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あなたの「言葉」は歴史のなかにいる(日本語学者:今野真二)
デザインの根幹を探す勉強会・第1回レポート

経済産業省・特許庁による「産業競争⼒とデザインを考える研究会」に参画するロフトワークが、「デザイン」という概念に関する解像度を上げるために開催する「デザインの根幹を探す勉強会」。

第1回は日本語の歴史を研究する清泉女子大学今野真二教授を講師に迎え、知られざる日本語における「デザイン」の歴史について、講義・ディスカッションが行われました。わたしたちが使っている日本語はいかなる連続性のなかでデザインされてきたのでしょう。

テキスト=矢代真也

講師をお願いした今野教授は、日本語の歴史に関する多数の著書で知られています。

1:言葉の意味は常に変わる

まず今野教授がひも解いたのは、日本語における「デザイン」という言葉の歴史。日本語研究者が語義を確かめる際に必ず引くという『日本国語大辞典』によれば、デザインという言葉は下記のように定義されています。

広義には、絵画・建築・彫刻・装飾・工芸などあらゆる造形作品の計画や意匠あるいは下絵のこと。現在では狭い意味で、建築、工業製品、服飾、商業美術など実用的な目的を持った造形作品の計画・意匠をさすことが多い。(『日本国語大辞典』第2版)

一方で、定期的に更新され新しい語義を取り込む『三省堂国語辞典』には、下記のように「設計」という意味が追加されているのです。

◇①意匠。また、意匠を考え〈ること/たもの〉。②設計。(『三省堂国語辞典』第7版)

建築などの具体的な制作における、1つのプロセスを指していた「デザイン」という外来語は、「大学のグランドデザイン」などの例にあるような抽象的な「設計」という意味をもちつつあることがわかります。さらに「デザイン経営」のような新しい概念のなかで、デザインという言葉がもつ意味は拡がりつつあるといっていいでしょう。

もともと人間の身体的な部位を指していた「耳」という言葉が、「パンの耳」のような抽象的な「端っこ」という意味を獲得するように、これは言語というものがもつ必然的な流れ。今野教授は、それをコントロールすることは難しいといいます。

2:漢語と和語で「デザイン」できる

使う人によって異なる定義があるなかで、言語における「デザイン」を考える際に、デザインという単語がどのような意味をもつのかを定義しなければなりません。今野教授は、それを「アウトプットされたかたち」と定義しながら、講義は進みます。

「今日わたしが話しているのも、ひとつのデザインといえるかもしれません。ギャグを入れて軟らかくしゃべるか、難しい言葉をつかってアカデミックにしゃべるか、それは話し手に委ねられています」(今野)

いまでは意識されることが少ないですが、日本語には中国語を借用した「漢語」と、純粋の日本語である「和語」の2種類の言葉があります。使われる文脈によって違いますが、現在使っている日本語の単語の半分ぐらいは中国語由来の語、すなわち漢語だと考えられます。この借用語の割合は他の言語と比べて極めて高いそうです。漢語を多く使えば「固く」、和語を多く使えば「柔らかく」…。単純化すれば、日本語ではこの2つの言葉を使い、デザインが行われているのです。

そしてそれは、現在の和語と漢語が混在する日本語が生まれたころから意識されてきました。『源氏物語』帚木巻のいわゆる「雨夜の品定め」には、博士家の娘が、病気のときに見舞にきた男に漢語を使って「風邪を引いたので会えない」と仰々しく伝えたという笑い話が収められています。平安時代にはすでに「固さ」と「柔らかさ」のデザインが行われていたのです。

平日の夜にも関わらず、仕事でデザインに関わる多くの方々が参加してくれました

3:伝達言語と詩的言語はミックスされる

漢語と和語によるデザインの違いは、言葉のニュアンスがもつ深みの一端といえます。一方で言語には、「禁煙」や「立ち入り禁止」のような、純粋な伝達でしかないものもあります。さらに、気持ちやイメージを伝達する俳句や和歌といった「詩的」な言語があるわけです。われわれは、それをミックスしながら言葉を使っていると今野教授はいいます。

たとえば、どの媒体で表現をするかによって、ミックスの案配は大きく異なってきます。手紙や原稿用紙で気持ちの勢いを伝える「!」を多用する人は少なく、情報を正確に伝達されることが求められるかもしれません。一方で、SNSやLINEといったコミュニケーションツールでは、親近感を伝えることが重視されることもあります。単純に「帰る」と書くだけではダメで、スタンプを追加しないといけないこともあるでしょう。

平安時代の話に戻れば、貴族は漢文で日記や公文書を書き、和歌だけはひらがなで書いていました。今野教授によれば、いま媒体と文体の対応関係が、かなり細分化されている感覚があるといいます。「デザイン経営」を考えるうえで、多様化するコミュニケーションにおいて言葉への解像度を高めることは不可欠になってくるかもしれません。

