EVENT Report

デザインする人のキャリアデザイン
ーデザインに多くが求められる時代を生き抜くヒントを探る

デザインシンキングやデザイン経営という言葉がビジネスの世界でスタンダードなものとなってきた昨今、経営・テクノロジーの知識・経験を持ちあわせた「高度デザイン人材」の重要性は日に日に高まっています。しかし、高度デザイン人材になるためのキャリアステップはいまだ体系化されておらず、「デザインをする人々」は多くの知識や役割を求められるばかりで、キャリアの道筋がわからなくなることも多いでしょう。企業もまた、どのように彼らを育成し、また共創を行うのか悩んでいるのではないでしょうか。

そんな中、パーソルキャリア株式会社が立ち上げたのが、デザイナーの働き方や価値向上のために活動するデザイン統括組織(俗称)・NUTION(ニューション)。その立ち上げのタイミングで、ロフトワークはパーソルキャリア株式会社と協働し、高度デザイン人材が持つ「キャリアオーナーシップ」に着目した「デザイナーのキャリアオーナーシップ探索プロジェクト」を実施しました。

このプロジェクトの第一弾のレポートである「高度デザイン人材のキャリアオーナーシップ獲得要因」調査報告書のリリースを記念し、調査の中でお話を伺った高度デザイン人材を招きイベントを開催しました。報告書をより深く読み解くためのヒントも多くちりばめられた本イベントの様子を、レポートでお届けします。

執筆:新原 なりか

「意思決定」にフォーカスした調査報告書01

「デザイナーのキャリアオーナーシップ探索プロジェクト」では、

① キャリアは未来に描くものではなく、自らの経験を振り返ることで構築される
② キャリアオーナーシップは自らの意志を自覚することから育まれる

という2つの前提のもとで、高度デザイン人材と呼ばれる方のキャリア形成の足跡を紐解いていきます。そうして見えてきたことを、2つの調査報告書と、デザイナーがキャリアを振り返るための3つのツールとしてまとめ、公開する予定です。

その第一弾として、2022年10月に「高度デザイン人材のキャリアオーナーシップ獲得要因」調査報告書01がリリースされました。この調査報告書では、デザイン人材のキャリア形成における「意思決定」にフォーカス。8人の高度デザイン人材から聞き出した「キャリアの転機となった体験」から抽出した「100のエピソード」を軸に調査をまとめています。

本イベントの前半パートでは、この調査報告書01でインタビューにご協力いただいた小玉 千陽さん(株式会社ium/株式会社THE GUILD STUDIO)に加え、新山 直広さん(TSUGI代表)、荒井 康豪さん(パーソルキャリア株式会社)を交えた3名にお話を伺いました。

調査報告書01のダウンロードはこちら

第一弾のレポートとなる「高度デザイン人材のキャリアオーナーシップ獲得要因」調査報告書はこちらからダウンロードできます。

ダウンロード>>>

過去と現在、未来には必ず連続性がある

Speaker

小玉 千陽

小玉 千陽

株式会社ium
代表取締役/株式会社THE GUILD STUDIO 代表取締役

荒井 康豪

荒井 康豪

パーソルキャリア株式会社

お三方には事前に「100のエピソード」の中から、特に自身の転機になったと感じるものを5つ選んでいただきました。これらのエピソードを起点に、クロストークが進んでいきます。

小玉 千陽さん | 5つのエピソード

  • 08 | 全てのプロセスを一人でやりきったことがある
  • 12 | 「経営」の現場に参加したことがある
  • 21 | 現状に疑問を持って、環境を変えたことがある
  • 79 | クライアントやパートナーを巻き込みながら制作を行ったことがある
  • 91 | 世の中で求められていることを仕事の中で実感したことがある

小玉さんのお話では、「俯瞰」や「客観視」という言葉が繰り返し登場したことが印象的でした。「全てのプロセスを1人でやりきったり、経営の現場に参加したりと、自分の今いる環境よりも輪っかをひとつ外に広げたところにある仕事をする経験が重要だと思います。それがデザイナーとしての立ち位置を俯瞰したり、自分自身を客観視したりするきっかけになって、良いターニングポイントになるんじゃないかと。新山さんが選んだ、『一流のクリエイターと仕事をする』というエピソードもそうだと思います」

新山 直広さん | 5つのエピソード

  • 10 | 一流のクリエーターと仕事をしたことがある
  • 16 | やり方や、価値観が大きく違う環境にいたことがある
  • 22 | 上流の仕事を経験したことがある
  • 78 | チームでつくることを「おもしろい」と感じたことがある
  • 85 | 自分が関わる業界の全体像を把握するきっかけがある

ボールを受け取った新山さんは、自身のキャリアとその振り返りについて、こう語りました。「僕はもともと建築家を目指していましたが、その後まちづくりを志して市役所で働き、そして今のデザインの仕事につきました。自分が最初にやりたかったことと今やっていることに連動性があるか、ずれていないかは無意識によく振り返っている気がします。どんな出来事も突然やってくることはなくて、そこに至るまでの物語(きっかけやプロセス)がある。過去と現在、未来には必ず連続性があるので、振り返りは大事だと思います」振り返りの重要性については、他の2人も同意。小玉さんは、今回のインタビューも振り返りのいい機会になったそうで、「自分の過去の点と点がつながっていく実感を、取材を通して初めて得られました」と話してくれました。

