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ゼロから構築するUXのプロセスと方法論

UX戦略について企業のプロジェクトリーダーに必要な知見が学べるオフラインサロン、「UX Leaders Camp」。第2回のテーマは「ゼロから構築するUXのプロセスと方法論」。

ゼロから構築するUXのプロセスと方法論

社内に多様なバックグラウンドを持つディレクターがいるなかで、比較的新規立ち上げのプロジェクトに数多く携わってきたロフトワークの高井が登壇。

アイデアやコンセプトをどうカタチにするかという目に見える部分に注力しがちですが、本当に大事なのは目に見えない企画やプログラムです。ハードやコミュニケーションツールは、これらのアウトプットとして表出されるものだからです。何のために、どんなときに、誰に向けて、何をしたらいいのか。これらが曖昧なままデザインを作っても、腹落ちするものは作れません。

とはいえ、企画やプログラムが先に決まらないまま、空間の施工やコミュニケーションツールなどの制作物から作り始めなくてはいけないことも多いのも事実です。
「このパラドックスがゼロイチの構築の難しさ」と語る高井は、自身の経験に基づくUX構築の方法論として、「どちらが先というのではなく、らせん状に互いを行ったり来たりしながら完成度を高めていくもの」と説明しました。

CASE1「100BANCH」

「未来を作る実験区」というコンセプトのもと、次の100年につながる新しい価値創造に取り組むための施設としてオープンした「100BANCH」。パナソニックの創業100年事業を機にスタートしたプロジェクトです。

全体のUXを考慮し、さまざまなタッチポイントを作ること。あらゆるタッチポイントを統合し、「100BANCH」という1つのサービスとしてユーザー体験をデザインすることをUXとしてのミッションに掲げました。

Point1 シナリオのプロトタイプを繰り返す。

マスターとなるユーザーシナリオを最初に定めるより、付箋などを使ってラフにプロセスを並べ替えながら、シナリオのプロトタイプを繰り返しアップデートしていく。これにより、自分たちが進んでいる方向や、フローのなかで抜け落ちている視点などを検証しながら進めることができる。

Point2 アウトプットを統合する

プロトタイピングによる断片的なアウトプットを統合する機会がないと、整合性が確認できないまま進んでしまう。情報を統合した制作物のリリースをマイルストーンとして設定し、外部に公開し、反応を見て、検証する機会を持つことが重要。

Point3 価値観を言語化するCCI

ユーザーシナリオを詰めていく段階で重要になってくるのが、大切にしたい価値観を言語化したCCI(コア・コミュニケーション・アイデンティティ)。100BANCHのCCIは、CROSSOVER THE VARIANCE(相違・不一致を交じらわせる)。CCIはインナーコミュニケーションのためのものであり、判断に迷ったときに立ち返る合言葉のようなもの。メンバーが同じ価値観をイメージできることが重要。

Point4「続いていくためのデザイン」をデザインすること

●ロゴ/VI/サイン
「作って終わり」ではなく、「続いていくためのデザイン」をデザインすること。デザインの整合性を保ち、最終的に統一したユーザー体験を提供するために、デザイナーでなくても自由に使える、緩やかで開かれたデザインルールを作ること。

●Webサイト
プロジェクトをフックアップして、活動をドライブさせるための「発信源」となることを目的とする。また、個人の顔と言葉が見える要素を各所に取り入れることで、意志のある具体的なメッセージングを行う。

Point5 全てのメンバーが物理的に同じ場所にいること

スピードが求められるプロジェクトは、ウォーターフォール型ではなく、スクラム型で進める必要がある。全プロジェクトメンバーが物理的に同じ場所にいることで、無駄な打ち合わせや作業を省き、効率的にプロジェクトを進められる。

CASE2「AOI FORUM」

先端技術と農業を掛け合わせることで、静岡から世界に農業の革新を起こすという壮大な目的を持ったAOIプロジェクト。その活動の中心となる会員制のフォーラムがAOI FORUMです。

AOI機構のビジネスや活動を整理し、活動をドライブさせるためのコミュニケーションツールに落とし込むことがUXとしてのミッションでした。

Point1作り始める前に、情報を集めて深く理解すること

確からしいロジックはバイヤスがかかってしまうため、作り始める前に、情報を集めて深く理解し、徹底的にインプットする。情報を食べつくして「腹で考える」。全体を俯瞰しながらインプットと咀嚼を繰り返していくと、不足している情報や大事なポイントが見えてくる。

Point2 ビジネスモデルキャンバスなどのフレームワークを用いて情報の整理

ビジネスモデルを9つの要素に分類していくビジネスモデルキャンバスは、情報整理に有用。フレームワークを用いて関係性を紡ぐこと。フレームワークに落とし込むと情報の関係性が見え、不足している情報や、やるべきことの優先度が見えてくる。

Point3 クライアントやユーザーになりきってプロトタイピング

正解がまだ存在しない新しいものを作る際は、作って検証しながら、より確からしい方向へ近づけていくプロトタイピングが必須。ディレクター自身が、 クライアントやユーザーの「イタコ」になって「未来を予言するように」プロトタイピングすること。今回つくったフライヤーのプロトタイプは、文面の精度、写真チョイスやイラストのイメージも、かなり作り込んだ。

Point4 バッチサイズを上げながら展開していく

ゼロイチのプロジェクトにおいて、プロトタイプと完成品の境目はない。どのアウトプットもプロトタイプの延長戦上に展開しながら、フィードバックを得てアップデートを繰り返し、ブランドとUXを強くしていく。

2つの事例を総括し、「ゼロイチに正解はない」と高井。

存在しない『正解』より、言い切れる『好き』を信じること。自分ごと化し、誰よりも考え抜いた先の直感は、結構正しいものです。ぜひその情熱に自信を。好きを信じて決める勇気を

とエールを送りました。

ON THE TRIP流 UX的負債の避け方、負い方、返し方とは?

