EVENT Report

いまこそ問われる「ホーム・グラウンド」とは?
ーWork From Anywhere時代に求められる自社拠点の可能性

今こそ問い直す、「企業のワークプレイスの本質とはなにか?」

2020年、世界中がwithコロナを経験し、リモートワークやWork From Anywhere(WFA)が加速したこともあって、働く環境や働く人の思考はますます変化しています。一方、オンラインでのチームマネジメントの難しさや、仕事における偶発性の担保、社員のエンゲージメントの確保などの課題も浮き彫りに。さらには自社オフィスが今後どうあるべきか?という問題は、全ての企業の経営課題となっています。

ロフトワーク擁するレイアウトユニットは、これまで多くの企業のオフィスリニューアルや共創空間の開設を担ってきたものの、コロナ禍で「企業のワークプレイスの本質とは何か?」という問いに改めて向き合いました。そして、デザイン経営の観点でこれからの企業拠点のあるべき姿の仮説として「企業にとっての”ホーム・グラウンド”が必要では?」を置いています。

今回、このテーマをもとに、これからのワークプレイス(HOME GROUND)について、働き方の有識者やワークプレイスのデザイナーと共に参加者と議論を交わす機会をつくりました。その様子をレポートします。

執筆:田 美智子
編集:Layout Unit

ロフトワーク 松井(以下、松井):今私たちはコロナの影響による変革を求められている真っ最中ですが、“ソーシャル・ディスタンス”や“リモートワーク”、“Work From Anywhere”、“本社移転・郊外移転”、“ニューノーマル”、”オフィス再編・縮小・不要論”などなど、新たな言葉とともにこれまであった概念を覆すような在り方が生まれ、そして動き始めています。ロフトワークは「ホームグラウンド」という考え方についてコロナ前から様々な企業と取り組んできました。人が集まり交わるコミュニティ空間を意識して、本社のリニューアルなどにおいて共創空間をつくってきました。鈴与本社リニューアルプロジェクトやYahoo本社移転プロジェクトなどの事例があります。

コロナを踏まえた変化を意識しすぎず、ホームグラウンドとは何だろう?変化しつつも大事にしたい部分が何なのか?という点について本日はみなさんと共に考えられたらと思います。

「ホーム・グラウンドを考える、大切な視点とは?」

松井:まず初めに“ホームグラウンド”と聞いて、どんな印象でしたか?

Flooat 吉田 裕美佳 氏(以下、吉田氏):何となくモヤモヤと考えていたことがくっきり見えた感じと言うんでしょうかね。オフィスというものは必要だと思うし、ホームグラウンドという言葉に“居場所”的な要素が含まれるから、ここからさらに膨らませていくと次の新たな指針となりそうだと感じています。ホームグラウンドという言葉が悔しいと思うくらいにいい言葉だと感じています。

&Co/Tokyo Work Design Week 横石 崇 氏(以下、横石氏):僕もホームグラウンドの概念はとても共感しています。 僕にとってのホームグラウンドは自分のオフィスだけを指してるものではありません。ロフトワークのオフィスのように全員のことを知っているわけでも何しているかもわからないけど、そこに行けば歓迎してくれる人がいるし、フカフカのソファなど含め居心地がいいなと思える場所です。今日のディスカッションを通して、よりホームグラウンドについて深めていければと思っています。

誰のためのホームグラウンドか?

松井:ホームグラウンドって野球で言うと本拠地で、選手にとっては最も力を発揮できる場所、ファンにとっても経営陣にとっても大事な場所、そんな意味があると思っています。企業のホームグラウンドを考えるときに「誰のための?」というポイントもあると思います。社員はもちろん、経営者や取引先、お客様や社員の家族、などがあると思います。吉田さんはKADOKAWAが新たに所沢につくられた本社設計に関わっていましたがどのようにお考えですか?

吉田氏:KADOKAWAはクールジャパンの拠点としてところざわサクラタウンをつくったのですが、来訪者や地域の人そして社員も複合的に交わる場所をつくりたいということで所沢にもオフィスを構えることにしたのです。社員は東京のオフィスでもところざわキャンパスでもどこでも自由に選んで働くことができます。感覚的には飯田橋ではコンパクトにクイックに、所沢は一日どっしりそこで働くのに適した環境になっています。

松井:社員はもちろんだけど、社員以外の人が交わる場として活用できる要素が含まれているってことも重要になってきそうですよね。

横石氏:組織から個の時代になってきていることを考えると、会社や組織の壁が溶けたんじゃないかなと思っています。会社は社員だけのためではなく、社員の家族もそうですし、顧客やユーザー、すべてのステークホルダーが交わる場に発展していってるのではないでしょうか。もう少し言うと、「どこで働くか」よりも「誰と働くか」が重要になってきますし、誰と働くかと同じくらい大事なのが「何をするか」です。何をするかに集まってくる人たちのためにあるのがホームグラウンドなのかな、と。会社のビジョンやミッションを見直した上で本当に必要なものが何なのか。それを考えて選んでいくことが大事なのではないかと思います。

吉田氏:今までのオフィス設計の経験の中で、オフィスに個人の城をつくりたがる人がたくさんいたんですよね。これまでは力を持っていたその人たちのための世界がつくられる傾向が強かったけど、今の時代はもう個ではなくパブリックになってきたと感じています。誰がというより、誰もがという考え方の方がしっくりくる感じです。

横石氏:その城や城壁を築き上げてきたキャッスルワーカーとパブリックであることが前提のクラウドワーカーが一緒に働ける場所がこれまでなかったわけですが、ようやくスタートラインに立った感がありますね。

ホームグラウンドから何を学ぶか?

