対談「デザインは、新サービス開発にどう役立てられるのか」
金融(Finance)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた新たな潮流として注目を集める「Fintech(フィンテック)」。世界の動きに追随する形で、日本でも、新たな金融サービスを創出する動きが加速しつつあります。弥生株式会社が、オリックス株式会社と共同で設立した株式会社アルトアも、新たなプレーヤーとしてフィンテック市場への参入を果たした企業のひとつです。
同社は、従来の事業者向け短期融資ビジネスの「ジレンマ」を解消するため、借り手と貸し手双方のWin-Winを実現する新しいサービスを構想。会計ビッグデータとAI技術を活用した新たな与信モデルにより、すべての手続きがオンラインで完結する圧倒的な利便性を兼ね備えたオンラインレンディングサービスを実現しました。
アルトアは、新領域でサービスを提供するにあたり、どのようにして顧客の潜在ニーズを探り、サービスに落し込んでいったのでしょうか。アルトアが描いた事業戦略から新サービスローンチまでのデザインプロセスについて、アルトア株式会社 代表取締役社長 岡本浩一郎氏とロフトワーク 代表取締役 林千晶による対談をお届けします。
お金のデザインが変わろうとしている
林 これからお金の世界が大きく変わるという実感は、私の中にもあります。お金のデザインがこれほど大きく変わりつつある理由はどこにあると思いますか?
岡本 難しい質問ですね。ここ数年、フィンテック、フィンテックと騒がれていますが、考えてみてください。ATMは、窓口でしか引き出せなかったものを機械で引き出せるようにしました。これもフィンテックです。金融業界の人たちに言わせれば、今さら感は否めません。メディアまでが、さも新しいもののように取り上げるので、フィンテックやってます!フィンテックやります!と言わざるを得なくなっている気がします。
──このような状況が生まれてきた背景には、いったい何があるのでしょうか。理由のひとつに、ITを利用してできることが格段に増えてきたことがあります。
岡本 これまでは金融市場に参入するには、それなりの資力と体力が必要でしたが、昨今のデジタルテクノロジーの進化により、裾野が大きく広がっています。つまり、プレイヤーが圧倒的に増えてきたということだと思うのです。
林 クラウドと優れたUIデザイナーとエンジニアなど条件さえ整えば、金融サービスを開発したり提供したりすることができるわけですね。提供する側の裾野の広がりに伴って、それを利用する人たちも広がっていきます。ベンチャー企業でも金融サービスを提供できる代わりに、従来は対象外だったような人たちにもサービスの利用機会が広がりつつあるのではないでしょうか。
林 お金にはまったく興味がないのですが、そんな自分でさえも、ターゲットになり得る時代がやってきたなと感じます。でも一方で、「融資」とか「貸金」と聞くと、依然として、なんとなく怖い、騙される、脅されるというマイナスイメージが付きまといますよね。
岡本 実際、自己破産に追い込まれて命を絶つような残念な事件が過去にたくさんありましたから、そういうイメージがあっても不思議ではないでしょう。現在は、貸金業法などの法改正で登録要件が厳格化され、それほど最悪な事態は起こり得ないのですけどね。
林 興味深いのは、例えば「投資」という言葉は利益を追求するどこか専門的な響きなのに、「クラウドファンディング」と表現すると、急にソーシャルグッドの印象が強くなるんですよね。クラウドファンディングだって、お金を集めている人が嘘をついている可能性は否定できません。それにもかかわらず、クラウドファンディングへの投資には抵抗がなく、自分が信じている人の「夢を応援できるなんて素敵!」となるわけです。
このコミュニケーションの根っこにあるのは何なのかというと、私は「信用システムの再編成」と考えています。たとえば、私と共通の友達が100人もいるあなたなら悪い人じゃないはず・・・というように、相手の顔が見えてくると途端に怖くなくなって、お金が動き出すのです。こういうことも含めて、お金のデザインが変わりつつあるように思います。
岡本 そうですね。アメリカでは盛んに株投資が行われているのに、日本人はほとんど株投資に手を出しません。だからといって、日本人はお金に対して嫌悪感があるのかというと、宝くじが大好きだったりしますよね。日本人はリスクを嫌うだけで、期待値は圧倒的に高い。貸金は受け付けないけど、宝くじは大歓迎というように、モノによってオッケーだったりダメだったりするのは、もしかしたら単に印象だけの問題かもしれません。モノの価値の見方とか見せ方を変えるだけで、状況を変えることは可能だと思います。
使ってみたくなるサービスへ、潜在顧客の声からユーザー体験をデザインする
──今回のプロジェクトにおける、ロフトワークのミッションは2つ。1つは、潜在顧客の見極めと融資に対するイメージの根源を探ること。2つ目は、使ってみたくなるサービスのコンセプト/UX設計です。新領域かつまだ見ぬサービスであるため、ロフトワークが最も大事にしたことは、「潜在顧客の声からユーザー体験をデザインする」ことでした。
林 ロフトワークがデザインリサーチをやりましょうとご提案したとき、いったい何をやるのだろうと戸惑いませんでしたか?
