EVENT Report

ライオンとANAの社内イノベーターに訊いた
折れない新規事業チームの育て方

組織内から、破壊的イノベーションは生まれるか

将来の成長を見据えて、社内に創設される新規事業チーム。業界の慣習や自社の枠組みを飛び越え、新規事業創出を軌道に乗せるための秘訣とは何か。チームを成功へと導くため、組織デザインに必要な視点とは―

いま多くの企業が直面しているこれらの「問い」へのヒントを探るべく、ロフトワークは2019年3月20日にイベント「新規事業の成長に必要なものはなんだ? LION・ANAと考える未来をつくるプロジェクトの育て方」を開催。ライオン株式会社とANAホールディングス株式会社から、新規事業チームで活躍しているメンバーが登壇し、それぞれの実践を紹介しました。

 

編集:岩崎諒子(loftworkマーケティングDiv) / 執筆:阿久津良和(Cactus)

(左から)ロフトワーク 柳川雄飛、ライオン 研究開発本部 イノベーションラボ所長 宇野大介氏、同ラボ 主任研究員 藤村昌平氏、ANAホールディングス デジタルデザインラボ ANA AVATAR共同ディレクター 梶谷ケビン氏
(左から)ロフトワーク 柳川雄飛、ライオン 研究開発本部 イノベーションラボ所長 宇野大介氏、同ラボ 主任研究員 藤村昌平氏、ANAホールディングス デジタルデザインラボ ANA AVATAR共同ディレクター 梶谷ケビン氏

1年で30件以上の事業アイデアを検討可能にした組織デザインとは?

株式会社ライオン 研究開発本部 イノベーションラボ所長 宇野大介氏

長年にわたり生活用品を広く手掛けてきたライオンは、2018年1月に外部機関・人材との共創を推進し新規事業創出を目指す「イノベーションラボ」を新設。研究開発本部に籍を置きながら、他の部署とは異なる同ラボの組織デザインについて、所長の宇野大介氏が語りました。

青いジャケットコートは、ラボメンバーだけが着ているユニフォーム。こうした小さな既成事実を重ねていくことで、ラボ内に自由な空気が生まれました。
青いジャケットコートは、ラボメンバーだけが着ているユニフォーム。こうした小さな既成事実を重ねていくことで、ラボ内に自由な空気が生まれました。

イノベーションラボでは、自由にアイデアが生まれるフラットな空気を醸成するべく、各メンバーが有機的につながるネットワーク型組織を採用しています。

新規プロジェクトのスタート時には、メンバー自らが思いついたアイデアをチーム全員にメール送信し、興味を持ったメンバーが参加します。この仕組みにより、「創設1年目で、30件以上の事業アイデアを同時並行で検討する組織」(宇野氏)が出来上がりました。

ラボのゴールと指針を明確にするためにそのビジョンを明文化した「INNOVATION LAB. VISION」を社内外に提示しています。
ラボのゴールと指針を明確にするためにそのビジョンを明文化した「INNOVATION LAB. VISION」を社内外に提示しています。

同ラボは、設立1年で『口臭ケアサポートアプリ』と美容機器『VISOURIRE(ヴィスリール)』2つの事業を開発。VISOURIREは、2018年12月にクラウドファウンディングサービス『Makuake(マクアケ)』において目標を約390%を上回る金額で達成するなど、実を結んでいます。

今後について宇野氏は、「仕組み作りや組織を強化し、さらに成功事例を増やさなければなりません。それが一番の課題」と語りました。

口の中から表情筋へアプローチする美容機器VISOURIRE(ヴィスリール)
口の中から表情筋へアプローチする美容機器VISOURIRE(ヴィスリール)

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航空会社が分身ロボットによる「瞬間移動」を提示する理由

ANAホールディングス/デジタルデザインラボ/ANA AVATAR共同ディレクター/ANA Crowdfundingディレクター 梶谷ケビン氏

ANAホールディングスのデジタル・デザイン・ラボ(DD-Lab)は、将来の収益源となる新しい可能性を探ることをミッションに2016年に誕生。現在、『ANA AVATAR』というモビリティの新概念を通じた事業創出に挑戦しています。この取り組みをスタートさせた、DD-Lab 共同ディレクター 梶谷ケビン氏が、その意義とねらいを紹介しました。

