デジタルを通じた、大野さんのものづくりへの姿勢

── 金岡くんもこの頃に、大野さんやFabCafeと出会うんですか?

金岡(FabCafe):そうですね。留学から戻ってきてFabCafeでアルバイトをしていたときに、ちょうどキツツキの制作をしている大野さんを手伝っていました。RGSSのことも大野さんの書籍のことも知っていたので、有名人に会ったような感覚でした(笑)。

その後、大野さんと岩岡さんが藝大でやっている授業にも参加するようになって。それがきっかけとなり、大野さんが当時所属していたnoiz architectsの方々とも知り合う機会があって、FabCafeを離れて一時期そこで働いていたりもしました。

── へえー、そんな経緯があったんですね。金岡くんはマンチェスター大学に留学していたこともあるし、デジタルファブリケーションには馴染みのある”Fabネイティブ”だったんじゃないの?

金岡:いやいや、全然そんなことなくて。海外で勉強していたときも全然デジタル人間ではなかったです。3Dなんかも触ったことなかったし、授業での製図も全部手書きでした。大学の中に模型室があってそこにレーザーカッターが置いてありました。

自分の経験とかスキルによらず、ある程度の知識があれば一定のクオリティでアウトプットできてしまうことへの衝撃は結構ありました。あとは、デジタルを学ぶことで自分の使える武器が飛躍的に増えることにもテンションが上がりましたね。

── 大野さんもデジタル機器に出会い、衝撃を受けましたか?

大野:僕、意外と衝撃は受けなかったんですよね。

── ええー、めちゃくちゃクール(笑)。

大野:そういうものが出来たんだなーくらいというか。すげーって感動よりは、なるほど自分の仕事にはここが活かせそうだな、とか冷静に受け止めてましたね。あまりテクノロジーを一方的に礼賛しないというか、熱狂しないというか。

むしろ、学生だったんですが、これ使えば模型作りがすぐ終わるじゃん!みたいな、これを使わない手はないな、みたいな感覚でした(笑)。

── とても大野さんらしいというか、冷静なんですね。RGSSも、以前働いていたnoiz architectsもデジタルテクノロジーの知見を深めてそれをどう使っていくかを追求していますよね。

大野:noiz architectsはもともと、建築設計にテクノロジーを使うことで、何か新しい価値が掛け算で生まれるみたいなことを実験的にやっている事務所でした。

僕は、デジタルのスキルがあるとか、テクノロジーを身につけたいって願望が強くあって入ったということではなかった。むしろ、テクノロジーを使わなければ仕事が出来ない状況が先にあって、それに順応するために身につけていったんです。RGSSもその一環で、なにか困った時にお互いで助け合えるコミュニティを作ろうと思って始めた会でしたね。

── Grasshopperというツールは、一体なにが凄いんですか?

大野:それって実はPhotoshopって何が良いの?にすごく近くて、使う人によって本当に色々な可能性を持ったソフトウェアなんですね。一番の特徴はやはり、パラメーターを変えることによって、自由に制作データ全体を変えられることです。

建築で言えば、従来の設計プロセスって全部時系列だったんです。建物の窓の幅をちょっとだけ小さくしようと思ったら、設計プロセスの一番最初からすべてやり直しが必要だった。でもGrasshopperを使えばそれが一瞬でできるんです。プロセスを過去に遡って設計を変えることが出来るので、パラレルワールド的な制作もできるというか。

── 大野さんの考えている、”考えること”と”つくること”を近づけるツールとしてはとても重要ですね。

大野:コンピューターを使った設計やデザインをしていたから、「考えること」と「つくること」の比率を変えてアウトプットの幅や豊かさを広げていくことに興味が出たんだと思います。

そうやってGrasshopperで設計することを、パラメトリック・デザインとかアルゴリズミック・デザインって言って、ルールを決めてその枠内でいろんなバリエーションをデザインしていこうという考え方なんです。

それが僕の根底にはあるので、何か新しいものをつくるときは「これが自分が描く最高の曲線です!」って職人的なアプローチよりは、大枠のルールの中でもやもやした状態をデザインするっていうか。何か別の刺激やインスピレーションがあったら、如何様にでも変化できる余白を残した状態をデザインしたいと思っています。

デジタルファブリケーションのこれからの可能性

── 決めないっていうことだったり、変化のための余白を残したデザインって、FabCafeにもとても相性のいい考え方だよね。

金岡:そうですね、文化的にそういう考え方がFabCafeにもあると思います。

大野:FabCafeはその塊だよね。

── 塊(笑)。どのあたりでそう感じますか?

大野:僕がすごいと思うのが、FabCafeでやっているワークショップってどんな人が参加しても、みんながある程度幸せになれることです。

たとえばGrasshopperの使い方を学ぶワークショップでも、レベルの設定とかフレームワークが、初心者でも熟練者でもそれなりに満足する体験になっていて。それって僕が言うところの決めないデザインに近いと思うんです。

金岡:初心者向けのクラスに、ある程度スキルを持った人が来ても楽しめるっていう、余白というか提供できる体験の幅は広いと思います。それってやっぱり、レーダーカッターとか3Dプリンターみたいな、一定のスピードと品質が担保できるデジタル機器があるってことが大きい気がします。

── 今までロフトワークやFabCafeと色々なプロジェクトをご一緒させていただいてますよね。印象的なものの一つに、FabCafeのファサードデザインがあるんですが、どんなコンセプトでデザインされたんですか?

