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MITメディアラボ訪問レポート

アメリカでも屈指の名門校として知られるマサチューセッツ工科大学(MIT)は、チャールズ川を挟んだボストンの対岸に位置する。その大学内、建設・都市計画学部内に設けられた研究所であるMITメディアラボを今月初頭に訪ねた私は、未だ薄れぬ興奮の中でこの文章を書いている。

MITメディアラボの第4代所長に伊藤穰一氏が就任してから6年。
今回、毎年恒例のメンバーミーティングがあるとのことで、日本からはるばる30時間(直行フライトがキャンセルになり、急遽ハワイ経由で2回飛行機を乗り継ぎ駆け込む羽目に・・・)、初めてのMITメディアラボに足を運んだ。知的な熱気に浮かされた強烈な2日間のただ中で、弾ける寸前まで凝縮されたエネルギーの一部をポケットに入れて持ち帰ったので、今回は、それをレポートとして共有したい。

そもそも今回は「メンバーミーティング」のため訪問したと書いたが、MITメディアラボの強みの一つはこのスポンサー・システムだ。メディアラボでの研究に出資する企業に対し、就任後すぐに「スポンサー」企業ではなく「メンバー」企業と呼び名を改めたところに、伊藤氏の妙を感じる。

今日集まったあなた方のことを、改めて「スポンサー」ではなく「メンバー」と呼びたい。ー伊藤穰一

「メンバー」であるのは、コラボレーションの相手として両者の関係が対等であるからだ。
企業がビジネスの論理で研究テーマを操作することはなく、
研究者側は情熱の赴くままに発明や創造をしつつも、市場のニーズやトレンドを無視してアカデミアの世界に閉じこもることはない。

午前中は各リサーチグループの教授陣によるセッションで、10分間のプレゼンを27グループ分行い、研究内容のアップデートをした。紹介された研究内容やプロジェクトは、午後、自分の足で研究室に出向いて実物を確認することが出来る。そう、自由に研究室に出入りができ、ついでに開発に関わった本人達の口から説明を受けることが出来る、所謂オープンハウスだ。

各教授陣のプレゼン内容をベースに紹介することも出来るけれど、
せっかくボストンまで来たのだから、現地での体験ならではの方法でMITメディアラボの最新情報を届けたい。
そういうわけで、今回はこのオープンハウスでの体験を主眼にレポートを書いてみたいと思う。

オープンハウス – 「訪ね歩く」ことによる考察

そもそも、メディアラボのリサーチグループには分かりやすいカテゴリーがない。Biocomputing、Media、Learning、Art and Design、Data、Spaceといった大体のフォーカスポイントはあれど、それぞれが明確に区切られている印象はない。どちらかというとコンセプトのようなネーミング(以下に幾つか紹介する)をベースに、同じ問題意識を持った各方面からの専門家が集まっているイメージだ。

2日間のオープンハウスでは、プレゼンテーションセッションで紹介された作品や実験中のプロトタイプなどを実際に手に取り、なんならフィードバックや疑問点を開発者本人に投げることが出来る。

日本人建築家の槇文彦氏が手がけたこのキャンパスは、
真ん中の大きな吹き抜けをぐるりと囲む形で各リサーチグループがラボを構えている。
どこもガラス張りの壁ではっきりとした仕切りがなく、吹き抜けから除くと違うフロアの活動もつぶさに見えてしまう。
どこからどこまでが、どこのリサーチグループのものか非常に分かりづらいし、廊下などの共用部にも様々なプロトタイプが飛び出しているから、さらに雑然としたイメージだ。

「A研究室から、B研究室へ移動する」と行ったはっきりした感覚がないまま、
私は気の赴くままに方々を「訪ね歩いた」。
以下、簡単に幾つか、オープンハウスで触れた最新の研究内容を紹介する。

Changing places

メディアラボには「City science」という都市の課題に特化したSIG (Special Interest Group)があるが、建築家のKent Larsonが率いるリサーチグループ「Changing Places」も都市における人の住まい・仕事・移動をテーマに研究を行っている。

今回、オープンハウスから「Urban modelling, simulation, and community engagement(都市のモデル、シュミレーションとコミュニティ関与について)」というワークショップに参加し、実際の彼らの研究室で最新の実験的試みについてディスカッションすることが出来た。MItchel Resnick率いるもう一つのリサーチグループ「Lifelong kindergarten」からインスピレーションを受けたというLEGO性のモデルは、ブロックを組み替えるとリアルタイムでスクリーンにそのデータが表示される仕組み。結果、密度やグリーンスペースの比率、用途混合の割合や想定利用者層などを自由にカスタマイズしてシュミレーション出来る最新のモデルである。

