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ブロックチェーンがひらく、新しい民主主義
──MITメディアラボ 勉強会レポート 伊藤穰一×斉藤賢爾

マサチューセッツ工科大学の先端研究所、MITメディアラボのメンバー企業の勉強会「MIT Future Session」が、日本事務局を務めるロフトワークで開催されました。

第14回を迎えた今回のテーマは「ブロックチェーン」。慶應義塾大学SFC研究所上席所員の斉藤賢爾さんをゲストに迎え、MITメディアラボ所長のジョイこと伊藤穰一さんが登場。ブロックチェーンとは何か、今後はどうその技術が発展していくのかといったビジョンが提示されました。また、メンバー企業のイノラボ(電通国際情報サービス オープンイノベーション研究所)のプロデューサー鈴木淳一さんからは、ブロックチェーン技術の応用例を紹介。林千晶をモデレーターに行われた全体のパネルディスカッションも含め、トークの内容を抜粋してお届けします。

テキスト=崎谷実穂
編集=原口さとみ

Session1:「ブロックチェーンとサイボーグ社会」

斉藤 賢爾
慶應義塾大学SFC研究所上席所員

ビットコインの問いに答えるブロックチェーン

「ブロックチェーンとは、ビットコインという“通貨”を成立させるために同時に発明された“技術”です。ビットコインの発明者であるサトシ・ナカモトは、この技術を『新聞の代わり』と表現しています。新聞に載っている記事は、その新聞が発行された日付以前に生じた事実を表していますよね。そうした証明をする機能が、ブロックチェーンにはあるということです。

さて、あらゆる技術は特定の問いに対する答えとなっている、というのが私の考えです。ビットコインが答えている問いは『自分が持っているお金を好きに送金することを誰にも止めさせないためには?』でしょう。それを実現するためには、デジタルなコインをP2Pでやり取りする必要があります。しかし、デジタルかつP2P(*1)で送金した場合、二重消費などの問題が出てくるので、コインを送ったら“新聞”に載せて皆が分かるように記録する、というアイデアが生まれました。そうすると不正ができなくなる。この新聞にあたるのが、ブロックチェーンです」

(*1)対等な者同士が通信することを特徴とする通信方式

 

ブロックチェーンは、“空中”に“約束”を固定する

「もう少し踏み込んで言うと、ブロックチェーンとは『空中約束固定装置』です。『分散台帳技術(Distributed Ledger Technology:DLT)』と表現されることもあります。まだ用語の定義が安定していませんが、ブロックチェーンとは空中に約束を固定するための技術の実現方式の一つだと私は理解しています。

ブロックチェーンで想定する『空中』が意味する範囲は主としてグローバルで、そのエリアには『ザ・ブロックチェーン』とも呼ばれるビットコインがあったり、スマートコントラクト(自動実行される契約)を実装するための基盤システム『イーサリアム』などがあったりします。その他にローカルな『空中』を想定するオープンソースの枠組み『ハイパーレッジャー』などもあります」

 

情報がEnd to Endになったように、お金の権限もエンドで成立する

「これらの『空中約束固定装置』は、中央銀行ではなく端っこにいるユーザー(エンドユーザー)が権限を持ってお金を送り合うためにあります。ブロックチェーンによって、情報だけでなくお金もEnd to Endでやりとりできる可能性が出てきたのです。それを実現するためには、4つの一連の機能『正当性の保証』『存在の証明』『唯一性の合意』『ルールの記述』が必要だと考えられています」

 

「ではこれらを実施できた場合、どんなことが出来るようになるのか。 一つは金融アセット(資産)について、仲介不要でエンドユーザー同士でやりとりできるようになる、ビジネスルールが記述できるようになることです。これは、イーサリアムのプラットフォームでは実現できています。ただ、合意された実時間内での決済、秘匿された状態での取引を行うことは出来ません。シェアリングエコノミーやIoT分野は、ブロックチェーンと相性がいいと言っている人がいますが、私は実社会に応用するのはまだ難しいと考えています。実時間での取引が難しいからです。

具体例として、空中約束固定装置を使った土地の売買を考えてみましょう。従来の土地の売買は、売り主と買い主、そして不動産仲介業者と司法書士と銀行の担当者が一堂に介して、確認しながら契約をします。これを、プログラムで自動的に契約できたらどうなるか。

関与する人間は売り主と買い主だけでよく、かつ同じ場所に同時にいる必要がありません。売買契約を“空中”に固定し、土地の権利や代金を売買契約に預託する。そして契約を実行すると、条件が揃っていたら、土地の権利と代金が同時に移転する。エンドの権限で、契約が成立し、不動産仲介業、法務局、銀行が不要になる。中央と呼ばれていた部分が自動化されることによって、サイバーな空間とフィジカルな空間が一致する、というのが未来のイメージなのだと思います」

 

Session2:「ブロックチェーンの法・市場・構造・社会」

伊藤 穰一
MITメディアラボ所長

ブロックチェーンは、“短期的に過大評価”されている

「Amara’s Lawというコンピュータ分野のことわざがあります。それは、我々が短期的には技術の効果を過大評価して盛り上がるけれど、長期の影響は低く見積もりすぎる、というもの。ブロックチェーンについては、今まさに『短期的に過大評価』している状態です」

