ロフトワーク香港―混沌とした世界で
コミュニティとクリエイティビティを築く
変化を受け入れ、コミュニティドリブンで挑戦する
ロフトワーク香港の共同創設者 ハーベイ・チュン(Harvey Chung)は、世界金融におけるアジアの小さな巨人・香港を拠点に、世界を視野にいれながらイノベーションとチャンスを生み出すための「場」を切り開いています。
多彩な文化・人種が混ざり合いめまぐるしく変化しつづける香港は、まさに ‘messy(混沌としている)‘ ―企業は過去の栄光に執着しており、クリエイティブな人材を探そうにも彼らは散逸しています。そんな世界で、発想を転換しあたらしい価値を創出する意義とはなにか。ハーベイの言葉から、香港のビジネスシーンを取り巻く問題と、日本の現状にも通じる課題意識がみえてきました。
編集:Christine Yeh (loftworkマーケティングDiv) / 執筆:Joanna Lee
青写真を捨てよう
ハーベイは、予想外の事態を喜んで受け入れます。建築家、教育者、そして起業家でもある彼は、かつては保守的なキャリアを歩んでいました。しかし、3ヶ月間の南米旅行という長い長い道のりを経て、ひとつのひらめきを得ました。すなわち、「なにごとも、予期することはできない」。
「日常生活では、だれもが明日、あるいは一週間後になにが起こるかを知っています。でも、南米のようなまったく知らない土地を旅していると、次に起こることを予測できません。すると発想が変わります。『どうして、現状を維持することにこだわっているんだろう』と。来週は◯◯をするだろう―でも、どうしてそれをやらなくてはいけないのだろう」(ハーベイ)
ハーベイがロフトワーク香港とFabCafe香港を共同設立したのは、まさに彼らしい決断でした。どちらのチームも、ひとつとして同じプロジェクトを手がけないからです。ロフトワークは常に多様なジャンルの案件とコラボレーターを探し求めており、すべてのプロジェクトは、毎回異なるアプローチで取り組むべきだという姿勢を貫いています。
そのようなビジネスモデルをサステナブルではないと批判する意見もあるでしょう。しかしハーベイは、「いつでも快適な場所」にしがみつくことに、一切興味はありません。彼はみずから両手を広げ、チャレンジを受け入れます。
「新しいことに挑むときは、必ず多くの労力と時間を費やさなければなりません…それでも挑戦したいのです」
香港、そして世界で「型」を破壊する
ハーベイは、ロフトワークのプロジェクトがエキサイティングなのは「毎回、違うスタイルで取り組むからだ」といいます。
多くのクライアントは自分が求める制作物のイメージと、どうやってそれを実現したいか、それらのアウトラインをデザイナーに伝えます。デザイナーの仕事は、そのオーダーに従って制作すること。インテリアであれ、グラフィックであれ、ほとんどのデザイナーにとってあたりまえの進め方です。
しかし、このプロセス自体がロフトワークにおいて見直すべき課題です。ハーベイは、クライアントの課題意識が本来あるべき地点からずれている場合があると考えています。
急速に変化する中国・アジア市場を眼前に、香港のビジネス界隈ではイノベーションが求められています。しかし、まだノウハウが足りません。ハーベイによれば、クライアントはビッグデータ、AIなどのテクノロジーに期待するべきことをはき違えている可能性があり、彼ら自身の事業にそれらの技術を適用できるか否かを理解できていないといいます。
「クライアントに我々がやるべきことを教えてもらうのではなく、私たちがサポートしながら彼らにとって真に必要なものを明らかにするのです。クライアントが自身の問題を深く掘り下げ、本質的な解決方法を見つけられるよう手助けできるからこそ、満足度の高いプロセスになります。
多くの人々にはバイアスがあります。その人がビジネスオーナーならばなおさら。自らのビジネスについて自分はちゃんと理解していると思い込んでいるとき、実は顧客のことが抜け落ちているかもしれません」
ロフトワーク香港のみならず、日本のロフトワークでも、このプロセスによって重要な発見とインサイトを得ています。 ハーベイにとって、問題を明らかにすることはデザインの文脈から問題を解決することと等価です。彼が言う通り、そこには文字通り「混沌とした」世界が広がっていますが、同時に自分たちの判断で技術とデータを活用できます。
「デザイナーであればその問題を特定して分析し、問題と問題との関係を見つけ出して実際に創造的に解決することができます。それがデザインの力だと思います」
ロフトワークを通って、隠れた才能がぞくぞく現れる
リアルな香港は、外からのイメージ通りの場所です。サイズは小さくても国際的な影響力が大きい、世界金融におけるアジアの巨人です。税率が低く深圳と近接しており、自由貿易環境が整っていることから、今なお香港は国際社会から揺るぎない関心を寄せられています。文化、歴史、そして産業が交差するこの場所は、世界で最も多様な都市のひとつです。
多様性は創造性を生み出します。また同時に、その創造性が生き抜き枝葉を伸ばすための機会も必要です。