ケビン氏らのチームは、移動手段としての「テレポーテーション」から新規事業を発想。遠隔地に存在するロボット「アバター」を新たな体として人の意識や体験、動作を同期させる技術と出会いました。

ANA AVATARは時間・距離・身体能力・経済力などの制約を超えた「瞬間移動」の実現を目指しています。その活用シーンは、遠隔地の医療サービスや観光、障害者雇用、宇宙開発などです。

航空事業を主軸にするANAが、物理的移動を伴わないANA AVATARに取り組むことは、一見すると矛盾しているようにも思えます。その背景には、1年間で航空機を利用する顧客層が「世界人口のたった6%しかいない」ことへの危機感がありました。

ケビン氏はANAグループの経営理念に着眼し、これを大胆に再解釈しました。その対象が必ずしも「航空機」の範疇にとどまらないことから、ANA AVATARを「残り94%の層」にも価値を提供できるモビリティとして位置づけました。

XPRIZEとのアワードやJAXAとの共同プロジェクトも

現在、同社は世界の技術者チームを対象に国際賞金レースを実施しているXPRIZE財団とともに、4年間でアバターロボットを開発する『ANA AVATAR XPRIZE』を開催中です。現時点で74カ国570チームが応募しています。

さらに、だれもがコミュニケーション型アバターを体験できるプラットフォーム「AVATAR-IN」や、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と共同で宇宙探査を行う「AVATAR X」といったプロジェクトを推進。ANA AVATARの普及と社会実装を目指しています。

社内稟議から人事評価まで、実践を掘り下げるオープンディスカッション

イベントの後半では、ライオン イノベーションラボ所長 宇野氏と、同ラボ 主任研究員 藤村昌平氏、ANA ケビン氏の三者と、来場者によるオープンディスカッションを実施。各社の実践や課題について掘り下げました。

イベントでは、「社内稟議の通し方」や「新規事業の芽が育たない」など、新規事業部が抱えがちな課題を掲示。これらを起点にディスカッションを展開しました。
イベントでは、「社内稟議の通し方」や「新規事業の芽が育たない」など、新規事業部が抱えがちな課題を掲示。これらを起点にディスカッションを展開しました。

ディスラプティブ(破壊的)な視点の取り入れかた

(会場から):ケビンさんに質問です。新規事業の定義は多様ですが、私は「既存事業を破壊する」と認識しています。ANA AVATARが成功したらANAはどのようになりますか。

ケビン氏: 当初から、1つのフレームワークとして、何が航空業界をディスラプトするかという考えはありました。

たとえば、ハイパーループ(*1)や宇宙飛行システムのBFR(*2)など多くの新規ビジネスが生まれつつあり、移動手段の変化がはじまっています。一方で、かつてテレビ電話やEメールが登場したとき、「これが普及すると誰も出張しなくなる、飛行機に乗らなくなる」という議論がありました。

しかし、いまなおフェイス トゥ フェイスのコミュニケーションはなくなっていません。ANA AVATARはその体験を他の技術に置き換えるのではなく、それを実行できない方々の不可能を可能にしようという取り組みです。

社内では、今後も航空需要は存続しつつ、テロリズムなどによる需要低下に際しても、アバターでリスクヘッジできると話しています。

藤村氏: 私たちも、自社が持つ事業領域だけで事業を考えるのは危険だと考えます。例えば、ライオンにとって「洗濯」という家事は大事な事業領域ですが、世の中に洗濯のことだけを考えて暮らしている人はいません。

よく社内では「家の中から洗濯機がなくなった世界」という話をします。生活者にとっては、衣類をキレイにするという目的が達成されれば、必ずしも洗濯という行為を家の中でやる必要がないためです。この議論を通じて、「その世界でライオンが果たすべき役割は?」という問いが生まれます。

新規事業のアイデアを生み出すには、自分たちの常識を疑い、どのように覆していくかが重要だと思います。

 

創業ビジョンに立ち返り、本質的な問いで社内稟議をクリア

ケビン氏:(掲示されているキーワードから)「社内稟議の通し方」についてですが、経営層にANA AVATARの中間報告を行った際、「今、テレポーテーションをやってます」と伝えたら、経営層の大半が反対でしたね。ただ、ANAの経営理念に沿った新規事業であることは強調してきました。

弊社ではよくバリアフリーなどのユニバーサルサービスを実施しますが、その恩恵を受けられるのは施設を利用できるごく一部の人々に限られます。これでは、本当の意味でユニバーサル(universal=万人のための)ではありません。

