コクヨ株式会社 PROJECT

台湾を舞台に、コクヨが目指す「自律協働社会」への兆しを探求
「YOKOKU Field Notes」リサーチレポート

Outline

現代社会は、従来の技術開発や大量生産といった資本主義のセオリーが通用しない、不確実な時代であると言われています。こうした状況のなかで、企業はいかに未来社会を描き、中長期的な価値創出を目指すのか。さまざまな組織がリサーチや研究活動を通じてその道筋を模索しています。

コクヨ株式会社のデザイン&リサーチラボとして、未来社会のオルタナティブを研究・実践するヨコク研究所は、同社のパーパス「ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする」のもと、リサーチ、エンパワメント、プロトタイピングを主軸に、新たな社会像を作ることを目指して活動を展開しています。

なかでも、プロジェクトの一つである〈YOKOKU Field Notes〉は、「自律協働社会*」の兆しを個別の地域から探るリサーチ活動とそのレポートです。同じ時代を異なる環境条件で生きる人々が、既存の社会・経済システムをかいくぐって、自らの志向と他者との関わりを基に行う新たな営みにフォーカスしています。

そして、2023年8月に〈YOKOKU Field Notes〉のレポート第1号となる書籍、『YOKOKU Field Notes #01 台湾:編みなおされるルーツ』を出版しました。制作にあたっては、さまざまな外来文化からの影響を受けてきた「台湾」を舞台にフィールドリサーチを敢行。ロフトワーク台湾は、本書籍の制作パートナーとして、プレリサーチから本リサーチのコーディネート、企画制作と編集を支援しました。

*自律協働社会
コクヨ株式会社が2021年2月に策定した「長期ビジョンCCC2030」において、実現したい未来社会として掲げられている「自律協働社会」。具体的には「多様な価値観を尊重し合い、自己実現と他者貢献が両立する、誰もが活き活きと、働き、学び、暮らし、つながりあう未来社会」のことを指します。

執筆:後閑 裕太朗・王 俐勻(株式会社ロフトワーク)
編集:後閑 裕太朗・岩崎 諒子(Loftwork.com編集部)
撮影:澤 翔太郎(株式会社ロフトワーク)

Output

リサーチレポート

YOKOKU Field Notes #01 台湾:編みなおされるルーツ

他者との差異や共通性を受け入れながら共に生きる社会を目指すうえで、個々人が持つ「ルーツ」はその拠り所となります。他方で、それらは時に本質的で変えがたいものとして、ある属性に自らを縛るものにもなります。

本書は、歴史的に多様な外来文化の影響を強く受ける台湾をフィールドに、台北、花蓮、台東、高雄など各地で自らの存在と居場所を新たに捉えなおそうとする人々の活動を手がかりとして、ルーツを自ら”編みなおす”営みについて考える一冊です。

台湾各地の「自律協働」の動きを巡るリサーチ

台湾各地で取り組まれている、既存のシステムに依存しない自律協働的な活動。そのなかでも、地域や業界の課題に主体的にコミットし、コラボレーションを通じてアプローチを図っている、5つの地域・団体をリサーチ先として選定。「現在の台湾における自律的・協働的な動き」の一端として、個別の取り組みに対するリサーチと、そのレポーティングを行った。

リサーチ対象とした5つの事例

  • 〈南機場〉老朽化した台北の巨大団地街一体に根付き、受け継がれる福祉活動の現場
  • 〈洄遊吧(FISH BAR)〉花蓮の東海岸を舞台に、”魚育”から台湾の海洋食・漁業に光を当てる
  • 〈Tamorak 阿美語共學園〉教師, 親, 生徒という立場が流動する、原住民語のみの実験学校
  • 〈阿米斯音樂節〉アミ族の規範と青年同士の協働のあわいで催される音楽フェスティバル
  • 〈台青蕉樂團(Youth Banana)〉バンド活動の傍ら農家として地元・旗山のバナナ産業に根ざす

Approach

台湾社会に「深く潜る」ためのプレリサーチ

フィールドリサーチの前段階として「プレリサーチ」を実施。17の地域や団体を取材対象候補として選定後、共創とそれに関わるステークホルダーを可視化するツール「パーパスモデル」を採用しながら、取材対象となる地域や団体の活動が行政や企業、大学・研究機関、市民といった幅広いステークホルダーに対しどのような変化をもたらしているのかを整理しました。

また、実際に取材するときの制約条件やリスクを洗い出すことで、言語の壁がある海外リサーチにおける時間のロスや取材対象の人々とのコミュニケーションミスを回避するための準備を実施。これらのプレリサーチによって、「自律協働社会への兆しを探る」という目的に沿った、適切な取材先・取材内容を定めることができました。

