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林 千晶 2019.08.20

#10 FabCafeのつくり方
(ドーナツの穴 ー創造的な仕事のつくり方ー)

オープンから7年、デジタルものづくりカフェ「FabCafe」

「FabCafe Tokyo」をつくってから、早7年がたつ。店頭では今でも毎日のように、さまざまな「Fab」のオーダーが入る。レーザーカッターでオリジナルのコースターをつくったり、3Dプリンターで自分のジュエリーをつくったり。もちろん、仕事やミーティングをする人、コーヒーを飲みながらひと息付いている人たちの姿もとぎれることがない。 「何をつくっているんですか?」そんな何気ない会話から、利用者同士のコミュニケーションが生まれ、ものづくりのコミュニティが広がっている。 しかし7年前にFabCafeのオープンを決めたとき、私たちはカフェの経営について何ひとつ知らなかった。 ビジネスの構造も知らなければ、メニューの決め方や人の雇い方もわからない。誰も、何の知識も持たない中ではじまった事業だったのだ。

2日間の感動体験がそもそものはじまり

FabCafeのはじまりは、唐突だった。少なくとも当時の社員や周囲の人たちの目には、そう映っただろう。ロフトワークがカフェ事業に着手することを、不可解に思った人もいるかもしれない。 そもそものきっかけとなったのは2011年8月、2日間にわたって開催された「FabLab合宿」だった。 世界中に広がりはじめていた、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタルものづくりマシン。その可能性を、当時立ち上がったばかりのFabLab Japanメンバーやクリエイターとともに体験するイベントである。 当時は打合せスペースだったオフィスの1Fが、即席のラボになった。 この合宿体験が、とにかく印象的だった。 たった2日の間に、マシンを駆使したクリエイティビティあふれる作品が次々に生まれた。1枚の布をオシャレなバッグにしてしまう仕掛けや、世界一薄いお弁当箱のプロトタイプなど、誰かが思いついたアイデアが数十分後には形になっていく。それを目の当たりにして、私は感動をおぼえた。 合宿参加者は、プロばかりではなかった。でも私たちですら、こんな短時間でアイデアが形にできるのだから、「もしその道のプロが使ったら、一体どんなものが生まれるんだろう!」とワクワクしたことを覚えている。 そのとき、たまたま私と同じチームになったのが、当時FabLab Japanの立ち上げに携わり、建築やFabの研究をしていた岩岡孝太郎くんだった。 彼はこの合宿を追えた後、提案してくれた。「ものづくりができるカフェを一緒につくりませんか?」 「やろう!」私の答えは決まっていた。

素人だからこそつくれた「カフェらしくないカフェ」

カフェ経営に関しては、全くの素人だった。でもそれで、一つよかったことがある。それは、通常のビジネスモデルに縛られない、「カフェらしくないカフェ」をつくれたことだ。 通常のカフェビジネスは、単価と回転率によって売上が決まる極めてシンプルな仕組み。ただそこで勝負しようとすると、FabCafeを事業として成立させるには分が悪すぎた。 何しろその場でものづくりをするのだから、一人あたりの滞在時間は当然ながら長くなる。かといってその間ずっとマシンが使われて利用料が発生するわけではないし、飲食の顧客単価は増えてもたかが知れているからだ。

伸びない売上に頭を悩ませつつ、ふと、できたばかりの店内を見渡してみた。FabCafeにいる人たちの目は、キラキラと輝いていた。 女子高生は、自分が選んだ文字がバレンタインデーのマカロンに刻まれる様子を見てはしゃいでいた。クリエイターも、自分が描いた絵がテープに印刷されていくところを夢中で見つめている。

FabCafeでのプロトタイピングがきっかけで製品化され、現在では各地のミュージアムショップ等で販売されている大野友資さんデザインの「360° BOOK」。

建築家の大野友資さんは、2Dの設計図からつくる立体的な絵本の試作に没頭していた。「大野さんほど実績をもつ方でも、FabCafeがあることで新しいチャレンジができるんだ」と驚いた。

さまざまな素材を持ち込んだり、マシンの新しい使い方を披露しあったり。誰に頼まれるわけでもなく、毎日生まれる作品やアイデア。その人それぞれの「つくりたい」「見てみたい」という熱気がFabCafeを特別な場所にしていた。

そこで「ものづくりの才能」と出会いたい企業をパートナーとし、その価値を感じてくれる人たちとクリエイターを結びつけることにした。

さらに進化した「FabCafe」を目指して

フード、Fab、そして企業とのコラボレーション。カフェの事業形態から、一歩進化した仕組みが生まれた。

例えばパートナー企業となったオムロンでは、人間の表情から年齢や性別などを判定する画像センシング機能を開発する際、FabCafeでのテストマーケティングを実施。その後、2ヶ月半で商品化に至った。

気軽にトライアンドエラーができるようになっただけではなく、ものづくりを楽しむ人たちのコミュニティが続々と生まれ、オープンイノベーションが実現できる場になっている。

この場所とコミュニティを媒介として、クリエイティブが流通していく。FabCafeはそれを体現する事業になった。

さあ次は、どうやって進化させていこう。再び、ウンウン頭を悩ませている。

林 千晶

Author林 千晶(ロフトワーク共同創業者・相談役/株式会社Q0 代表取締役社長/株式会社 飛騨の森でクマは踊る 取締役会長)

早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒。花王を経て、2000年に株式会社ロフトワークを起業、2022年まで代表取締役・会長を務める。退任後、「地方と都市の新たな関係性をつくる」ことを目的とし、2022年9月9日に株式会社Q0を設立。秋田・富山などの地域を拠点において、地元企業や創造的なリーダーとのコラボレーションやプロジェクトを企画・実装し、時代を代表するような「継承される地域」のデザインの創造を目指す。主な経歴に、グッドデザイン賞審査委員、経済産業省 産業構造審議会、「産業競争力とデザインを考える研究会」など。森林再生とものづくりを通じて地域産業創出を目指す、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)取締役会長も務める。

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