100年、200年先まで6%のシェアを奪い合いを続けるのか、残りの94%を取りに行くのか。物事を本質的に捉えたうえでANA AVATARの意義を説明することで、経営層からも一定の理解が得られ、スモールスタートに至りました。

藤村氏: 我々のイノベーションラボも新規事業に取り組む過程では、創業時のビジョンや経営理念に立ち返ることがあります。自身のテーマがライオンの価値観に沿っているのかを説明できれば、経営陣からの納得も得られやすいと考えています。

 

イノベーターに求められるハートの強さ

モデレーター:イノベーションラボでは「思いを大事する」とお聞きしましたが。

宇野氏: 新規事業は強い想いを持つ人間しか取り組めないし、成功に至りません。だからこそ、その想いを大事にしてきました。

藤村氏: 自分がやりたいことを周りに伝えても「通らない」「反対される」のは当然。そこを「なるほどな」と言わせないと先には進めません。そのためには顧客や会社の上層部に粘り強く想いを伝える必要があります。

ケビン氏: 同感です。新しい取り組みに対する反対意見を乗り越えるには、まずハートの強さが欠かせません。

 

人事評価には、インセンティブとセーフティネットが不可欠

(会場から): ライオンさんに伺いたいです。ラボ設立から1年経って、人材の評価軸が重要になったと思います。また、イノベーションの大半は失敗します。失敗を前提に評価し、モチベーションを維持させる仕組みはありますか?

宇野氏: 僕も正解が欲しいところですが、現在ラボのメンバーに伝えていることは「難しいことに対する挑戦度」。起業家たる能力を軸に置き、いかにその挑戦をアピールしたかで評価しています。

藤村氏: モチベーションの維持という点ですが、 担当が諦めた瞬間が新規事業テーマが止まる瞬間です。彼らが走り続けるには、その心理的安全性を担保するセーフティネットが必要です。さらに、それぞれのテーマがゴールに到達したとき、もしくは目標地点を通過した際のインセンティブも欠かせません。

進行中のテーマが頓挫した場合は、「失敗」というレッテルを貼ってしまうことの影響を考慮しなければなりません。チームを萎縮させれば、多くの事業創出がペンディングのまま終わってしまうかもしれません。

ケビン氏: DD-Labの上司も「失敗しても構わない。どんどんやれ」と言ってくれます。それでも、人事評価は半年ごとに自己申告し、年度明けには定量的な要素を加えた目標を提出しなければなりません。イノベーション系部署では何を書けばいいのか。私は「100%スタートします」と書いていますよ(会場笑)。

言葉遊びであることは人事部も理解しています。なので、多数の失敗は省き、成功例だけを申告しています。

藤村氏: 経営層の方々は、自社の事例よりと他社の事例のほうが素直に聞けるのかもしれません。「なるほど、○○社さんは☓☓で△△を目指すのか…」などというふうに。

他社の事例から学ばせてもらえる機会は増えていますが、そのままコピー&ペーストで取り入れてもうまくいきません。他社の知見から学び、自分流のエッセンスをいれながら、プロセスが完成したら自らの実践も外へ発信する。このサイクルで、世の中の新規事業担当者がどんどん情報を発信していく流れになれば、より良い仕組みが生まれていくと思います。

これは新しいビジネスを日本流に生み出すための、壮大な社会実験と言えるのではないでしょうか。

 

自社のビジョンと担当者の「思い」をつなげ、事業アイデアを形に

ライオンとANA、両社の取り組みからは、担当者の思いの強さと同時に、経営理念など創業者の大きなビジョンに立ち返ることでアイデア実現の推進力に換えていく、しなやかな姿勢を感じました。

また、組織デザインという観点からは、事業アイデアが次々と生まれる空気をつくるためのフラットな文化や、ルール・仕組みづくりが有効なようです。チームの人事評価やセーフティネットの整備については、各社模索している状況が伺えました。

ロフトワークでは、これからもさまざまな企業における新規事業創出の実践とその学びにフォーカスし、紹介していきます。

 

脚注:

*1:アメリカ合衆国の実業家のイーロン・マスクが構想を発表した次世代交通システム。2013年8月に公表された。

*2:アメリカ合衆国の宇宙企業スペースXが民間資本により開発している、次世代の完全再使用型の打ち上げ機と宇宙船からなる宇宙飛行システム。

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