こんにちは、ロフトワーク京都でクリエイティブディレクターをしている堤です。実は僕、個人の活動としてWebマガジンの『アンテナ』という媒体を運営しています。

アンテナは「知らないを楽しいへ」をテーマに、ローカルのカルチャー(音楽・映画・アート・食などの文化全般)を取り扱うメディアです。その一環として、海外へ行くたびに旅のレポートを書いているのですが、今回今年のGWに行ったロシア・中国の記事をLWのサイトに転載することになりました。

僕もあまり馴染みのない国だったんですが、行ってみるとこれが実に奥深い国でして、その魅力の一端でもこの記事から感じていただけると幸いです。

連休があるなら遠くへ行きたい

「今年のGWは大型の連休である」

このことを耳にした時点で、ぼんやりと「どこかへ遠出しよう」ということだけは決めた。「航空券が高くなりそうだから早めにチケットも抑えねばならぬ」、と理解はしていたものの気がつけば新年も明けて2月。すでに航空券の値段は大幅にあがり、限られた予算の中では移動できる場所も限られる。

おおよその予算は¥80,000、選択肢として残ったのはロシアかインドネシアだった。せっかくの10連休、どうせ行くなら普段行けない時間のかかる場所がいい。そう思い、今まで一度も縁のなかった寒い国への渡航を決めた。

日本人が大手を振って10連休を取れる機会などそうあるわけではなく、そうなると必然的に安いチケットはトランジットが必要になる。取れたチケットはなんとモスクワまでおおよそ30時間超、中国で二度の乗り継ぎが必要となる便だった。乗り継ぐ場所は瀋陽とウイグル。以前よりウイグル自治区には興味があったし、寄れるならちょうどいいと思っていたが、そんなに甘いものではなかったということは後述したい。

また本旅レポートの【後編】では盛大に『アベンジャーズ エンドゲーム』のネタバレがある。嘘みたいだが、本当の話だ。公開がちょうどGWだったこともあるが、今回の旅で感じたことの多くがこの映画の中で映像として昇華されていたことに感動を覚えたためだ。そのためまだ映画を見ていない人や、ネタバレを避けたい人は終盤はすっ飛ばして欲しい。

インドの旅同様、写真と音でロシア・中国の旅の一端を感じていただければ幸いだ。

訪れて感じたロシアの魅力

ロシアと聞くとどんなイメージが湧くだろうか?

なんとなくヨーロッパっぽい町並み、そしてとにかく寒いこと。あとはシベリア鉄道、ボルシチやマトリョーシカといった特徴的な響きを持った言葉たちに、きわめつけはソ連時代の少し薄暗いイメージ(西側のカルチャーに毒されすぎだとも思うが)。そんな想像される方が多いのではないかと思う。僕ももちろんそんな一人だ。そんな僕が、今回ロシアを訪れて感じた最大の魅力は、文化的土壌の懐の深さだ。複数の文化が共存し、うまくエッセンスを残し混ざり合っていた。

ご存知の方も多いかとは思うが、ロシアの正式名称は “ロシア連邦共和国” であり、85の連邦と、22の共和国を抱える共和制および連邦制国家だ。ロシア人の他に190を超える少数民族が暮らしていて、多くの共和国ではそれぞれの国内での多数派を占め、自治を勝ち取っている。そして思い出して欲しいのだが、ロシアの国土は西は東欧から東は極東日本の直ぐ側まで伸びていて、その面積は実に広大だ。

僕が今回訪れたのは、首都モスクワとヴラジーミル州にあるスーズダリ、タタールスタン共和国の首都カザンの3都市となる。タタールスタンはモスクワから東へ約800-900km、トルコ系のタタール人が多く住む街で、ケバブを売っていたり、街の人の顔が濃かったり中央アジアに近い様相をしていた。またスーズダリは古き良き中世ヨーロッパの雰囲気を残す小さな古都だが、文字を持たなかったというスラヴ民族の文化もまた色濃く残す。そういった様々な民族や文化を、古くは紛争や戦争を交え国境を変化させながら入り混ぜてきたことが、土壌の豊かさを作り上げた一因だろう。その豊かさを「食・宗教・音楽」の3つの切り口から紹介したい。

