EVENT Report

海洋環境に向き合うための、企業・自治体・地域のあり方とは?
ユネスコ・ユニクロ・環境省の事例から

はじめに

2025年7月28日、ロフトワーク主催のイベント「豊かさと向き合う場所をどうつくる?ユネスコ・ファーストリテイリング/環境省事例から考える対話設計」が開催されました。海の豊かさと一言に言っても、立場や目的によって言葉の捉え方が異なってしまうことがあります。イベントでは、海洋環境をテーマにしたプロジェクトをご紹介しながら、異なる立場の4者をゲストにお招きしてお話を伺うことで、ステークホルダーや自然環境が複雑な海という場所で、ゲストの方々が何を見つめ、どう取り組んでいるのか、あるいは、どのような悩みを持たれているのかをお聞きしました。そのうえで、どのような視点が必要で、何からスタートしたらいいのかを知り、気づきを得る場を目指しました。本レポートでは、トークのサマリーをご紹介します。

Sustaining Our Oceanプロジェクトと海洋リテラシー教育の重要性

ユネスコ・アジア文化センター 教育協力部長 大安 喜一さんは、「Sustaining Our Ocean」プロジェクトを紹介しました。このプロジェクトは、特に東南アジアの若者を対象にした海洋教育活動を中心に展開されており、海洋環境に対する知識の普及と行動の促進を目的としています。大安さんは、「知識を得ることだけでなく、それを実際に行動に移し、議論を深めることが重要で、このプロジェクトでは、若者たちが環境問題を自分ごととして捉え、未来に向けたアクションを取れるよう支援している」と述べ、日本での展開についても意欲を伝えました。

海洋環境の教育については、「海洋問題は単なる環境問題ではなく、社会全体に関わる問題です。地域固有の文化や歴史を反映した教育がなければ、長期的な変化を生み出すことはできません」と述べました。ユネスコが進める海洋教育の取り組みが、未来のリーダーを育てるための礎になるとし、地域に根ざした教育を進める必要性を訴えました。

また、今回のイベントのテーマに関連して、最後に以下の視点を参加者に投げかけました。

1)海洋リテラシーをどうとらえるか?
→ リテラシーと一言で言っても、機能的リテラシー/批判的リテラシー/文化的リテラシーのようにいくつもの視点が必要。知識だけでも、批判だけでもいけない。地域や文化に合わせてどのような教育を作っていくべきか?

2)海洋教育は学校だけで十分か?
→ 社会教育、ノンフォーマル教育を含めた生涯学習の可能性や、学校以外の施設との協力の重要性

3)豊かさとは?
→ 個人のウェルビーイングと社会のウェルビーイングの両方が成立する状態が大事

4)いかに評価するか?
→ まずは自分で評価することが大事であり、それを外部評価とあわせて、対話のツールとすることが大事ではないか?

若者とタンジブルなアウトプットを創出しつづける、FabCafeバンコクのアプローチ

カラヤ・コヴィドビシット(FabCafeバンコク 共同創設者)は、今回、ユネスコがユニクロとともに展開したSustaining Our Oceanプロジェクトにおいて、海洋教育のXRツールを開発しました。FabCafeバンコクは、サステナビリティをテーマにこれまでにもさまざまなプロジェクトを手がけています。イベントでは、メコン川をフィールドに環境と経済の課題に向き合うプロジェクトや、森林火災に向き合うプロジェクトなど、地域の若者たちとデジタル技術を活用してクリエイティブに環境問題に取り組んだ事例を紹介しました。

「私たちは、地域の若者たちと共に、地域の環境問題を解決するためのクリエイティブな解決策を模索しています。デジタル技術やデザインキャンプを行うことで、従来の方法では解決できない課題に対して、新しいアプローチを提供しています」と述べ、環境問題に対して、クリエイティブでタンジブルなアウトプットを提供する重要さを強調しました。

さらに、「私たちの活動の特徴は、若者たちが自らの手で地域問題を解決し、そのプロセスを通じて学びを深めることにあります。地域の課題を解決することで、彼らは未来のリーダーとしての素質を育んでいきます」と語り、FabCafeが地域の自治体や企業と連携し、環境問題を共有するためのネットワーク作りにも注力していることを伝えました。

