EVENT Report

事例で見る、地域や社会との共創を生み出す学校建築とは(前編)

現在、学校教育の場では、子どもたちの可能性を引き出す個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を図る「令和の日本型学校教育」の実現、および、そのための施設整備の推進が求められています。その一方で、施設整備の現場では、改修ノウハウや専門職員の不足など様々な課題を抱えているのが現状です。

このような背景の中、文部科学省は、あしたの学校施設づくりを支援するプラットフォーム「CO-SHA Platform(コーシャプラットフォーム)」を立ち上げました。この事業の一環として、「地域や社会との共創空間としての学校」をテーマに第二回目となるイベントを開催。前編・後編の2本にわたって、トークのポイントとイベントの模様をお届けします。

執筆:野本 纏花

*本記事は、文部科学省 学校施設設備・活用のための共創プラットフォーム CO-SHA Platformから転載しています。

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新しい時代の学びを実現する学校施設の整備に向けて

まずは文部科学省 大臣官房文教施設企画・防災部 施設企画課 五十嵐 俊祐さんが登壇し、CO-SHA Platform事業のねらいと、「新しい時代の学びを実現する学校施設の在り方について(最終報告)」の概要について共有されました。

「学習指導要領の改訂、GIGAスクール構想の導入などを受け、学習環境が大きく変わっている中で、学校教育(ソフト)面だけでなく施設整備(ハード)面からもさまざまな課題が浮き彫りとなっています」と話す五十嵐さん。

 

これらの課題を踏まえ、文部科学省で立ち上げた有識者会議では、新しい時代の学びを実現する学校施設の在り方として「5つの姿の方向性」を示していると言います。

「学校施設整備に携わる方々だけでなく、教職員など幅広い方々に向けた情報提供にも力を入れていますので、ぜひみなさんにもご活用いただきたい」(五十嵐さん)

文部科学省が提言する共創空間の作り方とは

続いて、文部科学省 大臣官房文教施設企画・防災部 施設企画課 早田 清宏さんによる、「学校複合化や地域との協働に関する文部科学省の取り組み」のご紹介です。

文部科学省では共創をどのように捉えているのでしょうか。早田さんは以下の子どもたちや地域の方など、さまざまな人たちがいる以下のイラストを示しながら、なぜ共創空間が必要なのかについて、次のように解説しました。

「これからの時代に必要な資質や能力を育成するには、多様な人々と協働しながら社会的変化を乗り越える力を身につける必要があります。そのためには学びを学校の中だけで完結するのではなく、『外との学び』を推進しなければなりません。また、学校を地域コミュニティの拠点として捉え、子どもたちが地域の人たちとともに創造的な活動を企画・立案・実行していくことが重要であることから、『共創空間』が求められているのです」(早田さん)

早田さんは、「新しい時代の学びを実現する学校施設の在り方について(最終報告)」(令和4年3月)より、共創空間を実現するためのポイントとして、次の5つを挙げました。

共創空間を実装するための5つのポイント

  • 共創空間は、コミュニケーションや創造性を誘発する魅力的な空間とする
  • 自然に開かれた温かみのある空間とする
  • 協働の成果を展示・発信するためのスペースを確保する
  • 児童生徒の動線と地域住民等の動線を整理し、明瞭なゾーニングとする
  • 地域住民等が出入りしやすく死角を作らない空間配置、デジタル技術の活用など防犯対策を実施する

もうひとつ共創空間を実現する方法として、「学校施設と公共施設の複合化がある」と話す早田さん。複合化には、学校と地域住民等との交流や共創を促進し、地域の活性化や課題解決を図る目的があると言います。

早田さんは、「新しい時代の学びを実現する学校施設の在り方について(最終報告)」(令和4年3月)より、複合化を実現するためのポイントとして、次の5つを挙げました。

学校施設と公共施設の複合化を実現するための5つのポイント

  • 学習環境の高機能化・多機能化に資する計画とする
  • 多様な世代との交流地域コミュニティの強化につながる計画とする
  • 利用形態に応じた事故の発生防止防犯機能の確保に十分配慮する
  • 地域利用するエリアを明確に区分、施設へのアプローチを二方向にして運営に合わせて可変的に調整
  • 施設計画の初期段階から、施設管理の責任・コストについて、学校に過度の負担がかからないよう配慮し、関係部署が連携して検討

令和4年9月時点で、公立小中学校等の複合化事例は全国で11,450校(約39%)にのぼると言い、その多くは地域防災備蓄倉庫と複合化しているそうです。「複合化を図る場合、対象部分にかかる経費に対する1/2まで補助率が引き上げられています。まちの活性化や課題解決の視点から、複合化も選択肢のひとつになり得る」と語り、早田さんは発表を終えました。

2つの複合化施設はどのように生まれたのか

ここからは第一部のゲストプレゼンテーションです。奈良県吉野町教育委員会事務局教育総務課の山本 英樹さんより、奈良県吉野町「吉野さくら学園」の紹介を、近江八幡市教育委員会事務局教育総務課 薗田 毅さんと、滋賀県近江八幡市立金田小学校校長 村地 信彦さんより、滋賀県近江八幡市「桐原小学校」をご紹介いただきました。

<奈良県吉野町「吉野さくら学園」>山本 英樹さん

既存の中学校校舎に小学校校舎を増築する形で令和4年4月に誕生した、施設一体型 吉野町立小中一貫教育校 吉野さくら学園。この学校建築と小中一貫教育の導入の2つの事業を推進したのは、山本さんが所属する教育委員会でした。地域住民、教職員、保護者、児童・生徒、有識者、行政関係者など、さまざまなステークホルダーと対話を積み重ねながら、「ふるさと吉野への郷土愛、愛着心あふれるひとづくり」という基本理念の実現に向けて、動いていったと言います。

