コニカミノルタ株式会社 PROJECT

コニカミノルタが実践。
未来の“みたい”を探るビジョンデザイン(後編)

対話的ワークショップを通じて「まだ見ぬ欲求」を可視化する

コニカミノルタにおいて未来をデザインしていくというミッションを持つ組織「envisioning studio」。未来洞察を行いながら、これからの社会において自社がどんな価値を提供できるか、先鋭的なデザイン手法を活用しながら新たなビジョンを探索し続けてきました。

 2023年、envisioning studioとロフトワークLAYOUT Unitは、これからの社会において人々がどんな「みたい」を実現したいのかを探索するプロジェクト「f∞ studio program」をスタート。本記事では、f∞ studio programのプロジェクトをデザインしたコニカミノルタ 神谷泰史さんと、取り組みに伴走したロフトワーク LAYOUT Unit. 加藤翼のふたりが、その実践内容を前後編にわたって紐解きます。

envisioning studioのミッションとf∞ studio programの活動内容を紹介した前編に続いて、後編ではコミュニティやプログラムの設計思想から、この取り組みからどんな示唆を得たのか、またプロジェクトの成果が自社の価値提供にどう繋がっていくのかを伺いました。

執筆:中嶋 希実
聞き手・編集:岩崎 諒子・後閑 裕太朗/loftwork.com編集部
写真:村上 大輔、鈴木 あゆみ(カバー写真)

話した人

写真:村上 大輔

神谷 泰史(写真右)/コニカミノルタ株式会社 デザインセンター デザイン戦略部 デザインイノベーショングループリーダー/envisioning studio

加藤 翼(写真左)/株式会社ロフトワーク LAYOUT Unit. ディレクター

熱量が途切れないコミュニティ

——  Phase1では、公募で集まった参加者とともに5回のワークショップを通して「写真の周縁」を探索しました。Phase1を振り返ってみて、いかがでしたか?

ロフトワーク 加藤(以下、加藤) プログラムの期間中、参加したメンバーのSlackへのエンゲージメントが稀にみる高さだったことが印象的でした。こういった、公募して人が集まって進んでいくプロジェクトって、大体コミュニケーションツールとしてSlackを採用するんですが、あまり活性化しないんです。だけど今回は、毎日投稿があって、みんなが延々と議論し合っていましたね。それが本当にびっくりで。

 ——  なぜ、コミュニティが盛り上がったのでしょう? コミュニティ運営で意識したポイントはありますか?

 加藤 日々「これも写真?」と思ったものをどんどん投稿してもらっていたんです。毎日いろいろな写真があがってきては、みんなが問われて応える。シンプルな行為だけれど反復性があり、リアクションも返ってくるというのが、うまくはまったんだと思います。

思うに、コミュニティってリズムが大事で。どうやってみんなの関心が途切れないようにするのかを意識しています。今回のf∞ studio programの参加者コミュニティでやってみたことは、日常のなかで「みたい」とか「写真」について考えてもらえるようなきっかけを、いかに行為としてデザインして渡せるか。「これも写真?」という問いかけがコミュニティメンバーが活動を続ける装置になりました。

——  今回、コミュニティに参加したメンバーは30名でしたが、人数というのも温度感を共有する上で大事だったのでしょうか?

 加藤 ちょうどよかったですね。コミュニティマネジメントの考え方では、チームをつくるときに、6、12、30、150というマジックナンバーがあるんです。6人だと一番親密になりやすくて、12人はプロジェクトを遂行しやすく、多様性もある。30人は学校の1クラスで、ワチャワチャ感もあってなにかが起きる感じもするけれど、ひとつにまとまれる。150人はダンバー数、人間が安定的な社会関係を維持できるとされる認知の上限と言われています。

 神谷 当初は「写真の周縁を探ろう」という問いかけに対してどんな人が集まるのか、ちゃんとワークを進められるのか不安でしたが、ロフトワークのみなさんがしっかりとコミュニティをケアしながら、全5回のワークを進めてくださったことにすごく助けられました。

ロフトワーク 加藤翼(写真:村上 大輔)