メーデーが近く、モスクワは軍人が多かった
エスニックなカザン駅の壁画
古き良きスーズダリ

ロシアの食は、食材も料理も多様でハズレがない

まず、その文化的な土壌の深さを感じさせるのが “食” だ。僕が初日からドハマリしたのがペリメニというロシア式の水餃子なのだが、これがまた美味しい。サワークリームをつけて食べるこの食べ物、餃子ほどこってりしていないのに、味はしっかりついている不思議な感じ。気分によってお昼にスナックとしてもディナーとしても食べられることもあり、四六時中つまんでしまう一品だ。

その名も『ペリメニレストラン』という名前のペリメニ

中身の餡はベーシックなものは豚や牛の肉だが、同じ料理がタタールスタンなどの内陸へ行けばラム肉などがメインになる。また海が近い場所ではサーモンやエビ、蟹などの海産物が餡の材料に。その組み合わせは無限と言えるだろう。土地によってはスープに入れて食べるなど、味つけや材料のバリエーションがとにかく豊富、どこへ行っても飽きずに楽しむことができた。

ペリメニ以外の話もしておくと、ドーナツの原型になったポンチキは絶品だった。シンプルな揚げドーナツだが、ポンデリングに近いモチモチの食感がたまらない。種類も豊富で、ほとんどの料理にはずれない。海外でたいてい食に困る自分としては飽きなかった国は珍しい。ひとつ後悔をしていると言えば、名物らしきうさぎ肉を食べておけばよかったということか。

また食に関するエピソードをひとつだけ紹介しておきたい。ロシアにはいまだに “スタローバヤ” というソ連式の食堂がある。この食堂はいわゆる学校や会社の食堂のようなスタイルで、自分が食べたいものを好きにピックして、お金を払って食べるというセルフ式のお店だ。店員によるサービスはほぼないが、他のレストランと値段を比較すると1/2〜2/3程度と安価に食事ができる。平日も多くのロシア人で賑わうほか、僕のような旅人もお世話になっていて、お金がない人の強い味方だ。そして雑な大衆食堂感がたまらない。モンスターカスタマーや過剰サービスという言葉が取りざたされる日本。予算や生活レベルに合わせて、サービスもまたレベルを選択できるということは、生活の仕方を選ぶ上で重要な要素ではないだろうか?

本当に学食みたいな雰囲気で、老若男女が集まる

信心深いロシア人と、並列する宗教建築たち

次に僕が懐の深さを感じたのは、宗教である。大多数のロシア人が熱心に信仰するのはロシア正教会だが、少数民族は別の宗教を信仰するケースも多い。僕が行ったタタールスタン共和国のタタール人は多くがイスラム教徒であり、そのためモスクワではあまり見られなかったモスクがカザンには散在する。昔はキリスト教徒とイスラム教徒は川を隔てて居住区を分けていたようだが、今は少しずつその境目も曖昧になっているようだ。極めつけは街の中枢にあるクレムリン。イスラム教のクルシャリーフモスクと、キリスト教のブラゴヴェシェンスキーブラゴヴェシェンスキーが同じ敷地で並列している光景は、どこでも見られるという光景ではないだろう。

カザンのクルシャリーフモスク
ブラゴヴェシェンスキー大聖堂

実は、今回の旅の目的のひとつは、ロシア正教会の賛美歌を聞くことだった。ロシア正教会は、ギリシャ正教会の古い風習を残していると聞く。キリスト教内の覇権争いから少し離れたロシアの立地が幸いし、昔ながらの賛美歌が合併・吸収されることなく今に残っているらしい。その賛美歌の特徴は、伴奏等を一切伴わない声だけで行われること。僕はたまたまカザンの対岸にある田舎町の小さな教会で聞くことができたが、非常に繊細で美しいものだった。こちらは許可を得て、一部録音しているので良かったらぜひ聴いてみて欲しい。