吉野さくら学園のある吉野町は、日本三大人工美林である「吉野杉」を有し、約500年前から続く日本の造林発祥の地。木のまち吉野町では0歳から15歳まで一貫した木育に取り組んでいることもあり、吉野さくら学園の学校建築と並行して「愛・学習机プロジェクト」を立ち上げました。このプロジェクトは、開校に合わせて、子どもたちが9年間使用する学習机を自ら組み立て、卒業時に記念品として贈呈することで、郷土愛と愛着心を育もうというもの。これからも吉野町を守り続けてほしいという地域住民の想いが詰まっているそうです。

そんな吉野さくら学園の校舎は、床・壁・天井に至るまで、地元産材である吉野杉や吉野檜をふんだんに使用されています。「子どもたちをやさしく温かく包み込む環境づくりを実践できました。吉野の未来を担う子どもたちの教育や、それを実践する学校づくりについて、みんなで共に考えられたこと自体が、これからの本町の教育の向上に向けて、大きな力になると思います」と山本さんは語りました。

<滋賀県近江八幡市「桐原小学校」>薗田 毅さん

近江八幡市では、「地域内のつながりが希薄化していること」と「災害発生時の防災・減災対策と、住民の避難確保」という2つの課題を解消すべく、小学校区単位で、小学校・コミュニティセンター・放課後児童クラブの3つの施設の一体化整備を進めています。コミュニティセンターには防災センターの機能もあり、消防団の詰所も一緒になっているほか、隣接地に民間のこども園を整備して、一体化しているところもあります。

桐原コミュニティエリアでは、体育館と多目的ホールを挟んで、小学校とコミュニティセンターが完全に一体となっていますが、地域開放用の玄関や管理用シャッターを設けることで、学校のセキュリティ対策を講じているそうです。

「複数の施設を一体化するには、多くの関係者との調整が必要となるため、桐原コミュニティエリア整備推進室が市の窓口となり、各団体と連携しながら整備を進めていきました。本市で行っている一体化整備方法は、土地の確保ができることが条件となっているため、市街地の一体化整備は今後の課題となっていますが、こうした一体化施設の整備により、地域のつながりが強まり、地域課題の解消に少しでも役立てられたら、と考えています」(薗田さん)

<滋賀県近江八幡市「桐原小学校」村地 信彦さん>

桐原コミュニティエリアは、以下のように中央部分に地域と学校の共用エリアが設けられています。そのため、子どもたちはコミュニティセンターのエリアを通って登校しますし、共用エリアの前を通り抜けて運動場に出ます。その様子は職員室・ラウンジ・校長室・保健室から見渡せるようにもなっています。「このような作りになっているからこそ、地域の方が入っていただきやすい。コミュニティセンターに来る方は、イコール学校に来ていることになり、本当に多くの交流が生まれています」(村地さん)

もうひとつ特徴的なのが体育館です。床が板ではなく、シートを敷かなくても椅子や机を置けるようになっており、前方には備蓄倉庫も備えられています。ここでは防災学習の一環として、地域の方・子どもたち・保護者が一緒になって段ボールを使った仕切りを作ったり、非常食の試食体験をしたりもしています。

また、施設の共用部分として「桐原っ子ホール」という多目的ホールがあります。「奥に音楽室があり、廊下を挟んだ手前にホールがあるのですが、この間の壁を取り払うこともでき、音楽集会を行ったり、ゲストティーチャーによる学習会を開いたり、200名以上で親子活動を行ったり、県の科学研究の作品展の会場として使用したり…と、さまざまな活動が行われています」(村地さん)

共創空間としての学校整備に地域の声を取り入れる工夫

ここからは千葉⼯業⼤学創造⼯学部デザイン科学科 准教授の倉⽃ 綾⼦さんをモデレーターに招き、山本さん、薗田さん、村地さんと行ったクロストークの模様です。

倉⽃さん:ふたつの事例からも、共創や複合化には「地域性」が強く表れることがわかりましたが、これまでの取り組みの中でこの地域性による特徴や障壁となったことは、何かありましたか?

山本さん:地域性ではないのですが、最初に「施設検討部会」という住民の方を招いたキックオフをしたのですが、そのときに「どれだけの方に、どういう呼びかけをしたらいいのか」というのは、すごく難しかったですね。「地域って、誰だっけ?」と。結果的に地元の自治会の連合会長さんや学校評議員さんが中心になったので、高齢者世代に偏ってしまったところはありました。やはりなかなか若い世代まで幅広く巻き込むのは難しかったです。

薗田さん:そうですね。近江八幡市でもやはり実際に中心となって動いてもらったのは、高齢者世代です。我々としては保護者世代にも入ってもらいたかったんですけど、なかなか難しくて。今後、若い方々が入ってきやすいような工夫をしていきたいと考えています。

倉⽃さん:学校の先生の立場としては、どんな難しさを感じられましたか?

村地さん:私たちはどうしても子どもたちの動きを考えた上で微細な修正をお願いしたくなるのですが、建築段階に入っているとなかなか修正できない部分もあります。早い段階から子どもたちや若い世代も含めて、いろいろなメンバーが関われるようにすることは、すごく大事なことだと感じました。

倉⽃さん:マニュアルがあって「こうすれば必ずうまくいく」というものではないというのがこの共創のおもしろさだなということを改めて感じました。ありがとうございました。

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