世の中をもっとクリエイティブに![後編]
(OKB総研「REPORT 2020 Vol.176」転載)
このコラムは、株式会社OKB総研が刊行する機関誌「REPORT 2020 Vol.176」[SPECIAL INTERVIEW]
(2020年1月発行)に弊社代表 諏訪光洋、林千晶がインタビューされた記事の転載です。前編、後編に分けてお届けします。(写真提供:OKB総研)
共同経営について
──お二人で共同経営されているメリットとして、どのようなことをお考えですか。
林 「デメリットから話そうか(笑)」
諏訪 「デメリットは、けんかすること。最近半年くらいはあまりしていませんが、昔は暇さえあればしていました。本当に些細なことで(笑)」
──ではメリットの方をお聞かせいただけますか。
諏訪 「メリットは、私一人ではカバーできない経営資源を林が持ってくれていることです。会社の経営はすごく難しいし、かつ求められる能力はすごく多様です。すべてを一人でカバーできる人は、スーパーマンなのかと思います(笑)。最初は二人で経営を始めて、それだけでカバーできる領域が広くなるんです。例えば、経営上100知っていなければならないことがあるとして、普通の人たちは15くらいしか得意分野がない。頑張って20カバーしたとすると、二人では40くらいカバーができる。それでもまだ60くらい抜け落ちがあるわけです。そこに矢橋さんというマネジャーが途中で加わり、60くらいカバーできるようになり、さらにその他の人がカバーしてくれて、だんだん80、90とカバーできる領域が広がってきました。優秀な人は一人で40とか50くらいカバーできるかもしれないけれども、私は普通の人なので二人で良かったと思っています」
林 「本当にそのとおりだなと思います。諏訪と私は、手に例えると実は4本の指が重なっていると思います。お互いの指を見るとものすごく違うところを向いているけれども、じつは案外近かったりする。私たちがよくけんかをするのは、重なっている部分が多いからじゃないかと思います。」
──会社を経営していく上で、どのように役割分担をなさっているのですか。
諏訪 「そこはすごく面白いところがあります。もともと私はデザイナーで、林はマーケティングからスタートして、ボストン大学大学院でジャーナリズムを勉強していました。だから、どちらかというと林の方がビジネス寄りで、私がクリエイティブ、デザイン的なことを取りまとめてきたのですが、はっと気が付いたら逆転していたのです(笑)」
──それはどうしてですか。
諏訪 「クリエイティブというものが本当に求められること、まさにロフトワークがやっていることがだんだん複雑化していくと、表層的なデザインではなく、デザイン思考的な考え方がかなり求められるようになってくるのです。そうすると、デザイナーとして私が培ってきたデザイン能力よりも、林が持っているファシリテーション能力や、社会と異能の人をつなげるという能力の方が、デザイン能力としても高くなってきている、ということが一つあります。
また、私自身がビジネスをデザインすることに面白みを感じるようになったこともあります。昔のいわゆるグラフィックデザインや、複雑なサイトの構造を考えていくサービスデザインと、ロフトワークのサービスを考える、戦略を考えることがほぼ同じでとても楽しく、気がついたら、デザイナーだった私がビジネス戦略を考えるようになっていたということです」
林 「つまり、諏訪は『ビジネスをデザインする』ということをずっとやってきたということです。最初はグラフィックデザイン、その次にサービスデザイン、今はビジネスデザイン、一気通貫しているという感じですね。
社会がどういうことを求めているのかを追求するのがマーケティングですから、コミュニケーション、PRの領域はずっと私の役割です。ロフトワークには社会にとってどういう価値があるのか、それは社会から見たときどう受け取られるのかを考えるという領域には、すごく高い意識を持っています」
諏訪 「ロフトワークではものすごく早い段階で、林がビジネスのプロセスにワークショップを取り入れました。私は『なぜそんな面倒なことをするの?』『優れた人が一人で決めた方が早い』と思っていました。でも、それがいわゆるデザイン思考的な考え方だと気づきました。難しいことを一人の人が決めると、『当たるも八卦当たらぬも八卦』みたいになります。一人の人の『ひらめき』ではなく、良いもの、心に響くものを科学的に創っていこうというのがデザイン思考です。そうしたプロセスデザインみたいなものを、かなり早い段階で彼女が捉えて、ロフトワーク全体にインストールしたことは非常に重要なことだったと思います」
林 「AかBかどちらが優れているかというのが当時の諏訪の考えだとすると、そこに至るまでのプロセスをみんなで共有する、例えば、3か月間同じ方向に向かっているということが力になる、そういうプロセス自体に価値があるという発想です。
要するに、AかBかどちらが良いのかを悩むというよりは、良いものを創りたいのだったら、クライアントもロフトワークも関係なく、どうやったら良いものを創れるのか一緒に考える、そして、そうやって考えた結果がAになってもBになっても、あるいはCになっているかもしれないけれども悔いはないというのが、プロセスのマネジメントです。そこはロフトワークがユニークだなと思うところですし、今後そういう価値観が増えていくと私は思っています」
