EVENT Report

デジタル技術によって、“私たちのまち”を変えるには?
未来のまちづくりを探る、7つのディスカッション

地方のデジタル化を進めることで地域課題を解決し、地方も都市も豊かにすることを目指す「デジタル田園都市国家構想」。いま日本では、少子高齢化によるさまざまな問題に直面する中、「豊かさ」の形の一つとして市民一人ひとりが幸せを実感できる「ウェルビーイングなまちづくり」が期待されています。

株式会社ロフトワークは、一般社団法人dialogue、福井県敦賀市とともにウェルビーイングなまちづくり・仕組みづくりに取り組んでいますが、その一環として「まちをつくる人を、つくる」をテーマとしたオンラインシンポジウムを開催。本レポートでは、これからのまちづくりの鍵を握る、7つの視点からのディスカッションの様子をお届けします。

執筆:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)

〈1〉デジタルで実現するサーキュラーエコノミー
デジタルの力でゴミの仕事を“かっこいい仕事”に

登壇者

  • ⽯坂 典⼦(石坂産業株式会社 代表取締役)
  • 正木 弾(小田急電鉄株式会社 / 経営戦略部 ウェイストマネジメント事業 WOOMS 統括リーダー)
  • 棚橋 弘季(株式会社ロフトワーク執行役員 兼 イノベーションメーカー)

※敬称略

私たちの暮らすまちをサーキュラーにしていくうえで避けられない問題が、ゴミ処理や産業廃棄物との関わりです。しかし、「やらなければならないけど、やりたくない」のがゴミや廃棄の仕事。持続可能な仕事にするためには、デジタルの力が欠かせません。

小田急電鉄が推進するウェイストマネジメント「WOOMS」では、デジタル化によるデータの可視化により、現場の意識や行動に大きな変容をもたらしました。従来は「決められたことだけする」という分業的な働き方だったのが、「一人ひとりが考えて動き、みんなで助け合う」という自律分散的な働き方に変化。加えて、仕事への満足感ややりがいもアップして、地域貢献度も高まりました。

埼玉県で産廃業を行う石坂産業では、ハイテク企業とパートナーシップを組み、ゴミの量の解析を遠隔で行っています。また、「Zero Waste Design」の観点から、廃棄物の再資源化や、里山や土壌の再生活動も実施。廃棄物の埋め立ては土壌に大きく影響し、それは私たちの食や生態系にもつながっています。循環型社会の実現のためには、産廃処理から一歩進み、まちづくりにも協力する必要があります。そのためには、広く利他的な視野と廃棄物のような消費経済の静脈という“見えないもの”を評価する観点が不可欠であると石坂さんはいいます。

サーキュラーなまちにするためには、「ゴミ=資源」という意識へと変えていくことが必要なのではないでしょうか。

〈2〉人のつながりが見えるまち
環境ときっかけがあればコミュニティは自然と生まれる

登壇者

  • 田中 元子(株式会社グランドレベル 代表取締役社長, 喫茶ランドリーオーナー)
  • 矢野 晃平(PIAZZA株式会社 代表取締役社長)
  • 岩沢 エリ(株式会社ロフトワーク Culture Executive/マーケティング リーダー)

コミュニティは「つくるもの」ではなく、見えないだけで、壁の向こうやマンションの中に「すでにある」といいます。

田中さんが運営する喫茶ランドリーは、カフェ、ランドリー、多目的スペースなどを伴う私的公民館のような場所。ユーザーに場所の使い方を委ねた結果、オープン半年で100件以上のイベントや展覧会などが開催されました。この結果に対して周囲から「田中さんだからできるのでは?」という指摘も受けましたが、田中さんは「自由にできる環境やきっかけさえ提供すれば、自然発生的に活動は生まれる」のだといいます。

矢野さんが手掛ける「PIAZZA」は、地域限定のスーパーアプリ。近所に頼れる人がほしいけど、実際にはいないというニーズのギャップに着目し、デジタルの力を借りることで、地域のつながりを創出しています。

地域活動において、大切なことは“見えること”です。多様性を内包するコミュニティが可視化されると、「自分がいてもいい」という許容される感覚が生まれます。また、「自由に使っていいよ」と背中を押してあげることも、謙虚さが求められる日本では必要なこと。人々が積極的に参加できる余白をつくり、リスクと偶発性の天秤をうまく扱うことが、活気あるまちづくりのポイントとなります。

〈3〉データを活用した市民参加型のまちづくり
データを活用して、さまざまな人が活発にまちづくりの意見交換ができる場をつくる

登壇者

  • 関 治之(一般社団法人コード・フォー・ジャパン 代表理事)
  • 内山 裕弥(国土交通省 都市局 都市政策課 課長補佐)
  • 棚橋 弘季(株式会社ロフトワーク執行役員 兼 イノベーションメーカー)