4:ルールにより言語は変化する

また、言語を巡る社会的なルールにも変化があると今野教授は語ります。「現代仮名遣い」や「常用漢字表」という日本政府のルールに準拠することが、「日本語の正しさ」においては重視をされてきました。言語生活に使われる漢字の目安として絞られた2,136字をあげ、それに従うような「統一」が求められてきたのです。

一方で、最近PCやスマホなど容易に漢字を入力できるようになった結果、常用漢字のルールが従来とは逆行してきているといいます。たとえば、妖の字が常用漢字表に追加されたことが例として挙げられます。ただ、この変化は言語の多様性を高める目的が明確にあるわけではないので「筋が通らない」と今野教授は批判します。SDGs(持続可能な開発目標)などで、政府が「多様性」を重視するのであれば、「言葉のデザイン」にもその多様性を還元してもいいのかもしれません。

「『です、ます』と『だ、である』が混ざっていることに違和感を抱き、それが誤った用例だと目くじらを立てる人も多い。ただ、明治時代にはそのような書きかたが普通に存在しているのです。歴史のなかの連続性を検討せずに、是非を判断することは避けた方がいいのではないかと思います」(今野)

今野教授が資料として持参してくださった、日本語初の教科書『小学読本』。アメリカの教科書を日本語訳、図も翻案したものだったといいます。

5:あらゆる言葉は歴史のもつ連続性のなかにある

さらに今野教授は、日本語の歴史を考えるための資料として、明治6年に発行された日本語初の教科書『小学読本』を挙げます。本書には、漢語が多く使われて難解に見えますが、江戸時代の寺子屋に通っていた子供たちは、これをさほど難しいと感じていなかったといいます。日本の歴史においては、明治維新というポイントがクローズアップされがちですが、人々の言語感覚は江戸時代からの連続性のなかにあったのです。

また、いま日本人の言語感覚を考えるために、今野教授は日本初の近代的国語辞典といわれる『言海』の活字体の例を挙げます。この辞書では、「山(やま)と川(かわ)」という和語と「金(きん)と銀(ぎん)」という漢語では、見出しに微妙に異なる書体が使われていました。その校正に大量のエネルギーを使う必要があるほど、明治時代の人々にとっては和語と漢語の違いが大きな意味があったのです。

「事実として、明治時代の人がもっていた感覚を現代人がもっていないことを認識する必要があります。過去がどうだったのかを確認しなければ、正確に現在を認識することはできません。丁寧な検証なしにいまどうするかを決めると、筋が通らなくなっていく気がします」(今野)

6:言語は万能でも完全でない

講義のあとは、参加者を交え、ディスカッションが行われました。そのなかで「伝達ばかり求められるいまの社会は、デザインのような非言語コミュニケーションではなく、言葉に頼りすぎていて、正確さを求められているのではないか?」という問いに、今野教授は「言葉は万能ではない」と答えました。

「音楽や食事など、言葉と距離があるものを言葉で説明する場合がありますよね。どんなに正確さを期したとしても、原理的には全てを伝えることは不可能なわけです。伝わらないことがあることは、必ず認識した方がいいんです。言葉ですべて表現できるわけではありません。もちろん正確であるにこしたことはありませんが、言語が完全でないことを知っていれば、正確でなければならないという息苦しさが減るはずです。そんなゆとりが生まれれば、非言語コミュニケーションにも、いま以上に豊かさが生まれるのかもしれません」(今野)

デザインを非言語による伝達手段だとするならば、言語の限界を考えた上でなければ、よりよいコミュニケーションを生むことは難しいのかもしれない。今野教授の話から、言葉のもつ歴史的な深さやコミュニケーションのもつ根源的な価値を学ぶことができた2時間でした。

次回の勉強会は10月30日(火)。「なぜ武士は切腹したのか? 社会構造と責任のデザイン」と題して、日本史学者の山本博文教授をお迎えし責任とルールのデザインについて学びます。

講師 / 開催概要

講師

今野 真二(清泉女子大学・日本語日本文学科教授)

1958年神奈川県生まれ。1986年早稲田大学大学院博士課程後期退学。高知大学助教授を経て現職。日本語学専攻。著書に『仮名表記論攷』(2001年、清文堂出版、第30回金田一京助博士記念賞受賞)、『100年前の日本語』(2012年、岩波新書)『正書法のない日本語』(2013年、岩波書店)『盗作の言語学 表現のオリジナリティーを考える』(2015年、集英社新書)『リメイクの日本文学史』(2016年、平凡社新書)『詩的言語と絵画─ことばはイメージを表現できるか』(2017年、勉誠出版)など。

開催概要

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