「デザイン経営」の時代
──プロセスマネジメントにつきまして、何かお感じになっていることがありますか。
林 「例えば、デザイン経営もプロセスマネジメントに近いと思っています。わたしも草案作成に参画した2018年に特許庁と経済産業省から出された『デザイン経営宣言』というものがあります。『デザインを企業戦略の中核に関連付け、経営メンバーとデザイナーとが密にコミュニケーションする機会がある』その結果として『デザイナーが事業戦略構築の最上流工程から参加している』ということを促進する宣言です。
これは、特に中小企業に価値があると思っています。今の世の中多くのことが満たされていますから、昔ほど技術でイノベーションできることが相対的に減ってきています。そうしたなかで、企業がどうあるべきかとの問いに対する答えの一つがデザイン経営です。
ICレコーダーを例にすると、消費者の90%が『黒色がいい』と言えば、黒色のICレコーダーを世に出そうとするのが今までの経営です。つまり、製品開発の最後のプロセスがデザインだから、そうなるわけです。これに対して、『うちの会社はどうあるべきか』、社是や社訓、かなえたい企業理念をもう一度考えて、その結果、例えば「白のICレコーダー」を作るというのが『デザイン経営』です。『色・形はユーザーに任せればいい』ではなく、色・形も含めて企業の意思を追求すれば、それが今までとは全然違う価値、その企業の存在価値になるという考え方なのです。
技術だけでは差別化ができないなか、個々の企業はそれぞれの存在価値で勝負するしかないと思うのです。その存在価値の一つの表れが色・形になりますが、もちろんそれ以外にも、声をつかさどる仕組みをどうするのか、あるいは、そもそもユーザーにどういう声を届けたいのかといったことを考るべきであって、最初からICレコーダーを売ろうという考えではないということです。つまり『何色のICレコーダーが欲しいですか? それを作ります』という時代から、『私たちはこういう企業で、これをセールスポイントにしています。だから、これを創りました。どう思いますか?』という時代なのです」
──企業の存在価値そのものが問われているのですね。
2020年2月、創業20周年
──2020年2月に創業20周年を迎えられます。誠におめでとうございます。そのご心境をお聞かせいただけますか。
諏訪 「よく続いたなーという感じですね(笑)。会社を創業したときは最初のベンチャーブームの頃でしたが、いろいろな方から『ベンチャーはリスクが大きい』と言われていました。でも、私はきちんと事業計画を立てて、きちんと進められたら、失敗することはないと思っていました。実際、周囲のいろいろな会社を見ていて、そうした感覚を強くしていましたね。ただ、やはりなくなってしまった会社も結構多かったのです。それは、決してその方たちがきちんとやっていなかったとは思わないんですよね。『なぜうまくいったんですか』と聞かれた時に、経営者の皆さんが揃って『運が良かった』とおっしゃいますが、今はその気持ちがすごくよく分ります」
──運だけでは、20年も続かないと思いますが…。
諏訪 「『運』という言葉にはいろいろなものが含まれていて、いろいろな方が助けてくれたり、良いクライアントや良いスタッフとの出会いがあり、面白い場所に出会えたり、そういう様々なめぐり合わせだと思います。これはきちんと感謝をしないといけないと思いますね。『俺の力だ!』という思いは全くありませんね」
──林代表はいかがですか。
林 「私としては、次の世代がどうやってくれるか楽しみにしようかなって思っています。ロフトワークの事業内容はもっと多様化したり、深くなったりして、これからもロフトワークは大きくなっていくと思います。そして、諏訪はリーダーとして経営者として、ロフトワークを引っ張っていく点では変わらないと思うのですが、私は少し外側から応援しようと思っています。
これまでは運が良かった。私も本当にそう思います。でも、この『運』というのは、英語で言うと『luck』ではなく『セレンディピティ』です。サイコロの目のように何が出るか分からないのが『luck』とすると、『セレンディピティ』という言葉には、もちろん何の目がでるのか分からないという意味もありますが、必然的に幸運を掴み取る力や行いという意味があります。そう考えると、やっぱりロフトワークはセレンディピティにあふれている会社でありたいと思いますね。
ロフトワークは10年以上前から『オープンである』と言い続けてきました。『社内と社外をまったく分けない』と。それこそ何年間言い続けるんですか、と怒られるぐらい(笑)。でも、今や『オープンイノベーション』『オープンコラボレーション』という言葉が当たり前になり、企業にとって必要なのはオープンになること、会社だけで閉じていたらダメという風潮があります。『オープン』は、ロフトワークのセレンディピティの一つだったのかなと思います」
諏訪 「今林が言った『オープンである』ということは、システムとしても大切だと考えています。当社にはクリエイターがいないので、社外のクリエイターと社員をつなぎ合わせるためのシステムが必要です。対話やコミュニケーション、プロジェクトマネジメントなどがシステムの対象となるのですが、これらを可視化するシステムをかなり早い段階でつくり、すべてが個人に閉じないように、オープンになるようにしています」
