
日常の小さな悩みから、グローバルな社会課題まで。
問題解決のメソッドに触れる「システム思考ワークショップ」体験記
多様な顧客のニーズの把握、最新のSNSの動向のチェック、SDGs達成へのコミット、地政学的リスクへの対応……などなど、今の企業は「やらなければならないこと」「気にしなければならないこと」が本当に多いですよね。しかも、それぞれの要素が複雑に絡み合い、ダイナミックに、ものすごいスピードで変化し続けています。
私はいち職業ライターとして、企業さんのコンテンツ制作をお手伝いさせていただいている身です。そんな中で、多くのビジネスパーソンが、従来のやり方ではうまくいかなくなってきた、という “モヤモヤ” を抱え、模索する様子を目の当たりにしてきました。
そんな閉塞感を状況を打破する一つの方法として今注目されるのが、「システム思考」という手法なんだそう。私自身も勉強させていただくつもりで取材したのが、ロフトワークで2月28日に開催されたワークショップ。その名も、「僕らの行動で桶屋は儲かる?システム思考で食品ロス問題から世界のつながりを考える」。
現代社会の入り組んだ複雑な課題を捉え、その解決策を検討するにあたって、システム思考はどのように役立つのでしょうか? 「食品ロス」というテーマを介して、その手法とじっくり向き合ってみました。
執筆:清藤 千秋
企画・編集:船岡 美樹、後閑 裕太朗/ロフトワーク マーケティング
そもそも「システム思考」とは何か?
近年、企業は利益を生み出すだけでなく、社会的なインパクトを創出することが強く求められるようになりました。そのためには、事業やサービスを設計する際、市場と自社のユーザーだけを見るのではなく、社会全体に視野を広げる必要性が出てきます。
ロフトワークでは近年、そんなクライアントのニーズに対処すべく、プロジェクトの中でシステム思考を用いるケースが増えているそうです。
そもそもシステム思考とは、物事を個別の要素ではなく、全体のつながりや相互作用として捉える思考法です。複雑に影響し合う問題の全体をシステムとして構造的に捉え、パターンを理解していきます。しかも、短期ではなく長期的な影響や副作用を考慮していくことがポイント。

例えば、交通渋滞を緩和するために新しい道路を作ったら、通勤圏が拡大することで新たな人口が流入し、ますます交通渋滞が増える、という事態が引き起こされることになります。このように、短期的にはなかなか捉えられない影響についても、リサーチを重ね、「変数」として検証していくことがシステム思考の重要なポイントの一つ。
このたくさんの「変数」が、どのように影響しあっていくのかを可視化するツールが「ループ図」です。ワークショップでは、このループ図を使って食品ロスについて考えながら、活発な意見が繰り広げられました。
言葉では伝えきれないことも、「ループ図」で表現できる
ループ図のキモは、「変数」と「変数」がどのように影響しあっているのか、矢印で繋ぎながら明らかにしていくことです。私はワークショップに参加されていた皆さんの様子を見ていて、これは、慣れるまでちょっとコツがいるかもしれない、と感じました。
ただの矢印で結ぶと因果関係がわからないので、「S(Same)」「O(Opposite)」の二種類を使って整理していきます。

例えばこのグラフだと、「出生数が増える」ことは「人口が増える」ことにつながるので、その二つをつなぐ矢印は「S」。逆に、「死亡数が増える」と「人口が減る」ので、この二つをつなぐ矢印は「O」になります。
ワークショップでは、AからDの4つのグループに別れて、まずは一人ずつループ図の制作に取り組んでいきます。皆さんの作業の様子をmiro上で見てみると、その形の多彩さに驚きました。
「ループ図にはかなりその人の個性が出ると思います」と、今回のファシリテーションを務めた望月 定徳さん(株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター)が教えてくれました。

「例えば、写真家は写真、デザイナーはデザインという技術を使って自分が見ている世界を表現しますよね。システム思考のループ図は、そうした特別な技術がなくても、自分が見ている世界を人と共有するためのコミュニケーションツールとして機能します」
確かに、言葉だけではなかなか「自分が捉えている世界」の全体を伝えることは難しいはず。複雑な環境・社会課題となればなおのことです。そのとき、ループ図という表現手段が土台となることで、コミュニケーションの質は大きく変化しそうです。実際、ループ図発表の過程で、参加者の皆さんの対話がどんどん深く、より活発になっていく様子が印象的でした。

可視化することで初めて見えてくることがある
今回のワークショップには、食品関連企業の方をはじめ、インフラや都市開発系の企業、NPO職員や教員、学生までさまざまな立場の人が参加していました。それぞれの視点から、ループ図と格闘する参加者の皆さんからは、次々と発見と議論の声が上がります。
あるテーブルでの議論(1)
「『良いサービスを考えました!』というときって、全てうまくいくと考えがちですが、案外マイナスの要素も発生していて、問題が同時に進行していく、ということがありそうです」
「そのバランスの崩壊が10年後にやってくるかもしれないですしね」
「沖縄のハブとマングースの話も同じ構造ですね。ハブを駆除してほしいからマングースを投入したのに、生態系の破壊につながってしまったわけで」
あるテーブルでの議論(2)
「例えば、社内政治が上手い人って、こういう図を無意識に思い描いているのかもしれないですね。このプロジェクトを推進するためのボトルネックは、この人とあの人だからケアが必要だ、みたいな(笑)。組織内で人を動かすためのマップにもなりそうです」
「組織に関わっている人たちの思考が見えてくるのも、面白いポイントですね。可視化された上で、どこに何を付け加えたら構造が変わるのか、という議論ができるようになると思います」

