正しい「成長」を、 競争ではなくコラボレーションで導きたい
──ロフトワークが目指すエコシステムとは。
「成長」の次に来るべき価値とは何か。
2018年12月、ロフトワーク株主のジョイこと伊藤穰一さん(MITメディアラボ所長)を迎え、ロフトワーク代表の諏訪光洋と林千晶の3人でトークセッションを開催。「Loftwork Year End Party 2018」で、創業19年の今考えたいトピックについて議論しました。
テキスト=宮田文久
Photo by Makoto Ebi
自然の摂理では、競争よりもコラボレーションが有効
林 先ほど株主総会が終わったばかりなんですが、実は今回が19期目でした。ずっと会社が続いていることに自分でもビックリしていて(笑)、このトークでは、「成長って何だろう」ということを話したいなと思います。
19年前にロフトワークを創る時には、ほとんどの人に「クリエイターを集めるって、本当に価値があるの?」と言われたんですが、ジョイは「面白い」と言ってくれて、だからこそ今がある。そこで改めて、この会社がある意味も含めて考えてみたい。ロフトワークは株式会社という形をとっているけれど、私自身は「活動体」だと思っています。その活動体にとって、目標や成果って何なんだろう。まずはジョイに、「成長」をどう捉えているか、幅広く聞いてみたいな。
伊藤 ものが増えて効率がよくなるという経済的な成長は、たとえば今の環境問題の要因のひとつになっている。戦後の日本が道路や工場を造り、成長メインで考えるのが重要な時期はあったと思うんだけど、地球の資源が限られている中で、もっと自然体で、「文化」が成長する、進化することを考えたいよね。技術者や経営者としても、自分の会社が社会や環境に対してどのようなことをしているのか、という視点こそが重要だと思う。
あと、永久に残る会社って、ない。高齢化している日本で、この視点は大事だと思う。若いうちだけ楽しくて、年を取ると寂しくなるようじゃ、日本はみんな寂しくなっちゃうから。会社も同様に、成長の時期はもちろんあるんだけど、どこかのタイミングで切り替えないと。
林 コンセプチュアルには理解できるけど、経営者としてはなかなか、ね(笑)。
伊藤 会社の歴史を、アメリカ中心に振り返ると、そもそも登記するときに、社会的な意義があるものしか会社にできなかった。たとえば、この土地には風車が必要だとする。風車を建設するために、みんなでお金を出し合って、風車ができたら終わる――それが元々の会社のあり方で。社会的な目的を果たすために、会社はあったんだよね。
株主のためにお金儲けをするというのは、やや最近の出来事でもあるし、目的が何でもいいから伸びるというのは、比喩を使えば「癌」なんだよ。癌細胞は、ひたすら伸びる。普通の細胞は、正しい大きさになると、それ以上大きくならない。たとえば肝臓の細胞も、ある適当な大きさになると伸び止まるわけ。大きくなりすぎると、僕らは生きていけない。だから、ひたすら伸びる会社って、自然じゃないんだよ。本当は昔の日本の文化って、成長に重きはおかれていなかったはずなんだけどね。成長が大事というのは、産業革命以降の思い込み。
林 諏訪君にも聞いてみたいんだけど、もともとロフトワークって、「会社を成長させるぞ、オーッ!」っていう感じで生まれてないじゃない?
諏訪 うん、ないね。
林 以前実験的に、売り上げなんて別に上げる必要ないよね、それよりも質を高めよう、っていう年があったじゃない? でも質を高めるって曖昧だから、目標になりきらない。すると、みるみる売り上げが落ちて、「これってやっぱりまずい」って頑張りだしたら戻った、っていうことがあった。
諏訪 あったね、憶えてる(笑)。
林 安易に「質を高めましょう」と言っても難しくて。人間は前年比とかの数字を見るのはすごく得意だけど、一方で質を充足させようとしても、そもそも「足るを知る」って何なのか、なかなかトレーニングできない。
諏訪 売り上げというパラメーターの替わりは何かと考えたときに、「質」はカウンターとしてのパラメーターになっていなかったんだよね。
その観点で今年のロフトワークは、「エコシステム」というワードを取り入れている。これにはふたつの意味があって、ひとつは、クライアントのためのエコシステム。わかりやすく言うと、ユーザーとか開発者のコミュニティ構築。もうひとつは、ずっと視点が大きくて、緩やかな成長によってサステナビリティを維持しながら、社会全体を生態系としてとらえるスタンス。後者のエコシステムを僕らはもっと提供したいな、と思っているんです。
やっぱりロフトワークが得意なのは、マーケティングよりも、一緒に考えて、共に緩やかに成長しながら、周囲の面白い要素をつないでいく、ということでしょう?
