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古来より伝わる色づくりのバイオ技術
「インディゴ染め」の未来とは?

澄みわたる海のように美しい藍色を生み出すインディゴは、染料や顔料として古来より人間の暮らしを彩り、世界中の人々を魅了してきました。

東京・渋谷のMTRLを拠点に活動するオープン・バイオ・コミュニティ「BioClub」では、そんなインディゴ染料とバイオの関係に注目。2018年6月28日、イベント「‘色の農業’ – インディゴサイエンスの世界」を開催しました。

渋谷にアトリエを構えるインディゴアーティストTatz Miki(タツ・ミキ)さんによるレクチャーや特別ゲストを交えてのトークセッション、インディゴ染料を使ったワークショップなど、刺激と発見に満ちたイベントの様子をレポートします。

テキスト=庄司里紗
編集=原口さとみ

「小さな宇宙」の中で育まれるインディゴ・ブルー

インディゴとは、青色の成分を持つ植物と、微生物のはたらきによってつくられる染料です。微生物の生命活動、つまり発酵によって生まれるインディゴの繊細な色合いは、長い歴史の中で育まれた色づくりのバイオ技術の賜物といえるのです。

そんなインディゴの美しさに魅せられた一人、インディゴアーティストのTatz Mikiさんのレクチャーからイベントがスタートしました。

Tatzさんとインディゴとの出会いは2001年。徳島県のとある博物館で、偶然天然のインディゴ染料を目にしたと言います。

「ただの色水だろうと思って大きな甕の中を覗くと、紫みを帯びた深い藍色の液体に、輝く泡がモゴモゴとうごめいていて。まるで宇宙に浮かぶ銀河のような世界が広がっていたんです。『何だこれは。生きてる!』と。生命体が色を作っている、その宇宙的で未来的な光景に、大きな衝撃と感動を受けました」

一瞬で心を奪われたTatzさんは、東京で自然発酵による染料づくりを独学で開始。現在は、天然のインディゴ染料にこだわったさまざまな創作活動で、世界中から注目を集めています。

無から鮮やかな色彩を生み出す微生物の力

インディゴ染めは古来より、世界のさまざまな地域で、その地に自生する青色を含む植物を使って行われてきました。原料には、「インド藍(マメ科)」「蓼藍(タデ科/読み=タデアイ)」「ウォード(アブラナ科)」などがあります。

とくに色素の含有量が多いインド原産の「インド藍」は重宝され、イギリス植民地時代には世界中に輸出され、インディゴ(Indigo)の語源にもなりました。

一方、日本では、中国から伝来した蓼藍を使った藍染めが独自の進化を遂げていきました。江戸時代には庶民の衣類として広く普及し、 藍染めの服は日本人のワードローブとしてポピュラーな存在だったといいます。

レクチャーでは、インディゴ染めのメカニズムについて化学的な側面からの解説が続きます。

「藍の葉っぱは緑色ですよね。じつは染料になる青色成分は、葉の状態ではインディカンという無色透明な物質として存在しています。この眠っている状態のインディカンを叩き起こし、青色を引き出すのが、微生物たちの力なんです。

日本の伝統的な藍染めでは、乾燥させた葉に水をかけては数日様子を見て、混ぜてはまた水をかけて……という工程を何度も繰り返します。すると、葉の表面に住んでいる微生物のはたらきによって発酵が始まり、インディゴが生成されます。こうして3か月ほど熟成・発酵させた藍の葉を乾かしたもの(=すくも)が染料です。

世界には、他にも染料の作り方があります。インドなどでは、生葉を水につけ、溶け出したインディカンを石灰と反応させてインディゴを生成し、沈殿したものを染料(顔料)にする方法が主流です。

藍の葉を発酵させて染料を作る地域は日本以外にもありますが、100日もかけて発酵させるのは日本だけ。さすが、何でも極めるのが得意な日本人ならではの発想ですね」

発酵の強さによってブルーの色合いが変わる

実際のインディゴ染めの工程についても興味深い話が飛び出しました。

「発酵した藍の葉の染料は、甕の中で水と天然の木灰(きばい。ナラ、オーク、シナなど)、微生物の栄養源となる糖などを混ぜ、一定の温度を保ちながら再度発酵させます。この液面に泡が立ち始めると、染めることができるようになります」

「発酵したインディゴの染液そのものは茶色で、空気に触れて酸化すると、青色になります。インディゴ染めでは、染液に布を浸す行為はまだ“準備”。布を引き上げて空気に触れさせるのが“染め”です。この行程を繰り返すことで、美しい藍色に染め上げていくのです」