丁寧に可視化していくことで、論理の飛躍に気が付くことも。実は、その飛躍の中に「レバレッジポイント(構造を変えるための効果的な介入のポイント)」が隠れていることもあるので、注意が必要だということもわかってきました。
また、ループ図を書いているうちに迷走してしまった人からは「どんな構造を理解するために書いているのか、という意識をしっかり持つことが大事なんですね」という発見の声も。
システム思考では、氷山モデルに象徴されるように、「できごと」→「パターン」→「構造」→「メンタルモデル」と段階的に掘り下げていきますが、どの「できごと」を捉えようとしているのか、整理しなければならないということですね。

議論の解像度が上がり、どんどん発展する
さて、ループ図で現状を把握したら、今度は問題を絞り込み、レバレッジポイントを探っていきます。あるグループでは、食品ロスにおける「企業・流通側の問題」を掘り下げる中で、過剰発注のメカニズムについて話し合われていました。メーカーや、小売りの部門で働いていた経験のある参加者から現場のリアルな事情もシェアされ、ますます議論の解像度が上がっていきます。

あるテーブルでの議論(3)
「以前、私はお菓子のメーカーで営業をしていたのですが、小売店から求められる在庫がなく欠品していると、とっても怒られてしまうんです。それが営業としては怖くて、過剰発注につながってしまうケースがありました」
「お客さんはお客さんで、店頭にないなら『仕方ないな』と思う人が大半かもしれませんよね。一部のクレームに過剰反応してしまっている可能性もあります」
「今、テレビやSNSなど消費者へのタッチポイントが多いので、急に投稿がバズって店頭から商品が消える、という状況にもなり得ます。『何が起きてるの?』と探っているうちにブームが過ぎ、後から『そういうことが起きてたんだ』と知ることもあるはずです」
「となると、果たしてコントロールできるのか、という問題になりますね……」
「コントロールできること、できないことを事前に見極めておく必要がありそうです」
「なるほど。であれば、もうある程度ロスが出るのは仕方ないと見越して、過剰在庫をどう活用するのか、という方向に議論のリソースをさくべきなのかもしれません」
「何を問題とするのか、というポイントも変わってきますね。『過剰発注』は問題ではなくなり、ロスが出てしまうことを前提とした議論に変わっていきます」
最終的には、デジタル技術を活用した製造工程の自動化にまで話が発展し、自動化という一つの案が、構造の変化にどのような影響を起こすかが検討されていました。その他のグループでも、消費者への啓蒙を促すための方法や、リサイクルを進める企業へのデポジットなどのメリットを生じさせる方法、廃棄税など金銭的なデメリットが発生する仕組みなど、多様な視点からの発表がありました。

日常の中にも「思わぬ複雑さ」を発見し、解決の糸口へ
そして、4時間にわたる長丁場のワークショップは無事終了。ロフトワークでシステム思考のプロジェクト導入を推進している棚橋 弘季さんは、総括として、今後、このシステム思考をビジネスの場で活かしていくうえでのポイントをおさらいしました。

「さまざまな立場の人たちと働くなかで、ときに相対する関係性も生じてしまうかもしれません。そうした際にシステム思考を使えば、一緒のテーブルについて、議論をするための目線合わせに使うことができます。それがやはり大きなメリットです。
また、今回のワークショップではこちらからお題を提示する形となりましたが、本来は、しっかり事前にリサーチをしてインプットすることが大事です。情報収集を進める際には、自分にとって都合のよいものだけを集めがちなので、複数人の共同作業とするとよいと思います。
これからのシステム思考では、ChatGPTのDeepResearch機能(ユーザーの指示に基づき、ウェブ上の情報源を横断的に調査して要点を整理する機能)等を使って情報を集めてもらうことが当たり前になってくると思います。場合によっては、AIにループ図を書いてもらって、議論のサポートをしてもらうようになるかもしれないですね。」
多くの参加者が、初めてシステム思考に挑戦してみたという、今回のワークショップ。終了後に、改めて参加者の方に感想を聞いてみました。コンサルタントの方は、「組織について考える上でのフレームワークとしてかなり重宝すると思います」とのこと。また、私立校の教員をしているという方も参加され、「教育現場は問題が入り組みすぎているので、まずは問題を整理するために、教員同士の会議の場でループ図を使ってみたいなと思いました」と教えてくれました。
ほかにも、「物事を俯瞰的に捉えるきっかけになった」「クライアントとのワークショップに取り入れてみたい」などなど、ポジティブなご意見がたくさん。

私はこのワークショップを取材するまで、システム思考は、それこそ「食品ロス」などの大きな社会課題を解決するためのものだと思っていたのですが、もっと日常の中の身近な出来事を理解するためにも使えるんだ、と気づきました。そもそも、私たちの日常を構成する諸要素は多かれ少なかれどこかで社会課題と接続しており、「思わぬ複雑さ」があるものです。
例えば、会社員の方は「社内の長時間労働が常態化している」「中堅の離職率が高い」といった問題を取り上げ、ループ図を作ってみると、新しい視点を得ることができるかもしれません。 「運動習慣が長続きしない」「家事の分担でパートナーといつも揉める」などの個人的な悩みを解決するためにも役立ちそうです。
それまで「当たり前」だと思っていたことも、可視化し変数の関係性を洗い出すことによって、新しい発見につながります。そして、その発見をループ図を介して多くの人と分かち合い、対話を重ねることで、閉塞感溢れる現代社会をサバイブするための突破口になるかもしれない──。そんな、大きな希望を感じたワークショップとなりました。