加藤 写真って1人でもできる行為ですよね。写真をテーマに実験的な共創ができる場って、これまであまりなかったのかもしれません。だからこそ、f∞ studioには、写真について喋りたい、対話したい、なにか沸々としたものを誰かにぶつけたいという気持ちを持った人たちが集まったんだと思います。それに、写真の歴史を持つコニカミノルタさんが旗印を掲げた、という意味も大きかったんだと思います。

 神谷 コニカミノルタから今回のワークショップに参加した社員のなかには、カメラ事業はなくなったけれど自分自身はカメラが好きで、という社員が多いんです。そういう想いのある人が集まると、プロジェクトがドライブしますよね。

探索のプロセスを、対話しながら設計する

——  インプットとコミュニティ運営を通して、参加者の思考とアウトプットの精度が徐々にあがっていったんですね。こういったプロセスは、すべて計画を立ててその通りに進んでいったのでしょうか。

 加藤 実は、ワークショップの設計自体は事前に計画していなくて。都度、具体的に何をするかをコニカミノルタさんと一緒に考えながら進めていました。

ワークショップでは毎回プロトタイプをつくりましたが、そのアウトプット自体が目的ではなかった。つくる過程があることで対話できる。大事なのはアウトプットとして見えたものよりも、その裏の「みたい」というニーズを引き出すことだったんです。どうするとそこにたどり着けるのかわからないことも多かったのですが、結果として、想定より良い場ができました。 

ワークのプロセスでは、まだ国内では実践例が少ないビジョンデザインの手法にも積極的にチャレンジした。(写真:鈴木 あゆみ)

神谷  ロフトワークに予定調和なことを依頼するのは、もったいないなという感覚があって。やりたいことを提示して、Howは一緒に考えるほうが結果的におもしろくなる。ワークショップの中身も、お互いにアイデアを持ち寄って、ディスカッションしながら決めていきました。その過程で僕ら自身にも発見があるし、参加者もそこをおもしろがってくれたような気がしています。その分、加藤さんには、普段よりも手間をかけてしまったんじゃないかと思いますけど。

 加藤  ものすごく対話をしてきましたよね。めちゃくちゃ頭を使うから、おもしろいですよ。プロジェクトを進めるときには、いわゆるデザインシンキングやフレームワークを使って効率よくアプローチすることも多いんですが、envisioning studioのみなさんは、そう言った手法から抜け落ちがちな曖昧な部分を大切にしている。実は、そこにとても重要な発見があるんじゃないかと、考えるのを諦めない感じがあるんですよね。

仮説形成にコミュニティを巻き込む

——  プログラムのPhase2では、どのようなことを行ったんですか。

 神谷 Phase1では、「みたい」ということの可能性を広く探索しました。Phase2ではコニカミノルタとして、将来的にどの「みたい」に応える取り組みを行っていくのかを考えることを目的として、Phase1の参加者に専門家を加えて、より深い議論を通して「みたい」の解像度を上げました。

 加藤  Phase2は、これまでやってきたことをコニカミノルタの事業における「みたい」と紐付けるプロセスです。生活者視点の「みたい」がつかめてきた中で、今度は経営陣の視点から全社に広げていけるような信頼性を形成していくプロセスが必要です。これまで出てきたものを、4つの「みたい」領域――「思いやりたい(心たい)」「もしかしたい(未たい)」「解像度を上げたい(認たい)」「融け合いたい(拡たい)」(編集部註:括弧内は全て「みたい」と読ませる)――に整理しました。それから専門家の方々にも入っていただき、これから本当に社会が新しい事業領域に移行するというロジックをつくっていくためのワークショップを行ったんです。

 たとえば、認知の領域の「認たい」をテーマに、どんな潜在的なニーズがあるかを探ったワークでは、人間にはより解像度を高く世界を捉えたいという気持ちがあるという仮説を立てました。このテーマに対し、アートプロデューサーで社会活動家の栗栖良依さんに協力いただいて、一緒にワークショップをしながら、自分がよりパフォーマンスを出せる範囲の認識について考えを深めていきました。

栗栖良依さん(写真:鈴木 あゆみ)

神谷  栗栖さんは必ずしも認知の分野の専門家というわけではありませんが、これまでご自身がご病気をして身体機能の一部が使えなくなってしまったことで、認知の仕方が大きく変化した経験を活かして今のお仕事をされている。その立場から、私たちの仮説に対してさまざまなコメントをいただくことで、深い議論をすることができました。

