EVENT Report

ソニー toio™・OTON GLASSから学ぶ
小さな実践を重ねる新規事業のアプローチ

ソニー「 toio™」・失読症の方のためにデザインされたスマートデバイス「OTON GLASS」、それぞれの生みの親が語った「小さな実践の積み重ね」。

2月15日に「新規事業にスタートを切る「小さな視点」の見つけ方─個人の物語から新事業のタネを発見する」と題したイベントを開催しました。

企業で新規事業を担当する人の中には、”イノベーション”など壮大なミッションを前に、なかなか最初の一歩が踏み出せないという悩みを持つ人も多いはず。

「小さな視点の見つけ方と実践」をテーマにしたこのイベントでは、日常の小さな機微を捉える視点と、小さな実践を繰り返す大切さについて、ソニーコンピュータサイエンス研究所(以下ソニーCSL)のリサーチャーアレクシー・アンドレさん、株式会社OTON GLASS 代表取締役の島影圭佑さんのチャレンジから学びました。

ソニー CSL アレクシー・アンドレさん 遊びの未来を考えつづける研究者

ソニーCSLのアレクシー・アンドレさんは、2017年6月に発表されたトイ・プラットフォーム「toio™」の企画・発案者で、今もコアメンバーとして開発やマーケティングに携わっています。イベントではtoioのアイデアを生み出したきっかけや、アンドレさんが持つ「遊び×テクノロジー」への哲学を聞くことができました。

テクノロジーとの掛け算で、つくる・あそぶ・ひらめくのループを生み出す

ソニーコンピュータサイエンス研究所 アレクシー・アンドレさん

アンドレ:toioは子どもの「遊び」を支えるトイ・プラットフォームです。テレビゲームにあるようなインタラクションをおもちゃの世界──フィジカルで再現できないかということにチャレンジしています。

コンセプトはとても明快で「つくって、あそんで、ひらめいて。」です。自分の作ったもので遊び、それが次のひらめきに繋がり、さらにループが生まれる。

映像にあるように、子どもたちは自分の発想でおもちゃを自由に作り、そのおもちゃを使って遊ぶことで、作ったモノの価値が評価されることでさらに面白さを感じる。これがtoioの魅力のひとつで、このプロセスが子どもたちの遊びをもっと面白くするんじゃないかと思っています。

ある子どもとの人形遊びからインスピレーションが生まれる

アンドレ:このコンセプトが出来上がる背景に、子どもと一緒に人形遊びをした経験がありました。彼女は人形遊びの中に、身近にある様々なモノ(近くにあった文房具や他のおもちゃ)を入れて、どんどん新しいストーリーを作っていくんです。それが楽しくていつも爆笑していたんですが、子どもの想像力は半端じゃないなと思いました。

子どもの遊びってフレキシブルで、他の人が考えた面白さを受動的に楽しむんじゃなくて、自分で面白さや楽しさを作っているんですよね。

toioも子どもたちの創造性をより引き出すように、自由に他のおもちゃと組み合わせることが出来るようにしたんです。その組み合わせによってストーリーやルールが変わり新しい面白さを自分で発見できるんです。

描きたい未来を明確にしてMVPを繰り返す

アンドレ:開発当初からtoioのコアコンセプトは一貫しています。おもちゃで遊ぶときそこに何が起きているのかをテクノロジーを使って理解すること。理解したものにルールを与えて、何らかの形でおもちゃにフィードバックさせるというものです。

おもちゃの世界を理解できたら何が起こるのか?そしておもちゃに起きていることを理解するための最小の情報は何なのか?を考えて、まずは子どもが大好きな「戦い」や「競争」のルールを設定しました。

そしておもちゃに起きていることを、子どもたちが簡単に理解するための最小限のプロダクトは何なのか?を考えて今のtoioの形になっていったんです。

僕のやり方としては、まずやりたいことの価値を十分に理解したうえで、プロセスを考える。それから、そのプロセスを実現させるためのMVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)を作っていくんです。

toioの場合、ソニーの技術やtoioというプロダクトが主役ではない。子どもたちが考えた他のおもちゃの組み合わせや、考え出したストーリーが主役なんです。そういうプロセスをうまくデザインしないと面白さは生まれないと思います。

