ロフトワークの大事なキーワード「オープンイノベーション」。JR東日本の広報誌「CITY UP!」で、オープンイノベーションの場づくりの背景にある思いについて、林千晶のロングインタビューが掲載されました。創業から現在まで、時代背景を織り交ぜじっくり語った記事を全文ノーカットでお届けします。

個の力を生かす

──林さんは、2000年に株式会社ロフトワークを創業し、2万5,000人のクリエイターが登録するオンラインコミュニティ「ロフトワーク・ドットコム」やグローバルに展開するデジタルものづくりカフェ「FabCafe」、素材がテーマのコワーキングスペース「MTRL」など、さまざまな事業を展開されています。これらの事業に通底するビジョン、あるいは思いについて聞かせてください。

林: 私たちが追求し続けてきたのは、個の可能性を中心においた挑戦です。つまり、新しい発想や情熱を持った個人をさまざまなかたちで組み合わせ、融合させることにより、予想もしなかったクリエイティブな価値を生み出し、新たな社会を創る大きな力へと変えていく。私たちの活動の共通点を挙げるとすれば、この一点に尽きると思います。

例えば、「ロフトワーク・ドットコム(現:AWRD)」は、ともすると〝変人〟と呼ばれるような強烈な個性、異色の才能、とがったセンスを持ったクリエイターたちと、その人を必要とするクライアントを結びつけて、ウェブサービス開発やコンテンツ企画、映像、広告プロモーションなどのクリエイティブなサービスを提供するための仕組みそのものです。

これまでの世の中では、10人中9人が「いい」と思うようなクリエイターしか活躍できませんでした。しかしながら、1万社のうち1社しか高く評価しないような特異なクリエイターだとしても、その人を必要とするクライアントが存在する以上は、余人をもって代え難い価値があると考えて、積極的に登用するべきです。つまり、個の力をいかに生かしていくか。そのための仕組みづくりが、これからのビジネスでは重要になってくると思います。そして、個への注目は、必然的に、オープンイノベーションの発想につながっていくんですね。

──それはどうしてでしょうか。

林: 1990年代半ば以降、インターネットの急速な普及によって、一人ひとりの個の意見がまとまって大きな声となり、社会を変革する可能性が拓けてきた。また個の小さな意見同士がつながったり、ぶつかり合ったりしながら、社会の中で大きな存在感を発揮する可能性も高まってきました。

つまり、個は、自らの生きる意味や生きがい、あるいは「社会をよくしたい」という気持ちを自ら表現し、発信できるようになってきた。一方、企業や自治体には個の声にしっかりと向き合い、「誰が何に情熱を燃やしているのか」「誰がどのようなことに困っているのか」というところを起点にして、ビジネスや事業を展開するチャンスが広がりました。いいかえれば、企業や自治体には、組織の外に目を向けて、個の情熱やエネルギーを生かした事業を創り上げることが求められている。オープンな風土を醸成し、個の声ときちんと向き合いながら新たな事業を創出することが重要になっているのです。

──インターネットの普及によってもたらされた社会の変化をしっかりと見据えながら、事業を展開していく必要があるということですね。

林: そうですね。インターネットが本格的に普及しはじめてから約20年が経過した今日もなお、現代社会はそれによってもたらされた大きな変化に対して、試行錯誤をしながら対応を続けているフェーズにあると思います。20世紀が個の意見や思いをある意味で乱暴にまとめ、上から管理する時代だったのに対して、21世紀は個がそれぞれ大切だと思うことに向き合いながら、意見を述べたり変化を起こしていったりする時代へと変化しつつあるのは間違いない。いまは、その過渡期だからこそ、さまざまな変化への対応が迫られているわけですね。

例えば、個の意見がぶつかりあったときに、共感できなくとも、その存在を受け容れ、尊重することができるか。すなわち「ダイバーシティ&インクルージョン」をいかに実現するかということが、企業経営はもとより、まちづくり、社会づくりにおいても極めて重要な課題になっています。このようなルールや規範が確立されていない問題に対峙しながら、多様な個の意見にじっくりと耳を傾け、さまざまなプレーヤーと連携しながら、長い時間をかけて改善を繰り返していけるかどうか。個を出発点としてイノベーションを生み出すことが求められていると思います。

