EVENT Report

まちづくりにおけるウェルビーイングとは?
DXと新指標で「幸福」に向き合うスマートシティの未来

地方のデジタル化を進めることで地域課題を解決し、地方も都市も豊かにすることを目指す「デジタル田園都市国家構想」。いま日本では、少子高齢化によるさまざまな問題に直面する中、「豊かさ」の形の一つとして市民一人ひとりが幸せを実感できる「ウェルビーイングなまちづくり」が期待されています。

株式会社ロフトワークは、一般社団法人dialogue、福井県敦賀市とともにウェルビーイングなまちづくり・仕組みづくりに取り組んでいますが、その一環として「まちをつくる人を、つくる」をテーマとしたオンラインシンポジウムを開催。本レポートでは、2つの特別セッションの様子をお伝えします。

執筆:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)

デジタル田園都市国家構想とウェルビーイングな社会

特別セッション「デジタル田園都市国家構想とウェルビーイングな社会」では、公益財団法人Well-being for Planet Earth代表理事であり、予防医学研究者・博士(医学)の石川善樹さん、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート専務理事で三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社専務執行役員の南雲岳彦さんがご登壇。

モデレーターは一般社団法人dialogueの副代表理事/スペースコンポーザーでJTQInc. CEOの谷川じゅんじさんが務めました。

左上から、谷川じゅんじさん、南雲岳彦さん、石川善樹さん。

「主観的ウェルビーイング」を重視する流れに

石川さんは「ウェルビーイングには2種類ある」といいます。

1つはGDPや寿命など、客観的指標をもとにした「客観的ウェルビーイング」、そしてもう1つは「主観的にどう感じるか」という「主観的ウェルビーイング」。最近は「主観的ウェルビーイングも大切にしていこう」というのが、日本を含む世界の潮流とのことです。

実際、日本政府が出した2021年の「骨太の方針」「成長戦略」には、初めて「ウェルビーイング」という文言が明記されています。「一人ひとりの国民がウェルビーイングを実感できる社会の実現」を目指して、とりわけ「主観的ウェルビーイング」を重視していく姿勢が明示されました。これは「世界的にも珍しく革命的なこと」であると石川さんはいいます。
では、主観的ウェルビーイングが実感できる社会はどうつくっていけばいいのでしょうか?

ウェルビーイングとは直訳すると「良い状態」ですが、その状態は個人によって異なります。しかし、石川さんは「ウェルビーイングの要因は(世帯収入など)共通項が多い。これらの要因に働きかけることで、多様なウェルビーイングの形を支援できるのではないか」と提案します。

その上で、世界的に共通しているウェルビーイングの要因の一つに、「(人生の)選択肢と自己決定」が挙げられるといいます。

つまり、「適切な数の選択肢が用意され、その中から自己決定することができる」ことが、主観的なウェルビーイングに強い影響を与える。さらにその背景を考えると、「社会的寛容」、つまり「区別や差別をしないこと」が大きく関わってくるといいます。

この社会的寛容を高める有効な方法の一つが、「居場所をたくさん持つこと」です。

「いろいろな居場所があると、そこにはいろんな人がいるので自然と寛容になり、区別や差別をしにくくなる。大人も子どももいろんなところに居場所を持つことで、社会的寛容度を高められるのではないか」と、石川さんは述べました。

「市民の幸福感」を高めるまちづくりの指標

スマートシティの中間支援の役割を担う南雲さん曰く、スマートシティを構成するレイヤーは、「人・社会」「デジタル」「社会資本」「自然資本」4つであるといいます。このうち、これまでは「デジタル」やインフラなどの「社会資本」ばかりが人びとの関心を集めてきましたが、これからは「スマートシティを導入した結果、暮らしやすさがどう改善したのか」ということや、「デジタル化の結果、本当にひとりひとりの幸福感が向上したのか」という点を指す「人・社会」のレイヤーが重要になってくると南雲さんは述べています。

主観と客観の両方で測りながら、自治体単位で「何を進化させるべきか」という議論を進め、地域に合ったウェルビーイングの指標をつくっていく必要があるでしょう。

今、南雲さんが導入を推し進めている「LWC(Liveable Well-Being City)指標」は、暮らしやすさと市民の幸福感を客観・主観の両方の視点から測定したデータであり、「心の因子」「行動の因子」「環境の因子」という3つの層と5つの領域に分かれています。