世界26カ国、日本国内では90地域で活動が広がるコード・フォー・ジャパン。日本法人代表理事の関さんは、データを活用し、市民個人が主体となるまちづくりに取り組んでいます。
データには様々な種類がありますが、特に「合意形成」「まちの状態把握」「基礎研究のためのデータ」が大切になってきます。また、まちの状態を市民に分かりやすく伝えるためにも、データの存在は欠かせません。

国土交通省は、3D都市モデルのオープンソース化プロジェクト「PLATEAU(プラトー)」をローンチ。プラトーは誰もが利用できるオープンかつ自律分散的なプラットフォームで、現在は全国60都市に対応し、建物や道路、橋などの三次元データ化に加え、人流、災害リスク情報を都市スケールで解析できます。

市民参加型のまちづくりにはデータの活用が有効ですが、関さんは「意思決定するのは人間なので、納得感がないと合意形成は難しい」といいます。データを引き合いにオフラインで対話の場をつくるなど、意思決定に向けたプロセスを上手に設計することが大切です。また、まちの変化の様子をビジュアライズや、AR/VR技術で表現することで、よりイメージが湧きやすくなり、活発な意見交換が期待できるでしょう。

〈4〉デジタルがつくる食の未来
農業や水産業の人手不足問題をテクノロジーで解決

登壇者

  • 田路 圭輔(株式会社エアロネクスト 代表取締役CEO, 株式会社NEXT DELIVERY 代表取締役)
  • 藤原 謙(ウミトロン株式会社 Co-founder / CEO)
  • 山本 祐二(株式会社プラントフォーム 代表取締役CEO)
  • 岩沢 エリ(株式会社ロフトワークCulture Executive/マーケティング リーダー)

農業や水産業にデジタルを掛け合わせることによって、どのような課題解決が期待できるでしょうか? テクノロジーを使った養殖業スタートアップのウミトロンは、IoTやAI画像解析技術を搭載した、遠隔で操作できる自動餌やり機を開発し、環境負荷の低い養殖魚を育てています。

山本さんのプラントフォームが行っているのは、水耕栽培と魚の養殖を同じ場所で行う「アクアポニックス」という新しい有機農業です。魚の排泄物が植物の肥料になり、さらに水が浄化されるというサーキュラーな仕組みで、少ない土地で誰もが簡単に育てられることから、農業の人材不足の解消につながることが期待されています。
一方、産業用ドローンを開発するエアロネクストが今最も力を入れているのは、物流のサプライチェーンづくりです。多くの過疎地域では物流の停滞が危惧されるなか、山梨県小菅村において、既存の物流チェーンをそのまま生かしながら、ドローンで荷物を配送する試験的な取り組みが進められています。

担い手不足は農業や水産業の大きな課題。これらの仕事の多くは過疎化が進んでいる田舎で行われること、また、自然を相手にする一次産業では働き方改革が進みづらいことから若い人がより集まりにくくなっています。しかし、デジタル技術を活用することで、働き方の変革は可能。例えば、養殖場の自動餌やり機によって「9時~17時勤務で週休2日」という働き方を実現したり、ドローン配送によって荷造りや集荷の作業が楽になったりと、一次産業従事者のウェルビーイングな働き方を叶えるための様々な改善を期待できます。デジタルを活用することで、持続可能な食の未来への道筋が見えてきます。

〈セッション5〉福井県敦賀市から未来へのチャレンジ
子どもたちに未来のバトンを渡すことが「最高の公共」

登壇者

  • 赤石 洋平(株式会社ジャクエツ 経営企画室)
  • 橋本 善仁(敦賀市 企画政策部 ふるさと創生課 嶺南Eコースト計画推進室長 移住定住推進室長)
  • 井田 幸希(株式会社ロフトワークFabCafe Nagoya 取締役 / MTRLプロデューサー)
  • 菊地 充(株式会社ロフトワーククリエイティブDiv. シニアディレクター)

福井県敦賀市は、かつてユダヤ難民を暖かく迎え入れた“人道の港”敦賀港を持つ、「受け入れ」の土壌がある都市。現在は人口減少や高齢化が進む中、第一子出産応援手当の支給やひとり親世帯の移住就労支援など、「子育て環境日本一」を目指してウェルビーイングなまちづくりに取り組んでいます。

敦賀市に本社を置く幼児向け遊具メーカーのジャクエツは、「未来価値を創造する」を使命に、富山県美術館の「オノマトペの屋上」や長野県白馬の「山頂のブランコ」など、年齢を問わない「あそびの環境デザイン」を手掛けています。子どもが遊ぶ場所に大人も混じり、遊びがコミュニティをつくるきっかけになっています。昨年敦賀市に移住してきたジャクエツの赤石さんは、こういった取り組みは地方のほうが実現しやすいと感じているようです。

敦賀市役所の橋本さんは、ウェルビーイングが息づく地方都市は「共創の場」「実証の場」として最適だといいます。地方にはDX人材・企業が不足していることから、内外から人を集め、人材育成やプロジェクトを共創する場が必要です。また、都市部では実現しづらいDXの実証実験も、地方であればコンパクトに実施することができます。
橋本さんは「最高の公共とは、次の世代にバトンを渡すこと」といいます。敦賀市では子どもたちを巻き込むことで、ウェルビーイングな未来への種まきをしているのです。

