材料開発の「意味のイノベーション」で 企業はシンカする?
パナソニック「未来FORUM2020 Online」レポート
パナソニック株式会社経営企画部未来戦略室が主催する、「未来FORUM2020 Online」(2020年12月21日・22日開催)。「シンシンカ」をテーマに、進化思考、大企業イノベーション、サーキュラーエコノミー、フードテック、地方創生、リビングラボなど、さまざまな視点から企業の「シンカ」について考えるフォーラムです。
多方面からさまざまな論客が集まるなか、ロフトワーク/FabCafe Tokyo CEOの諏訪とFabCafe MTRLプロデューサーの小原が、21日に開催されたセッション「マテリアル・ドリブン・イノベーション 素材・機能材料がもたらす意味のイノベーション」にて、登壇しました。材料開発を基軸にしたイノベーション創出のあり方について、パナソニック マニュファクチャリングソリューションセンター所長中田公明氏とともに議論した本セッションの様子をご紹介します。
インスピレーショントーク:材料が牽引する意味のイノベーション
なぜ今「材料」に注目するのか
ファシリテーターである未来戦略室の中西多公歳さんは「パナソニックは、創業当時から製品に使われる材料に寄り添いながら活動をしてきました」と、本セッション開催の経緯を話します。「材料を扱う企業と共に、これからどのような進化を遂げられるのか考えたいです。」
「材料」というテーマを受け、イベントの冒頭では、ロフトワークFabCafe MTRLプロデューサーの小原和也が、FabCafe MTRLが提唱する「マテリアル・ドリブン・イノベーション」についての紹介を行いました。FabCafe MTRLでは、イノベーションの源泉として材料に注目し、材料・ものづくり・テクノロジーを基軸としたグローバル共創プロジェクトを多数行っています。
小原は、「材料産業は、実は日本のリーディングインダストリー。事業者数・従業者数、出荷額などで高いシェアと利益率を誇る、縁の下の力持ちなんです」と、材料に注目する理由を説明します。一方、若手人材の不足や開発競争力・実装力の低下に加え、持続可能性を配慮した開発への必要性など、材料 / 製造業には現在大きな変革が求められていると、小原は指摘します。「マテリアル革新力強化のための戦略策定に向けた準備会合が2020年に文部科学省・経済産業省で開かれるなど、今まさに材料 / 製造業は転換期を迎えようとしています。」材料産業が現在抱える課題として、小原は3つの側面を説明します。
「まずは、社会的側面。材料自体がものとして成立するのに、平均約15-20年かかると言われています。重厚長大な開発・製造サイクルは、変化の早い現代の社会にそぐわなくなっているのではないでしょうか。」
「2つめは、組織的・人材的な側面です。材料開発は主に理工系の専門的なスキルをもった人材が活躍する分野です。専門的なスキルの細分化や専門化が促進されていることで、材料開発に関わる担い手が、多様な価値観に出会える場をなかなか持ちづらいのも現状です。」
最後に小原が強調するのが開発方法の側面として、「なぜ」を追求することの必要性です。「理工系の知識創造では『どうやって(HOW)』を問うことはこれまでも多く検討や議論がされてきましたが、『なぜ(WHY)』を問うような観点からの開発は希薄であると言えます。」
材料の「意味的価値」に着目した材料開発・事業の創出とは?
ここで小原が提案するのが、材料が牽引する「意味のイノベーション」である、「マテリアル・ドリブン・イノベーション」というコンセプトです。「マテリアル・ドリブン・イノベーション」では、材料の機能的価値だけではなく「意味的価値」の創出を重視しイノベーション創出の方法です。材料開発に関わる研究者、開発者、企画者個人のアイデンティティをベースに、批判的思考を発揮させながら、「How」ではなく「Why」の問いから出発する材料開発のアプローチです。「どうやって」その材料や製品を開発するのか、ということに加えて、「なぜ」その材料や製品は我々の生活に必要とされていて、それはどのような意味があるのかを問う開発です。
「意味」のイノベーション」はミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授が提唱する、ものの意味の急進的な変化を促すためのイノベーション創出手法「デザイン・ドリブン・イノベーション」という概念として提唱されました。「マテリアル・ドリブン・イノベーション」は、この考えを、材料開発の分野に適用したものです。
「意味」のイノベーション」とは、具体的に何を指しているのでしょうか?
