
AI時代のプロジェクトマネージャーは、何を武器にするのか?
AI時代のプロジェクトマネジメント
48兆ドル、日本円にして約7,500兆円。この途方もない金額が、世界中のプロジェクトで毎年投資されているといわれています(注1)。これほど巨額の投資が動く中で、生成AIは、プロジェクトマネジメントの現場にも大きな変化をもたらしています。本記事では国際資格PMP®を保持し、現在はHRディレクターとして「人」と向き合う私の視点を通じて、AI時代におけるプロジェクトの進め方、そしてプロジェクトマネージャーやディレクターに求められていくスキルや姿勢について掘り下げていきます。
注1:How AI Will Transform Project Management,” HBR.org, February 02, 2023.
PMの仕事の80%をAIが担う?!
生成AIの飛躍的な進化は、私たちの働き方、ビジネスにおけるあらゆるプロセスに劇的な変化をもたらしています。プロジェクトを推進し、成功に責任をもつプロジェクトマネージャー(以降PM)においても、この大きな波は避けられません。日単位でアップデートされていく技術に、「PMはAIに代替されるのではないか?」という漠然とした不安を感じてる方も多いと思います。実際に、米調査会社のある報告によると、2030年までにプロジェクトマネジメントの業務の80%はAIが代替するという予想も発表されているのです。では残り20%で私たちはどんな価値を発揮すべきなのでしょうか?
確かに、リスクなどのデータ分析、類似プロジェクトの情報収集、定型的な報告書作成といった業務は、AIによって効率化され、自動化されるでしょう。しかし、そうした「効率化」だけでプロジェクトが成功するほど、甘く単純なものではないというのは、PM経験者なら誰しも思うはずです。AIが進化すればするほど、「人間ならではの価値」を発揮できるPMが一層求められるようになっていくことは容易に想像できます。
では、プロジェクトマネジメントにおいて、AIと人間は、どのように役割分担し、パートナーとして共創できるのでしょうか。
AIが得意なこと、人間にしかできないこと
PMの業務は予算管理から、コミュニケーションまで、多岐にわたります。まずはプロジェクトマネジメントの世界標準の知識体系ガイドPMBOK®(Project Management Body of Knowledge)の「10の知識エリア」をベースに、PMの業務を詳細に分解しながら、AIが得意とする領域と、人間だからこそ価値を発揮する領域を整理してみます。


なぜを問い、未来を描くのは人間
このように整理すると、AIは「分析・効率化・自動化」が得意である一方、人間が担うべきなのは「価値判断」「関係構築」「意味づけ」といった領域であることが見えてきます。
私自身も、AIの活用によって業務の効率が大きく変わったことを何度も実感しています。たとえば、プロジェクト立ち上げ時に必要なWBS(Work Breakdown Structure)の作成。従来は数時間かけて洗い出していたタスクも、AIを活用すれば、10分足らずで網羅的なリストを生成できるようになりました。類似プロジェクトをもとに、100以上のリスクを即座に抽出することも可能です。
ただし、だからといって人間の出番が減るわけではありません。たとえば、クライアントから「ECサイトをリニューアルしたい」という依頼があったとき、AIは過去の成功パターンをすぐに提示できます。しかし、「そもそも、なぜリニューアルが必要なのか?」「課題は本当にUI/UXなのか?それとも顧客との関係性にあるのか?」と問い直し、解像度の高い目的に言語化していくのは、まぎれもなく人間の仕事です。
アジャイル宣言にみる人間中心の価値
こうした「人間にしかできないこと」を言語化し、行動に移していく力は、2001年に策定された「アジャイルソフトウェア開発宣言」にも通じるものがあります。
この宣言は、過酷な労働や非現実的な要求により開発者が疲弊していた「デスマーチ」的な当時の開発現場への反省から生まれたもの。効率や管理よりも、人間らしく持続可能な働き方を実現することに重きが置かれています。そして、その本質は今やプロジェクトマネジメント全体を貫く価値観として広く支持されているのです。アジャイル宣言では、以下のような人間中心の価値が重視されています。
- プロセスやツールよりも、個人と対話
- 包括的なドキュメントよりも、動くソフトウェア
- 契約交渉よりも、顧客との協調
- 計画に従うことよりも、変化への対応
これらが示すのは、「正確さ」以上に、「関係性」や「現実への柔軟な適応」にこそ価値があるという考え方。不確実性が高く、変化のスピードが加速する今の時代においては、どれだけAIが進化しても、人と人との関係性を築き、問いを立て、意味を見出す力がプロジェクトの成否を左右します。アジャイルの思想がそうであるように、これからのプロジェクトに必要なのは、人間の「しなやかさ」や「想像力」。AIの力を借りながら、私たちはますます“人間らしさ”を磨く必要があるのです。