ペールブルーから濃紺まで繊細な色味を表現する要因には、染色回数だけでなく、染液の発酵の強さも影響するそうです。発酵の強さは、染液の温度や微生物の状態によって変わります。Tatzさんは、微生物たちに最適な環境を調べるため、日本酒やコーラ(!)を染液に入れて試したこともあるとのこと。

また、藍の葉の産地によっても色合いは変わるようです。Tatzさんは、会場に持参したさまざまなインディゴ染料を見せながら、次のように語りました。

「これはフランス産の顔料ですが、インド産とはだいぶ色が違いますね。同じインド産でも、地域が違うと色が変わります。インディゴも農作物と同じで、作り手や育つ土地の気候風土によって、色味に大きな違いが生まれるんです」

「素材の作り手」が問われるファッション業界の今

──第二部は、ファッション界で活躍する2名のゲストを招いてのトークセッション。登壇したのは、熱海を拠点に「衣」と「食」の繋がりを軸に衣服を考えるファッションブランド「Eatable of Many Orders」を主宰する新居幸治さん。そして、バクテリア由来のテキスタイルでファッションの新しい表現を探求するバイオファッション研究家・川崎和也さんです。

新居 インディゴ染めに興味を持ったのは、学生時代に中国貴州省の少数民族・ミャオ族の衣服について調べたことがきっかけです。彼らはインディゴ染めの布に、卵白を塗って撥水加工を施した衣服を作っていたんです。

川崎 僕はバクテリア由来のセルロース(バイオセルロース)をはじめ、サステイナブルな衣類を研究する中で、発酵という現象に関心を持っていて。発酵の進み方や熟成度合いは、周囲の環境で大きく変わるじゃないですか。でも地域によって気候や温度、湿度は違うので、出てくる色味も違ってくる。Tatzさんは、それらの良し悪しをどう判断されているんでしょうか?

 

YouFab2017ファイナリスト作品『Biological Tailor-Made: 2.5 Dimensional Fashion Pattern Cutting』(川崎和也)

Tatz 良し悪しではなく、子育て気分でやっていますね(笑)。発酵が弱い時にしか出せない色もあるし、強い時にしか出ない色もある。それがいいのかな、と。色をコントロールしようとすると、絶対にうまくいかない。

例えば、ワインの味を100種類に分けることがナンセンスなように、藍色を分類することも意味がないと思うんです。インディゴが表現する色合いは無限大。その都度、現れる色味を楽しむ。それが面白い。

川崎 Tatzさんはアイテム一つ一つに、ワインのラベルのように染料や素材の産地、作り手を明記したタグを付けていますよね。ワインが産地や作り手を明らかにしているように、最近はファッションの世界でも生産の過程やトレーサビリティを示していくことに注目が集まっています。

Tatz そういう意味では、ワインが羨ましくて仕方がないですね。色の世界は「デザイナーの名前=誰が作ったか」というところで止まっている。そこにはまだ課題を感じています。

新居 僕は革製品もデザインしていますが、革にも模様や傷の具合などそれぞれに個性がある。例えばそこに、Googleアースのマッピング技術などを使って作り手の情報がわかる仕組みができれば面白いですよね。

Tatz 世の中のニーズはそうなっているし、ブロックチェーンなどのテクノロジーを使えば、正確な素材のトレーサビリティは技術的に十分可能になっているはずなんです。それを難しくしているのは、業界や人間の問題。

サステイナブルな色づくりの復活を目指す

──「人間の問題をサイエンスやテクノロジーが補完しうる」。Tatzさんは、その視点こそ、まさに一番伝えたいことだと話します。

Tatz かつてインディゴ染めの世界では、より純粋な、究極の青を求めることが目標でした。その結果、19世紀の終わりには合成インディゴが開発され、世界を席捲しました。今、流通しているインディゴ製品のほとんどは、合成インディゴを使って大量生産されたものです。20世紀的な価値観では、それこそがサイエンスに基づく「進化」でした。食の世界で、完璧な栄養源を求めてサプリメントが作られたのと同じですね。

でも今は、サプリメントが完璧な食事だとは誰も思いません。ホールフーズ(で食物を皮まで食べること)が「体に良い」という価値観に賛同する人はずいぶん多くなりました。色の世界にも、そういう発想の転換が必要です。