セレンディピティはつくり出せる

──「FabCafe」や「MTRL」についても、個の可能性に着目したプロジェクトと考えていいのでしょうか。

林: そうですね。例えば、「FabCafe」は、レーザーカッターやカッティングマシン、3Dプリンターなどのデジタル工作機械をお客さまにご利用いただき、自由に製作活動に取り組んでいただく「デジタルものづくりカフェ」です。身の回りで必要なものや、ほしいものを自分でつくることができる人は、自らの思い描く未来を自分自身で創り上げていく能力を持っています。このようなパワーを持った個、ものづくりを通して生活をよりよいものにしていきたいという情熱を持った個が活動する場としてつくったのが「FabCafe」なんですね。

──「ロフトワーク・ドットコム」がオンライン上のバーチャルなコミュニティであるのに対して、「FabCafe」や「MTRL」は、リアルな場ですね。まちなかにリアルな場をつくられたのはなぜでしょうか。

林: 「ロフトワーク・ドットコム」のスタートから10年ほど経ったとき、「ちょっと待てよ。個の力を生かす方法は、インターネット以外にもあるのではないか」と思ったんです。

インターネットには、個の意見を発信し、人と人との新しいつながりを容易につくり出せるという大きな強みがあります。その反面、弱みというか限界もあるんですね。

例えば、インターネットを通じて、多様な個を生かすことが重要だと発信しても、実際に、多くの人々の行動や習慣に変化をもたらすのは容易ではありません。それよりも、多様な個が集まることのできるリアルな場をつくり、自分とは違った生き方や考え方、ふるまいをする人々の姿を自分の目で見てもらったほうが、個の多様性とはどういうことなのかを早く、そして深く理解してもらえますよね。それに、「FabCafe」や「MTRL」など、リアルな場を訪れたお客さま同士が、さまざまな刺激を与え合って、新しいアイデアやイノベーションが生まれる可能性も十分にあると考えました。

──多様性がイノベーションの源泉になり得るということですね。

林: そうですね。ただし、多様性というのは、実はストレスそのものです。いいかえれば、ストレスなき多様性などない。もっといえば、視野を広げてイノベーションを生み出すためには、ストレスが必要といえます。

これはある意味で当然ですよね。同じチームのメンバー同士ですら、登りたい山は同じでも、登り方はさまざまですから、意見のぶつかり合いが生まれ、ケンカに発展することもありますよね。あるいは、仲間の存在がストレスになることもあるでしょう。でも、誰かに「それ違うんじゃない?」といってもらえる環境がないと、視野が狭くなって、偏った考え方しかできなくなってしまう。イノベーションを生み出そうと思えば、多様性によって生じるストレスを減らすべきではないと思います。

──組織では、多様性によって生じるストレスを減らすために、一定のルールをつくるケースが少なくないですよね。

林: 確かに、ルールをつくれば、多様な個が集まることによって生じる軋轢やぶつかり合いを減らすことは可能だと思います。ただし、ルールを設け、さまざまなことに対して「ダメ」というレッテルを貼ることで、多様性によって生まれる豊かな可能性をなくしてしまう可能性があることも忘れてはなりません。

例えば、あるチームが大声で、笑いながらミーティングをしていたとしたら、周囲にとってはうるさいしストレスになる。だからといって、「大声で話したり、ミーティング中に大笑いするのはやめましょう」というルールをつくれば、ハイテンションな打ち合わせによってはじめて生まれるようなアイデアを出せなくなってしまいます。ルールによる縛りは、ストレスを減じるかわりに、イノベーションのチャンスを奪ってしまうのです。

大切なのは、ルールによって縛るのではなく、多様な個に対する理解と寛容性を高めていくことで、ストレスを刺激へと変えていくことです。あえていえば、「ルールを設けない」ということをルールにすることです。

──リアルな場からイノベーションを生み出していくためには、どのような仕掛けをつくる必要があるのでしょうか。

林: 科学的大発見やイノベーションには、「セレンディピティ(偶然の幸運)」が不可欠だといわれます。私は「セレンディピティ」というのは、「完全なる偶然」ではなくて、「必然的なる偶然」だと思う。つまり、スキルやセンスを磨くことで、ある意味で意図的につくりだすことができるようになると思うんです。

私はMITメディアラボの所長を務めている伊藤穰一さんの補佐をしていますが、彼はまさしく「ミスター・セレンディピティ」です。彼は、できるだけ多くの人々にアクセスするとか、ある問題について絶えず考え続けるとか、非常に幅広い分野への好奇心を持つとか、「セレンディピティ」に恵まれるためのスキルを日常生活のなかで磨き続けているんですね。

