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世界の「幸福」と「信用」の現在地
──Innovative City Forum 2018参加レポート

世界の人口は増加を続け、2030年には全人口の60%が都市で暮らすと予測されています。それは同時に高齢化、環境悪化、食料やエネルギーの供給といった多様な問題に直面することも意味します。一方で、科学技術の発展により、問題解決の手法も模索されています。

2018年10月18日〜20日、森ビルが主催する「Innovative City Forum(ICF)」が今年も開催されました。 研究者、科学者、クリエイター、アーティスト、建築家、ビジネスマン、ジャーナリストなど、異なる世界のオピニオンリーダーが「ライフスタイルと都市の未来」についてさまざまな課題を横断的に議論しました。

一部のセッションには、ロフトワーク代表の林千晶も登壇。ここでは、基調講演から始まった18日のトークを、いくつか振り返ります。

テキスト=長谷川賢人

インフラから見る、未来のランドスケープの在り方

基調講演のスピーカーのひとり、オランダ人アーティストのダーン・ローズガールデさんは、 世界経済フォーラムにおいてヤング・グローバル・リーダーに選出され、国内外でも数々のデザイン賞を得ています。

アーティスト・イノヴェーター/ダーン・ローズガールデさん

「未来のランドスケープ」と題した講演でローズガールデさんが開口一番に述べたのは、「今日は“Clean Air, Clean Water, Clean Energy”を通じて、我々をハッピーにしてくれる都市の作り方を考えたい」。彼のスタジオが手がけるのは、まさに未来都市への提案。スマートで持続可能なプロトタイプの紹介が行われました。

たとえば、オランダで1932年に作られた防波堤の改修プロジェクトでは、60もの水門に現代的なアプローチを加えました。彼は塩分などで将来的に劣化の可能性があるマイクロチップやケーブルといった素材を使用せず、水門脇のハイウェイを走る自動車のヘッドライトを反射させ、水門の輪郭が見えるようにデザイン。運転席からは、まるで寺院が立ち並ぶかのように見える仕掛けは「蝶の鱗粉からアイデアをもらった」といいます。

ほかにも、北京の空気汚染改善のためのプロジェクトでは、収集した炭素を固めることでダイヤモンドを生成しリングを制作する「SMOG FREE PROJECT」に発展。そのリングの売り上げは、空気汚染改善プロジェクトの費用になるといった取り組みもしているとのこと。

「私が建築を勉強しはじめたとき、日本の磯崎新をはじめ、メタボリズム建築には強く惹かれました。そこで私も歴史的要素を用いて、将来の要素を組み合わせることに。モビリティ企業は、毎年のように新車を3つも4つも出す時、イノベーションについて語りますね。でも、なぜインフラについては語られないのでしょう? もっと伝統と表現という2つの世界をつなげるインターフェイスがあってもいいと思うのです」

現在、ローズガールデさんが取り組むのは、ロケットの破片や廃棄された人工衛星などからなる「宇宙ゴミ」の問題。宇宙ゴミの軌跡をスキャンし、光の軌跡で存在を示すインスタレーションです。まさに次なる“Clean”の対象となる宇宙に目を向け、私たち地球人が取り組むべきランドスケープの課題を浮きぼりにしたようでもあります。

ジェネレーションZへの期待感と、そこから学べるもの

Art & Science Sessionのキックオフディスカッション「科学技術の進展と価値観の変化、未来における『幸福』の意味とは何か」では、森美術館館長の南條史生さん、MITメディアラボ所長の伊藤穰一(Joi)さん、ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長の北野宏明さん、そしてモデレータとしてロフトワーク代表取締役の林千晶が登壇。

未来における「幸福」の有り様を語るというテーマの広さゆえ、林は登壇者たちに「人類にとってのベストシナリオ/ワーストシナリオ」を挙げるように事前に宿題を出していました。

「AIによる仕事の代替と余暇時間の増大」や「金銭で延命が可能になった世界における“人生格差”」など、さまざまなシナリオが話されるなかで、アメリカをベースに活動するJoiさんは未来を楽観的に見る要因として、2001年以降に生まれた「ジェネレーションZ(GenZ)」と呼ばれる世代がいることを指摘しました。彼らは生まれたときからインターネットを知るデジタルネイティブであり、また環境問題とも常に向き合ってきた世代です。