XR海洋教育ツール「Sustaining Our Ocean」について

このツールは、「DIVING LIBRARY(海に関する知識を得る)」、「OCEAN CHALLENGE(課題を知り、共感する)」、「FIELDLAB TOOLKIT(共生を実践するための技術や共創するための実践知や知恵を育む)」の3部構成の教育ツールになっており、それぞれのフェーズのツールを、さまざまな有識者とともに調査・開発されました。

なお、本ツールは日本語版も準備中とのこと。(2025年9月22日から関西国際万博でも展示予定)

日本語版トレイラー動画

ユニクロの環境活動との向き合い方

「Sustaining Our Ocean」は、ユニクロを推進するファーストリテーリングの支援で実現されたプロジェクトです。そこで、ファーストリテーリングからシェルバ 英子さん(株式会社ユニクログローバルマーケティング部部長 兼​ 株式会社ファーストリテイリングコーポレート広報部部長)に、本プロジェクトのような活動をビジネスセクターとしてどのように位置付けているかお話しいただきました。

シェルバさんは、まず、同社が実施している環境活動のあゆみを紹介。1990年から瀬戸内海の豊島で続けてきた活動をはじめとし、本業である服の素材にサステナブルな素材を取り入れた挑戦、また、海洋ゴミ削減にプレイフルに向き合う取り組み「スポGOMI x ユニクロ」や、消費者がサステナブルな商品を購入するとユニクロが海洋ゴミ削減に寄付を行う『JOIN: THE POWER OF CLOTHING』キャンペーンなどを紹介しました。

シェルバ氏は、ユニクロの考えるこれからのプロダクトのサイクルの考え方に関する図を見せながら、「企業として環境保護活動に取り組むことは、社会的責任であり、同時にビジネス戦略の一環でもあります。私たちは、環境問題に取り組むことで消費者との信頼を築き、共に未来を作り上げることができると信じています」と述べました。

環境省の「豊かな海づくり」への取り組み

森川政人さん(環境省 水・大気環境局海洋環境課海域環境管理室 室長補佐)は、日本における海洋環境保護活動と「豊かな海づくり」に向けた政府の取り組みを紹介しました。

まず、瀬戸内海での取り組みを紹介。過去の公害問題を経て、水質改善が進んだものの、生物多様性・生産性や水産資源が回復しない現状を踏まえて、改めて「豊かな海を何によって評価すべきか」を検討するための方針や施策を紹介しました。

この指針をもとに行われた、令和6年度に行われた瀬戸内海での調査事業を紹介。調査では、複雑な生物層が見えてきたことや、絶滅危惧種が確認されたこと、南方の生物が確認できるなどの発見があったことなどを伝えました。調査をふまえて、森川氏は、「色々な生物が確認できたが、一方で、ある程度対象を絞ってモニタリングをしていくべきかを検討する必要がある。とても難しいテーマであることは間違いないが、科学的根拠に基づかない、感覚的な判断を繰り返さないよう、取り組まなければならない」と伝えました。

また、森川氏は「里海作り」を強調。これは、地域住民が自発的に関与し、環境保護活動を地域経済に結びつけるものです。森川氏は、「地域の漁業資源の回復や観光業の振興など、地域全体が一体となって取り組むことが必要です」と述べ、持続可能な社会の実現に向けた政策を紹介しました。「環境省としては、地域の活動をサポートし、保護活動とともにその地域が持続可能な形で発展していくための仕組みを作っていくことが重要です。」と伝えた上で、これからの環境省の取り組み方として、「既に行われている活動を認定するだけでなく、創出することにチャレンジしていこうとしている。そのために保全という活動に加えて、活用という視点で観光事業なども重要。環境省としては、そのための場作りに取り組んでいる」と語り、環境保護と地域活性化の両立を目指す政策を紹介しました。

瀬戸内海での調査での「市民参加」に関する指摘や気づき

ロフトワークの浦野からは、「豊かさは誰とどう評価するのか」というテーマで、環境省の委託で実施した瀬戸内海での豊かな海の実現に向けた評価方策検討業務について紹介しながら、豊かさについて考え、取り組んでいくにあたって重要だと思われる視点やインサイトについて紹介しました。

