EVENT Report

実例から考える、新しい学びの形とこれからの学校施設づくり

あしたの学校づくりのためのプロジェクト構想ワークショップ レポート

新しい学びを実現するハブとしての学校施設について、具体的な知見や課題感を共有する機会づくりのため文部科学省が立ち上げた「CO-SHA Platform」。そのワークショップイベントが2023年3月6日(月)に東京・渋谷で開催されました。

学習指導要領が改訂され、「何を学ぶか」から「どうやって学ぶか、何ができるようになるか」へと学びの形が変化しつつあります。GIGAスクール構想によって一人一台端末がスタンダードとなり、個別最適な学びと協働的な学びの両輪が求められる一方、年々深刻化する教員不足への対応や施設の長寿命化対策、防災機能の強化など、ソフト面に加えてハード面にも課題が山積していることは見逃せません。

「これからの学校施設はどうあるべきか」。本ワークショップではさまざまな視点から学校施設に関わる方々を募り、学校施設が実際に直面している課題に対してアイデアを発散・収束するワークショップを開催しました。

執筆者:吉澤 瑠美
撮影者:村上 大輔

*本記事は、文部科学省 学校施設設備・活用のための共創プラットフォーム CO-SHA Platformから転載しています。

地域・学校環境ごとに異なる検討テーマの共有

今回のワークショップでは、3つの自治体から教育委員会の職員の方をゲストとしてお招きし、それぞれの地域に固有の課題を、ワークショップでの検討テーマとして提供していただきました。

埼玉県上尾市 教育委員会の矢部靖明さんは新しい学校づくりを担当されています。個別施設計画にて学校再編(案)も提示したところ、各方面から意見が寄せられ、学校は注目度が高く、進め方が難しいといいます。

多様な意見を踏まえながら、隣接する小中学校の施設共有化・複合化を図ることが目下の検討課題で、将来的に小中一貫教育も検討されているため、多様な利用者を想定した学習環境を実現するにはどのような手法が考えられるかを求めて参加されました。

令和7年1月に町制100周年を迎える神奈川県葉山町の教育委員会 山本海人さんは、学校施設の老朽化という課題を抱えつつもポジティブに100周年を迎えたいという思いを持っていらっしゃいます。

地域を構成する要素の一つとして学校を捉え、新しい学校教育と共創空間が両立する「未来の学校」を実現するために、この2年でどのようなことができるかアイデアを求めて本ワークショップに参加されました。

社会問題として少子化が叫ばれている昨今ですが、東京都荒川区では児童・生徒数が増加傾向にあります。しかし人口が集中する23区において敷地面積の確保が難しいのは学校も同様で、教育委員会の鈴木博人さんは限られた面積の中でどのように学校を増設・改修するべきか検討に悩んでいるといいます。

この都市部ならではの悩みに対して、柔軟で有効的な学校空間の活用方法を考えたいという議題が提示されました。

マンダラチャートを活用し、ヒアリングからゴール設定、アイデア発散へ

参加者は4〜5名のグループを組み、それぞれが1つの自治体のテーマをめぐって検討しました。参加者の属性は、他の地域の教育委員会で似たような課題に悩んでいる方、学校施設を実際に利用する教員の方、公共施設や空間づくりに知見のある学生や家具メーカーの方などさまざま。グループ内で自己紹介を交わし、それぞれの視点から、テーマを提供してくださったゲストの3名に対して質問を投げかけ、内容を深堀りするところからワークが開始しました。

なお、本ワークショップにはCO-SHA Platformのスーパーバイザーでもある上野淳さん(東京都立大学 名誉教授)を筆頭に、伊藤俊介さん(東京電機⼤学システムデザイン⼯学部 教授)、垣野義典さん(東京理科⼤学理⼯学部建築学科 教授)、金子嘉宏さん(東京学芸大学教育インキュベーションセンター 教授)にもご参加いただき、オブザーバーとして各グループの様子を見ていただきました。

各グループに配布された模造紙は3×3=9分割のマンダラチャートになっており、①背景、問い ②目的、目標、仮説 ③リサーチ ④アイデア ⑤体験、使い方 ⑥ソフト面 ⑦ハード面 ⑧仕組み に分類しながら考えを発散、分類できるようになっています。参加者は、学校における取り組みや特色、地形や風土による地域特性、地域住民とのこれまでの関わり方などをゲストからヒアリング。インプットされた情報やそこから考えられるゴールが手元の付箋に次々と書き込まれ、模造紙の①、②が少しずつ埋まっていきます。