岡本 そんなことありません。実は、いよいよ新しい事業を始めようというとき、自分の中に、いいものができるイメージがなかったのです。正確に言うと、提供する価値としては非常にいいものができる自信はあったのですが、見せ方としてどうなのかという課題を抱えていました。たとえば、金融業界によくありがちですが、必要事項を網羅することに軸足を置いたサイトではまったく伝わりません。デザインを根底から考え直す必要があるとの認識から、ロフトワークにお声がけしたのです。
林 システムを発注する場合などは、必要な機能要件を伝えて、それが完成したら受け取るという約束ができますが、デザインはもちろん、ハッカソンやデザインリサーチの場合は、アウトプットを約束できませんよね。何かを発見するプロセスは約束できても、何が発見できるかはわからないし、その中で何が生まれてくるかわからない。そこに対して発注する怖さとか不安感を抱く経営者は少なくありません。
岡本 どんなに信頼できるプロでも任せきりにしないこと。これがとても重要です。任せきりにすると、出てきたアウトプットが大きく外れていても修正が効きません。何がどう出てくるかわからない中で、少しでもアウトプットを自分たちの望む方向に近づけるためには、最初から干渉することを恐れないこと。そういう意味では、我々はうるさい客だったでしょうね(笑)。
林 今回理想的な形で進められたのは、アウトプットに対してモノ申すのではなくて、設計段階から議論に加わることを恐れず、共に見て、共に何を感じたかを共有し、共に作っていくことができたからに他なりません。
ブリーフィングして、提案してもらって、そこで初めて好きか嫌いかを判定するようなプロセスからは、絶対にいいものはできません。なぜかというと、業界の専門的な知識はクライアントが一番持っているからです。10年も20年も、あるいは100年もその業界で積み重ねてきたモノの価値の見方があるわけで、業界にとらわれないまったく違う新しい視点だけで判断はできません。
岡本 第三者の視点だけでは、どうしてもキレイごとに終わってしまいがちですよね。
林 そうなのです。キレイだけど心に残らないというのは、デザインの失敗です。私はそういうデザインが大嫌いです。
──しかし一方で、クライアントの見方だけに頼ると、強い先入観のために死角が生まれてしまうのも事実です。ここで林は、興味深い話を紹介しました。それは、デザイン思考をテーマとしたパネルディスカッションで、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)の白坂教授が紹介された動画です。
映像の中でボールをやりとりするシーンがあり、映像を見る前に、白石教授は「ボールが何人の手に渡されていったかを数えてください」と指示。映像を見たあとで、「ところで、クマのかっこうをした人間が出てきたことに気づきましたか?」と質問したところ、ほとんどの人が気づいていなかったというのです。
林 人間は、大量の情報を最も効率よく処理するために、重要な情報だけを切り出して記憶します。ですから、それ以外の部分で何が起こっていようと頭の中に入ってこないのです。私は、ここにデザインリサーチをやる理由があると確信しています。デザインリサーチは、仮説を検証するプロセスではなくて、先入観を排除して可能性を広げ、仮説を創造するプロセス。だからこそ、このプロセスから並走することが重要になってきます。
岡本 出発点はお客様にあるので、我々がわかっていること、我々に見えていること、それに対して第三者としてまったく新しい視点から見て見えてくることを突き合わせて、初めてお客様がどういう人で、どういうことに困っていて、何をしたいのかという共通認識を持つことができます。議論が成り立つのはそこからですね。
林 もうひとつ、感じていることがあります。たとえば、私自身は「融資」に興味がありません。あなたは融資サービスを受けたいですか?と聞かれたらノーと答えるし、資金需要はありますか?と聞かれてもノーと答えます。でも、急に機械を買いたいと思ったことはありますか?と聞かれたら、答えはイエスです。具体的な場面が描かれることで、これなら私も対象だと思えるようになるというのは、すごく重要なことだと思うのです。
岡本 まったくその通りです。我々がやりたいのは「融資」です。でもお客様がやりたいのは融資ではない。融資は手段でしかなくて、設備投資や機械の修理をするためにお金が借りたいわけです。ですから、我々がどんなに「融資、融資」と言っても、お客様にはまったく響きません。響かないということは、つまり、お客様起点になれていないということなのだと思います。