松井:たねやの本社ラ・コリーナの事例がとてもホームグラウンド的だなと思っています。自然の中につくられたオフィスなんですが、社長がなぜそういう場所につくったかというと、社員に自然に学んでほしいと思ったからなんだそうです。自社の生業が自然とつながっていて、人間もその自然の一部でそこから学び感じたことをお客様に提案できるといいのではないか、そう考えて森や田畑のなかにオフィスを設けたというのです。本社という場所を「自社のビジョンや経営の眼差しを表現する場」という視点で捉えた事例ですね。また、スノーピークも広大な敷地にキャンプ場をつくっていますよね。自社のビジネスを土地を使って表現する壮大なコーポレートメッセージ。これらはとてもホームグラウンド的なアプローチだと思うし、こういった形で企業それぞれがカラーを出していけると考えています。

横石氏:編集者の佐渡島庸平さんが率いるコルクは最近オフィスの面積を3分の1にしました。経営も順調なのに、なぜオフィス拡張をやめたのか。そこで彼らが何を学ぼうとしたかというと「インターネットから学ぶ」ということを真剣に考えているということでした。これからの漫画の主戦場がデジタル配信になることを見据えて、オフィスを最小限に収め、インターネットに重心を置くことで学べることがあると考えての選択ということですが、事業で何を大切にしているのかがとても態度で明確になっています。KADOKAWAの新オフィスも同様に都市だけでは学べないことを、所沢という地域で学ぶということを視点においていますよね。

ホームグラウンド感を感じる要素とは?

松井:手前味噌で恐縮ですが、ロフトワークのメンバーの岩崎がロフトワークの渋谷オフィスって様々な業務や自身の状態にふさわしい場所を見つけることができる空間だと言っていたんです。

「集中して作業したいとき、誰かに意見をもらいたいとき、テンポよく作業業したいとき、取材するとき。業務のいろんなタイミングで、ふさわしいスペースを見つけることができるんです」

これって、働く場所の価値を感じるとそれが居心地の良さにつながり、ホーム感を感じるのに重要な要素かなと思うんですよね。

吉田氏:居心地の良さは私も空間つくりの際にとても大事にしています。動線的には行き止まりをつくらない様にしています。グルグルと人が動き回ることで場が活きて自然と人が集える場所に育つとおもうからです。また光と影などを意識してデザインにおとしています。壁にあたった光の色や影の長さなどで時間を感じたりできることも居心地の良さをつくる要素だと考えています。そういう使っている人にとって心地よいという感覚が積み上がればそこがホームとして感じてもらえるのではないかと。直接的ではなくアフォーダンス的に誘導して何となく居場所としての価値を感じさせる要素を空間に仕込んでいます。例えばKADOKAWAの場合は全てムラのある素材でつくっています。塗装の壁も人の手が入って揺らぎが感じるようにしている。最近のオフィスは流行もあってインダストリアルで冷たい機械的な印象のものもありますが、それは本質を追っていないと思っています。ホームのデザインが温かみのあるものが選ばれることが多いのと同じ様に、オフィスのデザインもより温かみのあるものになっていくのではないかと思っています。

横石氏:ホームグラウンドと言えども自宅ではありませんから、緊張と緩和をどう行き来するか、がポイントになると思っています。緊張と緩和それぞれの空間をつくるために、間仕切りを入れるのは簡単だけど、そうではなくシームレスな空間でつなげることも大事。ロフトワークの林千晶さんも言っていたのですが、間というのは余白ではなく、間と間が重なる部分のことを指す間(あわい)の考え方がしっくりきます。昔の日本的家屋にあったような縁側や土間のように、間を感じられる場が生み出すものってあると思います。

松井:渋谷QWSも壁をつくらない空間を意識していて、隣り合う人同士が絡んでいけるような、そんな世界観を大切にしながら計画しています。日本的家屋が持つ居心地のいい要素は現代でも活用できそうですね。

横石氏:そうなんです。リモートワークになくてオフィスにあるもの、それは間なんだと思います。コミュニケーションには伝達モードと生成モードの二つがあって、zoomなどのオンラインコミュニケーションは伝達には向いているけど生成には向いていない。なので伝達に向いた要素を空間につくっていくことが大切だと考えています。

