わざわざ言うまでもない、でも、言われたら「それわかる〜〜!」と心から共感するあんなこと。
別にいいんだけど、なんか気に掛かるそんなこと。日常のなかに、ありませんか?

こうした言語化しづらい気持ちをモチーフに表現し、観る者の心をつかむ振付家・演出家の下司尚実さんをゲストに迎え、2日間に渡って「あたりまえを疑う」をテーマにした連続講座「Business Approach Compass」第3回目を開催します。

あたりまえを崩すことと、日々の片隅に光を照らすこと

下司さんは、さまざまな作品に参加しながら、自由形ユニット「泥棒対策ライト」を主宰する振付家・演出家でありダンサー。劇団ともパフォーマー集団とも言い難い泥棒対策ライトは、役者、ダンサー、人形使いなど多様なジャンルのキャストを迎えて、芝居やダンス、パントマイムの要素で表現する作風が特徴的なカンパニーです。

ビジネスパーソンと振付/演出家。 一見交わることのなさそうな組み合わせですが、人間模様や心の機微な動きを察する観察眼や、人と人、人と物、感情と理性……さまざまな関係性を言語と非言語で描く豊かな表現には学ぶところが多くあるのではないでしょうか。

「価値創造の視座を育てる」と冠する通り、普段とはちがう目を養うことが目的の連続講座「Business Approach Compass」。異領域のプロフェッショナルをゲストにお呼びするなか、バイオアーティスト、社会学者に続いて今回のゲストは振付/演出家の下司さんです。

講座に先立って行った下司さんへのインタビューで印象的だったことのひとつは、『ストン』という作品のインスピレーションのひとつだと語ってくれた「何かが腑に落ちた時、人って強くなったり視界がひらける」という言葉。 これは、講座の第2回で社会学者の好井さんが話していた「自分のなかのあたりまえが崩れると気持ちがいい」という視点とも共通するポイント。何かヒントがありそうです。

下司さんの作品の特徴は、言葉だけじゃない表現で日々のなんてことはないことに気づかせ、想像力をくすぐること。日常の見つめ方や作品づくり、表現について、ロフトワークPRで泥棒対策ライトファンの原口がお話を伺いました。

等身大の日常に、誰も気づいていないけれど誰もが頷く視点を描く

下司 尚実
多摩美術大学映像演劇学科卒業。振付家・演出家・ダンサー。自由形ユニット“泥棒対策ライト”主宰。体と言葉を自在に操る作風は、2016年MITAKAネクストセレクション、シアタートラム・ネクストジェネレーションに選出されるなど注目を集めている。また、2009年『パイパー』よりNODA・MAPに参加、出演及び演出助手を担当。ダンサーとしては、ハナレグミ、東京スカパラダイスオーケストラのライヴや、近藤良平作品に出演するなど、活動は多岐に渡る。5/20より『あさひなぐ』(舞台「あさひなぐ」製作委員会)、7/22より森山開次演出・振付『不思議の国のアリス』(KAAT神奈川芸術劇場)に出演予定。

──泥棒対策ライト(以後、ドロタイ)ってダンスカンパニーでも劇団でもない不思議な集団ですよね。作品は会話が続く演劇でもなければ、ダンスパフォーマンスオンリーでもなく。言葉と動きが混じり合う不思議なやりとりに、心地良さを感じます。

下司:「自由形ユニット」と自分たちでは言っています。私は、幼い頃からバレエを習っていて……というタイプではなく、ダンスは出演作品を通じて取り組むようになったんです。だからというわけではないけど、作品をつくるときは動きからつくるのではなく、まずノートに日々気になっていることを書きまくる。図とかもなくて、言葉をとにかくびっちり。それをもとに、キャストと話してつくっています。

──台本がなく、これからどうなるかわからないと思いながら稽古をしている。でも扱う内容が至極日常のことだから、共感しながら演じることができる、と役者さんが話すのを聞いたことがあります。

下司:創作のスタートはノート書きなんだけど、着想は「いま自分が気になっていること」。日々暮らすなかでふと思うことがメインです。ユニット名「泥棒対策ライト」の由来は、別に自分は悪いことしていないのにいきなりピカッて照らされて、心がザワッとするんだけど少し周りが明るくなる……そんなライトになれたら、という思いから。ドロタイは、そういうぬくもり感を大事にしていますね。

『ドラマティック横丁(初演)』トレイラー映像

──確かに作品を観ているなかで、「わかる〜!」っていう波、何度か来ます(笑)。周りのお客さんも声出して笑っていたり、「あるある〜」ってつい言葉をもらしたり。でも舞台の上にあるのはスペクタクルなことではなくて、本当につい隣で起きているような日常の小さなこと。あたりまえ過ぎて認識していない機微なことを意識させる光のあて方、奥行きのつくり方に引き込まれます。

下司:普段生活するなかで、自分が「おっ!」って思うことって、結構他の人にとっても「おっ!」なことだと思うんですよね。だから、「!」って自分の心が動いたときの感情を保存するように意識しているかも。作品では、これといった起承転結がないありのままの日常シーンが続きます。でもみんなが気づいていそうで気づいていないことをモチーフにしているから、共感を呼びやすいんでしょうね。

──「あたりまえを疑う」って、つい穿ったものの見方をしようと気合いを入れてしまうけれど、自分の感情に目を向けるという視点はなかったです。なんだか、自然な感じがして肩の力が抜けます(笑)。

言葉にならないことを、どう人に伝えるか

──ドロタイ作品って、台詞が断片的で一見全然会話になっていないような言葉の投げ合いなのに、でもストーリーが伝わってくると思っていて。なんで私これ理解できてるんだろう、って不思議に思うことがあります。一方で、ずーっと線が続いていくような連続的な振付があるから、言葉と動きで補い合っているのかな……。どう構成していっているんですか?