「意味」のイノベーション」の象徴的な事例として、蝋燭の事例があります。「かつては、停電時など、限定的なシーンのために蝋燭が買い求められていました。生活が便利になった現代では、機能のみを考えると、蝋燭の需要は低いはずです。しかし、アロマキャンドルなどの形で、香りやリラックス効果のために蝋燭を買い求める人が増え、逆に現在では蝋燭は従来の需要を超えるまでに需要が高まっています。」これは、体験や意味的な価値が付与されて、蝋燭の持つ「意味」が更新した事例です。
材料開発の現場においては「課題解決に科学的知識を活用し、実用性を生み出すエンジニアリングは、どうやって量産するか、薄くするかなど、その実現性を担保するHOWの部分にどうしてもフォーカスが集まってしまう」と小原は続けます。「一方で、これからはデザインの視点を材料開発に付与し、意味の更新を行うことが必要なのではないでしょうか。」
それでは、「我々の生活にとって、それはどのような意味があるのか?なぜ必要なのか?」を問い、暮らしを豊かにするために、材料や製造に関わる企業は何ができるのでしょうか。
「まずは、材料を基点とした多様なスキルを持つプレイヤーの共創によって、新しい意味的価値を形成することが大切です」と小原は話します。「材料に関わる専門家が、エンジニア、マーケターやプランナーなど多様なスキルの人々と協業しながらプロジェクトを生み出していく姿勢が求められます。」
また、材料開発に関わる技術者自身が、エンジニア、マーケターやプランナー、デザイナーなどの視点をインストールしながら自身のスキルを多機能化することで、新しい価値創造をしていくアプローチも大切だと小原は説明します。
「材料の『機能的価値』だけでなく『意味的価値』を付与した材料の開発について、今日は皆さんと議論をしたい」とトークを終えました。
パネルディスカッション:材料に関わる企業がハードルを超えて進化していくために
ディスカッションポイント1:材料に向き合える場所の必要性
小原のトークを受け、意味的価値を持つ材料の事例として、木材の魅力と可能性について議論がなされました。
諏訪はまず、林業で新しい価値を作ることを目標に活動を行う、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)の取り組みを紹介します。
「石と木は、古来からある材料です。現在、サステナビリティへの関心の高まりもあり木材を建築物に使用する事例がトレンドとしても増えてきていますが、多くの建築家は木材に直接触れ、扱うことはなかなかできない。結果として、プロダクトとしてフローリングや家具を選ぶことはできるけれど、そのまま木材を設計に落とすことは難しいという現状があります。ダイレクトに価値を作れる建築家が、木に取り組める、材料に向き合える場所として、ヒダクマはあります」と諏訪は話します。
事例として、ヒダクマを中心に開発された、飛騨の広葉樹を使った猫のためのキャットツリー「Modern Cat Tree NEKO」が紹介されました。
「今までは捨てられていた材料にも価値を付与することができます。キャットツリーの事例では、デジタルファブリケーションを活用しながら複数の専門家と共に製品を開発することで、新しい価値を付与することができました。」
ディスカッションポイント2:外部の視点
今までは機能的なスペックを追い込むことで価値づくりをしてきた材料開発。パナソニックとして、材料に価値を生み出すような取り組みは、これまでどのようなものがあるのでしょうか?
今年からサーキュラーエコノミーに目覚めたと話すのは、パナソニックマニュファクチャリングソリューションセンター所長中田公明氏。「社会の変化や新しい経済循環のなかで、技術だけではいけないことが分かってきた」と話します。「経済はもちろんですが、社会がどう受け入れてくれるかが大切です。」
中田氏は、環境への意識が高い若い世代とセミナーなどを通して積極的に議論するなど、外部との意見交換を行うことを大切にしています。
「使う側の視点を大切にしながら開発することが大切だです。もちろん、エンジニアが機械設計や科学的な要素分解もきちんと行ったうえでバランスをとる必要はあります。新規のアイデアだけでなく、既にある材料のなかで、いかに新しい発見ができるかも大切ですね。」
ディスカッションポイント3:現場にいき、感覚的に体験する
企業が社会全体の流れや価値を見落とさず、ハードルを超えて進化していくには、まずは何から始めるべきなのでしょうか。
小原は、「感覚的に」体験してもらうこと、感覚的な伝わりやすい言葉を使うことの大切さを語ります。「『薄くて柔らかくて気持ちいい』という感覚的な言葉は伝わりやすい。機能はもちろんですが、こういう意図で開発していて、なぜ良いと思っているのか、どう使って欲しいかなど、ユーザーに届けたあとの姿を想像することが大切です。」
小原は、そのような機会を企業の人々に提供できるよう、ヒダクマや京都などに実際に足を運ぶことを大切にしていると話します。「その空間に行き、どう感じるのか、感覚的に体験してもらうことが大切です。」
中田氏もこれに同意します。「ヒダクマのように、インターネットだけでなく実際に足を運べる場所があるのは良いですね。ロフトワークは、価値を生み出すリアルな現場に足を運び、実行して動きを伴っていることが良いですね。企業や研究所だけで完結させず、ユーザーがいる現場に出ることがまずは必須です。」
ディスカッションポイント4:複合的な観点をチームや自分自身に取り入れる
ファシリテーターの中西氏からは、日本が持つ材料の魅力を世界に伝え、技術力の高さで日本がリーダーシップをとっていくために、何が必要かという質問がされました。
「まずは、材料に携わる人々がデザイン思考や社会的な視点を学ぶことが大切です」と諏訪。「ただ、それだけでは十分ではない。材料側に新しい価値を見つけうる人、例えばデザイナーや、他分野の技術者・専門家など、双方向からのアクションが必須です。」
チームづくりにおいても、両方の側面が必要と小原は話します。「オールスターチームはもちろん大切だが、中長期的に自分自身が成長することも大切。材料に関わる専門家自体が多機能化していくことも必要です。」
まとめ:デジタルとフィジカルの間で
デジタル領域の急速な進化が進む現在。材料業界は、デジタルテクノロジーと共にどのような価値の創造を行えるのでしょうか。
中田氏は、デジタルの介入により領域を超えたコラボレーションが可能になるのではと語ります。
諏訪は最後に、「デジタルだけでは勝てない」と強調します。「ICTやIAだけに注力しても、国際競争のなかで日本は負けてしまう。逆に、材料は日本の得意領域。デジタルを材料領域に活用することで、スピードの速い進化が可能です。」
デジタル化により、人々のニーズや体験も急速に変化する現代。デジタル領域との融合をバランスよく促進させながら、材料領域のイノベーションを牽引する方法について、さまざまな可能性を再認識する機会となりました。