いよいよ変わる、デジタルとものづくりの新しい時代
建築家がみる「考える」と「つくる」の関係(前編)──大野友資
こんにちは、渡部です。
誰も彫刻にしたがらない歪な形の石を前にして「石の中にダビデがいるじゃないか」と、いとも容易くあの偉大な彫刻作品「ダビデ像」を造りだしてしまう巨匠ミケランジェロ。木の中にすでに仁王が埋まっていて、それを鑿(みの)と槌(つち)だけでイメージ通りに彫り起こしてしまうカリスマ仏師運慶。
世の中には、天才たちの逸話が数多くありますよね。頭の中で思い描いたイメージを、現実世界に形あるものとして生み出せる天才たちを、尊敬して止みません。
"つくる"ことができる人の圧倒的強さ
閑話休題。
渡部は、妄想力は高いと自負しますが、それを絵に描いたり、プロダクトにしたり、なにか形にする才能はあまりありません。だから何かをつくり出せる人に強い尊敬の念を抱くんでしょうか?
「つくる」には有形無形、色々な形がありますが、いずれにしても頭の中で思い描いた世界を、現実につくって残す行為には圧倒的な強さがあると思うんです。色々な「つくる」を実践する人たちに話を聞いてみたい──そんな思いで、「考えること・つくること」と題した連載にしてインタビューしよう!と考えました。そして、さっそくその第一弾はこの方にお話を伺いました。
今年3月、ロフトワーク3Fにオープンした新しい働き方を実験するための場「loftwork COOOP3」*。このスペースの設計を手がけた建築家 Domino Architectsの大野友資さんです。
大野さんとロフトワークの出会いは5年ほど前まで遡り、COOOP3の設計だけでなく様々なプロジェクトをご一緒しています。中でも渡部の印象に残っているのが、OpenCUで大野さんを講師に開催した「決めないデザイン」ワークショップ*です。
建築プロセスから考えた、「つくる」のこれからについて
大野さんは「決めないデザイン」の中で、現代の建築プロセスでは図面を描く建築家(考えること)と、実際に家を建てる人(つくること)が分かれており情報/物質の間に大きな隔たりがあると、江戸時代の大工仕事と比較して解説。
さらに、それは建築だけではなく現代の様々なデザインプロセスの中で生じていることであり(良し悪しは置いておいて)、その文脈の中で、制作データが直接アウトプットに反映される3Dプリンターやレーザーカッターなどデジタル機器は、“考えること”と”つくること”のバランスをコントロールすることができて、これからの時代のものづくりにおいて大きなポテンシャルを持っているとおっしゃっていました。
ものづくりのあり方を建築分野での実践を通じて考え続けている大野さんと、FabCafe ディレクターとしてデジタルファブリケーションの現場に日々身を置く金岡くんと一緒に、これからのものづくり ── 考えること・つくることの関係についてざっくばらんにお話をしてきました。
大野友資
一級建築士。1983年ドイツ生まれ。大学院を修了後、設計事務所noiz architectsの立ち上げ時に合流。コンピュテーショナルデザインやデジタルファブリケーションを実験と実践の両面からプロジェクトに取り入れている。2016年よりDOMINO ARCHITECTS代表。建築をベースとして、インテリア、プロダクト、インスタレーションなど、領域を横断しながら活動している。http://www.dominoarchitects.com/
金岡大輝
マンチェスター大学で建築を学んだ後、FabCafeではFabエンジニアとしてRhinocerosクラスGrasshopperクラスなどハイエンドは3DCADワークショップを担当。また、英語力を活かし国内外の様々なクリエイター達とプロジェクトを行うなど、幅広いものづくり知識とネットワークを持つ。https://fabcafe.com/tokyo/
考えること・つくることを近づける
── 大野さんは「決めないデザイン」でも話していましたが、建築の世界にいて「考えること」と「つくること」の隔たりについて、何か課題意識があったんですか?