林 そういう意味でも、一般の利用者としての言葉や、具体的にイメージしやすい場面を描き出す必要がありそうですね。
マーケットと人。両方向から生み出したコンセプトを結合し、キラリと光る価値を具現化する
──2017年7月、経済産業省・特許庁は、「産業競争力とデザインを考える研究会」を設置。製品が急速にコモディティ化する中で、企業の競争力をデザインの力で強化しようと取り組みを進めています。このように、政府主導で経営におけるデザインの重要性を強調する動きがあるなかで、まだまだ経営者自身のデザインの対する意識が低い現状もあります。
林 デザインとは何をすることかという認識は経営者によって異なります。また、そもそもデザイナーとは誰なのか、デザインをどのように取り入れていくべきか、まだまだクエスチョンな会社が多いように見受けられます。岡本さんは、経営におけるデザインの役割や価値についてどのようにお考えですか?
岡本 お客様目線をとことん突き詰めることだと解釈しています。提供する側の価値観でお客様のニーズを予測したり、方針を決めたり、モノを提供したりするのではなく、お客様がどういう人なのか、何を求めているかをとことん考えるプロセスと、そのなかで見えてきたニーズに対して、どのように見せていくのかを考えるプロセスを含めてデザインと捉えています。
ただし、お客様に何がほしいですか?と聞いて返ってくる答えには、あまり期待できません。すでに世の中に存在していたり、大した差別化ができなかったりすることがほとんどです。本当にほしいものは言語化できないか、認識すらしていないことがほとんど。それをどう引き出すかが重要です。
岡本 ロフトワークとのインタビューのときに感心したのは、お金についてはほとんど質問しなかったことです。どんな方で、どんな日常を過ごされているかを聞きながら、お客様がやっていること、お客様が考えていること、潜在的に求めていることを徐々にあぶりだしていくアプローチですね。
林 マーケットの分析に基づいてコンセプトを作り検証する。これはマーケティング視点のデザインです。今回岡本さんたちと取り組んだのは、これとまったく逆方向。お客様を取り巻く環境ごと観察していく中で、骨格になるコンセプトが生まれ、それを市場にどう伝えていくかというコミュニケーション戦略に落とすという流れです。
岡本 既存のサービスを改善するような場合は、マーケティング視点からのアプローチだけでうまくいくかもしれません。しかし、特に今回のように、今まで借りたことのない人に借りてもらうためにはどうすればよいかという話になると、そもそもマーケットがないところからのスタートです。今までなぜ借りなかったのか、どんなことでお困りなのかといったことから見ていかないと、お客様を深く理解することはできません。そこで、マーケティング視点のアプローチに加えて、人からのアプローチが必要になってきます。
林 しかも、生活者の状況は常に変わり続けていますからね。昨今は、マーケティング視点だけでコンセプトを作れるほど、生活者の状況はシンプルでなくなっています。マーケットと人。どちらが重要かという話ではなく、これからは、この両方向からアプローチでコンセプトを作り上げていくことがますます重要になっていくと思います。
──お客様からビジネスへ、ビジネスからお客様へ、メッセージをつむぐのがデザインの重要な役割。また、双方向からキラリと光る価値を見つけ出し、具現化していくプロセスにおいて、共に見て、共に感じて、共に考える並走者がいることも、先入観を排除し、より広い視野から突破口を開くための近道と言えそうです。
イベント概要
新領域でサービスを提供したい。あるいは既存事業を見直し、新たなユーザニーズに沿ってサービスを改善したい。
しかし、「ユーザの本質的な課題を掴みきれない。」「どのタイミングでどんな情報を提供できれば、ユーザの行動変容に繋がるかわからない。」など、多くの事業責任者や新事業・サービス創出担当者の方々が試行錯誤されているかと思います。
これらの問題から脱し、新たなサービスとして形にするには
- 想定ユーザの心の声に耳を傾ける、観察と傾聴のアプローチ
- ユーザ視点で得たインサイトから、サービスコンセプトを言語化する
- サービスコンセプトから、ユーザの体験設計を描く
