EVENT Report

台湾の市場文化をアイデアで盛り返す。
「新しいローカルビジネスを考える」ワークショップレポート

“市民の台所”として暮らしを支える「市場(いちば)」。日本でその役割はスーパーやコンビニに委ねられる光景も増えていますが、海外へ目線を移せば、今なお地域の生活と密接に関わりながら、来訪者を惹きつける場所になっています。

たとえば、台湾もその一つ。しかし、台湾でも都市開発の波や住民の高齢化、ライフスタイルの変化で、市場の存続が危ぶまれるところが増えているといいます。時代の変化といえば、そうかもしれません。ただ、馴染みの風景がなくなることは、地域の文化や歴史が受け継がれず、街が培った「その場所ならではの魅力」も見えにくくなることを意味します。

そこでロフトワークは、台湾各地で失われつつある市場の風景を見つめ、「近未来の市場のあり方を模索する」ためのプロジェクトを開始します。その一環として、2022年5月30日(木)に、台北市萬華区で1935年から続く「新富市場」を後世に残す取り組みを行うJUT建築文化芸術財団(U-mkt)と共に、「台湾の市場文化に、どのようなポテンシャルがあるのかを紐解くアイディエーションワークショップ」を開催しました。

「未来の台湾の市場をつくる、新しいローカルビジネスを考える」をゴールとして、まずはU-mktディレクターのYiling Hongさんから、これまでの歩みと取り組み、直面する課題、さらに描く未来像をお聞きします。そのうえで、アイディエーションを豊かにすべく、2人の有識者から「ローカルビジネス」への思考の補助線を提示していただきました。

一人は、下北沢の線路跡地を開発した商業施設「BONUS TRACK」プロデューサーである小野裕之さん。もう一人は、“トランスローカルマガジン”を銘打つ『MOMENT』編集長の白井瞭さんです。都市デザイン、テクノロジー、公共性、食文化、五感などを切り口に、歴史を未来へつなぐためのアプローチを考えたワークショップの様子をレポートします。

執筆:長谷川 賢人
編集:浦野 奈美(loftwork.com編集部)

約90年の歴史ある「新富市場」の課題

1935年、日本統治時代の台湾で新富市場は生まれました。それまで台湾の市場は屋外型が基本でしたが、衛生上の問題を懸念した政府により、屋内型の公設市場が開かれたのが始まりです。台湾で初めて「新衛生基準」に沿った構造となり、管理事務所や来訪者用トイレも備えた、当時としては現代的な建物でした。開設時には肉や野菜、雑貨を売る35店舗が入り、製氷室も備えていたといいます。長い間、地域の人々の暮らしを支える存在でした。

しかし、周辺地域にリテールショップやスーパーマーケットができるなど、ライフスタイルの変化は着々と歴史ある市場を変えていきました。2005年に残ったのはわずか6店舗。その後、建物は史跡指定され、2012年に政府が古跡修復(リノベーション)を施しています。

1935年、日本統治時代にできた新富市場。屋内型市場は当時珍しく、入居希望が殺到したという
70年以上にわたって住民を支えてきたが、スーパーマケットなどの一般化で2005年にはわずか6店舗までに減ってしまった

「市場は家のような存在。周辺住民にとって、地域の文化や記憶は市場と密接だった」とYiling Hongさんは言います。この修復後の建物の運営を、建築、芸術、都市生活をテーマに活動する非営利組織の忠泰建築文化芸術基金会に委託。2015年から2024年までの9年間を一区切りに、活用プロジェクトとしてU-mktが始まりました。
プロジェクトの目的は大きく3つ。「この市場を食育の場に変えること」「この史跡を庶民生活の研究基地とし、社会問題を議論する基礎にすること」「この会場を地元や外部のコミュニティとつなぐプラットフォームにすること」です。