「クリエイティブ・コモンズ創始者のローレンス・レッシグは、何かが大きく変わるときには、Law(法律)、Markets(市場)、Architecture(技術的な構造)、Norms(社会)の4つが変わる、と言っています。これはデジタルキャッシュにも言えることです。インターネットをメタファーに、ブロックチェーンについて説明しましょう」

法、市場、構造、社会から見るブロックチェーン

「当初通信は、電話会社が技術的・法的に上から下まで一つの塊として管理していました。それを、レイヤーごとに個別に切り分けたところが、インターネットが成功したひとつの理由です。インターネットの一番下のレイヤーは、ローカルエリア・ネットワーク規格であるEthernet。1974年にゼロックスパークでボブ・メトカーフが発明しました。その上にあるのが、世界標準の通信規約のTCP/IPのレイヤー。Ethernetと同時期に開発されました。そして、WebサーバとPCの間でデータを送受信するための通信規約が、さらにその上にサーバとPCの通信データを暗号化する規約のSSLがあります」

「この4つのレイヤーは、全部オープンプロトコル(どのメーカーでも使用できる、仕様が公開されている通信規約)です。そして、それぞれゼロックスパークやDARPA(国防高等研究計画局)、CERN(欧州原子核研究機構)など、非営利の研究所で生まれている。企業も競争して開発を進めていたけれど結局フリーで公開されて、限りなくシンプルで、誰でも作れるようなものがスタンダードになっていきます。そしてレイヤーが確立した後に、それぞれに企業が生まれ、イノベーションが起きる
僕は、ブロックチェーンはSSLの上に来る新たなレイヤーだと考えています。なかでも、ビットコインがスタンダードになるんじゃないかなと個人的には思っている。なぜなら、いま一番高度で活発な技術的なコミュニティはビットコインにあるからです」

「最後に、デジタルキャッシュとは切っても切れないデジタルコントラクト(オンライン上での契約)の話を。2016年に、The DAOという、イーサリアム上の通貨で購入できる独自トークン(代替通貨)でファンドを組成し、デジタルコントラクトに従って投資していた会社が破綻しました。ハッカーがバグを見つけ、ファンド資金を盗み取ったのです。将来的に人工知能が発展したら、デジタルコントラクトを修正し、こういったことを防げるかもしれませんが、今のままでは危険性があります。
今はデジタルキャッシュ関連の企業に、2000年のインターネット革命期のように投資が集まっています。でもデジタルキャッシュのレイヤーの規約はまだ、インターネットでいえば1989年頃のTCP/ IPもEthernetも決まっていないくらいの精度のシステムです。今は、実験段階の状況だと考えたほうがいいでしょう」

Session3:「食のトレーサビリティとブロックチェーン」

鈴木 淳一
電通国際情報サービス オープンイノベーション研究所 プロデューサー

農業の価値を、よりフラットでオープンに

「食品の産地偽装や原材料偽装がおこなわれていることを知り、どの情報を信じていいのかわからない、と感じている消費者がいる一方で、生産者側も今、農業で収益を上げるのが難しいという悩みを抱えています。いくつもの基準がある有機農業ならなおさらでしょう。そこでブロックチェーンの特徴を活かして、消費者の疑念を払拭し、生産者の悩みを解決できないかと考えました。SNS世代に合った、フラットでオープンな価値基準にかなう社会システムを、同じ思想のもとで発展しているブロックチェーン技術を用いて実現すべくスタートした研究プロジェクトが、『IoVB(Internet of Value by Blockchain)』です」

「タッグを組んだのは、宮崎県綾町の農家の方々。綾町の有機野菜は、有機JAS認証の基準を遥かに超えるクオリティの高さがあります。しかし適切に評価する認証規格がなく、無造作に売られていたのです。生産情報を追えるようにすることで、『販売価格が高くても、安心で高品質な有機農業の野菜を買いたい』という消費者にアプローチしようと試みました」

複数のブロックチェーンで、スピード・公証性を両立する

「エストニアの電子行政を司っているガードタイム(*2)、「ヒルズマルシェ(*3)」を開いている森ビル、大阪のブロックチェーンベンチャーのシビラ(*4)、生産履歴情報を見せるためのNFC(*5)タグ担当のアクアビットスパイラルズ(*6)、鮮度保持包装フィルムを提供している住友ベークライトとコラボレーションをしました。

綾町の野菜は個包装し、すべてのパッケージの中央にNFCタグを入れています。タグからは野菜個別のURLに飛ぶことができ、出荷された荷姿から、収穫、生育、土作り……と遡ってその野菜の生産過程を見ることができます。全てのデータは、ブロックチェーン上から都度読み込まれています。
IoVBで生産管理情報を登録するのは、綾町が運営・管理をするプライベート型のブロックチェーンです。プライベート型はスピードが早いのですが、管理者がデータを改ざんしようと思えばできてしまう。そのため、ガードタイム社のブロックチェーンと組み合わせることで、公証性を高める仕組みを作りました」

