EVENT Report

共創時代の企業研究者の働き方とは。
第1回「Spark Up」イベントレポート

NECグループのR&D(研究開発)を担い、新たな社会価値創造に取り組むNEC中央研究所。その拠点である武蔵小杉に設立されたのが、オープンコラボレーションパーク、愛称「Spark」です。

研究所や組織というフレームを越えて、研究者が活躍できる場

ここは、「研究と社会をつなぐ、“ひらめき”が生まれる場所」をコンセプトに、NECの中央研究所で行われているさまざまな研究をシェアし、パートナーや専門家とともに社会の課題解決に取り組み、世の中へ新たな価値を生み出すことを目指しています。

ロフトワークでは、空間のコンセプト策定及び、イベントを含めたコミュニケーション設計を支援。コラボレーションを促進するための定期イベントとして、「Spark Up」を企画しました。

第1回目として4月に開催されたSpark Upでは、「企業研究者の働き方」にフォーカス。ゲストにはマネックス証券のシニアアドバイザーのピーテル・フランケンさん、そしてNTTコミュニケーション科学基礎研究所の渡邊淳司さんを迎え、集まった中央研究所のメンバーと共に、共創時代の企業内研究者の働き方について考えました。

冒頭の概要説明につづいて登壇した、同社執行役員(中央研究所担当)の西原基夫さんからは「これまでのような研究ありきの生産ではなく、世の中のニーズに研究が応える構造にしていかなければならない」と、これからの研究所のあり方を紹介。

NEC執行役員 西原基夫さん

また、イベントの趣旨である働き方についても触れ、「働きやすい環境づくりは、それ自体が目的なのではなく、働きやすくなった結果、企業のクリエイティブが上がることに意味がある。そのために、働きやすいワークスタイルや環境が何なのかを考えなければならない」と話します。

続いて、同社の中央研究所研究企画本部長、井原成人さんが登壇。冒頭にこの空間の自由な場というコンセプトに込めた思いを伝えたうえで、「NECという会社に縛られすぎていませんか」と、鋭い一言で研究者たちへ問いかける場面も。その真意について「NEC、そして研究所や組織というフレームを越えて、皆さん自身が輝けるようにしたい」と話しました。

NEC中央研究所研究企画本部長、井原成人さん

アイデアをオープンにし「恐れずにやってみる」ことの大切さ

ゲストプレゼンテーションの1人目は、ピーテル・フランケンさん。シティバンクや新生銀行など、25年以上にわたってIT管理とソフトウェアエンジニアリングに携わってきました。「今日は、自分の今までの経験を皆さんとシェアしたいと思います」と話しはじめたピーテルさん。1989年からこれまでの日本企業での活動を振り返りながら「もともとは研究員なので、ものづくりを追究したい、という思いが強い。それが、日本で新しいサービスを開発する原動力となった」と語ります。

マネックス証券 シニアアドバイザー ピーテル・フランケンさん

ピーテルさんのキャリアの中で、1つのターニングポイントとなったのが、2011年の東日本大震災、そして福島第一原発事故。彼は事故後、信頼できる情報づくりのため、手作業で測定した放射線量をインターネット上にマッピングしていくプロジェクト「Safecast」を立ち上げました。

「プロジェクトの開始以来、現在では9,000万カ所のデータが集まりました。世界でもっとも大きなオープンGISです。誰でもデータをダウンロードできますし、実際に今、世界のさまざまな研究に活用されています」とピーテルさん。この活動を紹介することで、研究員としてあるべき姿を示します。

「私たちはデータがないと話が始まりません。研究員の方々も同じはずです。研究結果がないと何も始まりませんよね。まずはデータを確保し、それをオープンにしましょう。『秘密にしておきたい』というのが今の世の中ですが、新しいものが増えていくには、データをオープンにすることが大切です」

また、MITメディアラボの伊藤穰一氏の言葉「DEPLOY OR DIE(実装しろ、さもなくば死を)」を引用し、恐れずにやってみることの大切さを訴えます。実際、Safecastは発足からわずか1週間で、測定器の製造までを終わらせています。

「日本の会社は失敗をすることを嫌がりますが、失敗をしないと次のステップに行けません。あまり長く考え込まずに、とりあえず人を巻き込んで、やってみましょう

締めくくりの言葉「偉大な研究員は、『なぜできないか』ではなく、『どうすればできるか』を考える」という言葉は、多くの研究員の背中を押すものでした。

フレキシブルな働き方を実践する企業研究者に必要な3つの方法論

続いて触覚研究の第一人者であり、NTTのコミュニケーション科学基礎研究所およびサービスエボリューション研究所に所属する渡邊淳司さんが登壇。渡邊さんは多岐に渡る研究領域から「Haptic Design」(触覚のデザイン)を紹介。

