コロナ禍でも成長し続ける
三越伊勢丹グループの新ビジネス「イベマチ」
— ゲームチェンジした社会で百貨店はどう変わるのか?
2020年、世界を襲ったコロナショック。移動や対面でのコミュニケーションが制限され、人々の働き方や生活スタイル、そして購買行動が大きく変わった結果、多くの業界においてゲームチェンジが起こりました。
そんな今、積極的にデジタルシフトに取り組み、コロナ禍でも売上を伸ばす新事業・新サービスが生まれています。
そこでロフトワークは「デジタル × サービスデザイン」をテーマに、ゲームチェンジした社会に柔軟に対応して事業拡大するプロジェクトの担当者と対話するイベントを開催。
第一回目は株式会社三越伊勢丹 MD統括部 プロモーション商品部 高柳隼人さんにお越しいただき、「百貨店の『場所』を新需要とマッチングする『イベマチ』」について伺いました。
前半は高柳さんから「イベマチ」のご紹介。後半はロフトワークのチーフプロデューサー 柏木鉄也とシニアディレクター 高井 勇輝も加わり、デジタル化社会における新しい購買体験やビジネスの可能性を議論した模様をお届けします。
出店者と施設のマッチングプラットフォーム「イベマチ」とは?
「イベマチ」とは、イベント開催を希望する出店者と、三越伊勢丹グループ店舗をつなぐ、イベントマッチングプラットフォームサービスです。
三越伊勢丹グループ店舗内にある催事場、各フロアのイベントスペース、ホワイトスペース(遊休地)、仮想新宿伊勢丹などを借りられるほか、集客のサポートや什器装飾手配のサポートなど、イベントの企画から運営まで、トータルでサポートしてもらえるサービスになっているそうです。
この「イベマチ」を立ち上げた背景には、次のような課題がありました。
- 前年踏襲、ベストセラーコンテンツばかりになってしまう
- 新規コンテンツの出店は手間・時間・コストが大きい
- 企業イメージを強く意識するがゆえに出店ハードルが高い
- このままでは今後、空きスペースができてしまう
上記の上から2つについては、お客様目線、3つ目については、事業者様目線に立てていないことで、4つ目のような現状が浮き彫りになっていました。新型コロナウイルスの影響によりさらに加速化したとも言えます
一方、三越伊勢丹だからこその強みとして、次のようなものがあると考えていました。
- 全国21店舗の百貨店を自社ですでに持っている
- すでに素晴らしいお客様との関係性をすでに(三越伊勢丹カード顧客:約320万人)を持っており、多くのお客様が来店される(例:新宿年間来場者数 約2,000万人)
- 歴史とともに培われた三越伊勢丹のブランド力・信頼を持っている
これら唯一無二の誰にも負けないアセットが独自性となり、必ず武器になると信じていました。
これまでの「当たり前」を変える。そんな強い思いでスタートした「イベマチ」が変えたものは、次の3つです。
- 出店事業者を探す方法をオフラインからオンラインに
かつてはバイヤーが自分の足でコンテンツを探してくるのが当たり前だったところから、オンラインのプラットフォームを使って募集する形に変えました。 - 収益モデルを掛売りから出店料に
百貨店のビジネスモデルでは、催事に出店する企業に対する掛売り(レベニューシェア)が当たり前でした。しかし「イベマチ」では、これを出店料に変えたことで、これまで出店できなかった“その場で売上の立たない人たち”も利用できるようになりました。 - 出店方法を長期から短期(最短1日に)
以前は長期が当たり前だったところから、出店ハードルを下げるために短期から使えるように変えました。
まさに今にぴったりなビジネスモデルに思えますが、「イベマチ」がプロジェクト化したのは2019年11月。コロナ禍に入る前です。そこから2020年3月にリリースしたものの、緊急事態宣言によって一時中断。6月に再スタートを切ることになりました。
「イベマチ」を利用しているお客様には、ファッション・コスメなど新進気鋭のD2C企業や、ウォーターサーバーやプログラミング教材などサブスクリプションサービスの事業者などが多いと言います。
現状は、出店希望者が約300件、エントリー会場(場所の登録)約350件、マッチング数約80件となっており、2回の新型コロナウイルス緊急事態宣言の中、立上時に計画した粗利目標を達成する見込みだそう。そしてマッチングが成立した約80件のうちの90%が三越伊勢丹に初出店のお客様だということで、これまで出店したくてもできなかった人たちのニーズを満たしていることがわかります。
「今後は全国21店舗売場面積の約1%をイベマチ専用の会場にすることを目指すとともに、CRM基盤をアップデートしてオンラインでのマッチングをさらに効率化していきたい」と高柳さんは話しました。
さて、ここからはロフトワークの柏木と高井、進行役として岩沢も加わり、デジタルを掛け合わせたこれからのサービスデザインについて議論していきます。
「イベマチ」から考える、これからのリアル店舗の価値とは?