面白いのは、LEGOのブロックを動かすだけで誰でも簡単に「自分の理想の街」をシュミレーション出来てしまうこと。専門家でなくてもLEGOは操れるので、都市開発における市民参加や民主的意思決定のためのツールとして利用出来る可能性がある。ロフトワークのオフィスがある渋谷も現在開発が進んでいるけれど、このようなツールを使用することで、一人でも多くの市民を意思決定プロセスに巻き込んでいきたいものである。

因みに「このプロトタイプを改善させるには、どのような要素を足した方が良いと思いますか?」とKent Larson本人に聞かれたのだけど、これもオープンハウスならではの体験だ。

Social Machines

Deb Roy教授が率いる「Social Machines Group」は2014年にできたばかりのリサーチグループで、データサイエンスをベースにジャーナリズムや教育、社会問題といったトピックに取り組んでいる。どこからデータを集め、どのデータを分析し、どのデータと掛け合わせて見るのか。これによって見える世界が全く違うことが、この研究室を訪れるとよくわかる。

研究室を訪れると、モニターに写っていたのが以下のビジュアライゼーション。

出展:『The Electome: Measuring Responsiveness in the 2016 Election』Link: https://www.media.mit.edu/projects/the-electome-measuring-responsiveness-in-the-2016-election/overview/

モニターを眺めていると早速研究者が近寄ってきて、これが去年の大統領選挙に置けるTwitter内の政治的発言の多様性を示したものだということを早速説明してくれた。トランプとクリントンによる大騒ぎの選挙の中で、いかに市民の政治的意見が二極化どころか多様で複雑なのか・・・と情熱的な説明を聞きながら、学問の中でここまで政治的で繊細なトピックを扱えるのは凄いなと関心した。

因みに、メディアラボの教授の一人Andrew Lippmanもオープニングトークで政治について言及している。

政治は、テクノロジーからカルチャーやアートを引き剥がしてきた。今こそ、アート、科学、テクノロジーにおける政治の役割を意識しよう。

トランプの当選により揺れるアメリカだが、繊細な話題を避けずにオープンに政治に向き合う姿勢も、メディアラボらしいと感じた。

また、今回の滞在では残念ながら詳細を知ることが出来なかったが、
メディアラボには研究室毎の活動とは別に、その時期に最もホットとされるテーマで「イニシアチブ」という活動が行われている。ブロックチェーンの技術を基礎にしたビットコインなどのデジタルマネーに関するイニシアチブや、宇宙をテーマにした「Space Initiative」なるものも立ち上がっている事実は見逃せない。  メディアラボのHPから、イニシアチブがフォーカスを置く最新のテーマをチェックすることが出来るので、こちらも参照願いたい。

まとめ:ポジティブ・デビアンスが世界を変える

有名な話を敢えてもう一度すると、メディアラボは「Anti Disciplinary」(=専門分野に縛られるな)をモットーとしていて、これは「Interdisciplinary」と若干ニュアンスが異なる。異なる専門領域同士が一緒に働くことを指す「Interdisciplinary」だが、確立された「専門領域」があることが前提となる。それに対し「Anti Disciplinary」とは、従来でいうこの「専門領域」がそもそも存在しない。

どの専門領域にもフィットしない、それ独自の言葉・フレームワーク・手法が必要な新しい領域。
これを捉えるためには、私たちも知的アンテナをはって方々に「訪ね歩く」しかない。
一つの場所に留まらず、足を動かして新しいアイデアに触れ、疑問があれば尋ね、納得出来なければ議論を繰り返すしかない。

既存の専門領域や知的枠組みでは評価の出来ない、尖ったアイデアの持ち主がメディアラボには集まる。一般の社会からある意味逸脱した存在として、未来のための研究を続ける彼らはまさにポジティブ・デビアンス(他とは異なる珍しい行動ややり方をとることで、より高いパフォーマンスを行う個人やグループのこと。)と呼ぶにふさわしい。

海の向こうボストンで先を走り続けるポジティブ・デビアンス達だが、日本にも多くの才能がいるだろう。
彼らを憧れの目でもって「眺める」だけでなく、自分の足を使って新しいアイデアを訪ね、議論を繰り返す我々でありたい。最新の研究情報に加え、そんなことを考えて身を引き締めたボストン滞在だった。

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