〈6〉お金と暮らしの新しいかたち
“関係を終わらせない”、豊かなつながりを育むコミュニティ通貨

登壇者

  • 武井 浩三(社会活動家/社会システムデザイナー)
  • 古里 圭史(慶應大学大学院 政策・メディア研究科 特任准教授, 株式会社フィラメント CBA(チーフビジネスアーキテクト), 株式会社リトルパーク代表取締役)
  • 棚橋 弘季(株式会社ロフトワーク執行役員 兼 イノベーションメーカー)

ファイナンスの語源は「フィニッシュ(関係を終わらせる)」。お金による等価交換によって、地域や人とのつながりは「終わって」しまうとも言えます。お金を共感・コミュニケーションのツールにするには、デザインをし直す必要があります。

武井さんが主催する地域通貨「eumo(ユーモ)」は、使用期限のある「腐るお金」です。腐るからこそ貯めこまず、地域のため、応援したい誰かのために使う。eumoは地域経済を活性化させながら、楽しさや豊かな関係性を育むお金として機能しています。
古里さんがローンチ時から関わる、飛騨高山のコミュニティ通貨「さるぼぼコイン」。飛騨信用組合(非営利型金融機関)により運営され、今では域内の経済循環や地産地消に欠かせない地域通貨となっています。

武井さんも古里さんも、コミュニティ通貨を通して「共感資本社会を実現したい」といいます。非営利でも価値が貯まる通貨にするには、いかに地域のマインドを高められるかがポイントです。コミュニティ通貨は、地域のコミュニケ―ションの質と量を増やし、共同体を元気にするツールとして期待されています。

〈7〉個の創造性を信じたまちづくり
住む人の個性が活かされる、自律分散的なまちづくり

登壇者

  • 内田 友紀(Urban designer / YET代表、Re:public Inc. シニアディレクター)
  • 野村 幸雄(渋谷スクランブルスクエア株式会社 営業一部 部長, SHIBUYA QWS エグゼクティブディレクター, SHIBUYA QWS Innovation協議会 運営委員長)
  • 松井 創(株式会社ロフトワークLayout Unit CLO(Chief Layout Officer))

自律的で分散的なまちづくりを実現するには、物理的な場所をつくるだけではなく、その中に住む人が変化する必要があります。そのためにはシビックテックや「Decidim」などの市民参加システムが有効です。
内田さんが関わっている福井県福井市のまちづくりのインキュベーションプログラム「X School」では、参加者たちの創造力が育まれ、「わたしのこと」を「わたしたちのこと」に捉えなおす意識変化を生み出しているといいます。渋谷スクランブルスクエアの共創施設「SHIBUYA QWS(キューズ)」は、渋谷から世界へ問いかける可能性の交差点として、個人や企業、自治体を巻き込んだ多彩なプログラムを実行しています。
個の創造性が発揮されるまちづくりをするには、仕掛け人側がまず「仮説を立ててみる」ことが大切。仮説を立て、現場で検証をしてみて、ブラッシュアップする、これを繰り返すことが欠かせません。
内田さんは、参加者それぞれの求めるものが交わる接点(コレクティブ)をつくり、共感できる仲間を集めることも、継続性・持続可能性のポイントではないかと提起します。デジタル化によって、場所や形に捉われずに参加者が関われるようになることは、今後のまちづくりの大きなポイントになるでしょう。

「つながりの見える化」で、一人ひとりのウェルビーイングの実現へ

デジタル田園都市国家構想をはじめ、人々のウェルビーイングが重要視されるなかで、まちづくり・地域ビジネスの仕組みは大きく変わっていきます。

では、未来のまちをつくるうえで欠かせない視点とはなにか。7つの個別セッションを通して明らかになったのは、デジタル活用とリアルな場での取り組みを通じて、まちのコミュニティ・循環・生産・流通・安全・通貨などを可視化すること(=「つながりの見える化」)の重要性でした。

「つながりの見える化」により、市民との信頼関係を築くとともに、地域内のプラットフォームへのポジティブな参加を促すことができます。そのうえで、「私たちがどうありたいのか、まちにどうあってほしいのか」を市民とともに議論し、意思決定できるまちを目指すこと。これらのプロセスを起点として、「一人ひとりのウェルビーイングを達成できるまち」への第一歩を踏み出すことができるのではないでしょうか。

「まちづくり×ウェルビーイング」を深堀する、特別セッションのレポートはこちら

本記事でご紹介した7セッションに加え、まちづくりにおける「ウェルビーイング」の定義・実装手段について深堀りした特別セッションの様子は、こちらからご覧いただけます。

まちづくりにおけるウェルビーイングとは?
DXと新指標で「幸福」に向き合うスマートシティの未来

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