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クリエイティブのための「場所」は、世界のどこにある?
――ロフトワークならではのコミュニティへ

2019年12月、ソニーCSL代表取締役社長・北野宏明さん、早稲田大学理工学術院教授・朝日透さんをゲストに迎え、ロフトワーク代表の諏訪光洋と林千晶の4名でトークを行いました。語られたのは、東京、そして世界を見渡すことで考えうる「場所」の可能性。創業20周年を目前に控えた時期に開催された「Loftwork Year End Party 2019」より、オープニングセッションの様子をお届けします。

テキスト=宮田文久
Photo by Makoto Ebi

世界と出会う環境をつくる

諏訪 このクリスマスパーティーは毎年開催しているんですが、実はロフトワークの株主総会とセットなんです。北野さんはロフトワークの株主でもあります。そうした場で、日本をリードする頭脳である北野さんと朝日さんに、いろんなことを伺っていきたいと思っています。

 まずは今日の主役であるおふたりから、自己紹介をいただけますか。

北野 ソニーCSL(コンピュータサイエンス研究所)の代表取締役社長・所長をやっている北野と言います。最近立ち上げたグローバルな新組織「ソニーAI」、その日本拠点の代表に就いたほか、NPO法人SBI(システム・バイオロジー研究機構)というバイオメディカル系の組織の代表も務めています。

朝日 早稲田大学の朝日でございます。応用物理を学んだ後に材料や応用工学を研究し、現在は生命科学を専門にしております。人材育成に非常に興味を持っておりまして、文部科学省グローバルアントレプレナー育成促進事業である「WASEDA-EDGE人材育成プログラム」に取り組んでいます。世界で輝ける人材を養成するための拠点づくり――早稲田だけということではなくて、世界と協働しながら、その中のひとつの拠点が早稲田にある、というふうにしたいと思って、日夜頑張っております。

ソニーCSL代表取締役社長・北野宏明氏
早稲田大学理工学術院教授・朝日透氏

 朝日さんと知り合ったのは、私の母校である早稲田で講演をさせていただいた時ですよね。

朝日 林さんのお名前はよく存じ上げていたのですが、「早稲田は元気がない」とおっしゃっているようだということを耳にしまして(笑)。一度私の授業に来ていただいて、元気がある学生たちを生で見ていただこうと思ってお呼びしたのが、最初ですね。

 そういう理由だったんですね、たしかにそう言っていました(笑)。あの授業に出ていらした学生さんたちは、とても元気でした。

朝日 学生たちはみんな、林さんのロフトワークのお話に感動していました。それ以降、実際に起業している人間も次々に出ているんですよ。私はこんなように、学生たちが大学の中でいろんな人に出会えるようにしたいんです。世界中の元気のいい人たちに出会えて、学ぶことができる場になるということが、本当のアカデミアの使命なんじゃないか、と思っているんですね。

渋谷はグローバルなクリエイティブ都市になれるのか

 ちょうど「場所」の話になったので、ここからふたつの話をしてみたいんです。ひとつは、東京の中における場所。ビジネスの中心はずっと東京駅周辺や銀座だと思っていたけれど、先日「渋谷のオフィスの賃料が千代田区を抜いた」というニュースを見かけて驚いたんです。果たして渋谷がビジネスの中心なのかどうか、ということについて聞いてみたいんですね。私個人としては、クリエイティブ産業の人たちは渋谷の周辺に移ってくるのかなあ、と思っているんですけれど、どうでしょうか。
もうひとつは、「グローバル」と言った時に皆さんがどこを想像するか、という話なんです。アメリカやヨーロッパのことを考えるのか、あるいは中国、それともその他のアジアのことを考えるのか、ということですね。

北野 渋谷のオフィスについて言うと、スタートアップが探しても借りられるところがほとんどないんですよ。スタートアップにとってコンフォタブルで、借りられる価格で、しかも平米数がそこそこ取れるオフィスを探しても、ほぼ五反田しかないから、あそこに構えているところは多いですよね。

朝日 とはいえ渋谷や、他にも虎ノ門、日本橋、丸の内といった場所を考えてみても、実は拠点としてはすごく近いと思うんです。東京の中では離れているように見えるけれども、世界からの視点で見れば、同じエリアだと思うんですよね。拠点によって特徴を持って――ここはバイオに寄っている、あそこはフィンテックだ、というふうになりながらひとつの塊になれば、世界に勝てるんじゃないか、というのが僕の構想なんです。

今回の会場は2019年11月にオープンしたSHIBUYA QWS。「渋谷から世界へ問いかける、可能性の交差点」をコンセプトに、多様な人々が交差・交流し、社会価値につながる種を生み出す会員制の施設。ビットバレー再びという注目も集まる渋谷。様々なムーブメントが生まれ始めている。

ロフトワークが台湾、香港に拠点を持つ理由

諏訪 人材の話も、合わせて伺ってみたいですね。僕は2019年秋にハノイ工科大学へ行ったんですが、熱心そうな、まさに元気な学生たちがワーッといたんですよ。一緒に行った人は日本に拠点を持つ技術開発会社の方なんですが、AIの開発部隊はハノイに置いている。「なんで日本じゃないの?」と聞いたら、「ハノイのような面白い場所じゃないと人が集まらないから」と言っていて。
日本は大丈夫だろうか、とも思ったんだけれど、たしかにハノイ工科大学に溢れているエネルギー、つまり知的好奇心や、人生をかけて新しいものに取り組んでいる人たちの姿勢を見ると、すごく腑に落ちる。世界中がそうして競争している中で、僕たちはどこの都市と仲良くして、一緒に面白く、新しい物事をつくっていけばいいのでしょうか。