- 実際のサービスに体験設計を実装していく
といった、デザイン思考に基づいた開発プロセスの実践が重要となってきました。 本イベントでは、自社の事業戦略をユーザー視点で捉え直し、体験設計とデザイン実装を行うヒントを学んでいきます。
ゲストには弥生株式会社 代表取締役社長であり、新会社のアルトア株式会社 代表取締役社長も兼任する岡本氏を招聘。
オリックスと共に始めたアルトア株式会社の事業戦略、ファイナンスとテクノロジーでオンラインレンディング業に挑戦する意図と展望。事業戦略から新サービスローンチまでのデザインプロセスをご紹介します。
後半は、ロフトワーク 代表取締役の林も加わり、ビジネスの上流からデザインを取り入れる価値とはなにか、岡本氏と共にディスカッション。実際のアルトア株式会社の新サービス設計の中で取り入れたデザインプロセスの一部を体験するワークショップもご用意しました。
紹介事例:アルトア株式会社 新サービス「ALTOA」
弥生とオリックスによって共同設立され、弥生の会計ビッグデータとオリックスの総合力にAI技術を加え、金融マーケットに新たなサービスを提案している企業。「お金」という、ユーザにとっても慎重になるテーマ。ユーザの本質的課題を解決するサービスにどう落し込むか。実践したデザインプロセスを実際のプロジェクト資料を公開しながら丁寧にご紹介します。
Workshop: ユーザヒアリングとカスタマージャーニー作成の体験ワーク
実際に「ALTOA」のサービスコンセプトを形成するにあたり実施したデザインアプローチの一部として、ユーザヒアリングとカスタマージャーニー作成体験の機会をご用意しました。フレームワークの学びだけでなく、実際にどうプロジェクトで活用したのか紐付けながら学んでいきます。
開催概要
イベントタイトル | 顧客の潜在ニーズを探り、サービスに落し込む 弥生・オリックスの新サービス「ALTOA」に学ぶ、事業デザイン |
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開催日時 | 2018年1月25日(金)14:00〜19:00 |
場所 | ロフトワーク渋谷 loftwork COOOP10 |
対象 | ・企業の経営者、経営幹部、事業責任者・リーダー層の方 ・新事業開発や組織改革にサービスデザインを導入したい方 ・顧客の体験価値を重視した新サービス、事業開発を行いたい方 |
参加費 | 5,000円 |
定員 | 50名 |
主催 | 株式会社ロフトワーク |
ご注意 | ・申込者多数の場合は、抽選となりますので予めご容赦ください ・広告代理店や制作会社など受託業務に携わる方の参加は、お断りする場合がありますので、あらかじめご了承ください ・参加者の皆さんのお写真や発表内容は、後日弊社サイトに掲載いたします ・プログラムは、予告なく変更される場合があります |
Program
14:00 | Opening |
14:05 | Keynote「30周年を迎える弥生。ファイナンスとテクノロジーで新しい事業を創る」 ・弥生・オリックスの新会社、アルトア株式会社 ・融資の新しいインフラを創る。オンラインレンディングへの挑戦 アルトア株式会社 代表取締役社長岡本 浩一郎 |
14:35 | Case Study「新事業「ALTOA」に学ぶ、顧客視点のサービスコンセプトとコミュニケーション設計」 ・オンライン融資の不安をどう取り除く?潜在顧客の声からサービスの鍵となる本質的課題を発見する ・仮説形成〜サービス軸設計までのデザインプロセス紹介 ロフトワーク クリエイティブディレクター 青木 大地 ロフトワーク クリエイティブディレクター 国広 信哉 |
15:20 | Break |
15:30 | Panel Session「デザインは、新事業・サービス開発にどう役立てられるのか」 ・ビジネス領域でのデザインの価値を実践者と共に考える アルトア株式会社 代表取締役社長 岡本 浩一郎 ロフトワーク 共同創業者、代表取締役 林 千晶 |
16:10 | Workshop 「顧客のサービス体験を“時間軸”で考える」 ・インタビュー実践と、カスタマージャーニーマップ作成の体験 ロフトワーク クリエイティブディレクター 青木 大地 ロフトワーク クリエイティブディレクター 国広 信哉 |
17:50 | Workshop Summary |
18:00 | Networking |