客観的・科学的データとナラティブを組み合わせ、台湾社会の新たな潮流を捉えるリサーチレポート

5つの地域・団体へのリサーチレポートは、「概要・背景の紹介」と「リサーチャーによる語り」の2つの要素で構成されています。

前者は、リサーチ対象の活動の変遷をはじめ、地形や人口といったデータを元にした社会的・地理的背景を客観的に説明。ビジュアルを活用しながら、「どのような背景のもと、活動が行われているのか」をわかりやすくまとめています。

こうした背景情報を元に、後者ではリサーチチームが実際にどのようなことを感じ、発見できたのかを主観的にまとめました。加えて、取材するプロジェクトの写真だけでなく、台湾の風景や日常を写真を織り込んでいくことで、台湾社会のリアルを情緒的に描写することを目指しています。このように、客観的なデータと共感を呼ぶナラティブを組み合わせることで、読者の事前知識を問わず、多様な切り口から台湾社会の新たな潮流を伝えるレポートとなりました。

本書の導入部分では、具体的なリサーチ内容の紹介に先立ち、取材先である5つの地域や団体の概要と、社会的な課題や価値に紐づいた「視点」を提示。客観的な事実を伝えるだけでなく、読み手がリサーチ内容を自分ごとに引きつけながら解釈するにあたっての工夫がなされています。
現代台湾の生活様式、文化的背景について紐解くために、台湾在歴15年を越える栖来ひかりさん執筆のコラムも掲載。複雑な歴史的背景と独自の文化を持つ、台湾のリアルな実態を、日本出身の生活者の目線からまとめています。

Voice

本リサーチ、ならびに書籍の出版に寄せて、ヨコク研究所・ロフトワーク台湾のプロジェクトメンバーからのコメントを掲載します。

工藤 沙希 / ヨコク研究所 リサーチャー

個別のフィールドには、地域に特有の今日的な課題と、その環境を生きこなすための新たな試みが息づいています。〈YOKOKU Field Notes〉は、研究員自らが現地に赴いてそれらを見聞・記述するエスノグラフィックな活動です。フィールドがもつ社会的な文脈にぎりぎりまで近づきつつも、書き手の主観の存在を前提としています。

赴くフィールドはアジア圏に限定しているわけではなく、もちろん単純な欧米/非欧米という構図でもありません。“非-覇権的” な地域というのが最も近いでしょうか。オルタナティブな活動はオルタナティブな環境に宿るのではないかという考えです。この背景には、コクヨの事業ドメインであるオフィス設計をはじめとするビジネスがこれまで(主に欧米の)覇権的経済圏の事例を追いかけてきた経緯を見直す意図も含まれています。

今回は複雑な文化的アイデンティティをもつ台湾をフィールドに、事後的に構築され直す「ルーツ」を切り口とした聞き取りを行いました。〈自律協働社会〉と言ってしまうと大文字の理想に捉えられるかもしれませんが、この書籍は、既存の覇権的な社会システムをかいくぐり問い直すような切実な営みを、「ルーツ」という誰にとっても身近で実存的な問いから個々に考えてもらいたいと思いながら書いています。

田中 康寛 / ヨコク研究所 リサーチャー

私たちは何を原動力に行動を起こし、仲間や社会と協働するのでしょうか。コクヨでは在りたい未来社会として「自律協働社会」を掲げておりますが、その社会で紡がれる自律や協働の形式、あるいはその背景にある原動力なるものを探索する営みのひとつが〈YOKOKU Field Notes〉です。

しかしながら、その形式や原動力は一意に定まるものではなく、地域や個人の特性に応じて異なるはず。例えば、西洋(とくに米国)では個人の自律・自立を基盤に活動が発展する一方で、アジアでは集団や社会に内包された自己を認識して協働を基盤にさらなる自律と協働が連鎖すると仮説立てています。さらに、「協働」を切り出しても、同調的なものから特定のカリスマに巻き込まれて起こるもの、個人の主観が発展的にぶつかりあって形成されるものなど様々なあり方が存在するでしょう。

そこで本プロジェクトでは、台湾を皮切りに様々な文化圏に身を置く集団や個人を訪ね、自律・協働の多彩なあり方を紐解いていきます。ただし、我々のレポートでは「自律協働社会のポイント」のような形式張った整理をあえて致しません。そのあり方に「正解」はなく、一人ひとりの思想や環境によって変容するものと考えるからです。本レポートで取りあげた実践者の活動を追体験しながら、読者のみなさまの生活や仕事と照らし合わせ、現在・未来の活動に関する内省や仲間との対話の契機としてご覧いただければ幸いです。