大野:課題意識というか、当然そういうものだと考えていました。そうしないと建築は作れない。1人の職人さんが彫刻のようになにかを形作っていくのとは事情が違う。基本的には、建築というものはそうやって成り立っているものだと割り切って考えていました。
── でもあえて、考えること・つくることを近づけてみて何が出来るのか?と、ずっと考えていたんですか?
大野:そうですね。建築のプロセスとはまた別の方向性はないかなと、時々考えてはいました。建築では自分が作った図面や制作データを施工会社などに外注するのが普通ですが、アーティストは自分が描いた線がそのまま自分の作品になりますよね。
自分の描いた線に全責任を負っているじゃないですか。一方、僕ら建築家は大概が考えるところでプロセスが止まってしまうんですよね。
── 大野さんのものづくりに、新しい方向性が見えてきたきっかけはなんだったんですか?
大野:レーザーカッターのようなデジタル機器が使えるようになったことは大きかったです。もともと海外では十数年前から、デジタル技術を使ったクリエイションの文化はあったと思うんですが、日本にその流れが入ってきて個人レベルで使えるようになったのは、本当にFabLabやFabCafeがあったからだと思いますね。
── 大野さんとロフトワークの出会いも、もともとはFabCafeがきっかけだったんですよね!
大野:そうですね。僕と舘知宏さんが主催していたRGSS(Rhino & Grasshopper Study Session)というコンピュテーショナル・デザインの勉強会があって、ゲストに田中浩也先生*をお呼びした回がありました。そのときに学生として参加していたのが岩岡*くんだったんです。
── それが2011年とか、そのくらいですよね。まだFabCafeも出来ていない頃にそんな出会いがあったとは。そのあとすぐに、岩岡さんはFabCafeのアイデアをロフトワークで実現するわけですね。
大野:同じ時期に、東京藝術大学で3Dファブリケーション演習だったかな?講座の非常勤講師を偶然、当時働いていたnoiz architectsという建築事務所と岩岡くんでやる機会があって。
そのときに「実はFabCafeのアイデアを考えていて、ロフトワークの林千晶さんも面白がっていて、まずはロフトワークでFabLabと一緒にデジタル機器を使ったワークショップをやることになった」という話を聞いてました。
それがきっかけになって、FabCafe立ち上げにあたってレーザーカッターを使ったお土産を制作したいと相談をもらいました。
── おおー、なるほど。点と点が、線でつながりました!ここで作ったのが、あのキツツキ*だったんですね。
大野:そうなんです。キツツキをモチーフにして、ペーパークラフトを1枚の紙から切り出して作れるものをデザインしました。それが岩岡くん、FabCafeとの最初のコラボレーションでしたね。
それからは、「決めないデザイン」でも紹介した「360°BOOK」*や、飛騨の伝統的な組木の技術とデジタルを組み合わせた「壁継」*など、岩岡くんとFabCafeとの出会いをきっかけにいろいろなプロダクトをつくりました。
*田中浩也
慶應義塾大学環境情報学部教授・SFCソーシャルファブリケーションラボ代表
東アジア初のファブラボを2011年に鎌倉に設立したことを基点に、デジタルファブリケーションの可能性を「技術」と「社会」の両面から研究。近年は、総務省はじめ政府委員を多数歴任し、地方創生等の政策提言にもかかわっている。慶応義塾大学では「ファブキャンパス委員会」の委員長を務める(http://fabcampus.sfc.keio.ac.jp)。専門は、3D-CAD/CAE/CAMおよびデザインエンジニアリング。博士(工学)。Fab Lab Japan Founder、および Fab Lab Asia Foundationボードメンバー。
*岩岡孝太郎
FabCafe LLP Fab Director
千葉大学卒業後、建築設計事務所に入社し個人住宅や集合住宅の設計を担当。その後、慶應義塾大学大学院に進学しデジタルものづくりの研究制作に従事。2011年、クリエイティブな制作環境とカフェをひとつにする”FabCafe”構想を持ってロフトワークに入社。FabCafeではディレクターとしてクリエイティブなアイデアを形にするサービスや企画を担当している。その他に、東京芸術大学芸術情報センターにて非常勤講師を担当。
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