AI時代のPMが磨きたい「4つの武器」
これからのプロジェクトマネジメントにおいて、AIは外すことのできないパートナーになるのは間違いありません。一方で人間である私たちは「人間らしさ」を磨きつつ、より複雑かつ根本的な価値を発揮することが求められる時代になっていきます。プロジェクトを成功に導き、社会的インパクトを生みだすために、私たちPMは、どんなスキルセットを磨いていくといいのでしょうか。ここでは4つの「武器」として、私なりの見解をまとめてみました。
【武器1】問いの設計力― 見えない構造に目を凝らす
AIは、与えられた問いに対して最適な答えを出すのは得意です。ただし、その問いが適切かどうかまでは判断できません。本当に解くべき問いは何か。顕在化している課題の奥にある構造的な問題や、見過ごされがちな前提を疑い、言語化していく力がPMには求められます。その問いの質が、プロジェクトの方向性と成果の質を大きく左右します。
【武器2】意味の編集力― バラバラな情報をつなぎ直す
膨大な情報を収集・整理することはAIが得意ですが、それらをストーリーに昇華させ、「なぜそれが重要なのか」という意味を編み出す力は、人間の領域です。関係者それぞれの視点やデータ、感情を丁寧につなぎ合わせ、プロジェクトの背景や目的を共有可能なビジョンへと翻訳していく。そのプロセスが、チームの納得感を生み、プロジェクト全体の推進力となります。
【武器3】関係性構築力 ― 多様な立場の人々と信頼を築く
プロジェクトは人と人との営みです。AIは最適なチャネルや言葉を提案できても、実際に信頼を築いたり、場の空気を読み取って関係を調整したりすることはできません。丁寧な対話、摩擦の翻訳、立場を越えた合意形成。こうした関係性の構築力こそが、プロジェクトを前に進める土台となり、困難を乗り越える力となります。
【武器4】価値判断力― 複雑さの中で決断する
AIは過去の傾向から「最も合理的な選択肢」を示すことはできますが、複雑な文脈や社会的意義、多様な価値観を踏まえた「意味ある判断」を下すことはできません。特にクリエイティブやデザインが関わるプロジェクトでは、数値に表れない「美しさ」「共感」「倫理」といった要素を含めた総合的な判断が必要です。それは経験と感性、そして責任ある人間の意思に委ねられています。
もちろん上記以外にも、最新のツールや、大量の情報を使いこなすデジタルリテラシーやスキル、そしてそれを学び続ける自己研鑽が求められるでしょう。
人間的感性が求められるロフトワークのPM
ここまでまとめながら、ふと感じたことがあります。こうした人間的なソフトスキルの必要性は、AIが普及する以前から、ロフトワークでは求められていたのではないか。というのも、私たちのプロジェクトは、「そもそも、何が課題なのか?」という探求から始まります。正解がひとつではない複雑な課題に向き合うからこそ、多様な専門性や価値観をもった人々を巻き込み、プロジェクト自体を「問いを深め、意味を再構成する場」として設計していくのです。
そんな環境下で、ロフトワークのPMは、AI時代に求められる4つの武器を実践の場で磨きながらプロジェクトと日々向かい合っています。そこにあるのは、効率の追求や、管理、単なる成果物納品ではなく、誰も予想しなかった価値が生まれる瞬間です。
私たちは課題に向き合い、解決策を考える際に、外部の視点をとても大事にしています。行政、企業、大学、クリエイター、研究者、市民など、立場や関心が異なる多様な人たちをプロジェクトに巻き込みながら、PMが主体となって、それぞれの人間がもつ潜在能力や創造性を最大限に引き出し、それらを統合することで、対話と創造の場を育てていきます。だからこそロフトワークでは、「誰と、どのように進めるか」自体が価値創造の出発点となるのです。
共創を大事にするロフトワークのPMとは、多様なステークホルダー一人ひとりの力を見極め、それらを有機的に結びつけることで、個々の力の総和を超えた価値を生み出すファシリテーター的役割ともいえます。4つの武器を通じて目指すのは、まさにこうした「人と人との化学反応を起こし、プロジェクトを成功に導く」姿なのかもしれません。
プロジェクトの先にあるもの
PMBOK®によると、プロジェクトの定義の一つに「有期性」、つまり終わりが決まっていることとあります。一見、この制約は限界のように思えるかもしれません。しかし、私は、この有期性があるからこそ到達できるクリエイティブジャンプもあると考えています。
期限という制約があるからこそ、関わる人たちは集中し、短期間で普段では生まれない発想や解決策にたどり着くことができる。そして、そうした個々のプロジェクトの成果を俯瞰し、複数のプロジェクトを戦略的に組み立てていくプロデュース的な視点こそが、私たちのもう一つの強みなのです。
「プロジェクトベース」であることは、ロフトワークの変わらない特徴です。しかし、だからこそ各プロジェクトで生まれた問いや気づき、人とのつながりが、次のプロジェクトの種となり、それぞれが成長発展していくエコシステムを育んでいく。一つひとつのプロジェクトは終わりを迎えても、そこで培われた関係性や新たな視点は、より大きなエコシステムの中で循環し、次なる価値創造の土壌となっていくのです。
単なる成果物では終わらせない。プロジェクトを未来へとつながる「問い」として設計すること。それが、ロフトワークのPMが発揮する、本質的な価値です。

一緒に新しい時代を創造しませんか?
AI時代において「人間ならではの価値」がより明確になるからこそ、一人一人の経験、感性がより重要になってくるはずです。しかし、それは単に人間性を発露すればよいという話ではありません。いまの時代の企業や社会が直面する複雑な課題に答えるためには、周りの人々の人間性を引き出せるような、高度なPMスキルが求められるのです。
当たり前だと思われていることに疑問を持ち、「本当にそうなの?」と問い直すこと。異なる立場の人たちと対話を重ね、時には衝突しながらも新しい答えを見つけていくこと。技術の可能性を追求しながらも、人間らしさを大切にすること。そして何より、一つのプロジェクトで終わりではなく、そこから生まれたつながりや学びが次の挑戦へと続いていくこと。
これらは決して簡単なことではありません。しかし、だからこそ、その分大きな意義があるのです。私自身も、こうしたAI時代の新しいプロジェクトマネジメントを開拓し続けるため、今日も学び続けたいと思います。
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