台湾から日本のロフトワークへ。
海外出身者が「壁」を乗り越えるために、個人と組織にできること
私、許 孟慈(モンツー)は、2016年に台湾から来日し、2021年11月にロフトワークに入社しました。この半年、多様なプロジェクトを通じて今まで経験したことのない仕事にチャレンジしてきましたが、異なる文化や社会文脈で生まれ育った私が「海外出身の社員」として日本の新たな環境で働くうえでは、さまざまな苦悩もあります。
海外から新たな環境に飛び込み、ロフトワークという変化の激しい組織に「適応」していくためには、何が必要なのでしょうか。また、その「適応」を促すためにロフトワークではどのような取り組みをしているのでしょうか。私自身の取り組みを振り返りながら、独自の視点でポイントを探ってみたいと思います。
執筆:許 孟慈(ロフトワーク クリエイティブディレクター)
編集:後閑 裕太朗(loftwork.com編集部)
台湾のアート業界から、日本のデザインの世界に出会う
来日以前、私は台湾の金融グループの傘下に属する「Fubon Art Foundation」という芸術文化系のNPO法人で6年間勤務していました。主に芸術展覧会への参画や国際フォーラムの開催、さらには街の情報誌の編集など、アート領域の企画やディレクションを行ってきました。
そんな私とロフトワークとの出会いは、2015年の台湾デザイナーズウィークでの林千晶の講演です。講演を聞いて、ロフトワークが描く「デザイン」の世界に刺激を受けた一方で、“Open collaboration”、“Co-working Design”、“Design Thinking” など、当時の台湾、特に私の携わるアート業界ではあまり耳にしない言葉が並び、少し消化しきれない感覚もありました。
しかし、その出会いとモヤモヤをきっかけに「アートとデザイン、それぞれの価値や面白さの共通点や違いはどこにあるのだろう」という一つの問いが生まれました。その後、なかでも「エクスペリエンスデザイン」に興味を持った私は、これまでのアートの世界から一転、デザインの世界へ飛び込むことを決意しました。
そのなかで、なぜロフトワークを選んだのか。もちろん、デザインの世界に出会うきっかけだったからという理由もありますが、重要だったのは、ロフトワークでは受託型でプロジェクトが始動し、かつ「クリエティブディレクター」というポジションがあるという点です。これにより、「デザインの仕事」でありながら、さまざまな対象にエクスペリエンスデザインの視点を活用し、サービス、空間、組織開発など幅広いアウトプットに昇華させることができる。こうした部分に魅力を感じ、ロフトワークへ入社しました。
自由で流動性の高い組織で、自分をいかに成長させるのか
とはいえ、入社前の私がみた「ロフトワーク」は、あくまで一面に過ぎません。入社後は、数々のカルチャーショックの連続でした。例えば、「ロフトワークには、はっきりとした組織図がない」もそのひとつ。これを知ったときは、台湾で経験したキャリアとは全く異なる組織体に非常に驚きました。
プロジェクトの領域だけでなく、ディレクターの関わり方の幅広さ
ロフトワークの一番の特徴は、プロジェクトの種類や領域が幅広いことに尽きます。さらに、その幅広さはディレクターたちの「プロジェクトへの関わり方」にも当てはまります。人によって役割を固定化するのではなく、毎回プロジェクト発足時に流動的にチームを構成しているのです。たとえ入社歴が浅いアシスタントディレクターであっても、プロジェクトによってさまざまな役割で参加することができます。たとえば、あるプロジェクトではビジュアルのディレクションを担当し、クリエイターと伴走してアウトプットの品質責任を担う人が、別のプロジェクトではプロジェクトマネージャーとして全体の進行管理を行うということが、常に起こっています。
こういった流動的なプロジェクトやチーム体制、あるいは組織に対して、当初は期待半分、不安も半分でした。選択肢が広いからこそ、多様なプロジェクトのアウトプットはどのような形になるのかわからないですし、自分自身もどのような未来に向かって歩んでいくのかわかりません。
アリストテレスの認識法でみる、「ロフトワークで働く私」の成長のデザイン
こうした不安に向き合ううえで重要なのは、「いかに成長を実感できるか」という点にあります。ロフトワークではプロジェクトへの多様な関わり方を通して、自分の得意不得意や関心領域を検証しながら、自分のキャリアを形成していく仕組みになっています。アシスタントの段階から一つのワークスタイルにとらわれず、微調整しながら成長していくことができるのです。
私自身も、こうした「成長の俯瞰的観測」を行い、自分を客観的に分析することで不安を解消しています。成長を分析する方法はさまざまなものがありますが、その中でも私が注目しているのが、アリストテレスによる「Maker」「Doer」「Knower」という役割認識のモデルです。自分の手を動かして実行的な制作を行い、ものを生み出す技術を持つ「Maker」、他者や社会と良い関係性を築き、実践的な思考を持つ「Doer」、豊富な知識や経験をもとに、それらを言語化しスペキュラティヴ・論理的な思考を活用する「Knower」。これらの3つの軸でプロジェクトごとに自分の「役割」を分類して、色々なアプローチを試行錯誤することで、自分の成長ルートを模索できます。
