ライオンの社内イノベーターに聞く
「新規事業のアイデアを自創できるチームづくり」への挑戦
この10年のあいだに、インターネットも買い物も電車に乗るときも、すべてスマホ1台で済むようになりました。テクノロジーの進歩によって生活スタイルがどんどん変わっていくなかで、今までにない価値を提供するためには、長年の常識をいちど解き放つ必要があります。
ロフトワークでは去る5/25に、「新規事業のアイデアを自創できる組織・チームづくりの秘訣」をテーマにイベントを開催。先行事例として、ライオン株式会社を含めた3社の取り組みをご紹介しました。
組織が「当たり前」にどのように気づき、変わっていくのか。
ライオン株式会社研究開発本部、イノベーションラボで活躍する藤村昌平氏と、同社とのプロジェクトを担当したクリエイティブディレクターの原 亮介、プロデューサーの柳川 雄飛の3名で紐解いていきます。
テキスト:瀬戸 義章
既知の良さドリブン→未知の価値発見へ
柳川 ライオンは2018年1月に研究開発本部内にイノベーションラボを設立し、ユニークな事業提案を始めていますが、藤村さんがロフトワークと出会う前は、どのような社内の状況だったのでしょうか?
藤村 ライオンは今年で創業127年を迎える会社です。創業した明治時代の石けんやハミガキ粉事業は、日本人の生活をガラリと変えるとてつもないイノベーションでしたが、そこからもう120年以上が経過しています。
今ではライオンの中でも、「新しい事業を生み出していかなければ生き残っていけない」という空気があります。とはいえ、私が新規事業開発に取り組んでみて感じたのは、新しいことを始めるにはリソースの確保やマネジメントだけでなく、自身のやり方や意識の改革が必要で、具体的なことはなかなか進められませんでした。この時期の自分を表現するなら「七転八倒」です(苦笑)。自分達だけで新規事業をはじめることに限界を感じ、外に飛び出たとき、たまたまロフトワークさんに出会ったんです。
柳川 ご相談を受けたとき、新しい製品やサービスを開発すること以前に、新規事業開発チーム自体が、クリエイティブに変わっていくこと、「未知の価値」を探しに行けるようになることをご提案しました。
藤村 社内でも部所を超えて「何か新しいアイデアを出そう」というワークショップはよくやっていたのですが、なかなかいつもの事業領域から抜け出せないものが多かったように感じます。既存製品の延長線上にある改良アイデアであったり、ターゲットが昭和の家族像から変わっていなかったりと、新規事業を生み出していくには、自分の固定観念が多すぎたんです。我々のこうした悩みに対して、真剣に応えてくれたのがロフトワークさんでした。
原 社会の常識になっていることは、もう事業部主導でマーケティングをされているわけです。そうではなく、R&D主導でライフスタイルを変えるくらいのインパクトのある「未知の可能性」を探求できるようにしていく。こんな夢をお話しした記憶があります。
制御できないほどに、多様な思考が飛び交う場所を求めて
柳川 現状の課題を踏まえて、新たなチームに変貌していくためのワークショップを2017年4月に実施しました。このとき「ライオンの社員よりも、外部クリエイターを多くして欲しい」という要望がありましたが、どんな意図だったのですか?