「たとえば、銃所持の問題にも、彼らはツールを使いこなして規制を呼びかけ、実際に大人たちが動き始めた。#MeToo運動といった女性権利の主張もあった。破壊的に使われてきたインターネットを活用して社会をひっくり返そうとしている。ジェネレーションZはこの複雑な世界を、エビデンスをベースにして冷静に生き、実際にその効果を生み出している」

また、林は「私たちの世代は文化の違いが常にあったけれど、ジェネレーションZは目指している方向性がみんな近い。世界のクリエイティブリーダーも、違いを訴求するより同じことを目指す人々を支えたいと話している」と受けた上で、彼らのような存在が一種の希望であると同時に、登壇者を含む先行世代が「新しい力と共存するには?」と問いかけます。

南條さんは「アイデンティティを意味する言葉が日本語になかったことを考えても、これまで個々人が異なるという概念がなかった。ただ、今それは非常に必要とされ強調されています。そして(世代の違いへの意識よりも)共通点を探すという視点が弱かったのでしょう。共通していて、さらにシェアできるものがあるのかを探すことで向き合い方が変わるはずです」と語ります。

最後に林が「改めて、現在の私たちが信じうる良いシナリオはないか」と問うと、北野さんとJoiさんからは「アニミズム的な物語」だと挙げます。日本の人口が減少していくなかで、人間も自然と生きる動物のひとつであると自覚し、新たな物語を描いていくことの重要性を掲げました。「最も正しいのは自然の状態にいかに近づくか」という言葉も出るなかで、成長の一途を取ってきた近代の流れだけではなく、幸福や未来につながる「新しい指標」を持つことだろうと林がまとめ、セッションは閉じられました。

データ化する社会で「個人主権の時代」が到来する

ここからは議論の場を3つの会場で展開する分科会として、「環境、アート、信用、感動、愛、身体」についての未来を各分野の識者が語ります。

「信用の未来」の会では「テクノロジーが担保する信用の形」をテーマに、個人情報を含む多くのデータが集積される世界で、それらのデータ管理や運営をめぐるトークが展開されました。登壇したのは、元『WIRED』編集長で、現在は自身が設立した黒鳥社のコンテンツ・ディレクターを務める若林恵さん、メディア美学者でドイツ・ベルリンに在住する武邑光裕さん、慶應義塾大学法科大学院教授で憲法学者の山本龍彦さん、NECのFinTech事業開発室長である岩田太地さんです。

議論の前提として、まずはEUで施行されたGDPR(EU一般データ保護規則)について、武邑さんからショートレクチャーがありました。GDPRは「技術的全体主義、監視資本主義を抑止するデジタル社会変革」であり、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)に代表されるデジタルテクノロジー企業が個人データを「新たな天然資源」として採掘・活用することに躍起になった結果、これらを原資とするデータエコノミーが大きな問題を引き起こしているといいます。その現状に対して、個人という「精神の自由」の奪還を目指すのがGDPRの一側面だといいます。

メディア美学者/武邑光裕さん

まさに「次世代のインターネット」を考えるべきタームに差し掛かったことを共有したなか、山本さんは「スコア化社会と個人の幸福」を考えるプレゼンテーションを展開。日本でも大手IT企業が個人の信用情報をスコアで評価するシステム開発の事業に参入している現状を伝えます。また、中国ではすでに“スコア化社会”が実施されていることやその問題について取り上げました。

情報流通の効率化、取引や社会の安全性といったポジティブな側面もある一方で、ネガティブな事柄もあると指摘。スコアの判定に使われるAIの学習データにバイアスが掛かっていないかどうかの検証や、スコアリングのプロセスがブラックボックス化することで再挑戦の機会が失われ、下層で固定されてしまう「バーチャル・スラム」が勃興する可能性などを明かし、「日本でもしっかり議論しないままに導入が進んでしまうとリスクサイドが大きくなるのではないか」と結びました。

慶應義塾大学法科大学院教授/山本龍彦さん

その後の議論でも、EUに比べて「個人」という感覚の弱い日本人は、世界をめぐるデータ化の現状といかに向き合うべきかが語られました。武邑さんは「個人の自由をいかに取り扱うかを自ら選択し、自分に帰属する所有権に対して自覚的にマネジメントする時代に入った。それは誰も守ってくれない」と強調。その上で、山本さんは「個人情報をマネージする情報銀行といった“機関を選択する自由”はあるべき」と追従します。