OTON GLASS 島影圭佑さん 身近な人の課題解決から生まれた"オトングラス"

OTON GLASSの島影さんは、視覚的な文字情報を音声に変換することで「読む」行為をサポートする眼鏡型のデバイス「OTON GLASS」を生み出しました。

このイベントでは小さく作って改善を繰り返すOTON GLASSのデザインプロセスについて紹介。小さな視点・小さな実践を繰り返しながら新しい価値を作り出してく、新規事業のこれからのアプローチを考えるヒントを提供してくれました。

開発のきっかけは身近な人の「困った」だった

株式会社OTON GLASS 島影 圭佑さん

島影:僕の父が2012年に脳梗塞を患い、その後遺症で失読症になったことがOTON GLASS開発のきっかけでした。父の失読症のサポートをしたいと思いOTON GLASSというデバイスを作り始めたんです。

今では事業として取り組んでいるOTON GLASSですが、最初は父のためだけに開発を進めていました。それが、活動が広まるにつれて色んな方々から「そのデバイスが欲しい」と言ってもらえて、世の中に求めている人がたくさんいるんだと気づきました。

最初に「視覚障害を持つ人たちのために」みたいな大きなビジョンを持って始めたんじゃなくて、自分の当事者性が強いところからスタートしたんです。プロダクトアウト型で作り、そこから実際に色んな人たちに使ってもらいながらマーケットフィットする形で進めてきました。

とにかく体験できるものを。OTON GLASSの開発思想

島影:チームの体制としては、現場と開発を繋ぐユーザーリサーチチームと、そこで作った仮説をもとにプロトタイプを作るチームと、持続的なビジネスモデルをつくっていくチームに分かれています。

僕たちは、民主化されたテクノロジーを統合してとにかく体験できるもの(プロトタイプ)をつくるということを設計や開発の基本的な思想として持っています。

ソフトウェアは色々なAPIを組み合わせ、ハードウェアは「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」というマイコンボードを使って、造形は3Dプリンターを使っています。なので、莫大なコストや深い研究開発期間をかけることはせず、ブリコラージュ的に様々なテクノロジーを組み合わせてすぐに作る。そこで出来たプロトタイプを実際にユーザーに使ってもらいながら作り込んでいくプロセスです。

ユーザーも一緒に「作り手」になることが大切

島影:OTON GLASSは今、視覚障害を持つ方や、施設、眼科などに提供してユーザーテストを実施しています。このユーザーテストで分かったのが、例えば「街にある自動販売機の文字を読みたい」という、自分たちだけで開発をしていた時には見過ごしていたニーズでした。

自販機に書かれた文字を読むことは、日常生活の中ではさほど優先順位としては高くない。でもユーザーテストに協力いただいた方は、OTON GLASSの使い方を自分で発掘して楽しんで使ってくれているんです。

「OTON GLASSがあると歩いている行為自体が楽しくなる。今まで知ることが出来なかった街の風景を楽しむ感覚になる」とおっしゃっていて、ユーザーの課題解決だけじゃなくてその先に生活とか生きることを豊かにさせるものになるんだなと感じたんです。

これは、実際にモノを作ってユーザーに使ってもらって、彼らも一緒に作り手になってもらうという関係性が出来ないと生まれてこないなと思っています。自動販売機の例も、どんなに僕らが会議室でブレストしても出てこなくて、作ったものを使って自由に遊んでもらわないと分からなかった。XSサイズの小さな実践から始めることが、大きな成果を生み出す力になると実感しました。

後半ではロフトワークの岩沢も入りクロストーク形式で、小さな実践を積み重ねることの大切さについてさらに深掘っていきました。

論より証拠。まずカタチにすることの価値とは?