リアルな場をつくるにあたっても、同じことがあてはまると思います。単純にいえば、おいしい食事を提供して、参加者のやる気が湧いてくる場をつくる。あるいは、人と人との距離感を考えた家具の配置や、照明の活用法を工夫して、皆が前のめりになって議論に参加する仕掛けをつくる。場をプロデュースするには、「セレンディピティ」のルールをつかむ必要があるということですね。 

新しい社会の創造に向けて

──2015年、ロフトワークは岐阜県飛騨市および林業コンサルタント会社のトビムシとともに「株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称ヒダクマ)」を設立し、宿泊滞在型施設「FabCafe Hida」や森林活用などに取り組まれています。超高齢・人口減少社会の到来により、地方消滅すら指摘される中で、地域産業の創出に向けた大きなチャレンジといえますね。

林: おかげさまで、2017年には、国内外の建築家やデザイナーなど、359人のクリエイターが「FabCafe Hida」を訪れ、広葉樹を使ったものづくりを体験していただきました。飛騨の広葉樹を活用したキャットツリー「Modern Cat Tree NEKO」や、壁面に組木技術でつくったジョイントを設置して、そこに3Dプリンターでつくったパーツを取り付けることで、ハンガーや花瓶掛け、メガネホルダー、小物入れといったさまざまな機能を持たせることのできる「壁継」という新たなプロダクトも生まれるなど、少しずつですがビジネスになりつつあります。

もっとも、正直にいうと、地域産業の再生とか地方創生とか、最初から確たる発想があったわけではないんです。また、仲介役を通さずに、地方の人々とじかに向き合うのは、私たちにとって初めての挑戦ですから、言葉遣いや関係づくりを含めて、東京での仕事とのギャップに悩まされることも少なくありません。フラットな関係を結びにくいという意味で、地方とつながることの難しさを痛感しているのも確かですね。

──地方発のイノベーションを生み出していくためには、地域に入っていくところから始めることが大切だといわれますね。

林: そうですね。何度も飛騨市に足を運ぶ中で、東京よりも地方の方が賢く、豊かな生活を営んでいるなあと何度も実感させられました。

例えば昨年2月、民家に招かれて、山菜の煮ものをよばれたときのことです。東京の人間にしてみると、客人をもてなすときには、旬の食材を使った料理を出すのが一般的だと思いますが、飛騨の人々は、地域自慢の作物を1年中おいしく食べられるようにと、前の年の夏に収穫した山菜をフリーザーで冷凍してくれていた。ある意味で、おいしいものを食べるために、膨大な廃棄物を出して、食べ物を無駄にしがちな都会の生活よりもずっと賢く、スマートな生き方ではないでしょうか。私は「FabCafe Hida」を運営しながら、地方ならではの豊かな生き方や考え方を学んでいきたい。私にとっては多様性の体験そのものですね。

日本の地方というものがどのようなメンタリティを持った人々によって守られ、支えられてきたのか。その一方で、どのようなメンタリティが原因となって、深刻な課題に直面せざるを得なくなっているのか。こうした事情をよく理解した上で、私たちだからこそできる価値を提案していきたい。10年後、いや20年後になるかもしれませんが、飛騨の人々に、ロフトワークが来てよかったといってもらえるように努力していきたいと思います。

──ロフトワークにとって、今後、課題があるとすれば何でしょうか。

林: 私たちは2000年の創業以来、人と人との新しいつながり方や、新しい事業の起こし方、新たな組織づくりにチャレンジすべく、とにもかくにも実践あるのみ、論より証拠ということで、実践に次ぐ実践の日々を過ごしてきました。この方向性については決して間違っていなかったと自負していますし、私たち自身まったく予想もしなかったプロジェクトが多数生まれてきています。

ただし、実践を重視するあまり、自らの取り組みの意味やストーリー、オープンイノベーションを生み出すための仕組みづくりについて、論理立った説明をする余裕がなかったことは否めません。今後は、私たちの活動の背後にある考え方や、オープンイノベーションの仕組みについて、言葉や数式、概念図などを使ってきちんと説明していく。個の可能性を生かしたビジネスのあり方を外部の人にも理解してもらえるようにして、新しい社会の創造に向けた大きな流れを生み出していくことが大切だと思っています。

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Layout ディレクターの野島稔喜が、
静岡文化芸術大学のゲスト講師を務めます