これまでにも2017年には建物自体をリノベーションし、展示スペースやカフェ、オフィススペースを構える場所へと変化させました。このリノベーションにより、2019年に日本のグッドデザイン賞を得ています。展覧会をはじめ、地域学習カリキュラムの実施、ベンチャー企業の誘致、歴史を伝えるドキュメンタリー制作や出版といった活動を始め、露天商を巻き込んだイベントも開催。芸術家、建築家、研究者が連携し、現代の生活に新富市場の価値を伝えてきました。

新富町文化市場では、リサーチやイベント、展示会など、これまでも地元住民を巻き込んでさまざまな取り組みを実施してきた

一方で、課題もあります。観点は大きく2点。まず「市場の課題」では、露天商の多くはコロナ禍も相まって発展するネット販売やデリバリーサービスに対応できず、生活者に対する競争力が弱くなっていること。また、市場全体を支持するシステムがハード面・ソフト面で欠けていること。世代交代による価値観の衝突、専門家の関わりや資源の不足なども挙がります。将来的に活用できるかを考え、転用した際の可能性の検討も道半ばです。

そして、「運営の課題」もあります。プログラム開催費や政府に収める「古跡使用費」などで苦しい経営が続くなか、施設運営の方法を変えていくことも考えなくてはなりません。また、現代における市場の需要性や社会的影響力の向上、露天商が参加しやすいコミュニティの運用といった観点もあります。

有るものを単に修復するだけでなく、言わば「新たな様式」をいかに作り出し、現代と接続し直すことができるのか。このプロジェクトが問われている最中にあるのでしょう。

当日はオンラインで台湾とつなぎ、日本からの参加者は逐次通訳を聴きながらの参加となった

下北沢「BONUS TRACK」の“ソーシャルデザイン”

今回のアイディエーションを深めるために、自らの取り組み事例をもとにローカルビジネスへの向き合い方を伝えてくれたのが、下北沢の商業施設「BONUS TRACK」プロデューサーの小野裕之さんです。

もともとは2006年に始まった、ソーシャルデザインやローカルベンチャーを扱うメディア「greenz.jp」運営者として、数々のプロジェクトに触れてきました。小野さんは「ソーシャルデザイン」という考え方について、「社会的な課題の解決と同時に、新たな価値を創出する画期的な仕組みをつくること」を定義しています。「地域が抱えている問題は、反対から見ればポテンシャルともいえる。そこを起点にプロジェクトが立ち上がっている」。

2017年、小野さんのもとに「greenz.jpで取材した起業家が入居するような商業施設をつくりませんか?」と、小田急電鉄からオファーが届きます。世田谷代田駅から東北沢駅にかけて、線路の地下化に伴って生まれた全長2km弱、幅40mの土地活用について相談が寄せられたのです。小野さんは、下北沢で「本屋B&B」を開業した内沼晋太郎さんと共に、BONUS TRACKをプロデュースしました。

線路の地下化に伴って生まれた土地の再開発のひとつとして生まれたBONUS TRUCK。一緒に手掛けたのは、以前から下北沢で活動しているB&Bの内沼晋太郎さん。

実は下北沢にも、時代の変化に伴うある問題が起きていました。それは駅周辺の土地の賃料上昇です。知名度の割には割安だったところが、特に駅前は顕著で倍近い賃料設定になり、それまであった小規模店舗などが立ち退きする事態に。街の景色は次第に、資本力のあるチェーン店が目立つように変わってきました。

「BONUS TRACKはチャレンジしやすい賃料を設定し、様々なビジネスであふれたかつての下北沢を人工的に作ろうと試みています。現在は買い物ができるだけではネットで済みますから、店舗としての価値を出すのは難しい。でも、日々に偶然の出会いがある街こそが、幸せに生きていくためには必要だと僕は思うんです。そして、幸せな人が居着けば、鉄道会社としては周辺人口が増えてリターンがある、というビジネスモデルへのチャレンジです」

小野さんと内沼さんはテナント出店者をセレクション。台湾料理兼レコード店、「日記」を売る店、発酵食品専門店など、収益だけではなく、「社会的・文化的ミッションを掲げ、実践している」店舗が揃っています。