NTT コミュニケーション科学基礎研究所 渡邊淳司さん

自分や人の鼓動を触覚で認知できる装置を持参し、参加者が装置を使って互いの鼓動を確認する一幕もありました。また、人材育成に貢献できる研究事例として紹介されたのが、「Yu bi Yomu」。ユーザーが画面をなぞることで、文字が表示されるアプリケーションです。これを社員研修に応用すると、受講生にただ文章を読ませるだけではなく、「指でなぞる」というワンアクションを促したことで、その後のテストの成績が上がる成果が得られました。

活動の幅が広くそれぞれの境界も曖昧、さらには出張でいろいろな場所を飛び回る……。まさに「ミツバチ」のようなフレキシブルな働き方を実践されている渡邊さん。所属する研究所では、渡邊さんの仕事を、研究所で「働く時間」だけでなく、外部との協働についても評価しているといいます。

「今は複数の共同研究先をうろうろしながら、『デベロップメント(開発)された面白い現象を、どうやって社会に生かしていくか』というエコシステムの中で生きています」

また、異なる領域の人とのコミュニケーションを取る上で意識している方法論として、次の3つの考え方を紹介。

まず、「〜というのは『アリ』ですか?」という聞き方。「他人のことを100%理解できる瞬間は永遠に訪れない」と考える渡邊さんは、さまざまな場面や状況において、相手の判断基準を確認していき、相手の「思考モデル」を作っているそうです。

次に、「AでもないBでもないCがある」という意識。相手の言葉をそのまま受け取るのではなく、言葉に隠された衝動を把握しようと試みます。「相手はなぜ、そんなことを言っているのか」を掴むことが大切なのです。

そして、マテリアルとプロダクトの間を伝えること。これは技術とサービスの間とも言い換えることができますが、サービスやプロダクトになってしまう前のもの、すなわち研究者が価値づけする前の段階のものを共有するようにしている、と渡邊さんは話します。

最後に改めて、企業研究者の働き方として渡邊さんが強調したのは、「社外にも仲間を見つけること」の重要性。NTTドコモがPerfumeを起用し、世界3カ所での同時パフォーマンスで話題になった映像プロジェクト「FUTURE-EXPERIMENT VOL.1 距離をなくせ(制作:Dentsu Lab Tokyo)」に参画したのも、大学時代のつながりや展示活動での縁がきっかけだったそう。「無意識下にあるアイデアが、相手に話して言語化することで引き出される。そういう場を作るのが重要です」。時折笑い声が上がるほど、終始和やかな雰囲気のプレゼンでした。

オープンマインドなコラボレーションが、イノベーションを生み出す

パネルディスカッションでは、ピーテルさんや渡邊さんのプレゼンから得られた気づきや考え方をもとに、参加した研究所のメンバーと議論を深めました。

「AでもなくBでもないC」を、具体的にどのように見つければ良いか?

渡邊:「『あなたにとって大事な要素は何ですか』と聞いても出てきませんが、YES・NOで回答できる質問にすると、わりと答えてくれる。Cが明確に言語化されることはありませんが、いろんな角度から質問してあげると『これはアリ、これはナシ』と、カテゴリが定まってきます」

井原:「違う分野、違う世界の人たちと話していて、相手の言いたいことが少しでもわかったとき、研究者はコンテンツを持っているぶん強いですよね。相手の考えていることを自分の領域に組み込んだら何が起こるか、誰よりも認知できる気がします」

持っている技術を市場にどう展開していくか、エンジニアや研究者が考えるべきか?

ピーテル:「あまり考えずに作って、プロトタイプを市場に出してみるのがいちばんだと思います。ただ、エンジニアが思っていることにはクセもありますし、そこに縛られると誰もがSparkできる状態ではなくなってしまいます」

渡邊:「私の場合、自分がサービスの現場に入ることはあまりありません。しかし、技術広報的な立場としての意味はあると思っています。デモやプロトタイプまでを作って、その技術の可能性を世の中に知ってもらうことはできます。ただ、外にいろんなものを出せるようになったと感じるのは、広報や外部の企業の人たちとお付き合いさせてもらうようになってからです。研究所内だけで全部やろうとするのは大変かもしれないと感じています」

これからの研究者は、企業に所属していながらも外に発信し、人を巻き込んで動くことが求められていきます。これは、本イベントの会場となったオープンコラボレーションパークの趣旨とも重なります。組織内部で研究に研究を重ね、完成するまでは外へ発信されることもなかった、研究開発という仕事。未来への芽を守るだけではなく、新たな仲間や新たな技術を見つけに行くことが、未知なるイノベーションへの近道かもしれません。

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