岩沢:コロナ禍によって百貨店も苦境に立たされている面もあるかと思いますが、「イベマチ」のスタートによって、百貨店にどんな変化が生まれてくるとお考えですか?
高柳さん:「イベマチ」によって、百貨店における場の使い方の選択肢が増えたわけですが、実際に始めてみて、やはり百貨店での物販以外の活用を求めている事業者さんがいることがわかりました。そうした新しい事業者さんに入っていただくことで、百貨店でのお客様の買い物の仕方も変わってくるのではないかと思っています。
例えば、別の目的で百貨店に足を運んだときに、たまたまNetflixのサービスに初めて出会うといったように、今まで知らなかったサービスの情報にリアル店舗で触れた後、オンラインで購入するといった新たな流れが生まれるのではないか、と。
柏木:「イベマチ」だからこそ実現できる流れですよね。
高柳さん:私たちもコロナ禍によって、リアル店舗の価値が下がってしまうのではないかと危惧していたのですが、実際はあらゆるものがオンラインになったことで、オンラインの場がレッドオーシャンになってしまったんですよね。それによって、サブスクリプションのようなオンラインサービスの事業者さんが、ライバルとの差別化を図るために、リアル店舗でお客様の情報を獲得する目的で「イベマチ」を活用していただけるようになりました。
岩沢:オンラインがレッドオーシャンになったことで、逆にリアル店舗の価値が上がったということですね。
柏木:確かに、消費者のオンラインで活動する時間が増えたことで、サービス提供者もオンラインにリソースを割くようになり、競争が激化している現実はあると思います。一方で、今サステイナブル経営やESG投資が注目されている背景には、従来の資本主義とは異なる「新たな価値基準」を消費者が求めている現状があるからだと思うんですよね。そうすると、サービスのコンセプト、つまり「サービスを通してどんな体験を消費者に届けたいのか」というメッセージが非常に大切になってくるのではないかと感じています。
それに今って、何でもレコメンドされ過ぎてるじゃないですか。レコメンドは便利なようで、自分の外と中を勝手に分断されてしまうので、レコメンドに依存しすぎると、「セレンディピティ(予期せぬ出会い)」がなくなってしまって、つまらなくなるんですよね。だからこそ、百貨店というリアル店舗で自分の知らないサービスに出会えるというのは、大きな価値の一つになり得ると思います。
岩沢:「セレンディピティ」って、本当は受動的かもしれないけれど、なぜか自分で掴み取った感覚があるんですよね。「たくさんの情報の中から、自分のセンスで選び取ったぞ」っていう。
高柳さん:「セレンディピティ」というキーワードは、個人的に大好きで、今一番ホットなワードなんです。百貨店の価値は、まさに「セレンディピティ」。百貨店は「偶然の出会いが詰まった宝箱」なんですよ。「イベマチ」によって、その価値を今まで以上に提供する売り場づくりをしていきたいと考えています。
高井:そうですね。コロナ禍でオンラインが飽和する中で、これからは「オフラインの代替のオンライン」ではなく、「オンラインならでは/オフラインならでは」の体験価値を、改めて追求すべきときが来ていると思うんです。
例えば、今、オンラインで観光地をライブ中継するサービスがありますけど、「旅先で美しい景色を見る」という価値は提供できたとしても、「旅に出る前の準備」とか「家に帰るまでの道のり」の間に感じるものは提供できない。そうしたところにオフラインならではの価値があると思うので、百貨店の中だけじゃなく、そこに行くまで、あるいは帰り道も含めた体験として考えると、何か新しいものが見えてくる気がしています。
大手企業、老舗企業の中で、新規事業を成功させる秘訣とは?