藤村 折角の機会ですので、参加メンバーに思考の多様性がほしかったんです。チームに数人のクリエイターが入るくらいだったら、「ライオンでは普通こうする」と考えてしまうでしょう。そうではなくて、私達が制御できない、多様な思考が混ざり合うカオスな場こそが必要だと強く感じていたのです。クリエイティブディレクター・UX/UIデザイナー・プランナー・マーケター・エンジニア、そしてスタートアップの方とさまざまなクリエイターに参加して頂きましたが、多様な視点に巻き込まれていく事こそが、チームを変えていくための鍵になると思いました。
柳川 丸一日のワークショップでしたが、でてきたアイデアは「家事のこだわり」が600個、「未来のライフスタイル」が12個、「サービスアイデアの種」が168個と、相当な数の成果が生まれました。
原 1日で600個のネタを出した訳ではなく、参加メンバーには事前に「家事のこだわり」を1週間分記入するワークをお願いしていました。それをベースに未来のストーリーを考え、新たなアイデアに展開していきました。
藤村 家事のこだわりの中には、「妻の下着は見えないようハンガーの内側に干す」という思いやりや、「水は2箱買いして1箱無くなったらまた買う」という防災のための行動などの他に、衝撃的なものもありましたね。
原 「生ゴミは冷凍庫で凍らせる」とか、「家の鍵はかけない」とか、今でも覚えています(笑)。ひとの家事ルールを聞くだけなのに、たくさんの驚きがありましたね。実は「とびきり楽しい体験」がワークショップ設計時の裏テーマでした。未知の価値とアイデアの種を短期間でたくさん見つけることは、何度もやりたくなる楽しいことだと感じてもらいたかったんです。
アイデアの核と会社と担当者と顧客を、すべて文脈として繋げる
柳川 ワークショップから1年が経ちました。新規事業のアイデアを自らつくることができるチームへの変貌は、その後、進んでらっしゃいますか。
藤村 これまでの活動から発展する形で、イノベーションラボが研究開発部門の中に生まれました。今まさに新規事業の芽をを育てている最中です。当時を振り返ると、一番チームが変わったのは、「文脈を繋げる」ことができるようになった点だと思います。
ワークショップで出たアイデアは本当に面白いモノばかりでしたが、その面白さに飛びつくのではなく、「ライオンのビジョンに合っているのか」「イノベーションラボの思いがのっているのか」「顧客バリューがそこにあるのか」と、問いをしっかりと立てて、アイデアの核と会社と担当者と顧客を、すべて文脈として繋げるようにしていったんです。結果として、「ライオンがその事業をやる意義」を周囲に伝えられるようになり、アイデアをかたちにしていくスピードが加速しました。
柳川 「イノベーションラボの思い」がそこにあるように、新たに事業を始めるには「やりたい」という熱さがあることも重要ですね。
藤村 担当者の熱量は、非常に重要だと思います。一方でライオンは、私ひとりの熱量でガラッと変わるような「手術」ができる規模の組織ではありません。ですので、社外で取り組みを紹介したり、ワークショップを企画したり、自分の行動を変えて、想いを周囲に伝えていくことを大事にしています。結果として少しずつ「体質改善」ができれば良いと思っています。
柳川 お話を聞いているだけでも、藤村さんのライオンへの「愛」を感じます。
藤村 昔から大好きな会社なんですよ。ライオンは「今日を愛する。」という言葉を掲げています。そしてありがたいことに、我々の製品は多くの方に使ってもらっています。世界中の、なんてことない今日をハッピーにできる。こんなことができる会社は素晴らしいと心から思います。この組織においては、「ライオン創業200年の実現に貢献する」ということを自分自身の意思としてコミットしています。長いスパンで物事を考えると、眼の前のことに囚われてはいけないな、ということを強く感じます。
原 半年後の売上や3年後の事業ではなく、「二世代先の未来」をお持ちなのは凄いですね。
柳川 そんな未来に向けて、イノベーションラボからはどのような事業が動き始めているのでしょうか。
藤村 例えば、「口臭リスク」を見える化できるアプリを開発しています。スマホで舌の写真を撮ると、その状態を解析し、口臭強度などを判定してくれるアプリです。舌の画像をAI解析することによって実現しました。これから実証実験に進む段階です。
それから、ビジネスソフトウェアのSAPが主催する”Innovation Challenge 2018“にビジネスプランを応募したところ、アジア太平洋地域の企業の中でTOP5のアイデアに選んで頂きました。提案したのは「アスリートの噛む力とコンディションとの関連性を分析してパフォーマンスを向上させるサービス」で、これから実現に向けて本格的に動き出します。こうして世界からも評価されるようになったのは嬉しいですし、社内を変革していくために、外部に出ていきその評価を利用するというのもポイントだと感じました。
原 どんな大企業も始まりは少人数で立ち上げたように、藤村さんのような熱意を持った「社内イノベーター」が、小さなことから会社や社会を変えていくのだと強く感じました。引き続きロフトワークも、できる限りの支援をしていきたいと思います。本日はありがとうございました。
イベント開催概要
2018年5月25日開催 Visit Loftwork vol.4
新規事業開発をサポートいたします。
今さまざまな企業が既存事業の延長ではない、新しいビジネスの種やアイデアを生み出すチャレンジをしています。しかし、自分たちの中にある当たり前やルールの枠が邪魔をしたり、固定されてしまったものづくりのプロセスや発想手法が障壁となることはありませんか?
ロフトワークでは、ビジネスに新たなドメインを生み出すようなアイデアを自創できるチーム・組織作りや、新規事業開発の支援しています。お気軽にご相談ください。