazonが提供する「Amazon Dash Button」があります。商品に割り当てられた物理ボタンを押すだけでAmazonでの購入が済むこのガジェットは、消費者が買い物をするのに「スマートフォン上でのステップが多すぎる」という課題を解決しています。「洗剤を買う」というタスクを増やすくらいなら、洗濯機の付くにボタンを設置して、押しただけで買える方がユーザーの意思決定は早く済みます。

このように「ユーザーを拘束する」のではなく、「いつでも使えるし、やめられる」選択肢をユーザーに与えている方が、使ってくれる可能性はむしろ高まると渡邊さんは言います。

2番手としてのデザイン

ここまでの話をまとめ、渡邊さんは「2番じゃダメですか?」と参加者に呼びかけます。

現在、道具は使ってない時間の方が長く、その道具がどこに置かれるかがとても重要。スマートフォンのアプリと同様に“一等地”を狙う設計はライバルが多く、飽きられやすくもある。そこで大切になるのは長く付き合っていける設計であり、渡邊さんの言葉を借りるなら「2番のデザインの重要性」の価値を知ることなのです。

渡邊さんはそれに気づくためには、「自分の身の回りで困っていることはないか?」と、生活で得られる小さな気づきから、ユーザーのタッチポイントを考えていくことが大切になっていくと話します。

アイデアに宿るの具体性は、あなたの生活のまわりにある。そんなふうに言われると、すこしだけ日々の視点も変わるように思います。渡邊さんが著書や今回のセミナーで紹介した「インタラクション・デザイン」の発想法から生まれるユーザーへの価値提案は、きっとあなたのビジネスも前進させてくれることでしょう。

イベント概要

ー革新的なビジネスに繋がる鍵は、日常のスキマに転がっているかもしれない

多くの新規事業担当者やR&D担当者が、会社の新たな方向性を開拓すべく、価値創造やイノベーションを生みだす事業開発・研究を任されています。AI、IoT、VR…といったデジタル技術の進化による、これまで未解決だった課題も解決できる可能性が拡がっています。また、高齢者層や訪日外国人といった拡大市場の情報も溢れている。しかし、いざ取組もうとすると、どこか具体に欠けたアイデアばかりで関係者を説得しきれず、スタートが切れない…と、悩まれている方も多いのではないでしょうか。

では、どうすれば調査だけに終わらず、実験的なプロジェクトのスタートが切れるか。

そのヒントは、
・抽象度の高いテーマをいかに掘り下げ、分解して小さな点を発見できるか
・最新技術に多様な価値観。わかったつもりにならず、一つ一つ未知の概念と向き合えるか
・小さく、すばやく仮説の体験をプロトタイピングして実験・検証を繰り返す
といった「小さな視点」を鍵とした実践にありそうです。

本イベントでは、新規事業にスタートを切る「小さな視点」の見つけ方をテーマに、実践事例やポイントを紹介。ゲストトークは『融けるデザイン:ハード×ソフト×ネット時代の新たな設計論』の著者であり、UX、IoTを活用したユーザーとの新しい関わり方を研究している明治大学 渡邊恵太先生。最新のテクノロジーに小さな視点の掛け合わせ、どんなデザインを生み出していけるのか。課題発見のヒントを学びます。

─参加者同士で議論の場を作る「アンカンファレンス」を通じて、身体でも学ぶ

後半には参加者がどなたでも主催することができる「アンカンファレンス」を開催。

「小さな視点」の発見をテーマに、市場課題にトレンド、AIや音声認識といった最新テクノロジーを小さな視点で捉え直し、新しいチャレンジテーマの発見に挑戦します。さらに、皆さんの課題意識や自社技術などを組み合わせることで、どんな新たなアイデアに拡がるか。

次に繋がるヒントが沢山発見できるよう、一緒に議論を深めていきましょう。

開催概要

セミナータイトル 新規事業にスタートを切る、「小さな視点」の見つけ方
開催日時 2017年12月5日 13:30-19:00(受付開始 13:00)
場所 loftwork COOOP10
東京都渋谷区道玄坂 1-22-7 道玄坂ピア10F
対象 ・企業、行政などで新たな枠組みでの事業・サービス開発を担う方
・デザイン思考をプロジェクトに組み込んでみたい方
・短期の実践・検証プロセスに取り組んでみたい方
・サービスデザインに興味のある方
参加費 無料
定員 40名
主催 株式会社ロフトワーク

プログラム

13:30-13:50 オープニング「大きな課題を小さく始める、デザインアプローチ」
ロフトワーク プロデューサー 浅見 和彦

大規模計画スタイルの変容 〜都市計画、モノづくりに訪れた個人発の時代
小さな気付きが重要になってくる
企業が小さな気付きとどう付き合うか

13:50-14:30 インプットトーク「テクノロジーが融け込む社会で機能するデザインとは」
明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 准教授/ シードルインタラクションデザイン株式会社代表取締役社長 渡邊 恵太

日常に融けていくテクノロジー
見えないインタラクションが、新しい体験をつくる
個別解も、システムで繋がる社会へ

14:30-15:20 コーヒーブレイク / アンカンファレンステーマ ショートピッチ
アンカンファレンスを主催するオーナーからのショートピッチ
アンカンファレンス主催を希望する人はこの時間でエントリー

15:20-16:50 アンカンファレンス
各テーマ、計6-7部屋を予定しています。
より実りある議論に繋がるよう、サポートファシリテーターも各部屋に参加いたします

16:50-17:00 休憩/メイン会場へ移動

17:00-17:40 振返り/各テーマの全体共有
その日の議論・学びを振り返り、参加者同士で共有しましょう

17:40-17:50 クロージングセッション
ロフトワーク 代表取締役社長 諏訪 光洋

17:50-19:00 Networking
登壇者/参加者交流

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