合成インディゴは、ピュアインディゴ(pure indigo)と呼ばれます。なぜなら、不純物が多い天然藍より、化学的に生成された合成インディゴの方が純度は高いからです。でも、天然のインディゴには、不純物や微生物が混然となって醸し出す唯一無二の美しさがある。そういう新しい価値の裏付けとなる、21世紀的な新しいサイエンスが必要だと思うんです。

川崎 そういう「新しいサイエンス」の可能性を開く一つの場が、BioClubのような存在だと思うんですよね。「バイオ」と言われると距離を感じるかもしれないけれど、発酵や醸造だって生物学に明るくない僕らでも取り組める、身近な“バイオロジー”なわけで。開かれたバイオラボを中心に、一般市民が身近なもので実験をする「DIYバイオ」がもっと浸透すれば、より多様な発見につながっていく気がするんです。

Tatz インディゴ染めに必要なのも、そういう発想です。今のインディゴ製品は、安価な工業製品か伝統工芸品かという狭い選択肢になってしまっている。僕はそのギャップを埋めたい。

その答えの一つが、「色の農業化」なんです。21世紀的な価値転換が起こりつつある中で、工業製品ではないオーガニックなインディゴ製品に対するニーズは高まっています。伝統工芸としての藍染めに敬意を払いながら、サステイナブルな色づくりのインフラを新たに作るには、農業化して作り手を増やしていくことが重要。そうやってプレイヤーの数が増えれば、色づくりの可能性そのものも、広がると思っています。

──Tatzさんは今、そんな状況に変化を起こすべく、植物由来のサステイナブルな色づくりの復活に力を入れています。伊勢志摩や気仙沼でインディゴ植物の栽培に努めたり、人々がもっと気軽にインディゴ染めを楽しめる染色サービスをプロデュースしたりするなど、活動の幅を広げています。

新居 僕も工房の裏庭で、蓼藍を育てています。自分たちの服づくりに使うためなんですが、アブラムシがついてしまったり、育てるのは意外と難しくて。素材をつくることの大変さを多くの人が共有できれば、モノに対する人々の考え方も変わっていくと思う。

川崎 今日の登壇メンバーがやっていることは、素材に向き合い、探求することで、ものづくりの解像度をどれだけ上げていくか、ということだと思う。

サステイナブルなサイクルに寄り添って素材を「育てる」って、本当に大変です。作り手の僕自身は急げても、(素材を作る)微生物は急げないし、思い通りのモノを作ってくれるとも限らないので(笑)。

Tatz 僕も「菌をコントロールしよう」という思いは捨てました。ままならない自然を相手に、失敗を繰り返していくことで、プロダクトの改善点が見つかる。それこそまさにサイエンスだな、と今日は改めて思いました。

ワークショップでは実際にインディゴ染めを体験

トークセッションの後は、参加者のみなさんと、インディゴ染めを体験するワークショップが開かれました。

前日からTatzさん自ら仕込んだという今回の染液は、インド産の天然顔料(インディゴフェラ)と水、果糖(フルクトース)、石灰を混ぜたもの。

まずは、染めたいものを水で濡らし、水気をよく切ったら、甕の中にスーッと静かに沈めます。染液の中ではユラユラさせる感覚で。バシャバシャ揺すってしまうと空気に触れてしまい、きれいな発色にならないので注意。

まんべんなく染液が行き渡ったら、静かに取り出して、余分な染液をしぼります。取り出したら、できるだけシワを伸ばして空気にしっかり触れさせるように揺らします。

この工程を何度か繰り返して、好みの色に染めていきます。

参加者のみなさんがそれぞれ持参した染めたいものは、木綿のハンカチやポーチ、変わったものでは手漉き和紙や淡水パールのネックレスまで! 新居さんは木片を染めていました。強気です。

ワークショップ後は、作品の仕上がりを見ながら参加者同士が議論したり、Tatzさんに質問する姿も見られました。誰もが気軽にインディゴ染めに触れられる環境をつくっていくこと。そこから、さまざまな議論や気づきが生まれること。それが、サステイナブルな色づくりのための第一歩かもしれません。

庄司 里紗

Author庄司 里紗(ライター)

1974年、神奈川県生まれ。大学卒業後、ライターとしてインタビューを中心に雑誌、Web、書籍等で執筆。2012〜2015年の3年間、フィリピン・セブ島に滞在し、親子留学事業を立ち上げる。現在はライター業の傍ら、早期英語教育プログラムの開発・研究にも携わる。明治大学サービス創新研究所・客員研究員。http://risashoji.net

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