市民のウェルビーイングを高めるにあたり、それぞれの自治体が「自分たちにはどれが重要か」を話し合い、その上で「どこにテクノロジーを入れるべきか」を考える。そうして市民の幸福を高める因子を探し出し、幸福感を「ストーリー」として可視化することが求められるとのこと。南雲さんは「データの背後にある、市民の課題やニーズを考えることが大切」といいます。

その地域に合った幸せの形をみんなで考え、それを行動や政策に反映させていくと、その街の「シビックプライド」が高まっていきます。データを使って、幸せのシナリオをみんなで話し合いながらつくり、ウェルビーイングを高めていきたいと、南雲さんは語りました。

ウェルビーイング=いろんな居場所があること

ここからはクロストークです。谷川さんが福井県敦賀市の活性化のアイデアについて投げかけると、南雲さんは「人口が少ないところは、『共助』が大切なファクターになる」と答えました。

石川さんは「ウェルビーイング(Well-being)のbeingは『居るだけでいい』という状態であり、doingではない。そのような居場所をどれだけ持てるかだと思う」「いろんなところに居場所があると、一つダメになっても他にもあると思える」と述べました。

南雲さんが注目したのは「自分の意志で行きたいところに行ける」ことでした。人が健康でいるためには、行きたいところに行って、会いたい人に会って、自分の意志で楽しめること。自由に移動できることとウェルビーイングには相関性があり、人間にとって非常に大切であるようです。

また、議論の終わりには「みんなでやっていく」ことの重要性についても共有しました。

デジタル田園都市国家構想やスマートシティを実現するには、非常に広い領域をカバーしなければなりません。一人で遂行するのは不可能であり、みんなでやらないと難しいことは明らかです。

南雲さんは「信頼がないとダメ。信頼があるからこそ『参加していいんだ』という心理的な安全が出てくる」といい、フラットな連携や協力ができるカルチャーの必要性を訴えました。

ウェルビーイングなまちづくりの仕組みを実装する

石川さん・南雲さんが深掘りした「ウェルビーイング」を、いかにまちづくりの仕組みに実装するか、という視点で議論が行われたのが、初日に行われたもう一つの特別セッションです。

前橋市アーキテクトで公立大学法人前橋工科大学理事長、日本通信株式会社代表取締役社長の福田尚久さんと、京都大学人と社会の未来研究院教授の内田由紀子さんにご登壇いただきました。モデレーターは同じく、谷川じゅんじさんです。

こちらも同様に、内田さんと福田さんによるプレゼンテーション、そして3人によるクロストークで進められました。

京都大学 人と社会の未来研究院教授の内田由紀子さん(右上)と、前橋市アーキテクト、公立大学法人前橋工科大学理事長、日本通信株式会社代表取締役社長 福田尚久さん(下)。

みんなで「何が幸福か」を考える

文化心理学と社会心理学を専門とする内田さんは、ウェルビーイングについて比較文化の視点から研究してきました。

ウェルビーイングは、新しい「ものさし」。自分のみならず家族や友人、自分の住む場所や環境がどうすれば「良い状態」でいられるかについて考えることだといいます。そして、今現在の楽しさを始点としつつ、「将来に希望を持てる」「ほかの人の幸せを願う」「この街を良くしていきたい」というように深化していきます。

内田さんは「個人を出発点としながら、場の状態をどう良くしていくかを一緒に考えていくことが、ウェルビーイングの重要な要素」といいます。

また、内田さんは「まちづくりにおいては、何が幸福かを考えることが大切」ともいいます。

日米比較の研究では、北米では「望んだものを手に入れた」というような獲得的な幸福が主流。一方、日本的な幸福は、「平凡でも安定した日々」や「まわりの人を幸せにできている」というような、協調的幸福のポイントが高い傾向にあります。

これまで世界では北米の尺度が使われて来ましたが、日本的な幸福の重要性が認知されつつあります。今年から世界幸福度調査(World Happiness Report)にバランスとハーモニーの要素を加えたという動きもあるとのこと。

内田さんは、100世帯くらいの規模の小さな単位である「集落・地域」(400以上の地域)を対象に、地域とウェルビーイングに関するサンプリング調査を行なったところ、次の発見があったそうです。

「地域で暮らすことで得られる幸福は、つながりや信頼関係に支えられていて、『地域に貢献したい』『行事に参加したい』という向社会性にもつながっている。また、閉じた関係にならず、うまくいっている地域では、他地域から来た人にも地域に参画してもらいたいという、巻き込み型の良い循環関係が見られます」。