「これからのホーム・グラウンド実現に、あったらいい要素とは?」

ロフトワーク 松本(以下、松本):私は以前オフィス家具メーカーで働いていたのですが、もっと上流の方から働き方を提案したいと思いロフトワークに来ました。どの企業にも当てはまるような既製の家具やワークツール、什器ではなくオリジナルの自社らしさを表現する場やツールを独自に開発してもいいのでは、と感じています。そこでアイデンティティの伝達なども行えるのではと。大事なのは見た目の話ではなく、プロセスの話でもあると思っているので自分たちが一番大事にしていることが少しずつ表層的に滲み出ることでブランドが醸成されてくるのではないかと思っています。

吉田氏:ツールに独自性を持たせて企業ブランドを伝えるというのも考え方としてはわかります。ただ、デザイナー的な観点で言うと、まだまだ既製品であってもコーディネートによっての可能性はあるとも思っています。もの一つとっても何と組み合わせるか、どの素材や色を合わせていくかなどどういう空間にするかまで深く考えられている事例はまだ少ないと思うので、既製のものでも十分ブランドを表現できる空間はつくれんじゃないかと。

松井:家具什器で表現するだけではなく、KADOKAWAのようにランドスケープで捉えて空間全体から個性を導いてくるってのもアプローチとしてあるかもしれないですね。

吉田氏:そうですね。KADOKAWAでは約2500坪の広大な土地全体をフィールドと見立てて、そこに地形をつくるように床や天井のレベルを変えてオフィス全体を自然の中で人が動き回れるような構成にしています。所沢は都心からは距離がありますが、それでも社員はじめ関わる人たちがわざわざここまで来たいと思えるようにしたくて、東京ではつくれないような豊かな空間づくりを行いました。

ホームグラウンドであるといい行動とは?

横石氏:今年は在宅が多く、自宅で草花を育てた方も多いと思います。育てる時には、植物の状態を見たりと手間をかけてコミュニケーションを取らないといけない。ホームグラウンドの要素って手をかける要素が含まれると思うから、オフィスでも自分が育てるための草花を持っておくとかおもしろいんじゃないかと思うんですよね。

松本:愛着は自ら体験することで沸くものだと思うんです。場の家具やツールを自分なりにコーディネートしたり、心地いいと思えるように整えるなどの行為から生まれるし、それが場や人のマインドを育てることにつながる。だからそういう体験の機会を社員自らが提案できる環境だといいなと。そこで提案が採用されて日々自分で自治している感覚が芽生えるほど、ホームグラウンド感は出てくるし、やり続けているうちに自分のワークスタイルにも自信を持つんだと思います。

横石氏:実際に社員がそれぞれ植物を会社で育てている企業の話では、うまく育てている人は営業の成績もいいという調査結果があります。きちんとやりとりをして愛情をかけるということができるから、そういう人がビジネスでもうまくいくってのはわかる気がしますよね。

コラボレーションを生み出す場とは?

横石氏:最近キッチンを設置しているオフィスもありますが、キッチンってコミュニケーションスペースのように思えて、本来はコラボレーションスペースなんですよね。もっとコラボレーションスペースが自然な形で増えるといいなと思ってます。『職場の科学』著者で、業務プロセス改善士である佐渡あまねさんに伺ったのですが、マイクロソフトと他社の改革の違いは全てはコラボレーションのために必要な施策として設計されているのです。例えば、1回のMTGは30分間だけとか、紙を使わないなど。いかに従業員同士がコラボできるか?自社以外とのコラボ熱を高められるか?を考えて施策や制度がつくられているそうです。今後オフィスをつくるときにも「何のために?」の目的設計が重要になりそうだなと思いました。

松井:コラボのためだったらその機能は目的通りのキッチンなどでなくとも、何かしらのコラボとなりうる場所を用意しておくといいってことですよね。

吉田氏:KADOKAWAのフィールドでは広い敷地の中で空間を区切ってしまうと、見渡せなくなってしまうので、空間を区切らずに場所をアフォーダンス的に変えていけないかと考えました。森と呼んでいるゾーンは床は上げて天井は下げ、あえて開放感を抑えていてそこは集中して仕事をする場所とか中央の庭の周りにはソファをふんだんに置いてガヤガヤコミュニケーションを取る場所と全てを感覚的に解釈できるようつくっています。

横石氏:表示されたサインで気づくのではなくて、自発的にみんなが考えて「こうやったらいいんじゃない?」という能動的態度が毎秒生まれているわけですから、結果的に数十年という長い時間が経ったときに、組織の力としては大きな違いになりますよね。形式知と暗黙知が組織の中にあるならば、暗黙知を引き出しオフィスに形として表現するのがデザイナーやロフトワークのレイアウトチームの役割だと思うんです。そして、そのアプローチは対話の中からしか生み出せないわけですから、今までのオフィスづくりでは当たり前だった「これが正解です」なんて画一的な手法はまったく意味がありません。

松井:デザイン経営の中で大事なのもビジョンや暗黙知を、どう空間デザインで可視化して従業員と経営者が同じ感覚を共有しあえるか?というのが次のステップとして必要かなと思っています。自社らしい空間をつくる難しさはそこにあるのでしょうね。「ホームグラウンド」が改めて挑戦しがいのあるテーマと再認識できました。ありがとうございました!

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