林 一社が伸びるというよりかは、その会社が存在する中で、誰とつながっていくのか、誰に喜びを渡そうとしているのか、ということを一緒に考えたいよね。ある会社だけが儲かることではなくて、たとえばその会社で提供されているサービスは、ここにも、あそこにもつながっている――その全体像を描いたうえで、どこに向かいたいんですか、という問いを出すのがロフトワークだな、と思う。
伊藤 進化論の議論で面白いものがあって。進化論というと「競争」のイメージがあると思うんだけど、実はコラボレーションのほうが、生き残るためのストラテジーである、という議論がある。動物にしても人間にしても、実は競争のストラテジーというのはマイナーで、コラボレーションの方が自然である、と。
そういうエコシステムを考える上でも、エコシステムの元気さを「測る」方法や手法というのを、ビジネスにも合う説明や判断の仕方において、もっと考えていく、というのはやるべきことだよね。
感性に説得力をもたせ、
みんなで共有できるバリューをつくる
林 実は昨日、「MIT Media Lab @ TOKYO 2018」というカンファレンスがあったんですが、そこでのテーマも、「Being Artistic and Analytic」――つまり、どれだけ数字で計測できるのか、それが感性で感じることとどうつながっていくのか、いけるのか、という議論だったんです。
ジョイの基調講演の後、「ジャズと波動」というセッションに、小川理子さんという方が登壇していらして。小川さんはジャズピアニストでもあり、テクニクスという音響事業を復活させたパナソニックの執行役員の方なんですが、その小川さんが、「いい音をつくるということに関して、みんなが共有できる言葉や数値にすることに努力はしつつも、演奏者の細胞ひとつひとつがつながって、いい演奏ができたときの喜びをデジタル化できる気はしない」といったことをおっしゃっていた。
数字って、本当にパワーがある。一方で、嬉しさや楽しさって、なんでこんなに人と人との間の体験としてしか伝わらないんだろう、と思う。どうやったら「この感じ、いいよね」という感性に、数字のような説得力を持たせることができるんだろうって。
伊藤 ある自動車メーカーの役員の人と話をしたことがあるんだけど、もう役員の中でも彼しか、エンジンの音を聞いて何が悪いか判断できる人はいないって言っていて。彼のエンジンに対する誇りや感覚ってすごくて、日本の大企業にも、そうした職人のような人もいるし、働き甲斐に対して、お金で測れない「生き甲斐」を感じている人っていると思う。
日本の会社は、アメリカに比べたらまだそうした感覚が残っていると感じるんだけど、それでもだいぶアメリカ化してきていると思うんだよね。西洋の悪いスケーラビリティーを輸入しちゃっているというか。
面白いのは、マイケル・ポーターというハーバード大学の先生の議論で。彼はものすごいコンペティション(競争)を重視する経営学者だったんだけど、そんな彼も2011年に、「Creating Shared Value」という論文を書いている。要するに、競争が行き過ぎたって言っているんだよね。社員にもコミュニティーにも環境にも、悪影響を与えるような短期的な行動を、自分たちは押し付けてしまってきた――みんなで共有するバリュー(価値)を作っていかなきゃいけないと、あのマイケル・ポーターでさえ、2011年に言っているんだよね。
諏訪 その意味で、今日の株主総会の前に、ジョイにお願いしたプレゼンがすごく勉強になった。ジョイは7年前にMITメディアラボの所長になって、大きく成功させたじゃないですか。あんなに天才ばかりが集まっていて、ハンドルしにくそうな組織の所長として成果を出したというのはいったい何をしていたのか知りたかった。ジョイの話から、やっぱり、とても細かいチューニング、MITメディアラボというエコシステムのリデザインをしていたことがわかったから。
林 昨日のMITメディアラボのカンファレンスでも、ジョイと、プロデューサーの川村元気さんがトークしていたじゃない? ハリウッド映画をつくるときは、ヒーローがどう成長したのかを描くのが映画づくりの肝なんだけど、日本の文化は、『ドラえもん』ののび太君とか『サザエさん』とか、特段成長もしなければ、ただただ日常が続く、という話。
でも、その「続く」を肯定しているところが日本のカルチャーの面白いところだよねと二人で盛り上がっていた。川村さん自身も、がむしゃらに成長するとか、何がやりたいと主張するのをやめて、「何でもいいよ」ってのび太キャラをやってみたら、逆に周りにドラえもんみたいな存在が増えて、面白い仕事ばかりになったって。足す、伸ばす、ではなくて、引いてみろ、という話になっていましたよね。
伊藤 でもボーっとしているわけではなくて、好奇心のようなパワーは必要なんだよね。特にクリエイティブな人は、そこで「選択」をしなければいけない。坂本龍一さんと話をしたことがあるんだけど、何を断るのかってすごく難しい。断らないとひたすら忙しくなるし、成長へもつながっていってしまう。だから何を断り、何に集中して、面白いものを生み出していくのか。
なくして生まれる空白に、もっといいことがある
林 よし、ジョイに突然のお願いをしてみよう。ロフトワークにも、ここに集まっている皆さんにも、「これ、やめたら?」って思うことを教えて。
伊藤 ワオ……(笑)。
林 最近のジョイは話をしていても、「a kind of…」みたいな感じでアメリカ人のようになってきたから(笑)、久しぶりに日本を見たときに、「これ、やめたら?」って感じていることがあるんじゃないかなと思って。
伊藤 じゃあ、自分が楽しくなくて、さらに世の中の役に立たないことをやっていたり、ものをつくっていたりする人たちって、世の中にいっぱいいるじゃない? そういうのをやめたらいいと思う。
会場 (笑)
伊藤 アップルが優れているのは、英語でいう「リファクタリング」――つまりシンプリファイして余計なものを捨てる、ということができる点。ソフトウェアでも、必要のない機能をどんどん削る。そこにこそ本当の美学があると思う。
諏訪 その意味では、どう「放置する」かも大事かもしれない。ただ放置するとシステムが傷んじゃうこともある中で、フォーカスするものはありつつ、残りの部分はどううまく放置していくのかということを、僕は考えています。
林 なるほどね! まさに私も、来年は「なくす」をコンセプトにしようと思っていたので、すぐに実践します。いろんなことに興味があるし、声をかけてもらうと応えたくなっちゃう。でもその結果、本当にやりたいことに時間を割けなくなっているから、来年はフォーカスするものをグッと絞る覚悟ができました。
伊藤 自分がやっている仕事に対してあまり気乗りしないものがあれば、「この仕事をする理由は何か」「本当はやらなくていいのでは」と考えることが大事。そして、その空いた部分に、もっといいことがあるはずだから。