荒井 康豪さん | 5つのエピソード

  • 15 | ものの考え方を教えてくれる上司に出会ったことがある
  • 21 | 現状に疑問を持って、環境を変えたことがある
  • 38 | 今までとは違う領域で、自分のスキルを生かさなければいけなかったことがある
  • 73 | 自分の力を発揮するための信頼できるパートナーを見つけたことがある
  • 91 | 世の中で求められていることを仕事の中で実感したことがある

荒井さんも、自分の立つフィールドを途中で大きく変えた経験を持つひとりです。「自分からどんどん動いていくことを、ずっと大事にしています。これまでで一番大きかったのは、アナログの広告グラフィックの世界から、デジタルの世界に飛び込んだこと。ゼロからの再スタートは大変でしたが、これまでやってきたことを新しい分野で生かせる場面も意外と多かった。このままでいいのかと疑問を感じている人は、勇気を持って動いてみてほしい」と若手にエールを送りました。

小玉さんと荒井さんが挙げ、新山さんも最後まで挙げようか迷ったというエピソードが、「91. 世の中で求められていることを仕事の中で実感したことがある」。小玉さんは、「以前はクライアントが喜んでくれればいいやというところまでしか見えていなかったが、自分がデザイナーとして関わったものが社会にもよい影響を与えられることを実感した経験をきっかけに、世の中におけるデザインの可能性について考えるようになった」、荒井さんは「なぜそれをつくるのか、なんでこれが必要なのかというところから掘り起こして考えないと、アウトプットが “とりあえず” のものになってしまう。世の中のことを考えるのはデザイナーとしても重要」と語ります。

小玉さんがデザインやブランドのことを深く考える転機となった「チョコレートブランドのMinimal」

さらに新山さんからは、地方を拠点とするデザイナーならではのお話も。「地方ではデザインの価値がまだまだ理解されていない部分があり、TSUGIを始めた頃は『デザイナーって詐欺師みたいなもんだよね』と言われたりもしました(笑)。だから、自分でお店を始めて『デザイン事務所には行けないけど、お店なら気軽に行ける』という状況をつくるなど、デザイナーという職能をどう拡張させるかという視点で活動してきました」。

TSUGIの運営するSAVA STOREの様子。関わったプロダクトが直接購入できる

質問コーナーでは、視聴者から「この報告書をもっと前に読んでいたら、キャリアが違っていたと思いますか?」という質問が。これに対して、「若い時にこれめっちゃ欲しかったですね」と新山さん。「デザインの雑誌を見ても、アウトプットとプロセスの一部くらいしかわからない。その背景にあるデザイナーのマインドや価値観について知ることができるものは意外とないので」。小玉さんは、自身が最初にデザイナーを志した時のことを振り返りながら、「高校生の時に本で見たデザイナーのヒストリーは、美大出身が前提の一本道ばかりでした。私も今、道を曲がりくねりながらこの立場にいるが、自分のマインドセット次第で多様な道が開けるということを知っていれば、早いうちからいろんな選択肢が考えられたかもしれない」と答えました。荒井さんも「これを読むまで気づかなかったようなことがたくさんあった。早く読んでいたら、今の自分とは考え方の広さが全然違っていたかも」との回答でした。

「環境要因」にフォーカスした調査報告書02

続いて、近日リリース予定の調査報告書02にフォーカスしたトークが実施されました。調査報告書01では「意思決定」からデザイン人材の内面を掘り下げましたが、調査報告書02は「デザイン人材のキャリアパスに、どのようなヒト・モノ・コトが影響を与えたのか」という、デザイン人材を取り巻く「環境要因」に目を向けた一冊となっています。

この後半のパートでは環境要因をデザインする立場にあるお三方、伊藤 セルジオ 大輔さん(株式会社マネーフォワード)、二宮 仁美さん(PPIH 取締役 兼 執行役員 デザイン統括責任者)、西本 泰司さん(パーソルキャリア株式会社)にお話を伺いました。

Speaker

伊藤 セルジオ 大輔

伊藤 セルジオ 大輔

株式会社マネーフォワード
執行役員CDO

二宮 仁美

二宮 仁美

PPIH
取締役 兼 執行役員 デザイン統括責任者

西本 泰司

西本 泰司

パーソルキャリア株式会社

調査報告書02では、デザイナーのキャリアパスに大きな影響を与える環境要因として、「① 完成したアウトプットへの評価」「② 同じ価値観を持つ仲間」「③ マーケットとソーシャルイシューへの接続」の3つを挙げています。この3つのうち組織として特に注力しているものについてお三方に聞いたところ、複数回答もありましたが、3名ともが共通して挙げたのが「② 同じ価値観を持つ仲間」でした。