大野:ファサードの設計も、基本的な思想としては今まで言ってきたような決めないデザインというものがあります。飛騨の組木技術も使いながら、デジタルならではのデザインを作りたいと思っていました。

もともと、ロフトワークとFabCafeからもらっていたオーダーは、入り口をもっとカフェっぽくしたい、ファサードを新しく作りたいの2点だったんです。そこで僕が出した答えは、元の入り口が少し奥まったところにあったので、単純にそれを手前に引き出すこと。影になっているところにも光が当たって、エントランスとして機能させるのに一番効果的なんじゃないかと考えたんです。

そこはすごくシンプルに考えていて、あとはデジタルと飛騨の木と組木を使って、見る角度によって様子が変わるグラフィカルなデザインにしようと思っていました。

── あれ、近くでみると本当に不思議なデザインですよね。大好きですあのファサード。

大野:ファサードって言い方をしてますが、カフェの顔なので目をひくデザインにしたかった。正面から見るとすごくグラフィカルに見えて、少し角度を変えた時に奥の木と重なって千鳥格子が見えるものを作りました。

1本の木がすべて独立していて、一筆書きのようになっているんです。だからすべての木がどことも交わっていない。正面から見ると2D的に見えるんですが近づいたり角度を変えると3Dとして見える。

普通に千鳥格子を作ろうとすると、1本の独立した木の組み合わせでは作れないんですが、組木の技術とそれを設計するデジタルの力で、あれは実現できました。

── ヒダクマのメンバーや、飛騨産業の方々とコラボレーションして作ったものなんですよね。

大野:あの精度で外壁を作っているところって、飛騨産業以外にないんじゃないかなと思います。あれってもはや、外壁建築というよりは職人が作る家具の領域なんです。たぶん建築家がみたら「なんだこれは!」って驚くレベルの精度なんですよ。

── ヒダクマのメンバーや、飛騨産業の方々との仕事は、いかがでしたか?

大野:実際に地面の勾配など色々な要素を考慮した設計が必要になります。だから僕もただデザインをするだけじゃなくて、細かな要素に配慮しながら図面を描いていました。

設計や仕様について3Dデータを通じてコミュニケーションできるメンバーが飛騨にいるのはとても良かったです。飛騨産業の方々も、ヒダクマのメンバーもデジタルに精通していました。

飛騨に関して言うと、僕は”人”の方に惹かれてやっているところがあります。プロトコル・デザインとかって言ったりしますが、自分がデザインした先にいる人を想定してものづくりをしています。東京にはFabCafeがあって金岡くんがいるし、飛騨はヒダクマに浅岡*くんがいたり、組木に精通している職人さんたちがたくさんいる。

誰に相談したら思い描いたものが作れるかっていう、相談先が沢山あるのがFabCafeやヒダクマの価値の一つだなって思っています。個人的にも、作るものによって人を中心に座組みを考える方が萌えますね。

ひと繋ぎの木材で美しい千鳥格子を再現したFabCafeのファサード。その複雑な設計図面をマジマジと見つめる渡部。これは感動したなあ......。

── 結構クールだと思ってた大野さんが、結局「人」だって言うのが、なんだかとっても良いですね。大事ですよね。

最後に聞きたいことが、Fabの未来についてです。金岡くんやFabCafeのメンバーもよく、Fabは今後個人のものづくりからもっと社会や生活と結びついてソーシャルバリューを生み出していく流れを作りたいと言ってます。大野さんはデジタルファブリケーションのこれからの可能性について、どんな風に考えていますか?

大野:今個人的に興味が出てきているのが「デジタルターン」についてです。デジタルファブリケーションは、機械化によって大量で単一化・効率化・合理化を推し進めてきた今までの流れに乗らず、自分の描いた世界を好きに作れて、かつ同じじゃなくていい・大量生産する必要がないっていう”緩さを持ったものづくり”を可能にしています。

その一方で、自分で描いたものがクリックひとつで、そのままの形でアウトプットされてしまう残酷さがあって。今再び職人的な考え方とか、プライドとか、品質のコントロールが必要になってきていて、自然な流れで「考えること」と「つくること」の距離がどんどん近づいています。

金岡:デジタルファブリケーションで出来ることって、大体みんな分かってきてますよね。レーザーカッターがあるからなんか作るっていう時代は古くなってきている気がします。ただの箱を作るだけなら、100円ショップで買った方がクオリティもコストもいいわけで。

デジタルファブリケーションに”使われる”んじゃなくって、沢山あるツールの中の一つとしてちゃんと選択できることが重要だと思います。

大野:最初に話したPhotoshopとGrasshopperの話しに戻るんですが、何か新しいツールが出来たから「これ作れるよね」がある一方で、自分の中に「こういうものを作りたい」って芯を持つことが大切だと思います。

たぶんこれからは、職人的技能(クラフトマンシップ)を持たないものづくりは、どんどん陳腐化して淘汰されていく時代になる。その文脈のなかでものづくりが新しいステップにいくために、デジタルファブリケーションをどう使うのかがますます重要になると思います。

── 今日は刺激的で楽しい時間をありがとうございました!渡部も、「考えること」と「つくること」について考え続けていきたいと思います。

*浅岡ヒデアキ
ものづくり担当・ヒダクマ工房長

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インタビュー前編

渡部 晋也

Author渡部 晋也(マーケティング)

代表 林千晶も審査員をつとめた映像のコンペティション「my Japan」にコアメンバーとして携わる。2012年にロフトワークへ参加。マーケティングチームに所属しながら、コーポレートブランディング、メディアプランニング、イベントデザインなどロフトワークのマーケティング活動を横断的に担当。チームで企業コミュニケーションの新しい形を模索している。2018年2月にリニューアルした「loftwork.com」ではコンテンツディレクションを担当。

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