 加藤 このワークは、人がなぜその欲求をするのか、ニーズを深く探究する活動なんですよね。客観的な分析だけではなく、身体的にその領域の「みたい」をわかっている専門家の方たちと対話できたのはよかったです。

Phase2のワークでは、Phase1のコミュニティでご一緒したメンバーの一部にも、伴走してもらいました。参加を募集したら、多くの方が引き続き手を挙げてくれて。コニカミノルタという、いわば他社のことではあるんですが、人類の「みたい」がどうなるか、写真というものがどうなるのかは、彼らにとって自分ごとでもあるんだと思います。

 神谷 仮に、探索のテーマが「コニカミノルタの経営について」だったとしたら、専門家や有識者とコニカミノルタの社員だけで、閉じたかたちでワークをするのが正しい方法だと思うんです。だけど今の時代、クローズドなやり方だけで新しい価値をつくっていくのは難しい。オープンにアプローチしていくほうが新しい価値を発見できると信じて、問いを立てる段階から考えていく過程まで、できるだけ社会と一緒に共創していきたいですね。

コニカミノルタ 神谷さん(写真:村上 大輔)

未来を組織に馴染ませるために

——  今後、コニカミノルタの事業や組織で、f∞ studioを通じて得たものをどのように活かしていくか、展望があればお聞かせください。

 神谷 コニカミノルタの事業としてどの「みたい」に応えていけるのかを考えていくために、未来のビジョンマップをつくり、社内で新規事業を開発する際の指針にすることを目指しています。「みたい」というニーズがあるから僕らは価値を提供する。その羅針盤として機能するものをつくりたいですね。

 ——  未来洞察によって紡がれたビジョンを組織のなかに浸透させていくのは、難しい側面もあると思います。これからどういった取り組みが必要になってくると思いますか。

 神谷 世界的な材料価格の高騰や不景気といった経済状況もあり、今はなかなか長期的な未来について考えにくい時期ではあります。一方で「未来はこうなるぞ」という方向がみえることは、社員一人ひとりのモチベーション向上にも繋がっていくと思うんです。今やるべきことは目の前にありつつも、それが将来的にどこにつながっているのかがみえると、じゃあこうしたらもっと未来に近づけるかもしれない、と自分でやるべきことを見つける拠り所になる。未来のビジョンマップの認知を広げることで、社員の内発的動機づけにも活かせると考えています。

写真:村上 大輔

加藤 未来のビジョンマップが社内で共有されたときに、個人の感情や身体性をどれだけ揺り動かすことができるかが大事だと思っていて。最初は少人数でも、行動を起こせる人たちでコミュニティができると組織を動かしていくことができるようになります。

 個人的な理想としては、コニカミノルタさんにリアルなスペースを持ってもらうことが大事だと思っています。f∞ studioで感じたのは、これだけ「みたい」に誠意を持って取り組む人が集まるんだったら、一緒に「みたい」を延々と探求していける人はもっとたくさんいるはずだということ。会社の外にいる「想いの強い人たち」と関わる場をつくることは、社内の人たちが継続的にモチベートされると思うんです。

 神谷 今回のプログラムを通して、議論ができる場をつくることで、いろいろな人に関わり続けてもらえる関係性を育むことができると体感しました。この活動自体を価値化していくために、場をつくることは大切かもしれませんね。それに、今回のプログラムのアウトプットについても、今後さまざまな方と共創していくための共有資産として、公開できるものをつくりたいと思っています。

——  コニカミノルタとして、未来にどんな「みたい」を実現していくのか。ビジョンマップが公開されることを楽しみにしています。今日はありがとうございました。

この記事の前編を読む

f∞ studio program(フースタジオプログラム)」は、コニカミノルタenvisioning studioとロフトワークが運営する、これからの社会において人々がどんな「みたい」を実現したいのかを探索するプロジェクト。さまざまなプレーヤーを巻き込みながら、未来のニーズのヒントとなり得る「写真の周縁」を探りました。 

本記事では、f∞ studio programのプロジェクトチームにインタビュー。前編となる本記事では、コニカミノルタ内でこのプログラムが立ち上がるまでの経緯を聞きました。

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