まず、セルジオさんから「DESIGNER CREDO」を定義することで、デザイナー同士でひとつの価値観を共有しているという自社の事例の紹介がありました。会社のミッションである「お金を前へ。人生をもっと前へ。」を土台としながら、そのためにデザインができることを明文化し、デザイン組織の会社にとっての存在意義を明らかにすることが狙いです。「社会課題はテクノロジーで解決していくことが多いが、社会とテクノロジーをつなぐものとしてデザインがある」とセルジオさんからは語られました。

続いて二宮さんが紹介したのは、社内で定期的に行っている部署横断の「ティーパーティー」や、デザイン組織の全員がだれでも自由に商品のネーミングなどのアイデアを募集したり応募したりできるデザインコンペ「クリワン」などの取り組み。クリワンはなんと週に一回ほどのペースで開催されているそうで、その活発さと浸透度合いは驚きです。「年間を通じて採用回数が多い人には賞金を出し、自分のスキルアップのために使ってもらっています。ゲーム性を持たせて、組織のレベルアップに楽しく生かしている」とのことです。

「今は組織の立ち上げ期だからこそ、『集まる』ことが一番大事」と語ったのは、NUTIONの西本さん。「組織視点」「制度視点」「インナーコミュニティ視点」「スキル視点」「標準化視点」「非デザイナー視点」「はたらき方視点」「ホールディングス視点」「本部視点」という、人が「集まる」ために必要な多様な視点を共有してくれました。

「① 完成したアウトプットへの評価」に関わるグレード表の話も盛り上がりました。3社とも、社員のグレードをプレイヤーから上級管理職といった数段階に分け、上のグレードにいくための要件を定めた表を活用していました。表の名前や、役職の種類、評価の方式などは三者三様でしたが、共通していたのは常に表を更新し続けていること。「まさに先ほどの『100のエピソード』のような、自分のキャリアにおけるエピソードを振り返りながら、そこに客観性を持たせて表にしていくということをやっている気がします」と、二宮さん。

質問コーナーでは、マネジメント側のデザインリテラシーの不足に困っている方からの質問が複数寄せられました。これに対しては、セルジオさん、二宮さんともに、デザイナーから非デザイナーへの丁寧な歩み寄りが重要だとの回答が。セルジオさんは、「ノンデザイナーがデザインって何かということを理解できる機会を作っていくことだと思います。例えば、相手が考えている企画書をデザインしてあげると、『デザインってこういう可能性があるんだ』と感じてもらえるんじゃないでしょうか。相手の役に立つデザインをまず第一歩としてやってみて、そこから興味を持ってもらって広げていく」という歩み寄り方のコメントが。二宮さんからは、「私の若い頃の上司はバリバリの営業で、デザインについてはほとんど知らない人でした。その時気をつけていたのは、相手の言葉で話すこと。デザイン用語があるように、営業にも独特のワードが会社ごとにあると思うので、それを使って相手の世界に入っていくと、理解が得られやすいです」と、相手の世界に寄り添う重要性が語られました。

多様な経験によってジャンプできる環境づくり

最後に、今後デザイナーが活躍していく環境をつくっていくために何が必要か、社内でこれからどんなことをしていきたいかを聞きました。これには組織のカラーや、個人の体験が色濃く反映されたそれぞれの回答がありました。

「経営層と会話する機会を適切に提供していくことで、より高度な人材が育つ環境をつくっていきたいと思っています」(セルジオ)

「私は、一時期デザインとは関係ないような仕事をして悶々としていた時期があったのですが、それが今になってすごく役に立っていたりもします。そういう経験を意図的にしてもらうということもあっていいのかなと思います」(二宮さん)

「これから世の中はさらに激変すると思っていて、その中で個人の経験にも多様な選択肢が生まれてくると思います。人の成長や学習は、非日常やいつもと違う経験によってジャンプすると思っているので、それを必ずしも転職しなくてもひとつの企業内でもできるようになった方がいい。そんなしくみを作っていけたらいいなと思っています」(西本さん)

本イベントでは、「意思決定」と「環境要因」という2つの観点からデザイナーのキャリア形成について考えました。しかし、この2つは密接に結びつき、互いに影響を与えあってもいます。デザイナーに求められる役割も、キャリアの選択肢も多様化している現在、この2つを時に複合的に、時に分解して「考え続ける」ことが、キャリアオーナーシップの獲得への道なのだと、みなさんのお話を聞いて感じました。

その道標として、たくさんの方にレポートを使ってもらえたらと思っています。「このプロジェクトは、パーソルキャリアとロフトワークだけのものではありません。レポートはあくまでもツールであり、たくさんの方に使ってもらわないと意味がない。読んだ方が自分でもやってみる、それも全部ひっくるめてこのプロジェクトだと捉えています」と西本さんもイベントの中でその大切さを語っています。

第一弾のレポートはこちらからご覧いただけます。近日リリース予定の第二弾もお楽しみに!

また、本イベント全編を動画でご覧頂きたい方はアーカイブ配信を御覧ください。

アーカイブ配信はこちら

デザイナーのキャリア形成を「意思決定・環境」の2つの観点から考える。
デザインに多くが求められる時代を生き抜くためのトークイベント。

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