プロジェクトでロフトワークが行ったことは、過去の海洋環境に関する文献を整理し、地域の海洋問題を把握するための基礎資料を整えることから始まりました。文献調査を元に、環境変化の影響を受けやすい生物として底生生物(海底に生息する貝や甲殻類などの生物)に注目し、岡山県の寄島町沖合で底引網を用いた現地調査を行い、考察を整理しました。そのうえで、地域主体で取り組みうるモニタリングの手法を検討し、有識者会議で結果報告と議論の場を設け、報告書にまとめるというものでした。

調査を踏まえて得られたインサイトと有識者会議での専門家からのフィードバックを踏まえて、いくつかのポイントを紹介しました。

  • 既存の調査だけでは海の状況を把握しきれていない可能性
    • レッドデータブックで「絶滅」とされている生物が多数見つかるなど、既存の調査のみでは最新の状況が把握できていない現実を確認した。調査手法/体制を見直す必要性を確認
    • 地元猟師や教育機関などの地域の専門職の方々が最新かつ重要な情報を持っている可能性を確認
  • 「市民とのモニタリング」の目的の明確化
    • 網羅的な調査を市民の手を借りて行うのか?地域の人々が自然との関わり方を再設計するための手段として行うのか?そのためのインセンティブやモチベーションのデザインとは?
  • 豊かさをめぐる評価は「専門知 × 地域知」が協働するエコシステムの中でこそ可能
    • 研究者だけでも、行政だけでも、海の豊かさを議論し、作っていくことはできない。ファシリテーターのようなハブになる存在が地域と研究者/行政を繋ぎ合わせ、エコシステムを作っていく必要がありそう

環境が複雑かつ既存のデータのみで因果関係を説明しきれない海洋環境の状況の中で、地域住民と専門家・行政が協力しながら、評価方法を検討・実践していくことがこれからの課題です。全国一律の手法をトップダウンで作るのではなく、地域ごとに共創・対話の場をつくり、接点をデザインすることから、地域ごとの豊かさを模索していく必要がありそうです。

クロストークとディスカッション

イベント後半では、クロストークが行われ、登壇者が参加者からの質問に答える形で議論が交わされました。海洋環境に向けた企業の具体的なアクションについてや、地域社会との連携の方法について質問があり、登壇者はそれぞれの視点から答えました。

そもそも海が遠いということについて

  • 大人と子供が一緒に学び合う、社会教育/学校教育が一緒になったような機会が増えると、想像力が養われていくのではないか(大安氏)
  • 人は結局喜怒哀楽で動かされる。説教くさくせず、人の感情に訴える活動をデザインすることが重要(シェルバ氏)
  • 昔は普段の生活の中で海と触れる機会があったが、今はないので、まずは機会を作ることが重要。一方で、専門性が高い領域なので、難しさは残る(森川氏)

地域と専門家の関わり方について

  • 「活動あって学びなし」にならないように、教育にも専門家を入れていく必要がある(大安氏)
  • 環境/生物多様性に向き合うということは、地域の経済・文化と密接なので、社会学や倫理など、あらゆる専門家の視点が必要(森川氏)

企業として地球環境のための活動をどう位置付けるのか?自社としてのスタンスを持ち、自主的に評価しうるのか?

  • 企業として環境問題に取り組むことは、単なる義務ではなく、未来に向けた戦略の一環として、やらなければグローバルで生き残れない。そもそも答えがないし非常に難しいことだが、ひとつひとつ試行錯誤していくしかない(シェルバ氏)
  • 自己評価を中心に据えながら、他者の評価と掛け合わせて対話をしていくプロセスを設計することが必要ではないか(大安氏)
  • すべてをカバーすることはそもそも不可能だから、やれていることとやれていないことの両方を伝えるという姿勢を評価・応援したい(森川氏)
  • ユニクロもはじまりは豊島にある瀬戸内オリーブ基金だった。この活動を継続していたことが現在のグローバルな活動につながっている。一見地域限定的な活動に見えても、継続して行っていくことが重要(シェルバ氏)

企業、教育機関、自治体、そして地域社会がどのように連携し、環境問題に取り組むべきか。持続可能な未来に向けて、地域に根ざした活動に取り組んでいく重要性が確認されました。