これに若林さんも応え、「勤め人も嫌でも自由に、たとえばフリーランスにさせられてしまう、という状況がいずれやってくる。選択の自由があるなかで、自分がこだわるものとそうでないもののバランスの取り方が大切」と話します。今後は「バランスを取る上での適切な選択の権利を持ち続けること」がデータ社会で自由を保障する、いわば“幸福”につながるという展開が見えつつも、議論は尽きずに延長戦へ持ち込まれていきました。

黒鳥社/若林恵さん

日本は「本当の観光戦略」を実施すべきである

分科会が進む一方で、この日最長となる2時間に及ぶセッションが別会場で開催されました。「東京のアイデンティティ:時間の連続性と想像力がもたらす未来の東京らしさ」をタイトルに、森記念財団都市戦略研究所所長も務める竹中平蔵さんがモデレーターとなり、都市計画や建築などの分野から「東京」を知る有識者が意見を交わしました。

なかでも盛り上がったのは、ゴールドマン・サックスを経て、現在は国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社の代表取締役社長であるデービッド・アトキンソンさんによる基調講演「新・観光立国論」。イギリスに生まれ、海外からの視点で日本の観光産業に目を向けるデービッドさんは、京都にある二条城の観光施策にも携わり、47年前の大阪万博開催時の記録を破る、過去最高の入場者数を更新するなど、成果を挙げています。

観光産業は現在、科学、電機に次いで世界で3番目に大きな産業となっていることに触れ、日本でも「自然、気象、文化、食事といった条件を満たす稀有な国」である背景を強みに成長を遂げる一方で、訪日外国人にとってはコンフリクトが起きていると、アトキンソンさんは指摘します。

小西美術工藝社 代表取締役社長/デービッド・アトキンソンさん

「イギリスから日本まで約20万円の航空券と14時間が必要で、彼らは滞在中に平均26万円を使います。そんな彼らに日本文化や歴史、伝統と革新を見せたいと言うが、問題はそういうものに対して世界の観光客は興味を持っていないこと。私も日本古来の茶道という素晴らしい文化を学んでいますが、日本でも300万人しか親しんでいません。日本人の多くが興味のない文化を、なぜ外国人に発信するのでしょうか?」

アトキンソンさんは、これらのズレが起きる原因に分析調査の不足を挙げ、分析結果を吸い上げ地道に解決することがポイントになると言います。訪日外国人は何を求めて日本を訪れ、どういった観光資源があり、何を求めているのか。そして、来日する理由だけではなく、「なぜ来日しないのか」を知るべきだと強調します。

「価値と付加価値(を分けて考えるのが肝心)。皇居も増上寺も存在していることに価値はある。ただ、お金を落としてもらうためには付加価値がなければいけない。文化財で建物としての魅力に興味を持つ人はほとんどいませんが、歴史的な背景や楽しくタメになる話をしてもらえることは付加価値になります。必要なのはブランディングでもアドバタイジングでもなく、カスタマーエクスペリエンスを向上させることなのです」

そのためには、訪日外国人が楽しめるアクティビティがあり、適切な多言語対応の解説や案内があり、新宿御苑のような広い公園や観光地には、座る場所やカフェといった飲食スペースを設ける……といった「住民ではない人のための滞在設備の充実」こそが本当の観光戦略であるとデービッドさんは掲げます。さらに「東京に住む一人として、どこまで東京が魅力的で楽しめる街なのかが問われているのだと思います。それらの整備をすることで、もう一度、楽しく粋な東京の将来が広がっていくはず」と締めくくりました。

竹中平蔵さんはディスカッションの最後に「インバウンド観光客の対策は、小泉内閣で私が問題提起し、1000万人を目指すと言って当時は笑われた。それが今、2800万人まで来ました。大学でも観光学部が設けられているところはまだ少ない。東京に関して今後どういう努力が必要なのか、問題点を解決していくための当たり前のアプローチが必要であり、その先にエッジーな東京があるのだと感じました」と述べ、セッションは閉幕に。

あらゆる角度から論じられたフォーラムは全3日の開催を経て、「ライフスタイルと都市の未来」を考えるうえでいくつもの発見と出発があり、さらに検証と仮説の必要性が明るみになったといえるでしょう。これらの実装と課題解決へ、ロフトワークも数あるプロジェクトを通じて取り組んでいきます。

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