(*2)Guardtime https://guardtime.com/en
(*3)ヒルズマルシェ http://www.arkhills.com/hillsmarche/
(*4)シビラ https://sivira.co/index-ja.html
(*5)近距離無線通信
(*6)アクアビットスパイラルズ http://spirals.co.jp/ja/

「今は、各野菜の生産履歴を購入者に公開していますが、流通や加工、包装の部分は情報に含まれていません。現在、IoTセンサーを入れて、加工が適切におこなわれているかなどを確認できるシステムを構築しようと試みています。今後は対象を野菜以外にも広げて、もっと広い範囲でのフードトレーサビリティプラットフォームを実現しようと考えています」

パネルディスカッション:デジタル通貨がひらく、新しい民主主義

林千晶(以下、林) お二人はブロックチェーンにはどんな可能性があり、どんな分野に導入されるのがよいとお考えですか?

斉藤賢爾(以下、斉藤) 『グーテンベルクの銀河系』という本の内容と、今の状況がリンクすると感じています。その本には、印刷技術によって著作権の概念が生まれたり、論文のコピーが可能になったことで科学技術が発展したりと、現在の産業社会の基礎となる概念が生まれたということが書いてあります。でも、最初はなぜ同じものを2冊以上作るなんてことをするのか、理解されなかったでしょう。今のブロックチェーンも同じで、まだすべての可能性は見えていないのだと思います。

伊藤穰一(以下、伊藤) 一つ言えるのは、通貨からブロックチェーンが普及して、社会を変えていくだろうということ。お金のやり取りがP2Pになり、企業の経営実態や証券の中身が透明になったらどうなるのか。僕は財団の理事として何千億のお金を運営したことがあるけれど、そのお金をどう使うかを指示できない。銃を製造している企業には使わせたくないのに、そういう会社だけ抜いて運用することはできない。でも、それが1社1社選べるようになったらどうか。年金なども国民のためになる方向でしか動かせないようプログラミングできたら、社会は変わっていくでしょうね。

林 なるほど。税金も意志をもったドネーションに変わったら、そんないいことはありませんね。

斉藤 さらに言うと、デジタル通貨が普及することで、私は現在の貨幣経済が吹っ飛ぶと考えています。国家と貨幣と専門分化は三つ巴で発展して今に至りました。これからは、その3つが三つ巴で衰退していくと考えています。デジタル通貨の考え方を使うと、公共事業なども変わっていくでしょう。橋を架けるとすると、まずその橋が本当に必要なのかを地元の人が議論する。必要だとなれば、橋を架けるという目的の通貨を発行する。それが時を追うごとに勝手に減価していくとすると、みんなそれを早く使おうとする。そのお金がまわっていくなかで、橋を架ける費用が勝手に賄われます。これまでは我先にと公共事業を受注していたゼネコンも、マイナス金利のついた目的別のお金を受け取ることになるので、本当にその橋が必要なのか慎重に地元住民と話し合う。そういう世界になっていくかもしれません。

林 既存の経済システムが崩壊したとき、人はどうやって物を手に入れて、どういうふうに生きていくんでしょうか。

伊藤 貨幣経済が崩れていくのとあわせて、僕は民主主義が終わると思う。では次の民主主義とは何かといえば、それもデジタル通貨とつながっていると思います。お金が投票権や社会の価値を反映するものになり、お金に換算できないものが通貨化する可能性がある

例えば、ロフトワークが社員に払う給料を、円ではなくデジタルのロフトワーク株にする。その株券が使えるかどうかは、店によって判断するんです。近隣の店での買い物が、ロフトワークへの信頼や好意によって可能になるならば、社員は自社がある地域により貢献するでしょう。そうすると、会社の経営と社会と社員の行動、倫理観が連動するようになるんじゃないかな。

斉藤 いろんな通貨があると、私達としてはどこでどの通貨を使えばいいのかわからなくなります。だから、おそらくAIなどがエージェントとして入って、自分がどう行動しているかのライフログをとり、自分のポリシーを決めてくれるようになると思います。例えば、この人は行動履歴からロフトワークのことが好きそうだから、ロフトワーク株券を率先して使うように調整しよう、とかそういうことですね。

林 使えるお金が評価次第となると、貢献意識は高まるけれど、何がそれを判断するのかが問題になりそうです。その判断基準に基づかない「いいこと」が見えなくなってしまうのではないかと。

伊藤 一次元で考えるとそうだけど、いろいろな判断の軸ができてくるんだと思う。ロフトワークの株券を使いたい人は、ロフトワークが好きな人が集まるところに行けばいい。ちょっとトライバル(種族的)な感じになりますが、多様性は担保されるはず。

斉藤 トライバルという言葉にビビッときました。今後崩れていく国家と貨幣と専門分化は、“農耕社会”におけるそれなんですよね。いざ崩れたときにヒントになるのは、群れによる「狩猟採集社会」だと思っているんです。

林 お金の仕組みが変わるときには、民主主義とは何か、自分とは何か、信用とはなにかといった根源的な問題が関わってくるんですね。

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