ハーベイは、「香港には、チャンスがないために情熱を感じられずにいる、きわめて優れた才能を持つ人々がいるのです」と断言します。
ロフトワーク香港の役割には、クリエイターやクリエイターコミュニティとのコラボレーションを通じて、彼らが活躍できる機会を生み出すことも含まれています。これは企業、コミュニティ、個人のための「エコシステム」を作り出すという、ロフトワークのミッションにつながるものです。ハーベイにとって、同じビジョンを抱く人々を集めることは大きな価値があります。それはつまり、彼自身や他のロフトワークメンバーのように「現状に対して挑戦できる」人たちです。
「しかるべきコミュニティを作ることができれば、ともに本当の意味で社会に影響を与え、素晴らしいことを実現できると信じています」
ロフトワークは香港の隠れた才能を発掘しその力を引き出すべく、FabCafeという空間でさまざまなイベントや機会を提供します。建築のバックグラウンドを持つハーベイは、物理的空間には人々の考えと行動を変える力があるという、強い信念を持っています。オンラインコミュニティはますますその勢いを増していますが、同時にFabCafeのような空間では人々がフィジカルに経験を共有できます。
ハーベイは「物理的な場所があれば、コミュニティを通じて人々の結びつきが強まります」と言いつつ、冗談めかして「オンラインコミュニティでは、人々は本当の意味では誠実ではありません」と語ります。
FabCafe香港はこれまで、香港版 Global Goals Jam をはじめとしたさまざまなイベントを通じて多様な人々を呼び寄せ、巻き込んできました。Global Goals Jamは、グローバルな課題を解決するために人々が集まる国連のプログラムにも似たハッカソンです。
ハーベイにとって、このイベントがなければ決して繋がることがなかったであろう才能のネットワークと交流できたことは、驚くと同時にワクワクするような出来事でした。
「彼らは街にいるわけではないので、まずどこかでたまたま出会うということはありません。仮に彼らと出会ったとしても、直ちに一緒にグローバルな課題に取り組むことなんてないですよね。このイベントがあってはじめて、近いマインドを持った人々が集まり、共通ゴールに向かって取り組めるのです」
FabCafeは、一見、デザインとは何のつながりもなさそうな業界外の人々をも引き付けています。 FabCafeが位置する上環(ションワン)は、東洋と西洋の交点であり、ハイパーローカルとインターナショナルな価値観がぶつかり合う場所です。ハーベイの言葉を借りれば、上環は「他家受粉(cross-pollination)が起こる」―すなわち、異なるもの同士が相互に作用しあう、豊かな土地です。FabCafeはこの他家受粉の精神に倣うべく、多様なテーマや分野を組み合わせたイベントを設計しています。
その成功例のひとつが、テクノロジーと健康をテーマにしたイベント『ヘッドスペース: マインドフルネス+創造性+ 神経科学』です。このイベントのトピックは、健康とウェルビーイングにまで及びます。
「このイベントでは、さまざまなグループの人々と出会えます。ほかに彼らと出会う手段はないのです。だからこそ、どんどん新しいイベントを作り出し『さぁおいでよ』と声を上げつづけるのです」
明日への架け橋をつなぐ
エデュケーションは、ハーベイの仕事と人生において重要なテーマです。彼は文字通り、香港大学で教鞭をとりながら、小中学校教育にも携わっています。そして、その現場は教育機関にとどまりません。彼の仕事の大部分はクライアントに対するエデュケーションです。なぜ今この世界でイノベーションを起こす必要があるのか、クライアントに理解してもらえるように務めています。
「この30、40年で教育はさほど変わり映えしていませんが、私たちの世界は変わりました」
ハーベイにとって、エデュケーションは情熱をかける仕事であるだけでなく、自身の責務でもあると感じています。「私にも子供がいるので、教育は私の義務です。若い世代に何かを残さなければなりません」
若い世代には新しいアイデアをすぐに受け入れる力があります。過去に執着し、変化に対して抵抗して身動きがとれないのは古い世代です。
「クライアントの多くが、特にかたちのないものに関して、なかなか長期的視点から考えることができません。私はいつもミーティングで、もっと先を見通す必要があると伝えますが、苦心しています」
ハーベイはクライアントに企業が自己満足に陥ることのリスクを伝えるために、デジタルカメラが出現した時代のコダックとフジの事例を引き合いに出します。
「コダックは間違った決定をしましたが、フジは正しい決定をしました。フジは長期的に時間とお金を費やし、真剣に自分たちのビジネスをどう変化させるかを考えたのです。 コダックはそれをしませんでした。当時、コダックは非常に快適だったでしょう。ずいぶん稼いでましたからね。『さして問題ないだろう』と考えていたのでしょうが、時代の打撃を受けた時には、すでに手遅れなのです」
Next Contents