3つ目の事例を紹介したのは、スタートアップ企業の株式会社on the tripです。同社のトラベルオーディオガイドアプリ「ON THE TRIP」は、GPSと連動させ、今まで美術館にしかなかったオーディオガイドを、観光地などでも楽しめるサービス。1ガイド単位で課金する仕組みは、美術館のオーディオガイドと同様のビジネスモデルです。

当社が大切にしているのは、物語とロマン。たとえば、フランスの宮殿を訪れたらマリーアントワネットが現れて、話をしながら宮殿を歩くとか、そういうことが実現する日がくると思います。目に見えない物語を可視化し、至るところにある現象や歴史、文化、風土を、訪れた人たちにカタチにして届けることで、地域や国への尊重が生まれる。この流れを加速させていきたいですね。

と語るのは、代表取締役の成瀬勇輝氏。

こうしたON THE TRIP流 UXをどうやって実現してきたのか。同社のUI/UXエンジニアである森上航平氏は、「UX的負債の避け方、負い方、返し方」という独自の切り口で解説していきました。

森上氏の言う「UX的負債」とは、技術に限らず、デザインやUX設計そのものが完璧ではない状態のこと。

特にゼロイチの場合は、最初から完璧なものなどできるはずがありません。UX的負債は、ある程度必要悪。前例のないサービスですから、負債を負いながらでも素早く立ち上げ、検証と改善を繰り返す決断をしました。
UX設計や体験設計の領域では、実際にリリースしてみないと見えてこないものが必ず出てきます。フェーズが変わったり、サービス自体が成長したり、ターゲットが変わったりすると、要求される体験そのものも変わるため、再設計が必要になります。資金的にもリソース的にも足りない状況を、いかに受け入れてコントロールしていくかが重要です。

そこで森上氏は、負債の適切な取り扱い方として、「無駄な負債を負わない」「勇気をもって負債を負う」「負った負債はきちんと返す」の3つの観点から、ON THE TRIP流 UX構築を紹介。具体的なヒントを提供していきました。

UX的負債の避け方

やることを決めるより、やらないことを決めるほうが難しいが、一番重要。多様なアイデアを盛り込んだ意図の明確でないサービスは、使われない上に体験設計を複雑にしてしまい、たくさんの負債を抱えることになる。
UX的負債を避けるには、取捨選択の基準を明確にし、ブレないようにしながら、立ち上げ時に集中すべきUXを見える化すること。ON THE TRIPでは、レコメンド機能やシェア機能など「一般的にあったほうがいい機能」を作るのを我慢して、提供した体験価値に紐づくものを最短距離で作り、UX的負債を最小限に抑えた。

UX的負債の負い方

一般的には、迷わず悩まず誤操作せずに使えるのが大前提だが、ON THE TRIPは、リリース時に敢えて独特の操作感・空気感を持ったUIを選んだ。
なぜなら、
・旅好きのペルソナの美意識に合う
・「新しいことをしていそう」なことが一目で伝わる
・UIを最適な形にしておくより営業時に目を引くことのほうが、重要度が高い
から。

ただし、リリース前から改善の準備を進めておくことが重要。いち早くリリースして目を引きつつ、その間に改善を進め、グロース期に備えて最適なUXの形を模索する、という手法をとった。

UX的負債の返し方

プロジェクトメンバーが優秀であればあるほど、それぞれの視点と知識でそれぞれに正しいことをぶつけ合うことになり、改善の議論が空中戦になりやすい。全員が納得して改善を進めるためのコツは、「PURS」を意識して話すこと。このスキームに従って議論するとシンプルに整理でき、提供したい人に、提供したい価値を届けるための強い幹を作る目的で改善を進められる。

PURS=P(ペルソナ)がU(ユースケース)の時、R(理由)なのでS(解決策)する

後に、LinkedIn創業者リード・ホフマンの「最初のバージョンを世に出したときに恥ずかしいと思わなければ、そのローンチのタイミングは遅すぎということだ」という言葉を借り、「それぐらいのスピード感が必要」と語る森上氏は、

ゼロから作るのだから、たくさんの失敗を重ねるのは大前提。ただし、大きな失敗をたくさんはできないので、失敗を小さく早いサイクルでしながら、一緒に働くメンバーをワクワクさせることが大事。 我々が信じていることを実現しながら、人や時代に求められる形にフィットさせるのが、UXを担当する人間としての役割だと思っています。

と締めくくりました。

イベント概要

2018年1月11日開催
UX Leaders Camp vol.2 「ゼロから構築するUXのプロセスと方法論」

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