ワークで使用したマンダラチャート

背景と目指すべきゴールが共有されたところで、後半はアイデア発散のターンです。アイデアを実際に実現するとなると様々な制約が発生しますが、ワークショップの場では一旦そのことは置いておき、とにかく自由で具体的なアイデアを数多く付箋に書き出していきます。

ワーク参加者の立場や年代、視点が多様であるため、中には思いも寄らないアイデアに驚く声も。模造紙に貼り出された付箋を見返し、近い思考を持つもの同士をグルーピングして整理します。

各グループで模造紙が整理された頃合いを見て、同じテーマのグループ同士でテーブルを交換しました。他のグループで交わされたアイデアや議論には、重複するものもあれば考えもしなかったものもあり、どのテーブルも興味深く見入っていました。元のグループに戻ってアイデアを再検討する様子も見られました。

グループ内外の議論やオブザーバーの講評から得られたヒントとは?

一連のワークを終え、テーマオーナーが課題に対してどのようなアイデアを得られたか、成果発表が行われました。個別の課題に対するアイデアでありながら、他のテーマや他の地域にも通じそうな要素が多く、参加者は深くうなずきながら耳を傾けました。また、オブザーバーとして全体の活動を見守っていた講評者のみなさんからは、それぞれのテーマグループに対して気づきと講評が寄せられました。

荒川区から投じられた「限られた面積における学校施設の拡張の仕方」という議論に対し、金子さんは「町工場のことが知りたければ町工場へ行くのが一番」と地域と連携したネットワーク型の教育案に賛同しつつ、「今後の学校に求められる機能は遊び場と図書館」と指摘し、生徒・児童の情報の結節点としての図書館活用を提案します。
伊藤さんもイギリスのオープンスクール誕生の理由の一つに面積不足があった例を挙げ、今回の問題提起も、現実的な課題をバネとして「学校の外で学び、学校はそれを見せて共有する場であるという新たな学習モデルへの転機」と後押ししました。

上尾市の「小中一貫教育を見据えた学校施設」という議題について、垣野さんは「教育、地域、小中一貫……全部入りで腕力が必要そうなテーマ」と苦笑しつつ、今後へのヒントとして「各地域にコーディネーターがおり、複数の学校、地域施設の連携を全部把握している」というオランダの事例を紹介しました。
金子さんは学級編成をホーム・クラス・ラボの3種類に組み替えた東京学芸大学附属世田谷小学校の事例を挙げ、その長所と短所を紹介。関係者の適切な分担とコミュニケーションによる連携が重要であると指摘しました。

「施設の老朽化、地方都市の縮小」という背景を持つ葉山町のテーマに、伊藤さんは東京に近いが鉄道で直接はアクセスできず、自然が豊かという地域特性から、あえて「山村や離島のようなスタンスで考えてみては」とコメント。縮小する学校を小規模だから実現できる学習環境として活用したり、「留学」を受け入れる制度を提案しました。
また、垣野さんはチャレンジ案として社会科を軸に美術や数学などあらゆる教科を紐付け、グローバル人材を育むプログラムを提案しました。

垣根を越えた議論によって得られたブレイクスルー

最後に、上野さんから全体への講評を頂きました。ワークショップ中は終始白熱していた議論に聞き入っていたようで、「今回のように自治体の抱える課題を認識することがまさにCO-SHA Platformの目的」とイベントの成功を確信。過去にご自身が設計を担当した千葉県千葉市・打瀬小の事例を挙げつつ、「学校の全てが学びの場所となり生活の場所となるデザイン」「小・中・地域をつなぐ仕組み」「学校が世代を超えた生涯学習の場となるべき」などワークショップを通じた気づきを共有しました。

大いに賑わったワークショップの熱はなかなか冷めやらず、限られたワークショップの時間で話しきれなかったことや、他グループの意見を受けての感想が終演後もあちこちで聞かれました。また、今回のワークショップで交わされた議論は各々の教育環境を省みる機会にもなったようで、今後検討すべき新たな課題を持ち帰る参加者もいたようです。

荒川区 教育委員会の鈴木さんはプレゼンテーションの中で、視察先の児童から「学校に海を作ってよ」と言われたエピソードを紹介しました。「これまでは自分に何ができるだろうかと思っていたが、今日は海を作るような規模の話ができたと思う」という発言が本イベントを物語っていたように感じられます。所属や立場の垣根を越え、他者の力を借りながら多様な視点で解決の糸口を見出すことの価値を改めて実感するワークショップとなりました。

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