北野 僕がエンジェル投資家として当初から支援している、AI関連プロダクトを提供する「シナモン」という企業がありますが、ハノイとホーチミンにたくさんのAIエンジニアを抱えています。僕自身が率いているSPIの開発基地もインドですね。人材のやる気やクオリティといったものをいろいろ考えた時に、そうした展開の仕方、オフィスの立地条件の考え方になってくる。
基本的にこれからは誰もが、非常に多様なチームをリードしていかなければなりません。僕の周囲を見ても、日本人だけのチームなんて東京でもほとんど見ない。インターナショナルな環境でリーダーシップをとることが求められます

 朝日さんの元でどんどん起業している学生さんたちも、東京だけでなく、海外が視野の学生さんも実際に多いですか。

朝日 「ECOLOGGIE」という、食用コオロギの生産と販売を行っている企業を率いる葦苅晟矢くんは、カンボジアを拠点にしていますね。僕個人としては多様性という意味で、スウェーデンから学ぶことがたくさんあります。男女が関係ないほどにダイバーシティが進んでいると感じるんです。男女のダイバーシティでなく、年齢差によるヒエラルキーが関係ないのは、イスラエルですね。こうした土地に学生を送り込んで、まったく異なるシステムを学んでもらうのもいいですね。

北野 エルアル・イスラエル航空は2020年3月から成田~テルアビブ線を開設しますし、夏には全日空が羽田~ストックホルムの直通便を飛ばしますね。
アジアも本当に多様です。シンガポールを拠点にする「Grab(グラブ)」や、インドネシアの「GOJEK(ゴジェック)」といった配車サービスのユニコーン企業は、バンカーアカウント(銀行口座)を持っていない多くの人に向けた金融サービスを展開しています。

 5年ほど前、ミャンマーへフィールドリサーチに行った時に、クレジットカードや銀行口座もなくても、携帯電話を使ってお金のやりとりをしていたんですよね。

朝日 先ほど触れた葦苅くんも、コオロギを売ったお金のやりとりは全部スマートフォンでやっているらしいですからね。

 これまでは「グローバル」と言うと、欧米のことを思い浮かべていたかもしれないけれど、今こうやって話をしていても、全然出てきませんよね。これからロフトワークがグローバルに展開する中でどういう国に出ていけばいいのか、ということに関しても、やっぱりアジアからだよね、と思うんです。

ローカルの集積体としてのグローバルUX

諏訪 FabCafeも台北、香港、シンガポール、バンコクとアジアに4つありますが、北野さんが仰ったように、それぞれ本当に多様なんですよね。だからこそ、ローカルの集積体としてのグローバルUXということを考えてみたい。
Grabのインターフェイスも、Uberの美しさや使いやすさに比べてグジャグジャッとしているんだけど、アジアの中でもそれぞれにちょっとずつ違ってユニークで、フィットしている。そうしたローカルの集積体としてのグローバルUXは必要になりそうな気がするんだけど、周囲の人に聞いてみても、組織の中にそういう部門はあまりない、と言うんですよね。今後のロフトワークのビジョンとして、やってみたいなと。

 それはひとつの目標にとして、ありえるかもしれないね。北野さん、朝日さんは、グローバルな戦略について、どうお考えですか。

北野 やっぱり地域や場所ごとの特性がずいぶん違うので、そこをちゃんと深く理解しないといけませんよね。あと、たとえばソニーAIのアメリカ代表になるのは、テキサス大学オースティン校コンピュータサイエンス学部教授のピーター・ストーンという、とても優秀な人です。そこに拠点を置き、人が集まらなきゃいけない理由がある――たとえばヘッドになってほしい人がそこに住んでいるから、ということに引っ張られるようになる、ということはありえるかもしれない。もちろんマーケットドリブンの事業だったら、大きなマーケットのある場所に拠点を置くのもいいだろうけど、開発やクリエイティビティにかんしては、ある場所に人が向かう理由が、そうやって決まっていくんじゃないかな、と。

 人が「ここがいいから」と言う場所が、実は未来において、人が集まる場所そのものを指しているのかもしれませんね。

朝日 海外と大学ということならば、学部の学生や大学院生は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなどに送って、まずはいろんな考え方を学んでもらっています。そこで動機づけができて、次は自分の腕一本で勝負するという時には、先ほど言ったようなイスラエルやスウェーデン、中国以外も含めたアジアに行かせたいと思うんです。
そうやって私自身、海外のことを考えながら、東京でも若い人たちが大人たちに混ざって学んでいけるオポチュニティを、どんどん増やしたいなと考えています。

諏訪 ロフトワークは2000年に創業して、20周年を迎えます。それをきっかけにしてどういうふうに変わっていこうか、僕らも企んでいるところですし、皆さんにもその変化にお付き合いいただいて、助けていただきたいと思っています。そして、僕らがつくってきたクリエイティブ・コミュニティは、国内だけでなく、グローバルなものになっている。そうしたコミュニティと共に、新しいことを手がけていけたら、と考えています。

 一緒に成長し、支えてくださり、伸びていこうとしてくださっている皆さんと共に、ロフトワーク20周年に向かいたいですね。

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