最も印象に残っていること
──創業からこれまでで、最も印象に残っていることを教えてください。
諏訪 「創業から半年くらい経った頃、ロフトワークに登録しているクリエイターは着実に増えていました。そこで、私はティッピングポイント(物事がある一定の閾値を超えると一気に全体に広まっていく際の閾値やその時期、時点のこと)をクリエイター500人と見積もり、これを超えれば、クリエイターの発掘も会社の経営ももう大丈夫だと思っていたのです。ところが、ある時林が悲しそうな、でも少し怒ったような顔をしながら、『諏訪くん、ロフトワークの銀行口座にいくらあるか知ってる?あと40万円しかないんだよ』と言って、ぽろぽろと泣き出して…。それは確かにまずいなと思って、すごく反省をして、もうちょっとしっかりと経営をしなくちゃいけないなと思ったのを覚えています(笑)」
林 「うーん。いろいろありまして…。振り返ると、記憶に残っているのは、苦労したけれどもそれを乗り越えたということが多いですね」
諏訪: 私はもう一つ挙げるとするならば、先ほどクライアントとの出会いという話もしましたが、やっぱり重要な人との出会いですね。例えばティムという仲間との出会いです。彼は今FabCafe Taipei、FabCafe HongKong、ロフトワーク台湾、ロフトワーク香港を経営しています。彼との出会いがなければ、ここまでグローバルなダイナミズムはなかったかもしれません。そういう人との出会いは、やはり嬉しいですね。
林 「そうですね。ティムと出会うまでは、グローバル展開は何もできていなかったですね。でも、ティムと知り合ったことによって、ロフトワーク台湾、ロフトワーク香港というように確実に世界に広がってきました。そういう意味では、ティムとの出会いは、たくさんある中のすごく飛び抜けた貴重な出会いだったと思います」
ロフトワークの未来
──今後どのような会社にしていきたいとお考えですか。
諏訪 「ロフトワークとFabCafeという組織がありますが、ロフトワークの方が売上が大きいので、FabCafeはロフトワークの子会社だと思われているかもしれないのですが、それを逆に考えてみたいと思っています。というのは、FabCafeはヨーロッパに3カ所もあって、2017年にはメキシコにも設立して、もうすぐクアラルンプールにもできます。そんな組織って、なかなかないんですよね。このグローバルなコミュニティであるプラットフォームが上にあり、その下で世界中のロフトワークとつながったり、他にもいろいろな人たちとつながりを持っていきたいですね。そうなれば、ロフトワークの上にあるFabCafeがこれからすごいダイナミズムを持てるようになると思います。
今後の目標としては、この3年以内に、例えば新しい拠点をロンドンにほしい、ヘルシンキにほしいという時に、きちんとそこに創ることができるということを目指してやっていきたいと思っていますし、それが可能になっていくと思っています。そして、FabCafeによりロフトワークもまた一つアップグレードされ、さらにFabCafeの構造も変わってくると思っています。その中でFabCafe Nagoyaの位置づけはものすごく大切だと思っていますし、面白い場所になると思います。何年後かは分からないけれども、FabCafeが世界の50都市にあって、ロフトワークが何十カ所かにあって、志を同じくする会社あるいは学校、NPOとつながっていく。そういう形ができていくといいなと思っています」
林 「面白いね(笑)。私は、ロフトワークはグローバルに進化していく一方で、同時にローカルにも進むというユニークな形でありたいと思っています。FabCafeがクアラルンプールにでき、名古屋にできというように広がっていく。それと同じくらいローカルに、ヒダクマもあるけれども、他の地方都市にも創ろうと思っています。その土地にしか紡げないものをデザインすることにまたトライしてみたいんですよね。“Local to Global”という言葉がピッタリとくるのですが、飛騨という小さいまちに世界中の人たちが来るように、一つのまちと世界がつながっているということを、諏訪とは逆にローカルに行って、その土地をリサーチし、デザインしていきたいなと思っています」
──具体的にイメージしているエリアはあるのですか。
林 「別府です。できたらいいなと思っているだけであって、できるかどうかはまだ全然分からないのですが・・・。2019年にロフトワークの全社員合宿で行きましたが、結構何年も前から、私の嗅覚が騒ぐのです(笑)」
諏訪 「一つは温泉が好きだから(笑)」
林 「そうなの(笑)。日本はインバウンド(訪日外国人)の増加に注力していますが、旅行者のうちインバウンドは約2割に過ぎません。約8割は国内の旅行者です。その8割の旅行者のうち約8割は温泉に入るのです。それくらい温泉に入りたいというのは共通の欲求だと思っています。だけど、どういう温泉に入りたいか、どこから温泉にいくかと計画するところでオリジナリティがでてくると思います。そういう別府での試みもうまくいくといいなと思っています」
──今後の貴社の展開には目が離せませんね。本日は長時間にわたり貴重なお話をありがとうございました。
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