共助型未来都市の実現へ

群馬県前橋市のアーキテクトとして活動されている福田さん。

前橋市は人口33万人の典型的な地方都市で、関東平野の端にあることから、広く平坦な土地が広がります。市内にはシャッター通りも多く、2016年頃から「街をどうにかしよう」という動きの中、「めぶく。」というビジョンを打ち立てました。

「めぶく。」というコピーには、一人ひとりが芽吹いて、会社や産業が芽吹くという意味が込められており、ウェルビーイングな都市を目指す姿勢を表現しています。

前橋市の目標は、「共助型の未来都市」の実現です。郊外まで含めると人口50万規模になる中型都市のため、行政単体で引っ張るのは難しい。だからこそ市内外の多くのプレーヤーが参加して、みんなで求められるサービスをつくることを目指していると言います。

その仕組みづくりには、しっかりとした土台が必要です。まず、「まえばしID」というスマートフォンで利用するデジタルIDをつくり、個別最適化したサービスづくりをすること。そして、株式会社めぶくグラウンドという官民共同出資の会社をつくり、そこをIDの発行主体とする。

「みんなで土台をつくって、いろんな形のサービスを提供して、一人ひとりがウェルビーイングでいられる街をつくる、壮大なプロジェクトに取りかかっています」と福田さんはいいます。

信頼関係にもとづいた縁側社会

前橋市の取り組みについて内田さんは、「土台がしっかりしているけど、同時に縛りがないのが特徴。土台が強くなりすぎると個人が苦しくなる傾向があるが、縛りがないことにより、ある意味出入り自由なプラットフォームができているのでは」とコメント。

谷川さんは、両者の話を受け、「縁側社会」の必要性を訴えました。日本伝統の家屋にある土間や縁側や生垣はプライベートな空間ですが、「お互いがその領域を堅持するという認識があって、はじめて機能する境界線」でもあります。「信頼社会の中で曖昧な境界線をつくっていくことで、住み心地が良くなるのではないか」と谷川さんは提起。

一方、福田さんは、都会で縁側的な関係性が薄れていく理由として「リスクがあるからプロテクトし、結果孤立していく」と持論を展開。その上で、「共助のベースにあるのは信頼関係。その部分をまえばしIDが担っていく」と、デジタル技術によるサポートを宣言しました。

デジタル技術によって、共助の好循環を生み出す「まえばしID」の構想。

谷川さんはこのセッションを通して、「ウェルビーイングを目指せば目指すほど、利己的社会から利他的社会へのシフトが重要になる感覚を覚えた」といいます。内田さんも「ウェルビーイングは利他性だと思う。でも自己犠牲ではなくて、個人も楽しく健康的で、それが結果として社会の利他性につながっていく」と返しました。

福田さんは「方向感を持ってやっている人たちは、想いとか目指しているところは一緒。地域によって形は違うけど、そのモデルケースに前橋がなったらいいなと思う」といいます。

一人ひとりが幸福を実感できる、ウェルビーイングなまちづくり。データの背後にある市民を想像して課題やニーズを深掘りすることが大切だと考えると、今すべきことが見えてくるはずです。答えが一つではないからこそ、一人ひとりがウェルビーイングな状態に向き合い続ける必要性を、本セッションは示唆しているのではないでしょうか。

更なる連携で、「私たち」が求める地域社会を実現する

今回ご紹介した2つのセッションを通して、まちづくりを通じてウェルビーイングな社会を実現するための示唆となる考え方が、いくつか示されました。

その上で、これからのまちづくりにおいて重要なのは、ひとつの地域・自治体の中で施策を閉じるのではなく、地域間や官民の垣根を越えてオープンに実践知を共有し、連携しながらより良いやり方を模索していくことではないでしょうか。

「これからのまちづくりにおいて、市民の幸福度を高めていきたい。」
「データ活用を通じて地域課題を解決しながら、よりサステナブルな社会システムを実装していきたい。」

dialogueとロフトワークは、そのような課題感を持っている自治体や企業、研究機関のみなさんとの対話を深めながら、「一人ひとりのウェルビーイングを実現するまち」をいかに実装していけるかを考え、形にしていきます。

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多彩なテーマから「まち」の未来を探る、7つのセッションのレポートはこちら

本シンポジウムでは、特別セッション以外にも、これからのまちづくりの鍵を握る7つのテーマに基づくディスカッションが行われました。2日間にわたるさまざまな議論の様子は、こちらからご覧いただけます。

デジタル技術によって、“私たちのまち”を変えるには?未来のまちづくりを探る、7つのディスカッション

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