下司:稽古で出演者に試してもらいながら組み立てていきます。とりあえずこう言ってみて、とか、鏡の前まで一緒に動いてもらったり。小作品を徐々につなげて、世界観をつくっていく感じかな。

『日々ルルル』稽古中の様子

『ストン』という作品で、ただただ「見て!」「見ないで!」「見る!」「見ないで!」ってやりとりをするシーンがあるんですけど、その「見ないで!」って言った人の様子は、「明らかにあの人見てほしがってるな」って感じなんですよ(笑)。そういう、発言の矛盾から人の欲求が見える、みたいなことを生かして作品を作ったりしました。

──ああ、それ実感あります。舞台上から、一歩先にある想像力をくすぐられる感じ。観客は、知らず知らずに役者の言葉と動きの隙間から滲み出ている感情や、物語の文脈を読んでいるのかもしれません。

下司:ちょっとそれるかもしれないけど、ドロタイのワークショップでやるプログラムのひとつに「自分が変わったと感じた出来事とその前後を語る」というものがあります。まず言葉でその出来事を語ってもらう。その後に体の動きでその時のことを表現するんですよ。床に線を引いて、その手前と奥とで出来事の前後を表すの。
エピソードを語ることで頭で一度イメージできて、そのイメージをもってからだで表現していくと、頭とからだがつながる。より豊かな表現になるなーと思ってやっています。

──ビジネスパーソンは、日々営業したりプレゼンしたり、基本言葉をベースにコミュニケーションするけれど、言葉以外の表現というのは「価値を語る」ことのヒントになりそうですね。

下司:このプログラムは6/15のイベントでもやるので、実際に体感してくれたらうれしいです。ビジネスパーソンの方なら、会議のアイスブレイクとして取り入れるのもありかもしれませんね。

「誰もが感じたり、かすったりしているくすぶり」に気づく

──言葉にならないこと、って、伝えることも大事ですがそもそもその思いに気づくことも難しいですよね。

下司:なんか……自分では買わないけどプレゼントされると嬉しいもの、みたいなやつですね(笑)。

(取材一同:わかる〜!)

下司:ムゲンプチプチとか、手の中でグニグニやる顔の雑貨みたいな、ああいうアイデア商品ってそういう部分をうまくキャッチしてそう。人がグッとくるところって、そういう言葉にできない情緒的な部分にあるんでしょうね。

──文字という「記号」になってしまう、言葉や数字だけを見ていては気づけない部分ですね。ドロタイのプロフィール文に「ドラマになりきる前の誰もが感じたり、かすったりしているくすぶりを、独自の動きや言葉、芝居にした作品創りが特徴」とありますが、このくすぶりってすごく大事な視点だと思いました。

下司:昨年末に構成を変えて再演した『ドラマティック横丁』という作品は、起承転結のコントラストが強いドラマティックさではなく、ひとりひとりの、“強気には語れないけど愛しい日々”を描いたものです。あのストーリーは私がひとつずつ想像したのではなく、ワークショップや稽古で出演者たちから集めたものなんです。彼らの実際のエピソードで心の裾が引かれるようなことを深堀りしていって、構成しました。
講座では、言葉をきっかけにからだでアウトプットすることで、こうした視点に気づく仕掛けとなるワークを中心に行います。文字通り、「体感」できる機会になると思います。

「Business Approach Compass vol.3『語る』」by下司尚実

データや文字以外の情報に気づき、語るということ。なかなか難しいけれど、新たな価値を創造する時に鍵となる行為なのではないでしょうか。

下司さんがゲスト講師を務める講座のテーマは、「価値想像の視座を育てるための『表現』」
ビジネスパーソンの多くが日頃取り組む、「新しい価値を創造する」という行為は、頭ではわかっていてもなかなかそれを生み出すことは難しい。どこに着目し、どう解釈して、どう伝えればいいのか。異分野で活躍するスペシャリストをゲストに迎え、彼らの思考をなぞり普段とは違う視点で物事を立体的に捉えなおすことを目指すシリーズ講座の第3回です。

vol.1「壊す」では、バイオアーティストの長谷川愛さんにアイデアや作品表現のもとにある「あたりまえを疑う」スタンスについて、つづくvol.2「入る」では、実地調査を中心に社会課題について研究をしている好井裕明さんに世の中を質的に捉えるメソドロジーについてを伺いました。

vol.3「語る」のワークショップを通じて下司さんのアプローチに触れながら、いつもと違う観察・表現に試してみませんか?

「Business Approach Compass 価値創造の視座を育てる連続講座」
vol.3「語る」- 言語と非言語の間

日時:
第1回 2017年6月15日(木)15:00-18:00(開場:14:45)※懇親会:18:00-20:00
第2回 2017年6月22日(木)15:00-18:00(開場:14:45)
場所:
Loftwork COOOP10(東京都渋谷区道玄坂1-22-7 道玄坂ピア10F)
対象:
・新規事業、研究開発、商品開発の担当者 
・課題解決や新たな価値創出をミッションにしている方
参加費:
10,000円(全2回)
申し込み・詳細はこちらをご覧ください

写真:喜多村みか
会場協力:ベルベットサン

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「SOCIAL INNOVATION WEEK 2024」の関連トークセッションに、
クリエイティブディレクターの川原田昌徳が登壇