ちなみにこれは全宗教寺院というあやしげな観光物

音楽はクラシックから、最近のヒットソングまでをこよなく愛する

最後に、その土壌の豊かさを語るとしたら、やはり音楽ということになるのだろうか。ご存知の通りロシアは著名なクラシックの作曲家を多く排出した都市でもあり、今でもその影響を垣間見ることができた。地下鉄に乗って移動をしていれば、構内でたいていヴァイオリン等の弦楽器による演奏を聴くことができるし、コンサートも安価に聴くことができる。それくらいクラシックは身近なものになっている。

街の中心地で
ポップス歌ってた

ストリートミュージシャン

かと言って、それ以外の音楽が聴かれていないわけではない。モスクワの目抜き通りとなるアルバート通りではいくつかのお店からバンドサウンドがだだ漏れしていたし、レコード屋に行けば往年の名アーティストや、海外のフェスに出演するバンドのCDやレコードが手に入る。モスクワの滞在最終日には、町中でフェスティバルが行われており、多くの飲食店やお店、ストリートでヒップホップや民謡、フォークやロックシンガーが歌っているの見かけた。街の中での大きな音を響かせることにとも寛容で、ともすればSXSWを思い出す光景である。

レコード屋のТрансильвания(トランシリヴァニヤ)
フェスの様子。何故か高いところから

こういったポップカルチャーの中にも、多様で文化的な土壌の深さを感じることができる。 “ジャンル” という言葉で容易にくくられ、マーケットへの配慮から同質な音楽ばかり集まりがちなイベントのあり方を考え直すような光景であったことは間違いない。

たった一度で、すごく好きな国になった

行くまでは全然知らなかったが、一回行くととても好きな国になった。ほかにもロシアでの体験について詳細に語りたいことはたくさんあるが、書き始めると大変なボリュームになるためまたの機会に取っておきたい。箇条書きでササッと説明すると、以下のような体験をしてきた。興味があったら直接会ったタイミングでも、DMでもいいのでぜひ聞いて欲しい。喜んで話す。

  • キリル文字、駅名とかまったく覚えられないし、びっくりするほど頭に入らないこと
  • ロシア人はムスッとしてるけど、たいていとても親切なこと
  • ソ連時代の核シェルターとして使われていた地下鉄はどの駅もかっこよかったこと
  • トレチャコフ美術館で見たイコンが面白かったこと
  • 創業120年を超えるグム百貨店は、「おめかししてでかける場所」としての雰囲気が残っていたこと
  • とにかくどこも土地が広く、建物が荘厳で歩くのが大変だったこと
  • マトリョーシカが思いのほかかわいいこと
  • はじめて夜行列車に乗って、4人部屋の同乗者とスコッチを一本空けたこと
  • 少数民族の伝統衣装を撮影したかったけど、「そんなの誰も着てないよ」と言われ、なにも撮影できなかったこと
  • ロシア人がみんな美男美女すぎて、嫉妬を通り越してただただ目の保養になったこと

夜行列車の音

ちなみに、ここまでスーズダリの話がほとんど出なかったが、いわゆる観光地で特筆すべきものがほとんどなかったからだ。ただ、中世をそのまま残すと言われる牧歌的な世界は2,3日のんびり過ごすにはもってこいだと思う。写真を載せておくので、興味を持った人はぜひ訪れて欲しい。あいにくの天気だったけど、それでも十分に素敵だったことは間違いない。

堤 大樹

Author堤 大樹(シニアディレクター)

「関西にこんなメディアがあればいいのに」という想いで2013年にWebマガジンANTENNAをスタート。2016年に4年半勤めた呉服問屋の営業を退職し、ロフトワークに入社。個人での仕事の依頼が増えたことを受け、2020年に文化にまつわる制作会社Eat, Play, Sleep inc.を設立とほぼ同時に、ANTENNAの編集長を後進に託し、「旅と文化」をテーマとしたメディアPORTLAを立ち上げ編集長に就任した。持ち味はエゴの強さで、好きなことは企画・編集業務。関係者各位に助けられ、発見と失敗の多い毎日を謳歌中。現在は台湾に異動。

Keywords

Next Contents

「ETHICAL DESIGN WEEK TOKYO 2024」内関連イベントに
Layout シニアディレクター宮本明里とバイスMTRLマネージャー長島絵未が登壇