
地域に根づいたカルチャーを観光資源に昇華する、面白さと難しさ
「観光と文化」イベントレポート
2025年1月17日、FabCafe Tokyoにてトークイベント「観光と文化ー地域のカルチャーと観光をつなぐ その土地ならではの体験価値を生む音楽・芸術祭のデザイン」が開催されました。
このイベントには、別府を舞台にした音楽フェス「いい湯だな!」の主宰・深川 謙蔵さんと、「阿寒アイヌアートウィーク」の立ち上げに携わったロフトワーク・室 諭志が登壇。各々の事例を取り上げながら、地域固有の文化や音楽・芸術活動を新たな観光価値に結びつけるための工夫と課題について議論しました。
本レポートでは、イベントで紹介された、各事例のポイントをご紹介します。
温泉のように立場を超え、別府の街と音楽にどっぷり浸かるフェス「いい湯だな!」
深川さんは、東京での会社勤めを経て、学生時代を過ごした別府に移住。現在は市内でミュージックバーの経営と音楽イベントの企画運営を行い、地域文化の振興に取り組んでいます。

「いい湯だな!」は、温泉地として有名な別府の街を舞台にした都市型音楽フェスです。2021年に深川さんが中心となってスタートし、過去3回で徐々に規模を拡大。昨年は約800人を動員しました。別府の代名詞とも言える「温泉」のように、来場者が立場や肩書きに関係なく、音楽を通じて一体感を味わえる場を目指しています。

「いい湯だな!」のステージとなるのは、別府の街まるごと。駅前エリアを中心に、市内に点在するライブハウスや温泉施設を会場に設定し、参加者はその間を回遊しながらイベントを楽しむ仕組みです。深川さんは「ライブを楽しむだけでなく、温泉に入ったり美味しい地元の食事を味わったり、別府そのものを体感してほしい」と語りました。
「いい湯だな!」の詳細な情報は、以下からご確認いただけます。
多様性を反映した仕組み作りで、将来は「SXSWを目指す」
「いい湯だな!」の大きな特徴の一つに、耳が聞こえる人だけでなく、聴覚障害者も音楽を楽しめる取り組みが行われている点が挙げられます。サポート企業の富士通が、音を振動や光に変換するデバイス「Ontenna(オンテナ)」を貸与。それに加え、ステージには手話通訳者を配置し、歌詞やMCの内容を手話で伝える試みも実施しています。
別府は昔から多様性に富んだ街で、身体の不自由な方が湯治で別府を訪ねる光景も珍しくないといいます。「音楽は聞くだけのものではない。振動や光を通じて体全体で感じることができる」という深川さんたちの取り組みは、まさに別府のカルチャーを体現したものと言えるでしょう。

また、地域経済への還元にも注力。別府市内の協力店舗をスタンプラリー形式で巡る仕組みを設け、飲食店や温泉施設と連携して参加者が地元にお金を落とせるように工夫されています。これにより、観光客と地元の人々が共に経済的恩恵を共有できる点も「いい湯だな!」の魅力の一つです。

最後に深川さんは、「いい湯だな!」の将来像を「最終的には、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)のように、別府全体を舞台にした音楽・文化・アートの祭典を目指したい」と述べました。地域資源をさらに活用しながら、観光と文化を結びつける活動を拡大していく今後の「いい湯だな!」に注目したいところです。
映画制作を通じて地元の人々もあらためて気づいた、地域固有の文脈
続いて紹介されたのが、「阿寒アイヌアートウィーク」プロジェクト。北海道釧路市の阿寒湖アイヌコタンは、アイヌ文化が色濃く残る観光地です。中心部ではアイヌの伝統的な工芸品が販売されているほか、祭事やガイドツアーも行われています。一方で、旅行者の観光志向がより深い地域理解や体験を求めている近年の潮流を受け、「アイヌ文化の根強いファンが訪れる聖地として認知を高める」ことを目指し立ち上げられたといいます。

プロジェクトに設定された課題は、「動画による地域プロモーション」と「閑散期の誘客」。まず、地域プロモーションを目的に、短編映画『urar suye(ウララ スエ)』が制作されました。主人公の眼差しを通じて阿寒湖の豊かな自然や風土を追体験できる内容となっています。さらに、映画制作の過程で、外部から訪れる制作スタッフと地元の人々との対話によって地域の歴史や文脈が再発見されるなど、思わぬ成果もありました。室は「映画づくり自体が地域理解を深めるプロセスとなった」と語ります。


制作された短編映画の詳細は、以下のニュースからご確認いただけます。
また、本作の続編として制作された『cupki mawe(チュプキ マウェ)』も2025年2月に公開されています。
釧路市、現代に息づくアイヌの世界観を体感する短編映画 『urar suye(ウララ スエ)』を公開 マイナス20度の阿寒湖で描く、現代アイヌと若者の交流。 短編映画『cupki mawe(チュプキ マウェ)』を公開
新たなクリエイティブと伝統的な文化資源が共存する「アイヌアートウィーク」
もう一つの軸となる「アイヌアートウィーク」では、現地のアイヌ作家と現代アーティストが協働し、さまざまな文化的・芸術的活動が行われました。ガラスや照明器具といった異素材を組み合わせた作品や、自然観をモチーフにした新たな木彫作品が制作されたのは最たる例です。また、アーティストインレジデンスとして現代アーティストを阿寒湖に招き、原生林の見学や、地元の作家との対話を通じて製作された作品も展示されました。


さらに、1960〜70年代の阿寒湖アイヌコタンの風景写真をアーカイブから掘り起こし、釧路市内からは古い木彫品を借り受けて展示する取り組みも実施。こうした素朴で伝統的な文化資源が旧来的に知られているアイヌ文化の魅力を補完することで、「新たな魅力の価値を高められたのではないか」と室は語りました。

持続可能な祭典にするために。実践したことで分かった次なる課題
北と南の個性的な2つの事例を聞き、観光と文化の結びつきについて参加者は興味津々。パネルディスカッションは、登壇者の2名への質問をもとに進められました。予算や集客課題に対する実践者ならではのリアルな回答に深く頷く参加者は多く、また登壇者同士が共感し合う場面も。
時間いっぱいまで質問は途絶えることなく続き、終演後も登壇者との交流などで遅くまで賑わい、イベントは幕を下ろしました。

執筆:吉澤 瑠美
スチール撮影:村上 大輔