柏木:大企業における新規事業開発は、「会社から任命されるケース」と「イントレプレナー制度に手を挙げるケース」の2つあるかと思うのですが、高柳さんの場合、どんな経緯で「イベマチ」を立ち上げられたのですか?
高柳さん:「イベマチ」は年齢も経歴もまったく違う3人のメンバーで立ち上げたのですが、特に新規事業を立ち上げろというミッションがあったわけではなく、「こういうサービスが必要だよね」と1人のメンバー(現プロジェクトリーダー)からの意見で、同じ考えのメンバーが揃ったのがきっかけでスタートしました。
柏木:「やりたいドリブン」だったんですね。
高柳さん:実は「イベマチ」は、三越伊勢丹グループの株式会社レオマートが運営しているんです。いわゆる本体で新規事業を立ち上げるには、承認プロセスで大きなハードルがあります。私たちの場合、レオマート社の社長が、私のいるプロモーション商品部の部長を兼務しているので、すべて部長決裁で進められました。
高井:なるほど。大企業になればなるほど決裁を通すのが大変で、その過程でサービスの角が取れて本質からズレてしまうケースもよくあります。今回はレオマート社を通すことで、本業とは隔てたところで小さく始めるサンドボックスをつくれたところも成功要因のひとつかもしれないですね。
あとは、やはりみなさんの情熱があったからこそ。ベンチャーキャピタルの人が「サービスの内容よりも、起業家自身の人柄やチームを見て投資判断する」と言いますが、まさにその通りで、「このサービスをやりたい」という情熱の火種は、他の人間にはつくれるものではないんですよ。火種を大きくするお手伝いはできても、火種そのものをつくることはできない。だから、会社はトップダウンで命令するのではなく、「情熱の火種を持っている人をいかに後押しするか」に注力すべきだと思います。
岩沢:高井くんがご支援させていただいたマイナビのご担当者さんも、かなり情熱の火種を持った方でしたよね。
高井:そうなんです。昨年、マイナビさんがリリースされた「hin +(ヒンタス)」というサービスを、インサイト抽出からサービスの企画設計まで、一気通貫でご支援させていただいたのですが、そのときのご担当者さんには情熱を持って最後まで引っ張っていただきました。それに、最初から役員クラスの方までプロジェクトチームに巻き込んで始めることができたのも、最後まで辿り着けたポイントだったと思います。
柏木:三越伊勢丹さんの中にもイントレプレナープログラムのような制度があると伺いましたが、それを活用されたわけではないんですよね?
高柳さん:はい。新規事業つながりで「イベマチ」と協業していたりはするのですが。やはり見ていて思うのは、承認フローがすごく大変そうだということ。イントレプレナー制度を使うと決裁者が社長になります。「イベマチ」はスモールスタートで、スピード感を持ってリーダーを中心に粛々と進めていきました。
岩沢:その戦略が功を奏したわけですね。レオマート社の社長兼プロモーション商品部の部長さんは、どんな方なんですか?
高柳さん:承認してもらうまでは大変だったのですが、承認をいただいた後は、3人のメンバーが強みを生かしながら、それぞれやりたいように動ける環境を作って、バックアップしてくれています。
柏木:素晴らしい。権限委譲が進んでいるんですね。権限委譲が進んでいると、初期の仮説と違ったときにチューニングしやすいメリットもあると思います。今回、高柳さんのお話を伺って、「キーパーソンの巻き込み」「やりたいドリブン(担当者の情熱)」「権限委譲」の3つが「イベマチ」の成功要因となっていたことがわかりました。これから新規事業開発に取り組まれる方には、ぜひ参考にしていただければと思います。ありがとうございました。