イノベーションは誰にでも起こせる?
「隠された選択肢をアンロックする」ための視点と方法論。
クリエーターの視点から学ぶ、「素材」起点のデザイン
デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)が主催するトークイベントシリーズ「Designers」は、毎回デザインに関わるゲストを招き、そのゲストと馴染みの深いインタビュアーとの対話を通してデザインについて紐解いていく試みです。その第24弾となる「Designers24 素材と技術から導く、デザインのシグナル『素材から拡がる視点のレッスン』」では、従来と異なる視点から、素材の魅力を探りかたちを与えるクリエイターとともに「観察と見立て」の方法や態度を探ります。
擬態デザイナーの小瀬古 智之さんと、デザインファーム・Paper Paradeの守田 篤史さん、和田 由里子さんをゲストに迎え、ロフトワーク / MTRL・FabCafe Kyoto の木下 浩佑がインタビュアーを務めたイベントの様子をレポートします。
執筆:新原 なりか
登壇者
身の回りの素材の見方を変える「擬態デザイン」
「今回は、すでにあるものに対して、どうやって異なる角度から光を当て、魅力を探ることができるのかということをみなさんと一緒に考えたいと思い、『素材から拡がる視点のレッスン』というタイトルをつけました」という木下の言葉からイベントがスタート。「レッスンとは言っていますが、ハウツーを教えるというよりは、なにかヒントを持って帰ってもらえるようなイベントになればと思っています。」
まずは1人目のゲスト、「擬態デザイナー」という肩書きで活動されている小瀬古 智之さんから、活動紹介のプレゼン。グラフィックデザインを通して知覚とは何なのかを探求する試みを続けている小瀬古さんの活動の中心となっているのが、メディアミックスプロジェクト「gitai」です。天敵から身を守るために枯葉にそっくりに進化した蛾など、生物の擬態から着想を得たというこのプロジェクト。「2つの異なる概念が重なる擬態というものを、グラフィックデザインと掛け合わせて『擬態デザイン』をやってみたらどうなるかという実験として始めました。」
プロジェクトのアウトプットのひとつとして、「小瀬古文庫」という自主レーベルで『gitai』というZINEの出版も行っている小瀬古さん。「30部ずつ刷って、なくなったらまた次の30部を刷っています。直接手売りしたり、つながりのあるお店に置いてもらったりと、小規模な流通をさせながら、デザイナーが社会とどう関係を築いていけるかを実験しています。」
このプロジェクトから生まれたのが、オプティカルトイ「惑星発見器」です。小瀬古さんは、2021年にFabCafe Kyotoのレジデンスプログラム「カウンターポイント」に参加。その際に、作品という結果だけでなく擬態デザインのプロセスを共有できるツールを作りたいという思いから生まれた惑星発見器。黒いディスクの中央に薄く影の入ったレンズが入っていて、レンズを通して見るとさまざまなものが惑星のように見えてきます。「惑星発見器を当ててみると、身の回りにある素材の見え方が変わります。普段、人間がものを見る時には、輪郭に大きく左右されることが多いのですが、このレンズを通して見るとテクスチャに意識が向くんです。」
小瀬古さんは、学校や団地、義肢装具の工房などさまざまな場所で、惑星を採集するワークショップも開いています。「惑星発見器をきっかけに、いろんな人とのつながりが生まれています。小学生と一緒にワークショップをした時には、惑星発見器のレンズ以外のところにも穴を空けて宇宙浮遊物のようなものをつくる子がいたり、惑星発見器を2つ重ねて天体の満ち欠けを表現する子がいたり。僕には思いつかない使い方がたくさん出てきて驚きました。」
紙や印刷の技術から可能性を拡張させていく
続いて、もう一組のゲスト、デザインファーム・Paper Paradeの守田 篤史さんと和田 由里子さんのプレゼンです。「デジタルとフィジカルの境界を越境しながら紙や印刷の新しい価値を生み出すこと」をテーマにさまざまなプロジェクトを展開しているPaper Parade。当日は5つのプロジェクトについてご説明いただきましたが、ここではそのうちの2つをご紹介します。
1つ目は、「紙活字」。その名の通り紙でできた活字です。従来の金属や木でできた活字と違い、軽くて持ち運びやすい上、オリジナルのキットを使えば誰でも簡単に印刷することができます。また、はさみやカッターなどを使って加工ができ、さまざまなテクスチャを持った文字を印刷することができるのも特徴。「新しい活版印刷の形をつくって、活版印刷を後世に残したいという思いから始まったプロジェクトです。紙活字はレーザーカッターを使って製作しているのですが、2012年にFabCafe Tokyoができて、自分たちでもデジタルファブリケーションが使えるようになったことが、開発の大きな後押しになりました。」(和田さん)
次にご紹介するのは、「屋外広告再生」プロジェクト。短期間で次々と入れ替わっていく街頭の広告。渋谷では、ひとつの広告の掲出期間は2週間程度が普通なのだそう。しかし、広告に使われている素材は、10年持つほどの耐久性があるのだとか。短期間だけ使われて捨てられてしまうこの素材をファッションアイテムとしてアップサイクルするのがこのプロジェクトです。「『役割の寿命』と『素材の寿命』に大きなギャップがありました。これは回収して何かに使わなければと思ったんです。」(守田さん)