また、建物の作りを通じて、BONUS TRACKが立つ世田谷区の課題にも、アプローチを行っています。この地域は「低層住居専用地域」として建築制限がかけられています。それは閑静な住宅を守るための乱開発を防ぐ一方で、高齢化などに伴い不動産活用が進まず、空き家問題も指摘されている実情がありました。

BONUS TRACKのテナントはそれぞれ、1階部分を店舗、2階部分を住居とする「店舗兼用住宅」を並べることで、制限のある環境でも店舗運営をできるようにしています。また、テナントの一つに下北沢を地盤とすべく不動産屋を誘致し、地域の不動産オーナーとの連携も図っています。

「利回りが良い建物にするには、ではなく、どうすれば面白い街にできるか、という観点からお話ができるようになりました。今はBONUS TRACK周辺地域の開拓も進めています。土地オーナーと小田急電鉄の間に、僕らが“街の使い手代表 ”として介在しているんです」

「まちの不動産やさん」として小田急電鉄と土地オーナーの間に入る、omusubi不動産の殿塚健吾さん

この「間に立つ」というスタンスは、行政と企業の関係図でも応用できるといいます。行政は財源が税金である以上、何かしらの課題解決を図るにしても、国防や学校、医療といった不特定多数に向けた施策が中心になります。一方で企業も、「特定少数」に顕在化されたニーズがあれど経済的リターンが小さければ、株主への説明責任などが果たせず、なかなか手を出すことができません。

「行政でも不完全、企業でも不完全」という領域を担うのが、まさに社会起業家やローカルベンチャー、NPOといった存在であると、小野さんは説きます。「こぼれ落ちるニーズを拾う事業体。細かなニーズをを捉え、いかにビジネスモデルを作れるかがポイント」と伝え、ワークショップ参加者へ示唆を与えました。

小野さんは、行政も企業も手が届き切らない領域こそ、社会企業家・ローカルベンチャー・NPOが担えるところだと話した

『MOMENT』が見てきた世界の事例から学べること

続く有識者は、「シンク&ドゥ・タンク」を掲げるリ・パブリックのシニアディレクター で、トランスローカルマガジン『MOMENT』編集長の白井瞭さん。「新しい物事が持続的に起こる環境をどう作るのか」「市民が自身でいかに新しい事業やプロジェクトを作るのか」といった観点から、地域分野を横断して新しい都市のあり方を模索する人に向け、『MOMENT』を発刊しています。

『MOMENT』がテーマにする「トランスローカル」を、白井さんは「いまここにある資源や技術、文化を別の見方から読み解き直すことで、新しいローカルのあり方を想像し、具現化すること」と話します。実際に取材へ出た中から、この日は台湾、デトロイト、香港の事例を紹介しました。

台湾にある「古風白小屋」は、のこぎりや工作機械、各種の部品などがぎっしりと詰められた、“街の修理場”としてのコミュニティスペース。地域の老若男女が集う場所になっていますが、「循環型経済」を日常に取り込んでいる例ともいえ、現代的な課題との接続を表してもいるのです。

自動車産業で栄えたデトロイトは、2013年の財政破綻など苦難が続く街でもあります。一方で「Pファンク」と呼ばれる音楽ジャンルが発祥した街でもあり、音楽に親しむ市民が多いのも特色。「普段は魚屋を営む店主が、うろこの着いたズボンのまま、街中に置かれたピアノを弾いて歌う」といった光景も見られるそう。

白井さんは、デトロイトにはこういった「サイド・ハッスル(副業だけでない余暇時間で行う好意を伴う活動)」に富んだ住民性を「見えにくい資源や文化」だと話します。

白井さん いろんな人たちが見えないようにしているもの、 普段言わないようにしていることを顕在化する。それが都市にある資源や文化を新しく考え直すきっかけになるかもしれません。