堤 大樹 / ロフトワーク台湾 シニアディレクター

台湾に来てから一年ほどが経過しました。たった一年でも、移住した当初はシンプルに見聞きするものに驚き、心を動かしていたのですが、そうした日々もすぐに日常になっていくのを感じます。ある種、自身が「タイワナイズド」された証拠とも言えるでしょう。そうした変化を経て思うのは、それでも変えられない部分がまだまだ自分の中に残されているということです。

「自身の変われなさ」の中には気に入っているものもありますし、また同時に直視したくない嫌いな部分もあります。こうした「良くも悪くも」がないまぜになった自身のアイデンティティを構成するものを、受け止め、また思い通りにならない現実に即してうまく付き合っていくこと。そうした術に長けた台湾の人々の話をフィールドリサーチの中で聞くにつれ、以前より少しだけ、自身の絡まったルーツをそのまま丁寧に扱いたいという気持ちになりました。つい、私たちは問題や課題を見つけては解決したくなりますが、こうした複雑なものを解決もせず、でも放っておくでもなく付き合う粘り強く楽観的な態度こそ、今私たちに求められているような気がするのです。本書が、読者にとってもそうした兆しを与えるガイドとなることを願っています。

許 孟慈 / ロフトワーク クリエイティブディレクター

今回のフィールドである台湾の社会状況や発展過程は、多重かつ複雑なものであり、過去から現在にかけて、多くの定義されていない、定義ができない不確定性が存在しています。台湾出身である私は、台湾を離れて既に7年が経過しており、この土地は自分にとってとても馴染み深い一方で、どこか陌生(馴染みないよう)にも感じます。

本プロジェクトは、私にとって過去の日常で慣れ親しんだものやことについて問い直す行為で、自らの根底を再び探る旅となりました。最初は、台湾出身であるという事実が、むしろ現地文化に対する確信よりも躊躇やためらいに繋がっていました。しかし、今回のリサーチで、各地の事例に触れて、改めて腑に落ちたようなところもありつつ、その名状できない躊躇こそがアイデンティティを再構築する必要な過程だと改めて思いました。

「ルーツ」を切り口に家族、集団、社会、個人まで各粒度のお話を伺い、話し手も含めて一人一人のバイアスやフィルターから見えている「台湾」という世界を、集団的に読み解く行為は興味深かったです。対話により、バイアスに気づき、取り払い、再構築するという一連の行為で、自らのコンテキストを拡大できた気がします。

本書を通じて、読者の皆さんには、私と同様の躊躇を経験し、自分のこと、私たちの生活のこと、社会のことについて問い直すきっかけになれば幸いです。

Information

書籍概要

『YOKOKU Field Notes #01 台湾:編みなおされるルーツ』

[発行人]  黒田英邦
[発行所]  コクヨ株式会社
[企画・制作]  株式会社ロフトワーク

 

発売日
2023年8月23日
価格
1,200円(税別)
サイズ
B5判 厚さ約8mm 120頁
ISBN
978-4866821030
発行
コクヨ株式会社
販売
全国の独立系書店等及びAmazon.co.jpで発売中。取扱店の情報は下記に掲載しています。 ※取扱店は今後増える可能性がございます。https://kokuyo.jp/yokokufieldnotes01/shoplist 
お問合せ
YFN書籍取扱窓口 yokoku_order@kokuyo.com

プロジェクト概要

  • クライアント:コクヨ株式会社
  • プロジェクト期間:2023年1月〜2023年6月
  • 体制
    • コンテンツディレクション・編集:堤 大樹 (ロフトワーク)
    • リサーチディレクション・翻訳:許 孟慈、王 榆君 (ロフトワーク)
    • 編集・執筆:工藤 沙希 (ヨコク研究所)
    • 執筆:田中 康寛、山下 正太郎 (ヨコク研究所) 、栖来 ひかり
    • アートディレクション・デザイン:大槻 智央
    • 写真:余 郅
    • 表紙・イラスト:カワグチタクヤ
    • コラム・イラスト:湯士 賢
    • 印刷:藤原印刷

Member

工藤 沙希

工藤 沙希

コクヨ株式会社
ヨコク研究所 研究員

田中 康寛

田中 康寛

コクヨ株式会社
ヨコク研究所 研究員

堤 大樹

堤 大樹

株式会社ロフトワーク
シニアディレクター

許 孟慈

ロフトワーク
クリエイティブディレクター

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社会課題解決に向け、地域に「共助」の仕組みをつくる
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