しかし、広告の再利用には大きな壁がありました。写っているモデルや、印刷された企業のロゴなどの権利関係が非常に複雑で、そのまま使うことはできなかったのです。そこでPaper Paradeが解決の糸口としたのが「シークレット地紋」という技術です。「権利が問題なのであれば、権利を消してしまおうと。表面を削ったりインクを溶かしたりといろいろな方法を試した結果、紋様をオーバープリントする方法にたどり着きました。こうすると、表から見ても裏から透かしても元の画像は認識できません。弁護士や特許庁にも相談して、権利関係をクリアしました。」(守田さん)
「誰でもできる」イノベーション
続いて、屋外広告再生プロジェクトに関する木下のコメントからクロストークがスタートしました。
木下 新しい技術を使って環境に負荷の少ない素材を生み出すことも、もちろんすばらしいのですが、このプロジェクトのすごいところは既にある素材と技術だけでできているということ。これこそがクリエイティブの力だと感じて、ぐっときました。まさに『枯れた技術の水平思考』的なアプローチですよね。
守田 僕らがいろんな分野を越境する活動をしているからこそ、できたことだと思います。印刷業界で当たり前なことが、ファッション業界では当たり前ではなかったり、その逆があったりする。ひとつスイッチを切り替えて常識の垣根さえ外せば、イノベーションは起き得る。それは、クリエイターだけではなく、誰でも起こせるイノベーションだと思います。
木下 「誰でもできる」ということはすごく大事ですね。小瀬古さんの惑星発見器も、まさに惑星の採集を誰でもできるようにしたツールだと思いますが、自分がやってきた方法論をみんなに開いてみることで、どんなことを感じられましたか?
小瀬古 ものの見方を変えるツールをつくったはずが、自分だけでずっとやっていると、「こういうものに当てればおもしろくなる」という経験からくるバイアスに沿ったことばかりやってしまうようになる。でもワークショップを開くと、そこから完全に外れたものが参加者から出てきて、それで自分の中の固定観念に気づくことができるんです。例えば、相性が悪いと思い込んでいた文字を、惑星の中に積極的に入れ込む人がいたのには驚きました。
木下 文字を入れると、惑星には見えないかもしれないけれど、また違うおもしろさがありそうですね。ただ惑星に見える、というところに留まらず、球体というフォーマットに当てはめることでものをどう美しく見ることができるかというところまで進んでいっている気がします。
選択肢を残すデザイン
木下 ここであらためて、「フィジカル」ということについて、どんなことを考えているかお三方に聞いてみたいです。フィジカルという言葉は、そのまま訳せば「身体的」ということですが、デジタルに対してのモノという意味で使われたりもしますよね。でも、単純にデジタルと対立する概念とも言えない気もしていて。
和田 私は、「人の目の解像度が一番高い」ということをいつも考えています。スクリーンの解像度が4Kだとか8Kだとか、どんどん上がっていっても、結局見るのは人の目です。さまざまな細かいテクスチャまで認識できる、人の目という優れたレンズを活かしきるためにフィジカルを使っていますね。
守田 「紙って、実はすごく情報量多いよね」という話を和田としたことがあります。目の前に1枚の白い紙があれば、触り心地や重さや色など、たくさんの情報を得ることができます。そして、人によって感じ方、捉え方が違ったりもする。フィジカルは、人間が考えたり想像したりするスイッチになるものだと思います。
小瀬古 僕は以前、デジタルで作品をつくって、モニターを使って展示をしたこともあるのですが、後々システムの仕様が変わって作品を見ることができなくなってしまったんです。それから、電源をONにしなくても存在する作品の強さを意識するようになりましたね。
木下 デザイナーという言葉では括りきれないような活動を展開されているみなさんですが、最後に、デザイナーとして一番やりたいことは何なのでしょう?ということを聞いてみたいです。
小瀬古 僕が大切にしていることには2つの軸があります。ひとつめは、固定化されている「目と認識の関係性」を、デザインによってほぐしていきたいということ。もうひとつは、そういった問いをかけるような姿勢でデザイン業をやっていくことで、自分の存在が、デザイナーのメインストリームとは別の事例になっていけばいいなということです。
守田 僕はもう、「ただただ褒められたい」っていうことですね(笑)。褒められるためには、人が見たことのないものをつくりたいし、そのためには自分が持っているものをすべて使って必死で考えないといけない。そうやってグラフィックデザインに向き合ってきて、気づいたら、印刷やファッションなどいろんな領域を横断していたという感じですね。
和田 私は、デザインで「選択肢を残すこと」をやっていると思っています。活版印刷を後世に残すとか、広告の素材を延命するといったプロジェクトの内容もそうですし、自分たちの存在自体もそうです。ポスターやチラシをつくるだけがグラフィックデザイナーの仕事じゃなくて、こうやって領域を横断していく選択肢もあるよ、と提示することが私たちの役目だと思っています。
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