言語は一つの「道具」に過ぎない
ここまで、ロフトワークならではの苦悩や解決策を紹介してきましたが、あらゆる組織において、海外からの社員にとっての一番の壁は、やはり「言語」の問題でしょう。入社してすぐ、議事録の作成や業務上のコミュニケーションを通して「私は今、日本で働いてるんだ!」と実感しました。日本語を使って仕事をすることは新鮮でしたが、一方で苦悩もあります。ここからは、「言語の壁」に対して試行錯誤する中で考えた「言語と仕事の関係性」について紹介します。
日本語を勉強する以上、発音や文法など、言語スキルを向上させることは常に意識しています。しかし、仕事のうえで本当に重要なのは、完璧な日本語を話すことよりも、「質の高いコミュニケーションを取れるか」という視点ではないか、と今では考えています。
この気づきを得たきっかけは、周囲のロフトワークメンバーのワークショップでの振る舞いにありました。ワークショップにおいて、主に私たちは議論を整理し、発散や統合を促す「ファシリテーター」の役割を担います。しかし、複数の意見が価値観からして異なる場合、議論をまとめることは容易ではなく、さまざまなツール(道具)を駆使しながらコミュニケーションを促す必要があります。
そうした姿を見て、「異なる言語を用いてコミュニケーションを取ることと、ワークショップの中で個人のアイデアや世界観を他者に共有することは、本質的には同じことなのかもしれない」と考えるようになりました。
つまり、言語にしろ価値観にしろ、コンテクストが異なる人同士がコミュニケーションを取ることは容易ではないし、お互いが共感・理解するための道筋を探すことが何より重要なのです。
そう考えると、言語問題も工夫のしがいがあります。ワークショップでの発想を活かして「言語以外の別の道具」を使えばいいのです。例えば、対話の中で出てきた言葉を抜き出しながらスケッチや関係図を描いてみたり、メタファーを使ってみたり。こうした言語以外の「道具」をうまく生かしながら、日々試行錯誤を繰り返すようになりました。
ロフトワークからもらった処方箋
最後に、入社してからの私の悩みに対して、ロフトワークがどのような取り組みや文化で掬いあげていたのか、いわば「処方箋」のような、組織としてのポイントをまとめてご紹介します。
悩み その1:自分自身の成長スピードに対する焦燥感
社内のみんなが活力に溢れ、トレンドの変化が激しい現場であるからこそ、自身の成長のスピードに対する焦燥感に駆られます。
処方箋 その1:新人の成長を支えてくれる社内面談のデザイン
ロフトワークには「メンター制度」、「AD/新人面談」や「1on1面談」などの仕組みがあります。これらの率直なコミュニケーションが取れる面談を通して、自分の「成長/変化」を素直に、かつ客観的に振り返ることができ、焦燥感を払拭できました。
悩み その2:学ぶべきこと、使うべきツールが多く、慣れるまで時間がかかる
ロフトワークではソフト面の仕組みだけでなく、ハード面、つまり使用するワークツールも充実しています。しかし、これらの膨大かつ新しいワークツールをどう使いこなすのか、慣れるまでに少し時間がかかります。
処方箋 その2:社内の知識が蓄積されたナレッジ共有システムの活用
使用するツールが膨大であれば、その使い方がまとめられた、ナレッジ共有システムも整備されています。ツールの活用に限らず、社員達が持っている業務上のナレッジ・ノウハウは統合されており、簡単にアクセスできます。新人にとっては、仕事に慣れるまでの大きな助けとなります。
悩み その3:数々の「未体験」が詰まったプロジェクトへの不安
繰り返しになりますが、ロフトワークでは、さまざまな領域と関わるプロジェクトが多く、未経験の仕事に関わる機会も多いです。こうしたチャレンジはワクワクする一方、「自分は本当にできるのか」という不安も生じます。
処方箋 その3:ギャップを無くすためのPBLの文化
ロフトワークには、先述の成長のデザインに加えて、そもそも組織文化として「PBL(Project Based Learning)」をベースにした探求の姿勢が根付いています。ゼロから新しいプロジェクトを立ち上げる時には、新人もベテランも必ず「初めて」に向き合わなければなりません。しかし、その際にさまざまなプロジェクトでの経験を通して「共通法則」や「考え方」のアプローチを見出せるか、そこに経験値の差がでます。経験を積み重ねることで、未体験のプロジェクトにも自信を持って取り組めて、質の高いアウトプットを生み出すことができるのです。
ここまで、入社半年の海外社員の視点で、自分自身が実感してきた、ロフトワークで、あるいは異なる言語圏で働くうえでのポイントと苦悩を振り返りました。ここに記したことは、あくまでたくさんあるロフトワークのうちの「一面」です。それでも、ロフトワークに関心のある方々や、自分のように日本で就職したいと考える留学生や海外の方、そして、彼らと向き合う日本の企業の方々が「成長しあえる」関係を築くための一助となれば幸いです。
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