ただ、その思考を阻むのが「思考のフレームワークの固定化」でもあります。自分たち、あるいは住んでいる街は「こういう場所だ」という一種の思い込みが、新しいストーリーを描いていく上での障壁になってしまう。白井さんは「再生のナラティブが固定されてしまう」と表現しました。

そこで、デトロイトではかつて、「イメージング・デトロイト」という屋外映画祭が開催され、デトロイトに関するあらゆるものをドキュメンタリー映像に残し、36時間以上ノンストップで上映するイベントが開かれたことも。さらに製作者、出演者、市民などがディスカッションを行うフォーラムが開かれ、自分たち自身で課題を見つめ、認識する機会を持つといった取り組みもなされています。

香港の「棚仔布市場」は歴史あるファブリックマーケットでしたが、強引な移転計画が持ち上がり、研究者や学生が抗議活動を続けた結果、移転が取り消された過去があります。そこで実施されたプロジェクトは、売られているハンカチーフに好きな言葉を刺繍できるというもの。シンプルなアイデアながら持続的な活動にすることで、新しいナラティブを自分たちから探し求め、訴えかけていく姿が社会的活動としての価値を帯びたといえるでしょう。

白井さんが取り上げる事例たちからは、いくつかの発見が得られます。意義や意味の大きな考え方を、いかに日常の習慣や風景に結びつけていくのか。サイドハッスルや置かれた環境などから、いかに見えない都市の資源や文化を現せるのか。新たな価値体験やナラティブを求め、いかにそれらが得られるように働きかけていくのか──。

「いろんな地域を俯瞰して渡り歩いてみると考えるヒントになるはず」と白井さんは伝えました。

「あなた」が新富市場でローカルビジネスを始めるなら?

今回のワークショップに際して、新富市場が置かれた前提、そしてアイディエーションのためのヒントを得て、参加者はワークに挑みました。テーマは『「あなた」が新富市場でローカルビジネスを始めるなら、なにをする?』。

提出するアイデアには、台湾(新富市場)の「ローカリティ」があること、小さくてもいいので、持続性があること、市場に新しい価値観をつくる可能性があること、という条件が設けられました。参加者は思いつくアイデアを付箋に書き出し、チームメンバーに共有。フィードバックを受けてアイデアを書き足し、気に入ったアイデアを固めていきました

今回のプロジェクトリーダーでワークショップをファシリテートしたディレクターの堤
ワークには、台湾出身のロフトワークメンバーも入って進められた

小野さんや白井さんも含め、普段はデザイナー、空間設計クリエイター、コンテンツディレクターなどを務める参加者がワークに挑み、具体案をUmktと共有しました。露天商の商品を含めた飲食が試せる「シェアリング・バースタンド」といったアイデアが出る中で、Umktからは「実は、市場は営業時間が夕方までと制約がある。そういった環境でも実現可能だろうか?」と、さらにアイデアを磨くためのお題が出される一幕も。

このお題に自らの体験談を交えて答えたのが、グッズ制作ユニットChan&Coの牛嶋さん。拠点を京都に置く牛嶋さんは、すぐそばに有名市場がある場所で暮らしています。「活気があるがゆえに入りにくく、一般向けとも感じられていなかった」というその場所に、ある時から親しむようになったといいます。

きっかけは、朝4時から9時までしか開店しない微光というコーヒースタンドの存在。「スペシャルティコーヒーが200円で飲める」という手頃さに、市場の人たちは仕事の合間に、一般客はそれを目当てに、コーヒーを手に自然と集う“ミックスカルチャーな空間”ができあがっていったそう。牛嶋さんは「活動内容や時間が特殊であっても、人々が交わる時間はあるし、そこから何かが生めるはず」と語り、その言葉に参加者たちはうなずいていました。

ロフトワークでは今回のワークショップをはじめ、今後も具体的なプロジェクトを進めていきます。プロジェクトに興味のある人や関わりたい人は、ぜひ下記よりお問い合わせください。

本プロジェクトに興味のある方、商店街や市場のリデザインについてご相談のある方はお気軽にお声がけください

お問い合わせはこちら

Related Event