イベントレポート / 阪急うめだ本店、うめだスークに学ぶリテールの未来
SNSなどオンライン上で過ごす時間が増えた今、商品の購買についても私たちはオンラインとリアルな店舗を自然と使い分けているのではないでしょうか。多くの商品を比較検討したいときはECを利用し、専門家の意見を参考にしたいときは店舗に行ってみたり。私たちが店舗に求めるニーズが変化している中、リテール側も変化を求められています。「リアルな場でこそ提供できる価値とは?」という問いをゲストと参加者と共に議論するイベントをロフトワーク京都で開催しました。
※本イベントは、台湾の都市開発機構 JUT LAND DEVELOPMENTが台北市に開設する商業施設の一部をロフトワーク台湾がプロデュースするにあたり、両社の共同イベントとして開催しました。
未来のリテール体験を考えるうえで私たちが注目したのは、大阪駅に直結する阪急うめだ本店にある「うめだスーク」。“スーク”とは“市場”を意味し、個人や小さなブランドのポップアップショップやイベントが開かれ、常に新鮮な情報や商品を発信するフロアになっています。百貨店内にありながら、既存の百貨店とは異なる空間レイアウトやビジネスモデルを持つうめだスークに、未来のリテール体験のヒントがあるのではないか? うめだスークをプロデュース、全体統括する宇野 新治氏にプレゼンテーションをお願いしました。
見たことがないものを“自分で”発見する楽しさ
うめだスークはエンターテイメント型ショッピング空間をコンセプトに、街のような売り場レイアウトや年間1000回以上のイベントなど、デパートの常識を超えた戦略によって多くのお客さまを魅了しています。常に「うめだスークに行けば何か楽しいことがある」と思わせる事によって、10階にありながら年間360万人(2017年度)を惹きつけるフロアとして成長しています。
2012年、阪急うめだ本店のリニューアルオープンに合わせてうめだスークは誕生しました。百貨店の売り上げが年々減少していく中で、百貨店としての原点に立ち返り、買い物が「楽しい」と思うフロアを目指したと言います。そして宇野さんは「買い物することが楽しいとはどういうことなのか」を根本から考え直すため、世界中の街へくり出します。ニューヨークや東京の路地裏、パリのマルシェ、京都の手作り市…。人々がどうしてそこに集まるのか、なぜその場所を楽しむのか徹底的に観察したそうです。また自らもマーケットに出店し、どんな人がどういった物を買いに来るのか、どういった物なら売れるのかなどを検証したことも。クリエイターやイベントプロデューサーなどにも会いに行き、お客さまに「ワクワクドキドキ」を提供するヒントを探りました。
宇野:「様々な場所を訪れましたが、見たことのないものに一番出会ったのは市場なんですね。特に京都の手作り市は、今まで見たこともないものや、それを生みだす作家と多く出会うことができました。そこで買い物が楽しいというのは、“見たこともないものを発見する”ことだと気づいたんです。見たことがないものは世の中にいくらでもあって、それをバイヤーたちが見つけきれていない。人に言われて見つけるんじゃなくて、自分で欲しいものを見つけることが重要だったんです。だからスークは、欲しいものを自ら発見する、という体験ができる場にしたいと考えました。」
「売り場」ではなく「街」を作る
そこでまずは従来の合理的な「売り場」ではなく、歩いているだけで楽しめる「街」をつくろうと宇野さんは考えます。ピックアップした3つのカテゴリ、文房具・手芸・展示会場のそれぞれに沿ったストーリーを描き、1フロアの中にそれらを体現する趣の違う3つの街をつくることにしました。
例えば手芸を扱う南街区というエリアは、パリの16区や苦楽園などの上品な街並みをイメージ。そこで暮らしているのはどんな人だろうか、この人たちは誰と関わり、何を求めて生活しているのだろうかと文脈をつくり、その人たちが暮らす町を具現化していきました。外装だけでなく、什器にもこだわりが光ります。
宇野:「マルシェや手作り市を見ていると、作家さん一人ひとりが家からもってきたもので商品をディスプレイしていました。作品の世界観を表現するために什器までしっかり工夫をしている。百貨店が足りない部分はこれだと感じました。ですから什器は自分たちの資産として、誰にも真似できないようなモノを作ったんです」
その他にも街それぞれに通路の長さや幅も違いをつけ、路地裏や抜け道を演出するなど、街を探索するワクワク感を味わうことができます。街に置く商品はバイヤーが目利きし、自らがおすすめしたい商品しかラインナップされていません。大きなカテゴリ分け以外はどの場所にどんな商品があるか規則はないため、お客様は3つの街の中を宝探しのように商品を探すことができます。しかも中には1点ものもあるため、出会ったときが手に入れ時です。