ロフトワーク マーケティング 岩沢エリ

岩沢(ロフトワーク):お二人に共通しているのが、プレゼン資料の中で机上の空論で終わらせずに、プロトタイプをとにかくたくさん作っていることだと思います。お二人の考えるプロトタイピングの価値ってなんでしょうか?

島影:OTON GLASSの概念は以前から世の中にあったけど、手に触れられて体験できるものとしてはまだなかった。それが目の前に出て使ってもらうと、その人の想像力や行動が変わっちゃうようなインパクトがあるんです。

メーカーの作るプロトタイプって、マーケットの分析とか仮説検証のためとか目的があると思います。でも僕の場合は、何か今とは違う未来をまずはプロトタイプで作っちゃって、その世界観に賛同する人が集まり、現実になっちゃう。人間の想像力やその人にとっての現実を変えてしまうものって、プロトタイプを位置づけているんです。

アンドレ:今日のテーマでもあると思うんですが、自分のアイデアとかやりたいことを相手に伝えるための最初で最小のステップは何かって考えるとプロトタイプはとても有効だと思います。新しいことにチャレンジするときって、やっぱり試してみないと何も始まらないんです。

日本に来て社会に出て一番身に染みて感じているのは「やってみないと分からない」ということなんです。

アイデアもビジョンもあって、でも相手に伝わらないときって、自分の表現力が足りないのか相手の理解力が足りないのかは分からないけど、納得させるためにそのアイデアを具現化しないと話にならないんですよ。

島影さんのお父さんの例だと、OTON GLASSを使ってようやく「ああこういう世界があるのか」と理解できる。僕らのtoioもたくさんプロトタイプを作って実際に遊んでもらうところまで持っていきました。

小さな実践を重ねることが実はとっても投機的?

岩沢:何か新しい価値を生み出すときって、いきなり大きなものを作るんじゃなくて、小さな実践を積み重ねて雪だるまのようにどんどん大きくしてくことが大切だと思うんです。その辺りをどうお考えですか?

島影:新規事業における小さな実践の積み重ねって、小さな実践なんですけど、目指している先がものすごく未来投機的で。3ヶ月後にはマネタイズできますっていうものではないんですよね。それが重要。

今の延長線上じゃなくてもっと先を見る、目指しているビジョンや世界観の大きさも大切だし、その未来に向かって何ができるか?という視点で「小さな実践」を積み重ねるのも大切ですよね。

アンドレさんの作ったtoioも、ただおもちゃを売っているだけじゃなくて「遊びの未来」っていう今までに全くなかったものを作り出している。すごく投機的なチャレンジだと思うんです。

そして、ソニーっていう大企業からtoioのようなプロダクトを出すにはどうしたらいいのか?って考えてきたアンドレさんのアプローチとか、toioのプロジェクトリーダーでもある田中章愛さんがSAPっていう新しいものづくりの仕組みを作った過程とか、それ自体がイノベーションなんじゃないかと思っています。

岩沢:大きなビジョンを描くことは大切ですね。さらに大切なのは、目指すゴールから逆算していかに小さな実践を重ねていくのか。

お二人のアイデアは個人の日常に根ざした、まさに「小さな視点」から始まっていました。作りながら考えるとか、プロトタイプを通じて価値を伝えユーザーを巻き込みながら改良を重ねていくなど、デザインのプロセスにも共通点がたくさんありました。

アンドレさん、島影さんの実践には、多くの企業が新規事業のスタートアップに挑戦する際のヒントがたくさん詰まっていたと思います。今日はありがとうございました!

渡部 晋也

Author渡部 晋也(マーケティング)

代表 林千晶も審査員をつとめた映像のコンペティション「my Japan」にコアメンバーとして携わる。2012年にロフトワークへ参加。マーケティングチームに所属しながら、コーポレートブランディング、メディアプランニング、イベントデザインなどロフトワークのマーケティング活動を横断的に担当。チームで企業コミュニケーションの新しい形を模索している。2018年2月にリニューアルした「loftwork.com」ではコンテンツディレクションを担当。

イベント概要

新規事業にスタートを切る「小さな視点」の見つけ方
─個人の物語から新事業のタネを発見する

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