宇野:「スークは変化することが基本なんですよ。何の変哲もない壁もアートギャラリーとして転換できる機能をもたせたり、三軒のショップを1つの大型ブティックにすることもできる。つまり「街を運営する人」によって姿を変えることができる。商品も常に変化しますから、「検索して買う」ことはできないんですよ」
手作り市で見つけた、売り場の鮮度を保つ秘密
しかし、どんなに素敵な空間だとしても、10階までお客様を呼ぶ力がなければお客様は来てくれません。そこで宇野さんは京都の「百万遍さんの手作り市」へ足を運びます。毎月15日に知恩寺の境内で開催されるフリーマーケットで、450店ほどが出店しています。広告をうっていないのに、毎月行われる市は毎回大盛況。何が人々を惹きつけていたのでしょうか。
宇野:「実はたとえ売れ筋のお店でも、出店者の3分の1は毎回入れ替えて鮮度を保っているんだというお話をお聞きしました。いつ行っても新しいものに出会える場所。だったらスークもそうしてみようと、フロアの3分の1の商品は毎週変えることを決めました」
アート、クラフト、ヴィンテージ、あらゆるジャンルで面白いものを作っている人たちに直接会い、「自分がワクワクするもの」「自分が欲しいと感じるもの」を基準に出店を依頼。また、露天商のようにポップアップショップを展開したり、午前中だけなど時間を限定した販売など、常に新しい実験によって売り場の鮮度を保っています。
スーク流、働き方10か条
スークでは、「働き方10か条」なるものがあります。それらは宇野さんがスーク設立の時に自ら行い、実施したことばかりです。「自分の足で動いて、考えて、決めよう」「同業他社の視察はしない」「新しい価値を生みだす人に会いに行こう」。人のリアルな思いに耳を傾け、その人たちがどういった視点をもって生きているかを深く知り、行動を起こすことが大切だと宇野さんは言います。
宇野:「自分で体験して動こうぜっていうのが僕らの基本です。今までにないものを作りたいなら、既成概念に縛られてちゃいけない。必要ならば、既存のプロセスや社内ルールはどんどん変えてもいいんです。スークのチャレンジングスペース(売り場)は、阪急梅田本店の全体から見るとたった3%なんです。でもその3%の売り場は常に新しいものを取り入れ、チャレンジし続けているんですよ」
文化をリードする存在になるには、育てる場になること
うめだスークの挑戦は続きます。クリエイターとのコラボレーションの幅を広げるために2018年、株式会社スークカンパニーを立ち上げます。商品化・売り場展開・広報活動などをスークカンパニーが請負い、クリエイターの活動を支援しています。また、「文具の博覧会」や「スーク祭り」などクリエイターの作品を扱うイベントを、全国の百貨店や商業施設で開催しています。
宇野:「今後も僕らが考えもつかないような素敵なものを作っているクリエイターたちを見つけて、世に広めていきたいと思っています。それはお客様にとっても“今まで出会ったことのないもの”に出会うきっかけになるからです。スークを作るうえで一番大切にしているのは、バイヤーたちの情熱です。私たちは“売れるか売れないか”という質問を禁止しています。大切なのはバイヤーが本気でお客さまに“伝えたいと思う価値があるか”どうかです。」
宇野さんが会場に向けて繰り返し伝えていらっしゃったのは、「前例や既成概念にとらわれない」こと。リアルの場が提供できる可能性を制限しているのは、まさしく売り場を提供する自分たちの考え方や働き方なのだ、という強い当事者意識を持つこと。リテールが未来を切り開くために、自分たち自身が前例や思い込みに縛られていることに気づくことが必須なのだ、という力強いメッセージで締めくくられました。
“当たり前”を疑い、未来のリテール体験を考えるワークショップ
宇野さんのプレゼンテーションから多くの刺激を受けたあとは、本イベントを企画したロフトワーク台湾の藤原がメインファシリテーターを務め、百貨店における「定説」から新しいアイデアを考えるワークショップを実施。ある業界にいると、その業界で当たり前とされている事(=定説)に無意識に縛られて新しい発想が生まれにくくなります。新しい体験やサービスを生み出すためにはまずはその当たり前を疑ってみる事が重要です。ワークショップでは「百貨店の定説」をテーマに議論したあと、デザイン思考の手法を使いながらそれを仮説に変換しました。
それらの仮説をもとに、アイディアシートを使いながら「未来のリテール体験」を発想するワークを行いました。
当たり前で変えようがないと思われる定説こそ疑ってみることで、今までにない新たな視点を得ることを参加者の方々に体験してもらいました。リアルなリテールの場でしか提供できない価値は、既存の業界の外からの発見と、それをどうお客様のワクワク感や購買体験に結びつけられるか、にヒントがあるのではないでしょうか。